鹿児島県警事件隠蔽問題から見えてきたもの

記者名:
🄫生活ニュースコモンズ2024

身内に甘い、国家権力。許せない

~一通の匿名文書から考える~

鹿児島県警が内部の不祥事を隠蔽していると告発する文書が4月、札幌市内のフリーライターの元に届きました。男性は受け取った文書をデータ化し、福岡のインターネットメディアに送付。5日後、鹿児島県警はこのインターネットメディアの事務所を家宅捜索し、パソコンなどを押収しました。その後、県警の前生活安全部長が情報を漏らしたとして、国家公務員法(守秘義務)違反で逮捕、起訴されています。事件の全容をどのように見るべきなのか。文書を受け取ったフリーライター小笠原淳さんを招いた集会(日本ジャーナリスト会議=JCJ=北海道支部主催)が7月末に札幌市内で開かれました。講演の内容をまとめました。(空)

届いた匿名文書を見せる小笠原淳さん

突然届いた匿名文書

司会者 封書が届いたときのことを教えてもらえますか。

小笠原 4月3日に私のもとに匿名の文書が送られてきました。情報提供者を守るという意味でこれ以上詳しく言えないが、鹿児島県警内部の不祥事を告発するものでした。でも、私は札幌に住んでいます。すぐに鹿児島に飛んで事実を確認するというわけにもいかず、その日のうちにこの手紙をスキャンしてPDFを福岡の「ハンター」というニュースサイトの編集部に送ったんですね。そもそもハンターはずっと鹿児島県警の不祥事問題を追いかけていた。そしたらその5日後、鹿児島県警は、ハンターの代表の男性宅を家宅捜索しパソコンとスマホを押収しました。

 私のところに連絡をくれたので、「発表して抗議した方がいいですよ」と伝えたのですが、「パソコンごと持っていかれた。何千人もの情報が詰まっているものが取られたわけだから、情報提供者は不安になるのではないか」といい、しばらくは公にしないと言われました。

そしたら、翌月半ば、5月13日に、盗撮事件で鹿児島県警の巡査部長が逮捕されました。この盗撮事件は、実は私が受け取った文書の中に書かれていた事件。去年12月に起きている事件で、なぜ急に動き出したのかと不思議でした。

 おそらく、4月にハンターに家宅捜索に入った鹿児島県警が押収したパソコンの中から、私がメールで送ったこのファイルを見つけて、それを手がかりにして捜査を始めた。どうやらこの不祥事が外に漏れてしまったってことは、ハンターが記事として書くだろうから、その前に県警として捜査を再開して、逮捕した方がいいだろうという判断があったのではと思います。

そして5月31日には前生活安全部長が国家公務員法違反で逮捕されました。県警の内部情報を漏らした疑いです。

 この時も、まだ私の中では送られた文書と前部長の逮捕がつながってなくて、ひょっとしたらみたいな思いはあったのですが、確証が得られずにいた。

文書の返還を求める鹿児島県警からの電話

 ところが週明けの6月4日、この日の午前中に鹿児島県警の組織犯罪対策課を名乗る人から私のところに電話がかかってきたんです。

「うちの前部長が逮捕された件で、あなたに重要な証拠が送られていることが分かったのでそれを返還してくれ」と言ってきました。そこで話がつながったんですよね。その人が文書を出してくれと言ってきたんだとわかりました。

 それでなぜ返す必要があるんだって聞き返したら、次は「重要な証拠として押収させていただきたい」って言ってきた。押収という言い方もやっぱりひっかかるというか。「令状が出てるんですか」と聞き返したら「ありません」と。「じゃあ任意でしょ」というと「そうです」と。私が「任意なんでしょ」と聞き返さなかったら向こうはずっと「返却」とか「押収」で押し通して「出さなくちゃいけない気分にしたのでは」と思います。

そのとき、本来、ライターというか、記者としては「何の話なのかさっぱり分かりません。私がだれからどんなものを受け取ったか警察に言う必要はない」ととぼけて突っぱねるべきだった、それが正しかったと思うのですが、思わず聞き返してしまったんですよね。

「あなた方ね、前生活安全部長を逮捕したっていうけど、しかも重要な証拠っていうけどその重要な証拠をわたしと差出人以外だれも見てないですよ。(ハンターから押収した)PDFで見たのかもしれないけど、まさにその重要な証拠もなしによく逮捕できましたね」みたいなことを言っちゃったんですよ。その時に文書を受け取ったことを県警に対し認めてしまった。しつこく返せと言ってくるから「それは申し訳ないけど渡せません」って。

そのあと4回電話があり、「札幌に行くから話を聞かせてほしい」と言ってきたんですよね。「来るのは自由ですけど弁護士を立ち会わせるかもしれないし、最初から最後まで録音して、撮影するかもしれないし、記事にするかもしれないよ」と言ったらあとで「やっぱりやめます」と言ってきました。それ以降連絡はありません。

