国や自治体の会計年度任用職員(非正規公務員)の公募によらない再採用について、人事院と総務省は6月28日、「最大2回」までというこれまでのルールを撤廃する通知を出しました。一方で、非正規公務員の人たちの間には、「業務の期間ではなく、勤務実績や能力の実証で再任用を判断されるとなると、より上司の恣意的な判断で、解雇されかねない」という不安が広がっています。7月25日東京都内であった、当事者と国の直接交渉を取材しました。
国が定めた公務員の定数削減目標に従い、正規の公務員が減る一方で非正規公務員はこの30年間、増加傾向です。2010年に国は非常勤職員の採用基準を定め、「期間業務職員」と位置づけました。2020年に手当や退職金などの待遇改善とセットで任用の期間を原則1年とする制度に改められ、地方公務員は「会計年度任用職員」となりました。ただ、公募によらない再採用は2回までと限定されており、3年目には新規の人たちと同様に公募に応募しなければならず、「業務の継続性が保たれない」「ハラスメントの温床になる」「非正規の多い窓口業務や相談業務で住民サービスの質が低下する」などの問題が指摘されてきました。
「公募によらない再採用は連続2回まで」を削除
これまで人事院の採用の原則は次の2点でした。
・面接・経歴評定等を通じた適切な能力実証。
・原則として公募による。ただし、
ア:官職に必要な知識、技能等の内容やへき地である等の勤務環境等から公募に寄り難い場合
イ:従前の勤務実績に基づき能力実証を行うことが出来る場合には公募に寄らないことも可能(イの場合、連続2回までとする)
今回6月28日の通知で、このうちの(イの場合、連続2回までとする)という括弧書きが削除されました。
それに合わせ総務省も同日、会計年度任用職員制度の導入等に向けた事務処理マニュアルから、「例えば国の期間業務職員については(中略)同一の者について連続2回を限度とするよう努めるものとしている」という例示を削除。
「具体の取扱いについては、各地方公共団体において、平等取扱いの原則及び成績主義を踏まえ、地域の実情に応じつつ適切に対処されたい」と通知しました。
勤務実績と業務の必要性で判断
交渉は非正規公務員当事者がつくる団体「Voices」と人事院、総務省、厚生労働省の担当者との間で行われました。
Voicesのアドバイザーを務める和光大学名誉教授の竹信三恵子さんは「ジェンダーと労働について長く取材、研究してきた。3年ごとに公募するという現行制度の見直しは喜んでいる。しかし、当事者にきいてみると、現場との間にズレがあって、不安でしょうがないという。根本的な解決につながらない構造が残されているのではないか」と尋ねました。
人事院企画課の担当者は「期間任用職員については、昨年の人事院勧告時の報告で問題提起があり、労働局やハローワークに訪問ヒアリングを実施した」と話しました。その上で通知を出した理由について「3年が任期のように取り扱われ、公務外に優秀な人材が流出する弊害が生じていることがわかり、再採用の上限回数を撤回することにした」としました。
再採用にあたっては、通算勤続年数ではなく、勤務実績のほか、業務の必要性などに応じて各省が判断する、としています。
上司の恣意的で私情による判断が通りかねない
Voicesのメンバーは「そこが不安なんです」と強調しました。
「勤務実績や必要性が現場では明確でないことが多い。何がどのように良ければ勤務実績が良好ととらえるのか、何が必要性が高い業務なのか、何を柔軟にするのかが上司判断で決められてしまうとすると、恣意的で私情による判断が通ってしまいかねない」
「これまでは定数減となるときは自動的に3年目の人が辞めていた。年数で測らないとなると、誰が切られるかわからないという感情が高まるのではないかと思っている」
会場では当事者3人の実感が、音声で紹介されました。
サンダルのストラップを踏んだから雇い止め
(Aさん)
ハローワーク相談員です。今回の通知が出され、まず思ったのは、成績主義や雇用の平等取り扱いを表面的な理由として、これまでよりさらにハラスメントと雇い止めが増えるのではないかということです。
たとえば、ご存じのように非正規同士の中でも相談員の椅子を取り合う醜い争いがすでに起きています。数人の相談員が一人の相談員をターゲットにして、小さなミスを正職員に告げ口して、正職員もそれに加わりクビにするという労働行政にあるまじき雇い止めを何度も見ました。
