参院選の争点として、それほど大きく取り上げられていない問題があります。それは、戦後80年のいま、跳ね上がっている防衛費です。財源をすべて手当できていないまま、過去の戦争の反省から禁じ手となっていた「防衛費のための借金」も膨らみ続けています。
非正規雇用で働きながら技能実習生らの支援を行っている海北(かいきた)由希子さんは、熊本で暮らしながら、日々、軍拡が進んでいるのを実感しています。「参院選の争点は軍拡。戦争になったら手取りも何もない」

“台湾有事”のときの司令部になる場所が、熊本に
「熊本って、昔から軍都だったんですよ」
熊本市で暮らし、医療通訳の仕事をするほか、ボランティアで外国人支援を行っている海北由希子さん(56)。7月、陸上自衛隊の健軍(けんぐん)駐屯地まで案内してくれました。

すぐ隣には市民病院や小学校、マンションなどが立ち並ぶ、熊本市の中心部にあります。
陸上自衛隊の大きな駐屯地、地元の人は健軍自衛隊って呼んでいますが、ここに西部方面隊の西部方面総監部があります。いわゆる台湾有事のときに司令部になると言われているところです。ただ、そのことを知っている人は熊本の人でも少ないです。(海北さん)
この地図の、赤く丸で囲っているところにあるのが健軍駐屯地です。日本政府は、「中国が台湾周辺での軍事活動を活発化させている」と、九州・南西地域の防衛体制の強化を進めてきました。ここに挙げられているのは、2016年以降、新たに配備された部隊です。

九州・沖縄で戦闘が起きた場合、健軍駐屯地にある「西部方面総監部」が、日米の司令部になると想定されています。去年12月には日米豪の「共同指揮所演習」が行われました。

西部方面隊のFacebookより

西部方面隊のFacebookより

西部方面隊のFacebookより
「軍拡が確実に進んでいる」
3月、政府が、1000キロ先まで攻撃できる「長射程ミサイル」を熊本と大分に配備する方向で検討に入った、という報道がありました。このミサイルは、他国の領域のミサイル基地などを破壊する反撃能力(敵基地攻撃能力)を持つもので、日本が堅持してきた「専守防衛」の理念との整合性が問われています。
配備されれば攻撃対象になるリスクも高まります。こうしたなか、西部方面総監部の機能の一部を地下に移す「地下化」も進められています。
住民に具体的なことは何も説明されていません。でも、軍拡は確実に進んでいます。上空では日々、オスプレイやヘリが飛んでいます。(海北さん)
熊本の空を、自衛隊機や米軍機が、市街地の上も、また、昼夜に関わらず飛んでいます。地上から300メートル以下という低空で訓練が行われているのも目撃されています。
海北さんは、熊本空港にも案内してくれました。

滑走路を、陸上自衛隊の高遊原(たかゆうばる)分屯地が共有しています。民間機と同じ滑走路で、自衛隊機や米軍機が離着陸を繰り返しているのです。その日、羽田空港行きの航空機が飛び立つすぐ横に、自衛隊のオスプレイが駐機していました。
また、滑走路を横切る形で自衛隊のヘリ(UH60JA)が着陸していました。
熊本には、健軍駐屯地やこの高遊原分屯地のほか、北熊本駐屯地、大矢野原(おおやのはら)演習場もあります。海北さんは軍事演習が激しくなってきていると感じています。
大矢野原演習場 住宅のすぐそばで演習(4月23日 熊本・山都町 松本𣳾尚さん提供)
急増する防衛費
九州や沖縄で進められる防衛力強化の背景に何があるのでしょうか。さかのぼって見ていきます。
2012年1月、アメリカのオバマ政権が新たな国防戦略を決定しました。中国の台頭がアメリカに大きな影響を与えるとしたうえで、安全保障戦略の重点をアジア太平洋地域にシフトすることを明らかにしたのです。そして、国防費を圧縮しなければならない状況の下、優先順位を見直し、この地域における日本など同盟国との関係を強化するとしました。
その後の日本。安倍政権が、2014年に集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、2015年に安保法制を制定。岸田政権が、2022年、防衛費の大幅な増額に向けて舵を切りました。
2023年度から5年間の防衛費の総額を43兆円とするよう指示し、これまでGDP(国内総生産)の1%の水準で推移してきた防衛費を、2027年度には2%に増やすことを決めたのです。

これは、防衛関係費の推移です。2023年度から急激に増えていますが、今後、さらに増える可能性があります。ことし2月、石破総理大臣が国会で「必要であれば2%を超えることはある」と述べています。
こうした防衛費の増額と共に、アメリカの対中戦略に沿う形で、日本の自衛隊とアメリカ軍の一体化が進められています。
防衛費43兆円の財源 禁じ手とされてきた「防衛費のための借金」が拡大
こうした巨額の防衛費の財源はどこから持ってくるのでしょうか。政府は、まず、生活関連予算の削減を打ち出しています。これは、どんな項目が削られるか、大阪経済大学名誉教授の梅原英治さんがまとめたものです。

