核兵器禁止条約の発効に貢献し、2017年のノーベル平和賞に選ばれた国際NGO「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」の事務局長、メリッサ・パークさんが19日、広島市を訪れ、トークショーに登壇しました。同条約は核兵器を「非人道兵器」とし、使用はもちろんのこと、開発や保有、そして威嚇(おどし)までも禁じています。これまでに70カ国が批准し、22日には発効から3年を迎えますが、アメリカの「核の傘」に依存する日本は「不参加」の態度を変えていません。
トークショーのテーマは、「おしえてメリッサ!『市民が国際会議にトピックを押し上げるには?』」。国会議員に条約への賛否をたずね、核なき世界を目指す広島の市民グループ「カクワカ広島(核政策を知りたい広島若者有権者の会)」のメンバーが、ICANの活動から社会を変えるためのヒントを得ようと、「根掘り葉掘り」質問しました。
ICANの活動は、「たった数人でキッチンテーブルを囲み、核兵器をなくすためには何ができるか話し合う」ことから始まったといいます。「どこから始めるかは問題ではなく、何をするかが重要です」というメリッサさんの話は、社会課題の改善・解決に取り組むすべての人をエンパワーする内容だと感じました。活動を続けるすべてのみなさんにエールを込めて、その内容をシェアしたいと思います。
(小山美砂)
トークショーの会場は原爆ドームから歩いて約10分、店主の安彦恵里香さんが「まじめなことを話しても引かれない場所をつくりたい」と2017年にオープンさせた「Social Book Cafe ハチドリ舎」でした。
開口一番、メリッサさんは「すべての場所にハチドリ舎が必要ですね」とほほえみました。彼女は、ICANの事務局長には昨年9月に就任したばかりで、これまでは国連関係の国際弁護士として活躍してきました。以下、トークショーでの発言内容です(敬称略。通訳はハチドリ舎スタッフでシンガーソングライターの瀬戸麻由さん)。
メリッサ これまでは国際的な法律家として、国連関係の仕事をしてきました。ガザやコソボ、イエメンでの仕事を通して、戦争がいかに人間に影響を及ぼすかを直接的に見てきました。その後は出身のオーストラリアで国会議員として活動しました。国に影響を与えるには、議員であることが必要だと思ったからです。
今はICANの事務局長を務める私ですが、この問題とは離れた西オーストラリアの農園で生まれ育ちました。特に若い世代の人たちに言いたいです。どこから始めるかは問題ではありません、何をするかが重要です。情熱をもって、できることを見つけてください。芸術や音楽をつくることは、爆弾をつくるよりはるかに良いことですね。そして対話をすることは、戦争の準備に取り組むことよりもはるかに良いことのはずです。
私は今夜、核兵器ほど人間に不正義なものはないという思いでここにいます。
活動のはじめ方、続け方
「カクワカ広島」共同代表 田中美穂 私たちは主に広島に住む高校生や大学生、会社員たちが、核兵器のない世界の実現を願ってゆるやかにつながるグループです。団体名の「ワカ」には、核問題を「『分か』りたい」「『沸か』せたい」という意味を込めています。2019年1月から活動をはじめ、今月で6年目です。広島県選出の国会議員に会って核兵器禁止条約への賛否を問い、参加への道筋を聞く活動を続けているほか、発信活動にも力を入れています。23年には14回、イベントを企画しました。
カクワカ広島では月に1回のミーティングで次の企画やアクションについて話し合っています。私も会社に勤めながら活動を続けていて、学生メンバーも多いですし、忙しくて大変だな、という時もあります。具体的な質問になるのですが、ICANではどのくらいの頻度で、どんな風にミーティングをしていますか?
