ただ、生活していただけで

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ただ生活していただけなのに、身に覚えのない「借金」を背負わされていた。理不尽すぎる。

 〈50万8068円を返還してください〉

 7月下旬、生活保護を受給している秋田市の女性のもとに、こう書かれた通知が届きました。差出人は秋田市福祉事務所長。〈生活保護法第63条の規定に基づく費用返還額決定通知書〉というタイトルでした。

 女性は、夫と2人の子どもとの4人暮らし。女性も夫も精神障害があり、働き続けることが難しくなって、6年ほど前から生活保護を利用しています。保護費は2人合わせて月20万円弱。何もかもが値上がりして苦しいところに、50万円という「いわれなき借金」を突き付けられました。

 「どうしたらいいんだろう、と。びっくりしてしまって」。女性は途方に暮れ、知り合いに教えてもらった秋田市の民間団体「秋田生活と健康を守る会」に相談しました。

市の「判断」は変わると信じていた

 女性は精神障害者保健福祉手帳の3級、夫は2級を持っています。夫は2023年夏まで、障害者加算(月1万6620円)を受け取っていました。しかし、それが秋田市の「支給ミス」だったと分かりました。夫は、秋田市から「障害者加算の返還」を求められた生活保護世帯120人(117世帯)のうちの一人。障害者加算を止められたうえに「これまで受け取った約80万円を返還してもらわなければならない」と市から告げられました。

 女性には当初、秋田市の判断はきっと変わるはず、と信じる気持ちがあったそうです。「やはり、間違っていたのはこちら(秋田市側)なので、返還決定は無しになりましたとか、そういうことになるんじゃないかと、希望を持っていました」

 秋田市はその後、当事者の返還額をできるだけ減らす「自立更生」(返還額から「生活に欠かせないもの」の購入費を差し引くこと)という手続きを進めました。女性の一家も、この5年間で購入した物品を申請するよう市から伝えられ、家電や家具などの領収書をコピーして提出しました。

 領収書がない物品については、申請自体を諦めました。本当は、一番出費がかさむ食費を引いてほしいと思いましたが、女性の一家の場合、食費は控除の対象になりませんでした。

突き付けられた50万円の返還

 そして7月29日、秋田市から冒頭の通知が届きました。

〈電化製品、寝具、生活用品等の費用計289,072円について、自立更生費用と認めます。よって、508,068円を返還してください〉とあり、言葉を失いました。

秋田市の女性のもとに届いた通知。508,068円を返還するよう記されています(秋田生活と健康を守る会提供。赤線は筆者による)

 今回の問題で当事者の一人は100万円近かった返還額が0円(返還なし)になっています。ある人は0円。ある人は50万円。このような大きな開きがなぜ生じるのでしょうか。

 自立更生の控除の考え方について、秋田市は「決まった物品を一律に控除対象としたわけではない。例えば病気などその世帯ならではの事情を考慮し、その世帯にとって食料品や消耗品を控除対象にする合理性があるかどうかで判断する」と説明しています。それが結果的に、世帯間の大きな開きにつながっています。幼い子どもが2人おり、両親とも精神疾患のある世帯に50万円の「借金」を負わせて、一体、誰が得をするのでしょうか。

「月1000円の分割払い」を迫る

 女性は「返還額決定通知書」のほかに「履行延期申請書」という文書も受け取りました。
 50万8068円の「債権」を月々1000円の60回で払ってもらう――いわば「分割払いの誓約書」です。

女性が受け取った「履行延期申請書」(秋田生活と健康を守る会提供)

 「市役所のかたから電話が来たときは『こちらのミスで、申し訳ないです』ということを強調されていました。でもいざ、書類が来てみると、まるで私たちのほうに責任があるように、書かれていました。返さなければいけないのか、ずっと払っていかなければいけないのか、それは大変なので、どうにかしなければ、と思いました」

 「秋田生活と健康を守る会」の後藤和夫会長は「この物価高のなか、月の生活費から1万7000円近いお金を減らされただけでも大変なのに、加えて50万円という返還額を示され、さらに『分割で月1000円ずつでどうか』とまで言われている。月1000円ずつだからよい、というものではないのです」と話します。

返還決定を取り消した千葉県

 後藤さんによると、2021年に秋田市と同じ「障害者加算の誤支給問題」が発覚した自治体があります。千葉県の印西市です。

 印西市も、秋田市と同じように自らのミスで生活保護世帯に障害者加算を過大に支給し、当事者に過去の分を返還するよう求めました。
 印西市が返還の根拠としていたのも、秋田市と同じく生活保護法第63条(費用返還義務)。その主張も「保護の実施機関が保護の程度の決定を誤って不当に高額の決定をした場合等にも適用されると解釈」したというもので、秋田市が議会答弁などで行っている主張(「実施機関の瑕疵(かし)であっても、それを理由に返還を求めないことはできない」)と同じです。

千葉県の裁決文書にある印西市の主張(秋田生活と健康を守る会提供。赤線は筆者による)

 これに対し、返還を求められた当事者の1人が、千葉県に「印西市の返還決定を取り消してほしい」と審査請求しました。

 そして今年1月、千葉県は当事者の主張を認め、印西市の決定を「社会通念上著しく妥当性を欠くもので(略)違法又は不当なもの」と断じ、返還決定を取り消す裁決を下しました。

千葉県の裁決文書(秋田生活と健康を守る会提供。赤線は筆者による)

「正当な額だと信頼し、生活してきた」

 千葉県の裁決には、次のような一文があります。

 〈(当事者は)支給された保護費を正当な額であると信頼していたと推認され、その信頼に基づいて、過大支給額の全部又は一部を生活費に費消したとも考えられる〉〈分割返納であればそれだけで常に被保護者世帯の自立を阻害することはないといえる根拠は何らなく――〉

 秋田市の当事者も、同じです。
 市から支給されたお金を正当なものと信頼して、生活費に充てていた。ただ、それだけなのです。そして分割返納であっても、当事者の苦痛が薄まるわけではありません。

 千葉県の裁決を受け、印西市は今年7月、ほかの当事者12人の返還も求めないと発表しました。

秋田県に審査請求

 これまで、当事者に返還を求めないよう秋田市に繰り返し要望してきた「秋田生活と健康を守る会」は8月27日、秋田市長に対し、改めて返還を求めないよう要請書を提出しました。

 一方、50万円の返還を迫られている世帯の女性は、8月30日、市の「返還決定」を取り消すよう秋田県に審査請求を行いました。

 秋田県が今後、どのような裁決を下すのか。見守っていきたいと思います。

【参考資料】
・千葉日報 2024年7月10日 生活保護費13人に返還求めず 印西市の過大支給問題、千葉県裁決受けhttps://www.chibanippo.co.jp/news/national/1247495

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