LGBT理解増進法が施行された2023年6月23日、津田塾大学が「トランスジェンダー女性の受験資格を認める」と発表した。トランスジェンダーへの誹謗中傷が深刻化していた時期でもあり、SNSなどではその一報を心強く思う声が上がった。決定までの経緯やこれからの女子大学が目指す道を、髙橋裕子学長に尋ねた。
津田塾大学では、2025年度入試(2025年4月に入学する学生が受験する入試)より多様な女性のあり方を尊重することを基本方針とし、女子大学で学ぶことを希望するトランスジェンダー学生(性自認による女性)にすべての学部、大学院研究科にて受験資格を認めることといたしました。(略)性に多様性があるということを社会全体でどのように理解を進めていけるのか。多様な女性のあり方を包摂していく過程で、周縁に置かれている様々な女性たちがエンパワーされ、自らの力量を信じて真摯に前進していけるよう支援していく。それが、21世紀の女子大学のミッションであると考えます。
津田塾大学 学長 髙橋裕子
(2023年6月23日、津田塾大学ホームページより)
アメリカの女子大学の先進的取り組み
―6月の学長談話を読みました。トランスジェンダー学生の入学に向けて、どのような検討をしてきたのでしょうか。
髙橋学長 私が2013年度から14年度にフルブライトの客員研究員としてアメリカのウェルズリー大学に滞在しているとき、セブンシスターズと呼ばれる、アメリカで歴史的に重要な女子大学(一つはすでに共学化し、もう一つはハーバード大学に吸収され、現在は 5つ)が、トランス女性の入学資格を認めるかどうかということを検討していました。その時に現地で経験したことを踏まえて、2016年に論文「トランスジェンダーの学生をめぐる入学許可論争とアドミッションポリシー」を書きました。2018年以降、日本でもトランス女性の入学資格を認める女子大学が次々誕生しました。私が学長に就任したのは2016年度ですが、年度末に日本女子大学からトランスジェンダー学生の入学についての講演依頼を受け、個人的な見解として「女子大学は性自認が女性の学生を含めていくべきだと思う。トランスインクルーシブ(トランス女性を包摂する)という教育理念を持っていくべきだ」とシンポジウムで話しました。このシンポジウムがきっかけになり、2017年には朝日新聞が全国の女子大学に「トランスジェンダー学生の受け入れ」についてアンケート調査を行いました。そこで大きく、トランス女性の受け入れが女子大学のこれからの課題なのだということがクローズアップされたのです。そして私たちも2017年度に学内て委員会を立ち上げ、検討を重ねていきました。
髙橋学長の論文「トランスジェンダー学生の受け入れと女子大学のミッション」(2019年、『女たちの21世紀』№98)によると、アメリカでは2013年、セブンシスターズのスミス大学に出願したトランス女性を大学側が出願対象者から除外したことをきっかけに、スミス大学の在学生たちが激しい反対運動を展開。大きく報道され、トランス女性の受け入れが女子大学に共通する課題であることを顕在化させた
―検討の中で、学内からはどのような声が上がったのでしょうか。
髙橋学長 話し合いの中では、「これから迎え入れる学生」のことだけではなく、いま在学している学生や教職員の同じような問題についても考えるべきではないか、という声が上がりました。その指摘は非常に的を射ていると思いました。もしも在籍している学生や教職員が性別を変更したいと希望したら、変更できるようにしなくてはいけない。さらにジェンダー・セクシュアリティの課題だけではなく、外国籍の学生からは「通称名で学位記が取れるような規則をつくってほしい」という声が上がりました。結婚した大学院生から「旧姓を学位記に書いてほしい」というような希望もはっきりと出るようになった。これらの規定も一緒に整えていく作業から始めたわけです。それは、非常に良かったと思っています。2020年度はコロナ対応で精いっぱいになってしまい、検討委員会を開くゆとりがなく、ようやく2021年度に再開しました。いろいろなガイドラインや要綱が決まり、ジェンダーの専門家への相談窓口の設置や事務局の体制も整えて、2025年度募集からトランス女性の学生を受け入れることになりました。
―トランスジェンダー学生の入学について話し合ったことで、これまで見えていなかったさまざまな人権課題にも光が当たったという感じがします。