メリッサ まず、ICANは2007年、オーストラリアのメルボルンで始まりました。その時はキッチンのテーブルを数人で囲みながら、「核兵器をなくすために何ができるだろう?」と考え始めたんですね。そして、他の対人地雷やクラスター爆弾など、その兵器を「禁止する」というキャンペーンがあったので、これに沿った活動にしたらどうか、と。この兵器は道徳的にも法的にも違法なんだ、という規範を高めることから始めました。
ジュネーブにオフィスを構え、協力的な国の政府と、各地のパートナー団体とともに行動しました。核兵器の非人道性に関する国際会議をオスロやメキシコ、オーストリアなどで重ねて機運を高め、新しい条約をつくろうと取り組みました。
そして、設立から10年後の2017年7月には核兵器禁止条約が国連で採択されました。核の非人道性をしっかりと世に示してきたからこそですが、これは、被爆者の声によるところがとても大きいです。そしてこの年の10月に、ノーベル平和賞はICANに授与されることが決まったのです。
これらの活動は、「どうにかこの状況を変えなければいけない」という気持ちからスタートしました。核保有国が、これ以上自分たち以外には核兵器を広めたくないけれども、自分たちが手放す気はないという態度をとっている。核拡散防止条約(NPT)にサインしたにも関わらず、彼らは核軍縮を進めません。なんとかこれを変えないといけない、と思ったんです。
人類学者のマーガレット・ミードはこう言っています。「小さな懸念する人々によって、世界には変化がもたらされる」。本当にその通りだと思います。だから、まず始める、進む、行動することです。
ICANがノーベル平和賞を受賞したときもスタッフはたった4、5人でした。それぐらいの人数でもできる、ということです。大事なのは、ムーブメント、世界の動きを作り出すこと。いろんなグループと同盟を結ぶようなイメージで動いていくということ。そうすれば、一つのパワーをどんどん増幅させるようなことができると思います。
ICANには今14人のスタッフがいますが、全員がフルタイムではありません。リモートで海外から働いている人もいますし、家庭の事情によって働き方が変わったりもします。「私こそがやる」というエゴも、他の人への猜疑心や闘う気持ちもありません。準備を重ねて、現場ではそれぞれができることに集中する。そういうスタイルで仕事を続けています。役職による序列もなく、本当にフラットなチーム体制です。
ミーティングは、週に1回です。それ以外にもセクションごとの話し合いがあります。海外にいるメンバーも参加できるように、週ごとに違う時間に開催するといった工夫をしていますし、それぞれのメンバーが家族の事情や働き方にどんなニーズを持っているかにも気を配っています。そして、健康的に働いていられるかも重要ですね。メンタルヘルスも常にケアしながら活動を続けています。
お金の問題、どうしてる?
「カクワカ広島」岡島由奈(大学生) 私たちは日々の活動資金を、寄付金や講演などでいただいたお金でまかなっています。たとえば国会議員に会いに行くための交通費でも、私は学生なのでカクワカで集めたお金から出してもらうこともあります。活動を続けていくために必要なものだと思うのですが、財政はどうしているんでしょうか。
メリッサ 最初はノルウェー政府から支援を受けていました。当時、核兵器廃絶にとても積極的だったからです。しかし政権がかわって、すべて打ち切られてしまいました。今はそんなに大きな額ではないものの、いくつかの政府や財団から支援があります。でもそれ以上に個人の寄付によって成り立っているところがあります。
これは他の市民団体でも同じことだと思いますが、考え続けなければいけない問題ですね。例えばファンドレイザー(資金調達を専門的に担う人)を雇うとか、資産家に声をかけるとか、そういうことをやっていこうとまさにトライしています。
メッセージをどう広げていくか?
メリッサ メッセージをより幅広い人たちに発信していくことも大切です。核兵器はよく安全保障に関する文脈で語られますが、その他のいろんなことに繋がっている部分があると思うんですね。
例えば人権です。この核兵器はどの兵器よりも、人権の脅威になるものだと思っています。生きる権利、生きるに値する環境を持つ権利、健康に生きる権利が脅かされます。例えばインドとパキスタンの間で、世界に存在するたった10%の核兵器が使われたとしても1億2000万人以上が亡くなり、やがて訪れる「核の冬」※ によっても20億人が飢餓で亡くなるとの試算があります。そしてこの「核の冬」による死者は、もしアメリカとロシアのような核大国による戦争だとしたら、55億人にものぼると言われています。
※核戦争によって著しい気温低下などの大規模な環境変動が起こり、人為的に氷期に入る現象のこと
核戦争が一度起こってしまったら、被害はその戦争がある地域だけに留まりません。世界的に広がるし、環境も動物も、すべての生き物が影響を受けるのです。いかに核の問題が他の分野にまたがるか、わかると思います。
例えば環境活動をしている若者に「一緒にこれをやろうよ」と呼びかけることが大切ですね。「もしも核兵器を廃絶することができたら、世界的にこんな大きなことを達成できるよ」と、そういう関係性を世界で築いていく努力も必要だと思います。
メディアにはどう働きかける?
