生活保護の扶養照会で違法・不適切な事例が相次いでいるとして、生活保護問題対策全国会議など4団体が、8月6日、厚生労働省に扶養照会に関する通知の改正を要望しました。
扶養照会とは生活保護を申請した人の親族に、「申請者を扶養できないか」を確認する手続きのこと。生活保護制度では「扶養は保護に優先する」とされ、親族とは民法上の扶養義務がある3親等以内の人(両親、子ども、きょうだい、祖父母、孫、おじ、おば、おい、めい)を指します。扶養には仕送りにあたる「経済的な援助」や、定期的な訪問などの「精神的な援助」があります。仕送りがある場合は生活保護費から仕送り額を減額して申請者に支給されます。
以前からこの扶養照会が生活保護受給の高いハードルになっていました。申請を親族に知られたくない、親族と断絶している、親族との関係が悪化するなどのおそれが強いためです。またDV被害を受け避難中などの場合、配偶者に扶養照会が行われると生命の危険に直結します。
2021年通知で運用の一部は改まったが……
コロナ下の2021年2月26日と3月30日、厚生労働省は通知や事務連絡を発出し、運用を一部改めました。「扶養が期待できないケース」として次の条件を挙げています。
・DV、虐待の被害がある場合。
・親族に借金を重ねている、相続で対立している、絶縁状態であるなど関係が悪化している場合。
・長期入院患者、専業主婦・主夫、70歳以上の高齢者、未成年者、10年以上音信不通の親族。
厚労省通知は、DV・虐待のケースは「扶養照会をしてはならない」としましたが、後の2つの条件については「直接照会することが真に適当でない場合、扶養の可能性が期待できないものとして取り扱って差し支えない」という表現にとどめ、各自治体、福祉事務所の裁量に任せました。
このため、自治体により対応が大きく分かれています。東京都中野区や足立区は申請者が親族への連絡を拒む場合は扶養照会をしない対応を取っています。生活保護の申請は憲法25条に定められた国民の権利であるという原則を保障するためです。一方で、申請者が望まないにもかかわらず、ほぼ100%扶養照会をかける自治体もまだ多くあります。
仕送り確認できないのに、保護申請却下や減額
要請後の記者会見では群馬県桐生市と奈良県生駒市の不適切事例が明らかになりました。
桐生市では扶養照会の結果、親族からの仕送りの実現性が確認できていないのに仕送りを収入認定し、保護費を減額したり、申請を却下したりしていました。群馬県の特別監査で次のような事例が見つかりました。
・年金収入が最低生活費以下の高齢の妹から不足分として1万1933円の仕送りを認定し、申請を却下
・娘からの扶養届の仕送り額の記載が「1万5000円」であったものを「3万372円」に金額訂正し、却下
・行方不明の長男名義の扶養届を施設職員が代筆し、仕送りを認定し、却下
・姪への2万円の仕送りを行っている申請者に、「不足分」として甥からの仕送り1706円を認定し、却下
・姉からの扶養届で、当初金銭的な援助は「できません」にチェックが入っていたのを、「援助します」と内容訂正されて、却下
監査では面談記録約450件のうち70件以上に不適切な対応が見られたといいます。
また保護開始となったケースでも、実態とは違う仕送りを収入として認定し、保護費を減額していました。
仕送り額のところだけ違う筆跡 職員代筆も
関口直久・桐生市議は仕送りを収入認定され、最低生活費を割り込んだ事例について説明しました。
「つい最近になって、本人と支援者の協力で実態がわかってきた。5年以上生活保護を利用していたが、月7万円ほどの支給があるべきところを、仕送り3万円が認定されて減額、さらに金銭管理団体から1万円を天引きされていた。親族とは断絶状態で仕送りはあり得ないのだが、市のケースワーカーが仕送りの見込額を収入とみなして、天引きしていた」
「桐生市に関しては声を上げたり、マスコミの取材に答えたりすることに恐怖を感じている人が多い。それほど水際作戦のスティグマがある。情報公開で取り寄せた現況届を見ると、仕送り額のところだけ、違う筆跡で数字が書き換えられていた」
77歳、認知症の母の扶養を理由に保護廃止
奈良県生駒市では50代の女性の保護申請を、70代の母親に扶養意思があるとして市が却下。奈良地裁は今年5月30日、市の処分を違法として、女性に慰謝料等55万円を支払うよう市に命じました。市は控訴せず、判決は確定しました。