髙橋学長 そこがとても重要だと思います。さまざまな声が上がるようになり、みんなが多様性に目を見開いて対応していくべきだという流れになった。学生の中には、ノンバイナリー(nonbinary=特定の性別に当てはまらないジェンダーアイデンティティをもつ人)もいるだろうし、多様なジェンダーアイデンティティの人々が「すでに在籍しているはずだ」という前提のもとで、対応する必要があると考えるようになりました。これは卒業生も同じです。卒業生はみんな「女性」だと思いがちですが、必ずしもそうではないという認識を持つことが重要だと思っています。例えば、トランスジェンダー当事者のなかには津田塾大学の同窓会活動に参加できない、したくないと思う人もいるかもしれない。あるいは自宅に「津田塾大学卒業」ということが分かるような郵便物が届いたら、自分のセクシュアリティを知られてしまうかもしれない。男性として生きている卒業生が、そういうものを受け取りたくないと思う可能性はあります。トランスジェンダーの女性を「今後、受け入れる・受け入れない」ではなく 、在校生・卒業生を含めジェンダーの多様性については「すでに存在している」という認識で対応することがあらゆる面で重要なのです。
―トランスジェンダー学生の受け入れについて公表した6月23日は、ちょうど国会でLGBT理解増進法が施行された日でした。トランスジェンダーの方々への誹謗中傷が激化していた時期でもあり、励まされるニュースでした。
髙橋学長 SNSなどで誹謗中傷が激化していたことはよく知っています。本学の事務局にも賛否の声が寄せられ、対応に苦慮したことは事実です。2018年にお茶の水女子大学がトランス女性の受け入れを発表して以降、トランス女性を差別し、排除するような言説が広まってきました。賛成か反対かを言うのは、本人の自由です。しかし、デマを流して分断させるようなことをし、その中で人権侵害が起こることはあってはならない。
―すでにトランスジェンダーの女性が学んでいるアメリカの女子大学の様子はどのような感じなのでしょうか。
髙橋学長 この夏、セブンシスターズのひとつであるバーナード大学に調査に行きました。バーナードは2015年からトランス女性を受け入れることを発表しています。セブンシスターズ5校の中では最後に決定を公表しました。その当時のバーナードの学生や卒業生、教職員にアンケートをしたデータが大学の資料室に残っていて、それを読んできました。比較的年齢層の高い卒業生からは「今まで通りであるべきだ」といった声もありました。アンケ―トの質問の仕方が印象的で「性のとらえ方が多様になってきている中で、これから女子大学であるバーナードはどういう道をとるべきだと思いますか」というような設問がありました。性別の捉え方が多様になってきているので「これからどういうふうに女子大学として対応していくべきだと思うか」と聞いているのです。当時も、さまざまな「懸念の声」を上げる人たちがいたようですが、2023年現在、結局、懸念されたようなことは起きていません。
―トランスジェンダーの人権について話すと「女性の権利が脅かされる」という方向に話を持っていく人もいます。
髙橋学長 「女性だけの空間を確保したのに、女性を装った男性たちが入ってきたら、どうするんですか」といった不安、なりすましをどうやって排除できるのかというような議論は、確かにありました。しかし、トランス女性になりすまして入学し、4年間女性として大学に通って女子大学である「津田塾大学卒業」と履歴書に書いて、就職しようという人が、果たしてどれぐらいいるでしょう。ちょっと、考えにくいです。
もう一つ、私たちが配慮したのは、生まれた時にあてがわれた性別が女性の学生の中で、在学中にトランジションして男性として生きていきたいという人への対応にも配慮する必要があるということです。最高裁の違憲判断があったように、トランスジェンダーの性別変更で課される「手術要件」というのは、非常に人権を侵害するものだとWHOからも指摘されているわけです。手術要件のある国は先進諸国の中には日本以外ありません 。トランス男性にとってどこの段階で「男性として認識され、生活していた」という証拠を示せるかが性別変更にあたって重要になるという話を聞いたことがあります。大学としては、もしも学生が男性にトランジションするのであれば、その人が男子学生の名で、男子学生としてここで生活していることをエビデンス(証拠)として積み上げられるよう、協力できたらいいなと考えています。
―津田塾大学が目指す教育理念を教えてください。
髙橋学長 学生たちはこれから、多様な性のあり方がより一層認められる社会の中で、生きていくことになるだろうと思っています。性自認だけではなく、性的指向なども含めた多様な性です。しかし日本の社会では、女性がいまだに非常にマージナル(周縁)なところに置かれている。そういう状況があるからこそ、女性がもっとエンパワーされなくてはならないですし、同時に「同じように周縁に置かれた人々」、よりマイノリティーであるトランスジェンダー学生とともにエンパワーされることが重要です。周縁に置かれている多様な女性たちがエンパワーされ、自らの力量を信じて前進していけるように、大学として支援していく。それがこれからの女子大学のミッションであると考えています。