田中 メディアへの働きかけも、大切だと思っています。2023年の ICANの活動に関するレポートを読んだのですが、その中に「核兵器の非人道性と核兵器禁止条約をもっと報道するよう働きかけた」とありました。最初の頃は、核保有国が加盟し、支持する核拡散防止条約(NPT)ばかり取り上げられていたけれど、年末には核兵器禁止条約に言及した報道が58%、NPTが42%に入れ替わった、と。どんな風に取り組んだのか、聞かせてください。
メリッサ ICANのスタッフは若い人が多いんですね。私が2番目に年上のメンバーになります。彼らは SNS を使うのが上手で、TikTokやInstagram、Xをつかって上手に発信しています。そこには伝統メディアとは違うメカニズムが働いているだろうと思います。メンバーの中にはBBCで働いてきたジャーナリストもいるので、伝統メディアに記事を出してもらうことが得意なメンバーもいます。
大事なのは行動です。常に新しい切り口を提示する。自分たちが伝えたいことを、どうやって新しい切り口で「報道しがいのあるもの」にしていくか? メディアのみなさんはいつも新しいものが好きなんですよね。今日は、私が新しい存在としてここにいるから沢山のメディアが来てくださいましたが、明日にはもう誰もいなくなっているかもしれない。自分たちが伝えたいことを、いかにニュースにする甲斐があると思ってもらえるものにしていくかが大切だと思います。
「カクワカ広島」共同代表 高橋悠太 市民社会の問題意識を、国際会議の議論の場に上げるためにはどうしたらいいでしょうか。
核兵器禁止条約の中では被害者の救済や環境回復を進めることも盛り込まれていて、たとえば広島では「黒い雨」を浴びた被害者の救済の問題があります。もう少し視野を広げて見ると、水爆実験で被ばくした漁船の問題もあります。いろんなトピックや問題意識が市民社会の中にありますが、それをどうやったら国際会議の場に反映させられるでしょうか。
メリッサ 何かが起こる場に自分が招かれるのを待っていては何も始まりません。いつでも、外から議論に入っていく必要がある、ということですね。例えばサインを掲げてデモをするでもいいし、グレタ・トゥーンベリさんも国会の前に1人で座り始めることから広がっていく様を私たちは見てきているわけです。とにかく行動を起こすこと。そして、他の人を巻き込んだ行動を起こすことです。近しい環境にあるけれど違う場所にいる人と行動を起こすことがとても大切です。
例えば「黒い雨」の話が出ましたけれども、アボリジニの先住民、太平洋の島々の人たちも「黒い雨」の話をしています。私たちはテクノロジーを持っていてつながることができますし、ICANのような組織のネットワークもぜひ使ってもらえたらと思います。
まずは声をあげていくことが必要です。アフリカに、こんなことわざがあります。「もし、自分は変化をもたらすには小さすぎる存在だと思ったら、一匹の蚊と一晩寝てみなさい」。蚊がたった1匹いるだけでも、うっとうしくて眠ることが難しいですよね。本当にちっぽけで、影響力がないと思いますか?
国を変えるためには政治家になった方がいいの?
高橋 メリッサさんは、国に影響力をもつために政治の分野に入ったといいます。私の中では、就きたい職業として政治家という選択肢はなかなか上がってこなくて……。より効果的に、核や平和の問題に対してコミットするために、政治家という選択はどれぐらい有効なのかお聞きしたいです。
メリッサ まず私が国会議員になったプロセスは、普通と違っていました。私が「選挙に出る」と言ったというよりは、リクルートされたんです。だから私は政治家になるにあたって、何も自分というものを手放す必要がありませんでした。
学んだこととしては、多様で、全く異なるバックグラウンドを持つ人たちと働くことの意義です。例えば政治的な意見が全く違うと認識しているような人たち同士であっても、何か別の特定の問題については仲間になって、一緒に動けるかもしれません。例えば‟保守的“であっても、《地球に対して保守的で、地球を守りたい》と思っていれば、仲間になれます。そういうふうに何か一点で判断するんじゃなく、視野を広げて仲間を見つけていくことが大切です。
この時代に政治家をやり続けるのは、本当に「やる」という意思がないと難しいことだろうと思います。かといって、今ある政党や政治的な組織の中でそれを見つけることも難しいでしょう。だから、市民社会の力が必要なんですね。市民社会がプレッシャーを与えることで何とか政府を動かしていく。一緒に働くことのできる良い政治家の人と行動しつつも、きちんとプレッシャーを与えていくということもぜひ大切にしてください。
私たちが今後、大切にしていくべきことは?
メリッサ まずは仲間と一緒に座ってみて、何ができるんだろう、どうやってやればいいんだろうと自由な発想で考えていくことです。「これだ!」と思いつく瞬間がきっとあって、行動を進めれば世界や宇宙に助けてくれるものがきっとあるはずです。仲間と一緒に直感を信じ、やるべきことを見つけてください。それが世界を変えると信じています。
ポジティブな変化は、一晩で起こるようなものではありません。少しずつ、少しずつ変化を積み重ねてようやく勝ち得ることができるのです。行動し、それを続けていきましょう。
行動を続けるすべての方に、エールを!(取材後記)
ICANは、各国の政策決定者へのロビー活動を通して核兵器禁止条約発効までの流れをつくり、ノーベル平和賞を受賞した団体です。その成果は大きく、そして輝いていて、それがゆえに「私にはとてもできない」と無力感を抱くこともありました。しかし、この日メリッサさんからいただいたお話からは活動のプロセスや日々の悩みがよくわかり、とても身近に感じられました。例えばICANの活動は、キッチンテーブルを囲んだ数人の話し合いから始まったこと。他のあらゆる市民団体と同じく、資金繰りには苦労し、頭を悩ませていること。しかし、そんな中にあっても「まず動くこと」が社会を変えるのだと確信させてくれるお話でもありました。
解決したい社会課題が、数多くあります。すでにアクションを起こし、行動を続けて下さっているみなさんに心から敬意を表するとともに、これから踏み出そうしている方にもエールを送ります。
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