そのやり方は、労働行政はおろか人間としても絶対にやってはいけないことだと思いました。
私がターゲットになったことがありました。コロナ下、私の子どもの学校でコロナになった生徒がいました。私はそれを子どもの学校から聞いていなかったので、普通に出勤していました。複数の同僚たちは、私の子どもが通っている学校を調べ上げて、教育委員会のホームページでコロナが発生したことを突き止めて、上司に告げ口を行い、「子どもの学校でコロナが出ているのに出勤している。けしからん人だ」と噂を立てられ、それをネタに正規職員がいじめの旗振り役となって激しい集団いじめが始まりました。
求職者と相談をしている最中に、大きな声で私を名指しして批判したり、私の担当のファイルを棚の奥深くに隠され、3ヶ月後にくちゃくちゃになって出てきたり、「あなたの仕事は明日からなくなった、他の人がやるから」と突然、年度途中に言われたりしました。正規職員は私と話さないように周囲に言って回り、私を怒鳴りつけることもしばしばでした。
非正規が数人で正規職員に、「あの非正規をクビにして」と言い寄り、正規職員もなぜかそれに協力してしまい、実行に移すのを何度も見てきました。
今回の通知で「公募をなくさない」「1年任用は継続」そして「毎年定員数が減らされることは変わりない」という状況になりました。
それにより、(再任上限を迎えた)3年目の相談員ではなく、誰が減らされるのか分からない状態になります。非正規同士の足の引っ張り合いがさらに加速され、正規職員の権限をより高めることになると感じます。
スカートの丈が短いから雇い止め、サンダルのストラップを踏んだから雇い止め。
個人情報の漏洩や身体を触るようなセクハラは一切お咎めなしなのに、それらは雇い止めという、労働行政とは信じがたい行為を繰り返してきた私達の上司が、今回の通知を正当に扱うとは思えないのです。さらにやりたい放題になるのではないかと思わざるを得ません。
来年度はあなたのポジションから減らす
(Bさん)
ハローワークの期間任用職員です。2年前に予算減のため雇い止めになり、別部署を公募で受け直し、現在ハローワーク勤務6年目。来年2回目の更新を迎えます。
例年、非正規の予算は12月ごろ決定し、年明けに席数が発表され、かつ公募の求人が出るのですが、私はすでに6月の所長が行う業務ヒアリングで、「来年度はあなたのポジションから減らすという方針が労働局から出ている」と実質、リストラを言い渡されました。年度開始からわずか2ヶ月時点での所長の発言に大変ショックを受け、またあの2年前の思いをしなければならないのかと、仕事のモチベーションが保てない状態です。
しかも私のいる係は最低限の人数で業務をしているため、次年度、私の席がなくなれば、現在非正規の2人でこなす膨大な窓口業務や処理を、もう一人の非正規1人でやらなければならなくなってしまいます。
先日は、新採用2年目と5年目の正規職員が、長く勤務する非正規相談員の悪口を私のすぐそばで話していました。
「あの人たち長く勤めているから私達より仕事が分かるのは当然だよ」
「でもこっちは正規なんだから、非正規からいろいろ指図される覚えがないんだけど。窓口は非正規がやればいいのよ」
「でも、あの人達みんな来年は更新でしょ。全部切られて新しい人に入れ替わったらいい」
「そうだよね」
若い正規職員の非正規制度に対するあまりの無知さに愕然としました。そんな中、6月末に「再採用2回まで」の制限撤廃の発表がありました。一部では当事者や労働組合が求めていたことが現実になったと評価する声が上がっています。
しかし、私からすると、すでに相談員削減の方針を打ち出しているにもかかわらず、この撤廃発表はどういうことなのかと疑問を持たざるを得ません。
パワハラ相談、適切に扱われず
(Cさん)
昨年度まで国の期間任用職員として働いていました。
上司のパワハラが原因でやむを得ず辞めざるを得なくなりました。心理的なストレスから来る心身の不調がどんどんひどくなり、次の職場は決まっていなかったけど、とても働ける状況ではなかった。とにかく職場から離れなければという思いで退職しました。