そのほかには、「防衛力強化資金」を新設し、新型コロナ関連予算の不用額の返納などを組み入れました。また、法人税とたばこ税、所得税の増税で賄うとしています。ただ、所得税の増税開始時期はまだ決まっていません。一方、防衛予算にあてる建設国債の発行額は膨らみけています。過去の戦争の反省から禁じ手とされてきた「防衛費のための借金」が、2023年度に解禁後、3年間で2兆円を超えました。
「防衛費43兆円のニュースに、悔しくて泣いた」
“防衛費が5年で43兆円”。2022年の12月、岸田総理大臣がこの指示を出した日、海北さんは、熊本市から車で1時間ほど離れた県北を訪れていました。ベトナム人の技能実習生から「賃金をもらえず困っている」と相談を受け、雇い主である農家と話し合いをするためです。

農家さんはお年寄りの夫婦でした。技能実習制度についてよくわかっていなくて、農閑期は払わなくていいと思ってしまっていた。でも決まりですからちょっとずつでも払いましょうと話し合いをしたんです。ただ、話をするうちに、農家さんもすごく生活が苦しいことがわかりました。だから払えなかった。もう、みんなきついねって。どうしたらいいのかな、何かいい方法はないかなって思いながら帰る車の中で聞いたラジオのニュースで知ったんです。5年で43兆円と。43兆円って一瞬わからなかった。43兆円っていくらって思ったくらいなんですね。それに、それをどこから集めてくるか財源も決まってないっていうのを知って、怒りで泣きましたね。車の中で。悔し過ぎて。(海北さん)

海北さん自身、非正規雇用で働く身です。大阪に住む大学生の息子からは「大阪は米が高いから、代わりに芋を食べている」と言われ、同居する社会人の娘からは「将来、何ができて、何がしたいって考えられない」と言われたと話りました。
「私は殺していないから関係ない、ではない」
ニュースを聞いた2ヶ月後、海北さんは、年金生活者の70代女性、トランス男性、障害があり車椅子で生活する女性、元県議や現役県議の女性、地元の大学の法学部教授の男性など多様な仲間とともに、「平和を求め軍拡を許さない女たちの会・熊本」を立ち上げましたた。

これまで、防衛省に対して日米オスプレイの飛行中止を求めたり、民間の空港や港を自衛隊が使うことについての説明会開催の要請、街での軍拡反対スタンディング、日米合同軍事演習への抗議集会、そして熊本など九州で進む軍拡の状況についての勉強会や講演会を開くなどしてきました。

熊本で進む軍拡について目をそむけたい人たちもたくさんいます。それはなぜかというと、みんな、自分の生活でいっぱいいっぱいだからですね。だから私たちがいつも言うのは、今、生活苦しいよねと。で、生活苦しいのは何でなのかというと軍拡があるからだよ。セットになっているんだよって話をするんです。(海北さん)

ただ、海北さんは、本当に深く考えてほしいことは、と前置きしてこう続けました。
例えば大分で、アメリカ軍も入って、ヘリコプターから降下訓練するんですね。パラシュートで降りる状態がよく報道されます。そのときに本当に深く考えてほしいのは、あのパラシュート降下訓練をなぜやっているか、なんですよね。訓練をやるのはだいたい若い人たちです。実際に戦争になった時に、その若い人たちが降下した先は敵地です。つまり、地上に着いた後そこでは殺し合いが待っているんですよね。パラシュートで降りて終わりではないんです
沖縄、南西諸島では、離島奪還という名目で、アメリカ軍の海兵隊と自衛隊が一緒になって訓練をやっています。水陸両用の戦車が海から上がってくる様子も報道されます。そこでも本当に考えてほしいのは、上陸した後そこに敵がいることを前提に訓練が行われているということです。訓練をやる目的が人を殺すということについてもっと深く考えたら、私たちが軍拡の流れを止められないでいることは、本当に恐ろしいことなんだと気がつくと思うんですよね。昔と違って今は、ガザやウクライナなどで人が殺されていることをライブで知ることができます。そのとき、「私は殺していないから関係ない」ではないと思うんです。今の軍拡の状況を見過ごしてしまっていることは、加害する側に加担していることにならないでしょうか。(海北さん)
参院選を前に 「戦争になったら”手取り”も何もない」
こうした日々のなかで参院選の投開票日が目前に迫っています。

私はやっぱり熊本にいるからかもしれないですけど、一番重要な争点は軍拡に対する考え方です。よく収入の手取りの話も出てきて、もちろんそれも大事な問題だと思いますが、戦争になったら手取りも何もないですよね。
私は、すべての党の人たちの話をとにかく聞きます。応援している党はもちろん、反対の考えの党も聞きます。全部聞いた上で、自分の頭で考えたいです。これは、”推し活”ではなく自分たちの将来を決める大切な選挙なのですから。(海北さん)
安全保障についての各党の主な政策はこちらからご覧ください。
そのほか防衛費などに関して各党が掲げているのはこちらです。
自民党 「反撃能力の活用など新しい戦い方への対応力」
立憲民主党 「防衛力の抜本的強化」「防衛増税は行わない」
公明党 「防衛力を着実に整備」
日本維新の会 「防衛費はGDP比2%まで増額」
日本共産党 「軍拡増税の中止」「戦争国家づくりをストップ」
れいわ新選組 「5年間で43兆円の軍事費倍増計画は中止」
社会民主党 「軍拡増税は論外」「軍事予算は削減」
参政党 「核保有国に核を使わせない抑止力を持つ」
日本保守党 「憲法9条改正(2項削除)」