判決などによると、市は精神疾患の後遺症がある原告の女性に、働くよう指示。その後、求職活動が不十分だったとして指導指示違反を理由に生活保護を停止しました。さらに「アパートを引き払い実家に戻ろうと思っている」という女性の供述をもとに「親類・縁者等の引き取り」を理由に保護を廃止しました。女性は保護の廃止後、実家に戻れず、電気やガスが止まったままの状態で、市に対して2回保護申請をしましたが、市は77歳で軽度認知症の母親に「引き取り」の意向があるとして、申請を却下しました。母親の意向は、市の職員3人が母親宅に出向いて強く打診した結果、母親が口頭で応じたことを根拠にしていました。
判決は「実際に原告が母と同居して引取扶養を受けるには至っていない」「母の意向を聴取しただけで実現可能性について何ら具体的な調査・検討をしていない」として、市は職務上の法的義務を果たしていないと結論づけました。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/168/093168_hanrei.pdf
奈良県の生活保護行政をよくする会の赤山泰子さんは原告の女性の状況について「生活保護を廃止され、実家にも帰れずに困窮していた。精神疾患があり、仕事を失い、食べるものがなくなって困っていることすら、自分からSOSを発することは難しい状態だった。女性の後ろには尊厳を守ることができなかったケースがたくさん隠れている」と話しました。
「極限状態を長く続けると喜怒哀楽の感情が失われる」
同会事務局長の飯尾大彦さんは、女性の法廷での様子について述べました。
原告代理人から原告への証人尋問の中で「生活保護の再申請、再々申請が却下されてどう感じたか」と問われ、原告は「何も感じませんでした」と答えたそうです。
「極限状態を長く続けていると喜怒哀楽の感情が失われてしまう。支援している私達もこの方は表情がない人なのかと思っていた。しかし、勝訴判決の時には本当に喜んでいた。ああ、こういう表情を出せる人なんだ、という新たな発見があった。ケースワーカーの対応がひとりの人間の喜怒哀楽、感情をつぶしてしまうんだと強く感じた」(飯尾さん)。
扶養照会の強行、地方では変わらず
支援団体「つくろい東京ファンド」の小林美穂子さんは「全国から扶養照会が怖い、嫌だといっても強行されるという相談が届いている。東京では運用が随分変わってきたが、地方では全然変わっていない」とみています。
・10年以上疎遠な親族や、扶養の見込みがない高齢者や年金暮らしの人にまで「決まりなんです」と押し切る。
・照会の結果、家族関係が悪くなっても責任はとらない。
・「決めるのはこっちだ」「あなたに決定権はない」「やってみないとわからない」と申請者の訴えを無視してねじ伏せる。
そんな運用がなされている、といいます。
就職したばかりの娘に扶養照会をしないでくれという男性に、「半年待ってやるからその間に働いて保護を抜けろ」と取引を持ちかけた事例もありました。
大阪市城東区「DVだという証拠がない」
7月23日、大阪市城東区で、夫からDV被害に遭っていた女性が「離婚届が出されていない」などを理由に保護申請を却下され、身を寄せた知人宅で暴力を受けて亡くなった事件が明るみに出ました。
小林さんはこのケースとは別のDV被害女性について、城東区の生活保護担当職員の発言の音声データを聞きました。
「DVだという証拠がない」
「虐待の通報歴があるというなら、履歴照会して本当にあるかないかを調べさせてもらう」
「ほんまに命の危険があるんやったら、いいけど」
「何度も通報してるんやったら、刃物を向けられたんやったら、私たちもさすがに考える」
扶養照会をする理由として職員はよく、「緊急連絡先を確保するため」「精神的な支援が必要だから」を挙げています。小林さんは「それは扶養照会という形でなくともできる。特にDVのケースは扶養照会をしてはならないという禁止事項になっているはず。扶養照会はやめるべきだと強い信念を持って訴えます」と話しました。
全国会議の事務局長を務める小久保哲郎弁護士は「厚労省の通知が自治体の不適切な対応を誘発している。2021年の改正ではやはり不十分だ」と見ています。
要望書を手交した際、厚労省は「通知には問題がない」という姿勢を崩さなかったといいます。小久保弁護士は「不適切事例についての報道や、世論の力が後押しになる。ぜひ変えていきたい」と述べました。