横浜市教育委員会が教員による児童生徒への性犯罪事件の裁判に多数の教職員を動員していた問題で、市教委が2023年度以降、被害者の意向を十分に確認しないまま動員の決定や判断をしていたことが分かった。市教委は26日、弁護士3人のチームが行った問題の検証結果報告書を公表。動員を知らされていなかった被害者家族が公判当日に一般用の傍聴席に座れなかったり、被害児童生徒の支援に当たる児童相談所の職員らが傍聴できなかったりした公判があった。報告書は、「被害児童の二次被害防止」のためだと主張する市教委について、「(動員の)事前の確認や事後の検証もなく、独自にそう考えているにすぎない」と断じた。被害者への支援をないがしろにし、公開裁判の原則を歪めた独善的な姿勢は改められるのかー。検証結果は厳しい批判を市教委に突きつけている。
問題の検証は、横浜市教委が神奈川県弁護士会から推薦を受けた弁護士3人に依頼し、6月13日から非公開で調査を進めてきた。弁護士が市教委の教職員ら27人から聞き取りを行い、合わせて動員された職員229人を対象にアンケート(うち197人が回答)を実施。公判への動員は、鯉淵信也前教育長と3カ所の学校教育事務所長計5人が動員を意思決定したと認定した。5人について「責任は免れ難く、かつ重い」と言及した一方、5人の法的な責任については短期間の調査と検証で「結論を得るに至らなかった」と報告した。市教委は、在職者については処分を検討し、退職者についても、仮に在職していれば受ける相当の処分を伝える対応を取る方針だ。
報告書によると、横浜市立学校では2019年に教員1人、23年に教員3人が児童生徒に対する性加害事件で逮捕、起訴された。いずれの裁判でも、被害者保護のために公開の法廷で具体的な情報を秘匿する被害者特定事項が定められ、公判において被害児童生徒の氏名住所や学校名、加害者である被告人氏名は明かされていない。
19年の事件では、被害者の保護者と支援に当たったNPO法人が市教委と意見交換を重ねた上で、市教委側に傍聴を要望。市教委の担当職員から報告を受けた鯉淵前教育長が公判への動員を決定した。決定後、NPO法人があらためて市教委側に傍聴要請の文書を送り、被害者側から公判全体を通して傍聴の要望があることを伝えていたという。
23年7~9月にかけて相次いだ事件3件を受けて、事件が起きた管内の3教育事務所の担当者が対応を協議。19年に公判へ教職員を動員した経過を知った3教育事務所の担当者たちが、各事務所ごとに公判への動員を判断したとみられる。被害者側の意向確認が不十分なまま教育事務所長ら職員だけで決定したり、動員に違和感を持っていた職員が所長の決済を敢えて取らず、口頭の承認で済ませたりしていた。生活ニュースコモンズの市教委に対する情報公開請求では、計11回の動員要請のうち、学校教育事務所長の決済が確認できた要請文書は5件のみ。鯉淵前教育長の決済は取っていなかった。
23年度以降に教職員を動員した公判は計8回。このうち1回では、被害者の保護者に動員がある旨が知らされておらず、ほぼ満席となった法廷で保護者が関係者の特定につながりかねない特別傍聴席を利用せざるを得なかった。さらに被害児童生徒の支援に当たる児童相談所職員らが傍聴できなかったり、早い時間に裁判所で並ぶことを余儀なくされたりした公判もあった。
不祥事隠蔽の意図「感じられない」
市教委によると、23年に起きた性加害事件3件について、元教員3人を同年度中に懲戒処分としたが、被害者側の意向を受けて処分の公表は現在も行なっていない。市教委の教職員に対する処分の公表基準では、被害者やその保護者が公表を望まない場合は、プライバシー保護のため、処分の公表時期を遅らせ、処分の翌年度に公表すると定めている。
報告書は、一連の処分について「いずれは公表しなければならないのであり、公判傍聴に多数の職員を動員してまで一時的な隠蔽を行う理由がなく、また、隠蔽する手段としても実効性がなく不合理」だと指摘。市教委職員への聞き取りなどから、「すでに退職し、あるいは、免職や失職となる教員を擁護すべき動機や理由は見当たらない」とした。
公開裁判の原則 「憲法の趣旨に反する行為」
検証チームは、裁判の傍聴について「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行う」と定めた憲法82条について言及。憲法は基本的に国の行為を拘束することから、地方自治体の一執行機関である市教委の行為は「憲法違反の問題にはならない」とした。一方、一般の人を公判傍聴から排除しようとする行為は、「裁判手続きを不特定かつ相当数の者に公開することで、審判が公正に行われることを保障しようとした公開裁判の原則の趣旨に反する行為」だと指摘している。
傍聴への動員「職務を逸脱」 前教育長らが経費を自主返納へ
裁判傍聴への動員には、計414人(実人数226人)が応じたことが確認された。動員された職員の給与支出(傍聴にかかる時間の労務対価)は総額343万4037円。支払われた出張費は計12万7622円。動員の指示は業務命令として取り扱われ、市教委は検証チームの調査に対して「児童生徒への二次被害を防止するための本件動員も児童生徒の安全に関する」業務だったと書面で回答していた。
これに対して、報告書は「職務は、学校生活を中心とした被害児童生徒及び保護者に対する対応や、児童相談所、裁判所、その他の関係機関との連携やこれらに対する要請等にとどまるべき」だと指摘。傍聴への動員は「職務を逸脱」し、地方自治体の教育行政を規定する「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」に違反すると言及した。一方、決済を受けて業務命令に従った職員にとっては公務に位置づけられ、給与や出張旅費の返還義務は生じないとした。市教委によると、出張旅費については、鯉淵前教育長ら当時の幹部が分担して7月中に自主返納する意向を示しているという。
動員を疑問視する職員の声届かず 組織が独善的に判断
職員への聞き取り調査では、「動員が良い取り組みとは思えない」と感じていた職員が複数いたことも分かった。公判では被害者の情報保護が既に図られていたため、動員の継続に疑問を投げ掛けた職員も。裁判傍聴の取り扱いを会合の議題として挙げた職員がいたものの、提案した職員の異動に伴いうやむやになったという。
だが、19年の公判で動員を行った経過から、「(動員の)対応は教育委員会として当たり前のことだ」と誤認していた職員もいた。前例や業務命令を無自覚に受け止め、無責任に従う組織の体質が、被害者やその家族への配慮を著しく欠く事態を招いたことは否めない。報告書は「職員一人一人が、自分が何をすべきだったか、何をしてはいけなかったのかを真摯に自身に問いかけ、同様の事態を再び起こさないためにどのような組織改革が必要であるかを考えるべき」だと締めくくられている。市教委、さらに職員一人一人が、法規範への理解を深め、組織改善を図れるかどうかに市民の厳しい目が向けられている。
検証結果報告書(公判傍聴への職員動員にかかる検証について) 2023年7月26日付https://www.city.yokohama.lg.jp/kosodate-kyoiku/kyoiku/sesaku/jinji/kenshouhoukokusho.files/0005_20240726.pdf