この文書を裁判所は見ないまま、前生活安全部長は起訴されてしまったんですよね。

 で6月6日の法廷でその前部長が「本部長から不祥事隠蔽の指示があったのが許せなかった」ということをいうわけです。その翌日に県警からまた電話があったのでわたしとしては聞きたくてしょうがないわけです。「本部長から指示があったって言ってるけど、それが本当だったとしたら、捜査はおかしいでしょ」って。

 前部長は組織に残る後輩を守るためにも、よい組織になってもらいたいと思い、内部告発したんだと法廷で言っています。それを聞いて「後輩のお前はどう思うんだ」ってことをその警察官に言いたかった。もちろん答えませんけど。その電話が最後になってしまいました。

 ただそもそもネットニュースの組織にガサ入れするような人たちだから、もしかしたらこっちに踏み込まれる可能性もゼロではない。注意しなくちゃいけないと思いました。

送られてきた匿名文書と鹿児島県警からの電話について語る小笠原さん(左)

司会者 では小笠原さんのところに強制捜査に入る可能性もあると。

小笠原 まずないなと思いましたが。ゼロではない。何をやり出すかわからないとは思いました。

やっていることが本当に行き当たりばったりなんですよね。

僕はフリーの記者なので記者クラブに入っていなくて警察取材はできないし、相手にしてもらえない。だから警察取材をよく知りませんが、普通の感覚で考えると、なんかお粗末だなあと思います。

ハンターは去年10月に鹿児島県警の内部文書「告訴・告発事件処理簿一覧表」の一部を掲載していますが、講談社の現代ビジネスも写真付きで出している。なのに、家宅捜索に入ったのはハンターだけなんです。

会見で地元の記者が「なぜ講談社には家宅捜索に入らないのか」と聞くと慌てて県警が講談社に電話をしたらしいです。で「渡すわけないでしょ」と言われたらしい。

司会者 11月17日のハンター捜査記録の廃棄を促すなどした県警の内部文書を写真付きで記事にしたのは、小笠原さんですよね?

小笠原 そうです。県警に公文書開示請求をして、そのテーマで何回か記事にして。そしたらハンターからこの「刑事企画便り」の文書が手に入ったからと送ってこられて、見たらひどい文書だった。それで記事を書きました。

疑問を抱いた情報開示請求の結果

司会者 それが小笠原さんと鹿児島県警とのつながりの始まりだったということですよね。

小笠原 そうですね。警察官って地方公務員で、都道府県の職員で、地方公務員は原則懲戒処分は全件公表になっているけど、警察官は例外で全件公表しなくていいことになっている。何度か話題になっているが、がんとして変えない。ということは開示請求をし続けるしかないなと。それで北海道警の懲戒処分の記録を開示請求しているんですよね。それを鹿児島県警でもやってみたら、存否応答拒否という決定が出た。つまり文書があるかどうかも言いませんと。初めてそんな決定を見たので、九州はどこもそうなのかと思い、福岡でも開示請求をしたら福岡は道警と同じように出す。都道府県で情報公開条例って大きく変わらないのに、なぜ鹿児島だけなのかという興味が沸き、その顛末を記事にして、なおかつ去年の今頃ですかね、存否応答拒否の不服申し立てをしました。もう1年経ちますがまだ結論が出ない。

司会者 ネットメディアのハンターが報じたのが去年の11月で、今年6月に県警が捜査資料の廃棄を促す内部資料を作成していたことを明らかにしたのですが、新聞各紙、テレビも含めて報じるのは県警が認めた後でした。その点、小笠原さんはどう見ていますか?

小笠原 今の話に付け加えるとすると、11月に記事にしてその4日後に県警が文書の修正版を出した。おそらく、県警の誰かがハンターの記事を見て、騒ぎになったら困るなと思ったんだと思う。それで手直ししたのですが、実際にはハンターが記事化した後、どこの社も追いかけなかった。半年以上ネット記事以外は出てなかった。ハンターのサイトを見ている地元のテレビや新聞はいると思いますが、これをニュースだと思わなかったんじゃないですか。

司会者 書こうと思えばいくらでも書けたと思いますけどね。

小笠原 県警はずっと同じ芸風を貫いている。行き当たりばったりで、こういうことをしたらどうなんだというのを全然考えてない。そういう芸風を育てたのは嫌味な言い方をすると地元のメディアかもしれない。要するにチェックしていないわけでしょ。それなりにページビューがあるニュースサイトが出しても、これぐらい大丈夫だということを警察に思わせてしまっている。私はサツまわりとかやってないし、どういう風に社内で指示があって、記者がどんな判断で動いているのかはわかりません。

