当事者が企画した「私たちは『買われた』展」 大学という場に当事者の声を届けたい 大学生たちが開催

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©︎Colabo

当事者たちの「私たちは『買われた』展」、大学で開催。性搾取の構造を覆い隠す『大吉原展』とどう違う?

来る3月22〜23日、「私たちは『買われた』展」(以下、「買われた展」)が一橋大学で開催されます。

「買われた展」とは、新宿歌舞伎町で10代女性を支える活動を行う一般社団法人Colaboと、Colaboにつながった中高生世代を中心とする当事者が企画したパネル展示です。

Colabo代表の仁藤夢乃さんによると、初めて開催したのは2016年東京でした。11日間で3000人を超える来場者を集めました。「買われた展」という名称は、「売ったというより、買われた(・・・・)感覚だった」という一人の当事者の発言からつけられました。

その後、Colaboがパネルを貸し出して、神奈川、沖縄、岩手、滋賀など約20カ所、韓国でも開催し、合わせて12,752人の来場者を集めました(2023年度末まとめ)。作品制作には途中入れ替わりはあるものの、10〜20代の当事者が約40名参加しており、今回展示するのは約100点です。

「買われた展」展示風景。提供:Colabo

《大人に言われて嫌だったこと》(下写真)は、買われるに至るまでの背景を知ってほしいという高校生の発案で作品にしたものです。全国でつながる少女たちにLINEで呼びかけたところ、たくさんの言葉が集まりました。親からの言葉だけでなく、教員や児童福祉関係者、子ども支援者や警察、医療関係者など本来子どもを守る立場にある人々からかけられた言葉もありました。それをリストにする過程で、たくさんの子が言われたことは大きく書こうと当時中学3年の女の子が言い出しました。そこで真ん中に大きく書かれたのは、「産まなきゃよかった」という言葉でした。

みんなで合宿をして絵具やサインペンなどで思い思いに言葉を重ねていきました。その作品を仁藤さんが持ち歩き、さらにさまざまな女の子たちに書き加えてもらいました。終盤、展覧会の準備を冷めた目で見ていた女の子が絵具をつけた手で手形をつけたのでした。

 絵や詩、日記もあります。たとえば、毎日コンビニの廃棄で孤食している女の子が食事の写真を撮ってノートに貼っていましたが、コピーに失敗し丸めて捨てたと泣いていました。仁藤さんが「そのまま貼ったら」と声をかけると、くしゃくしゃのまま貼って「こんな自分は嫌い」と書き込みました。

《大人に言われて嫌だったこと》模造紙に絵の具、サインペン、ポスカ、カラーペン、シャーペン、ボールペン、鉛筆など。 2016年。提供:Colabo

大学という場で開催する意味

3月22〜23日に開かれる企画展の主催は、「私たちは『買われた』展」一橋大学実行委員会です。普段、ジェンダー論、朝鮮近現代史、社会福祉などについて学んでいる大学生・大学院生13人です。一橋大学のほか、東京外国語大学、立教大学からも参加しています。

「自分が通う一橋大学は、男性の割合が多く、大学を卒業したらエリートになる層だと言えます。でも、大学では性売買のことをちゃんと考えたことがないのではないか、現実を知らないのではないかという疑問を持ちました。そこで、大学という場に当事者の声を届け、考えるきっかけなればと思ったんです」と話します。
そして一緒にこの問題を考えていける人に声をかけていきました。

実行委員の朝倉希実加さん

そのひとり、熊野さんも一橋大学院生で朝鮮近現代史を学んでいます。

「社会的特権を持つ人が集まる一橋大学で開催することに意義がある」と朝倉さんの話に共感しました。
熊野さんは大学1年の時、サークルの飲み会で先輩から『このサークルの中でどの女性と寝たいか?』と訊かれたことがあったそうです。
「答えを強要されました。こういう会話が平気な環境でした。僕はその時、笑って誤魔化すことしかできなかった。嫌だという感覚はあったけど、その頃の僕はちゃんと問題点を指摘きずに、逃げてしまったんです。その後、そういう人たちとは関わらないようにしてきました」
女性差別や性売買について話せる男友だちはいるのか尋ねると、ゼミや活動仲間以外にはいないという答えでした。
「大学という環境の中では女性蔑視、セクハラなどが溢れている一方、身近にいるかもしれない買われる側の当事者の存在が意識されることはない」。だからこそ、「現場から離れてしまっている大学で、現場の声、当事者の声を聞く場が必要なんじゃないかと思った」と語ります。