非正規公務員にはハラスメントを相談できる場所がありません。私にハラスメントしてきた人はハラスメント相談員でした。彼は4月、5月の時点で、私の(雇用)更新はしないと決めていました。
パワハラに加担していた女性は課長のいないところで「どうせ1年でしょ、非常勤のくせに。あんたがいじめられているというからこっちの仕事が増えてるんだよ」と後ろの席から大きな声で言われました。
黙ってがまんしていると、勝手にストーリーを作られて悪者にされるので、こちらからも相談したことはあります。
私は毎日嫌がらせをされていたのですが、相談した回数は課長に1回、更新相談の際に1回、人事課に2回の計4回です。
1年間の毎日の嫌がらせに対して、計4回の相談はかなり少ないのではないかと思うのですが、それを許容できない人たちなので、1度相談するとどんどん嫌がらせが酷くなっていきました。
ハラスメントの相談をした際に、私の同意なしに勝手に録画・録音したり、「課内の人には言わないでください」と言ったことが、数分後には伝わっていたりしました。非正規職員の仕事内容はほんの一部なのかもしれませんが、そこに職員を置くと決めたのなら、守ってほしかったなと思います。私のやっていた仕事は事務補佐業務で、もともと一般職の職務でした。だったら、もう正規職員が自分たちでやればいいんじゃないかな、とも思います
今回の決定は3年で退職できなくなっただけ。退職に追い込む体制はより強まっただけなのではないか、と心配しています。
厚労省「ハラスメントと3年公募は切り離して考えたい」
こうした当事者の声に対し、厚労省のハラスメント対策担当職員は「職員のハラスメントの問題と今回の3年公募の問題は切り離して考えたい」と応じました。
「一般に正規職員もハラスメントがダメなことは認識していると思う。再採用、3年公募ルールがなくなったことにより、ハラスメントが酷くなるというのはご心配としてはわかるが、一概には考えられない」
竹信さんは「3年公募を見直しても、短期契約が恒常化していれば、ハラスメントは止まらない。放っておけばいずれ居なくなってしまう人と職場で見なされている限り、非正規への深刻なハラスメントに対応はなされません。短期雇用の人に対応できるような、公平で即決な審査機関、相談窓口を作る必要がある」と指摘しました。
Voicesのメンバーは「成績主義については透明性のある形で運用していただきたい。公募で落とされた理由が他の人から見ても妥当なものか、誰から見てもわかるようにしていただきたい」と求めました。また、職員の定数についても「毎年1〜3月に一度決めた定員数が何度も変更される。本当に本省が求めた定員なのかも不透明」「なくなると言われた席が復活したりする」「ちょっとだけ職名を変えて同じ人を雇ったかと思うと、部署ごとなくすこともある」などの現状が報告され、「透明性、客観性を求める」との要望が上がりました。
長く勤められる保障にはならない
成績主義の観点から「再採用の回数を制限しない」。一方で、求人の間口を広く取る平等主義の観点から「公募制度は維持」。これでは勤務実績が良好であれば長く勤められるという保障にはなりません。
両者には矛盾がある、という指摘に、人事院の担当者は「公募を行うことが原則であることは変わらない。再採用は例外です」と回答しました。
交渉に立ち会った福島みずほ参議院議員は「今回の通知は一歩進んだと思ってはいるが、根本的な矛盾や問題点を見てほしい。会計年度任用制度により公共サービスがすごく傷んでいる。非正規のみなさんは、市民生活に直結した常時必要な職務についている。でも、切られるかもしれないという不安に常にさらされている。当事者のみなさんからハラスメントの問題が解決されていないという声が上がったが、それが事実なんです。今後の改善について、ぜひ当事者の視点を持ってあたっていただきたい」と話しました。
人事院の担当者は「公募によらない再採用の可否では、上長と職員とのコミュニケーションが大事になると思う」と話し、コミュニケーションの取り方を含む採用のQ&A集を年末までに作成し、来年度の採用に備える考えを示しました。
交渉の後、Voicesのメンバーは「結局今までとあまり変わらない。人事院や総務省と非正規公務員の現場との温度差が埋まらない。実情が伝わらないもどかしさが残った。3年上限の撤廃は根本的解決にはつながらないと思う」と話しました。