司会者 送られてきた内部文書の告発をどのように受け止めているのですか。

小笠原 ハンターは長いこと、鹿児島県警の未発表不祥事について書いてきた。ハンターしか書いてなかったんですよね。だから送り主としてはそこに送るしかないと。

なぜフリーライターの元に文書が届いたか

こういうことになって各社から取材を受けるんです。「なぜあなたのところに届いたのですか」と聞かれるのですが、むしろ逆に「なぜあなた方のところに届かなかったのか」ってことでしょうって。送り主はその時点でハンターに送るしかないと思った。地元の新聞、テレビに送っても駄目だろうと思ったんじゃないかって。

 かつての道警ヤジ排除事件を思い出しました。ヤジ排除事件っていうのは2019年に当時首相だった安倍晋三さんが札幌で街頭演説をした。テレビも新聞記者もいっぱい来て、テレビもカメラを回す中で、安倍さんにやじを飛ばした人を大勢の警察官がカメラの前で次々に排除した。それをなんとも思ってないのかってことです。その問題を取材しドキュメンタリーにした札幌のテレビ局が元北海道警察方面本部長だった原田宏二さんに取材したときに、その原田さんが言ったんですよね。カメラが居ようと警察は気にしなかった。どうせ報道しないだろうと思ったということですよと。

 私は今回それを思い出して、「なぜあなたのところに文書が届いたのですか」ってテレビや新聞の取材に対してやっぱり同じことを思った。「あなたたちは無視されたんですよ」って。無視されたという言い方が適当かわからないですが、警察としては大手の新聞やテレビっていうのはいかようにもコントロールできる、味方だと思っているところがあるんじゃないですか。鹿児島県警の不祥事も、うちらが変なことをやっても、地元の新聞やテレビは報道しないから安心だねみたいに思われてもしょうがないんじゃないかってことを思いました。

司会者 いわゆる既存のメディア側の姿勢の問題ということでしょうか。

小笠原 警察担当記者は警察が発表した事件事故を記事にしますが、それより警察を監視するような取材の方がやっていて面白いんじゃないかと思う。メディアが監視しないといけない。それをやっているかどうかを読者や視聴者が監視しなくちゃいけない。そういう緊張した関係が必要なのではないかと思います。

 前生活安全部長が逮捕された容疑は、守秘義務違反なんです。のちの報道で私とその本人しか知らない内容がどんどん報じられるわけですよ。はっきりしていますよね。県警が地元の記者に漏らしているんです。守秘義務違反事件の報道対応で、県警が守秘義務違反しまくっているわけです。それがおかしいってことになぜ気づかないのだろうって思います。

司会者 小笠原さん自身はこの事件と今後どのようにかかわっていくことになるのですか。

小笠原 どこにいてもわたしは脇役。メーンはハンターです。ハンターは別の未発表事件についてもどんどん書いているし、これからも続くと思います。私個人としては文書をもらっておきながら記事を書けなかったという申し訳なさもあるので、前部長の弁護人から連絡があれば協力できるところは協力しなければなと思っています。

参加者からの一言

齋藤耕弁護士(札幌弁護士会)鹿児島県警の職員が小笠原さんに文書を「押収させていただきたい」といったのはおかしいと思います。「押収」とは捜索で証拠物を見つけたときに差し押さえる際に使う言葉です。ブツがあるが任意で渡してくれないときは押収の令状を請求します。令状も出ていないのに、この時点で「押収」という言葉を使ったのは問題で、小笠原さんが「令状があるか」と聞き返したので、警察のトーンが弱まったのでしょう。警察は何が何でも回収したいと考えて、露骨な手を使おうと思っていた。小笠原さんが疑問を呈したから身を守ることができたんだと思います。

 また鹿児島県警は「刑事企画課だより」で文書の廃棄を促しました。今、再審法改正の動きの中で再審開始決定に対する抗告の禁止などが議論されていますが、警察から検察に送っていない証拠の開示も必要だという案が出ています。

法改正ですべての証拠を出せとなると警察にとって都合の悪いものも出さなければならなくなる。有罪というレッテルを貼られた人が無罪を求めることを許さないという考えを変える必要がある。本当にこんな家宅捜索が許されるのか、私たちは問わなければならないのだと思います。

北海学園大学韓永學教授(メディア倫理法制) 小笠原さんが取材源を秘匿し、警察からの押収要請に応えなかったのはよかった。取材源秘匿は「職業倫理」とされているが、倫理のレベルで見ていいのだろうか。メディアが「情報源を秘匿する権利がある」と言えることが重要なのではないか。情報提供者に対する義務でもあると思う。2006年に最高裁が民事裁判で初めて「職業上の秘密」として証言拒否してもいいと認めた。刑事事件になった場合も、捜索、押収を拒める権利があるというのが世界の潮流だ。日本はそこまでに至っていない。取材の自由の一環としての取材源の秘匿ということにとどまらず、法制化して法的権利として認めさせるべきではないか。

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