実行委員の熊野功英さん

ショックな書き込みが

「実は昨日、衝撃的なことがあったんです」と熊野さん。
「買われた展」のポスターの隣にある書き込みがされたのです。
「私たちは『売った』」と書いたホワイトボードを置いた人がいたんです。誰だかわかりませんが、ショックでした。こんなことを平気でかける人が身の回りにいるんだと……」
熊野さんはそこに「お前たちが『買った』」と書き足し、数時間後に回収しました。
「このことで学内の学生たちに性売買の現実を知ってもらう展覧会をする意味はあると改めて思った」と言いました。

「買われた展」ポスターの隣に貼られた書き込みと実行委員会による書き込み。2月24日、 提供:同展実行委員会=東京・国立 一橋大学構内

「性売買の歴史的な流れ、文脈をしっかり把握していくことが大事で、それなくしては現実を変えることはできないのではないかと思っています」と熊野さん。
近代公娼制度、植民地における公娼制度、日本軍「慰安婦」問題、戦後日本の性売買、「キーセン観光」1、2000年以降の日韓の性売買の現状、AV問題などをわかりやすくパネルにまとめる予定です。

「2024年春に東京藝術大学大学美術館で開催された『大吉原展』はまさにその点が全く抜け落ちていた展覧会だったので違和感がありました」と朝倉さんは言います。

性搾取の構造を覆い隠す『大吉原展』にはない視点で

Colabo代表の仁藤夢乃さんも『大吉原展』を2度観に行きました。
「買う側目線に立っている、性搾取の構造は問わない展覧会だと思いました。吉原は今も日本屈指の風俗街として性売買が行われ、遊廓の名残を感じさせるような『高級店』もあります。そうした現実にまったく触れずに、女性たちを美化して、教養のある女性を図鑑のように並べる展示もありました。そこには教養のある女でさえ男たちは買えるというような意識も感じられました」と話します。

「何よりも、生身の女性たちの痛みは描かれていない」中で、仁藤さんが唯一共感したのが、小さく資料展示されていた河鍋暁斎の《薄幸物語》でした。
「作品タイトルには抵抗がありますが、痩せ衰えた遊女が捨てられ、吉原から追い出され、何もないところで地面に座している絵です。おそらく行くあても身寄りもなく、当然お金もなく、もしかしたら病気を抱えているのかもしれない。でもこの絵は図録に掲載されておらず、会期後半に行った時にははずされていました」。

大吉原展が盛況のうちに終わり、江戸時代の吉原を舞台にしたNHKの大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の放映が始まるなか、「買われた展」を開催する意味について仁藤さんはこう語ります。
「性搾取された当事者たちの痛みを当事者自身が表現した「買われた展」と学生たちが作った性売買の歴史のパネル展は、『大吉原展』にはなかった問題意識があると感じます」。
仁藤さんは「私たちは『売った』」(主催者が「お前たちが『買った』」と書き足した)と書かれたホワイトボードも展示することで、大学でやる意味がさらに増すのでは」と付け加えました。

「買われた展」は回を重ねるごとに、「新たに加わった当事者たちが、声をあげているお姉さんたちがいることに共感したり、被害という経験を再解釈できることに気づいたりしているようです」と仁藤さん。「表現する当事者たちと主催する学生たち、どちらにも意味ある出会いの場になることを願っています」と語りました。

「大吉原展」で突き付けられた、性搾取の構造を覆い隠す「日本文化」(1)
大吉原展」で突き付けられた、性搾取の構造を覆い隠す「日本文化」(2)

「買われた展」は事前申し込みが必要です。
2025年3月22日(土)
10:00〜20:00 展覧会
14:00〜16:00 仁藤夢乃さんトークイベント

2025年3月23日(日)
10:00〜18:00 展覧会
14:00〜15:30 『玩月洞の女たち』刊行記念「性売買の現実を変えるために〜日韓の性売買サバイバーと女性運動から考える〜」トークイベント:訳者・中野宣子さん、監修/解説・金富子さん、朝倉希実加さん(実行委員)

展覧会:一橋大学国立東キャンパス マーキュリータワー7階 マーキュリーホール
イベント:同階会議室(予定)
問い合わせ:kawareta.hit@gmail.com
私たちは『買われた』展@一橋大学

  1. 朴正煕政権による経済開発政策のもと、1970年代に急増した日本男性による韓国での性購買観光のこと。「キーセン」とは朝鮮王朝時代の「妓生」に由来しているが、帝国日本の植民地支配を経て、解放後に日本男性の性的接待を担う韓国女性を指す言葉として用いられるようになった。





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