「帰れ」という言葉で下を向く必要はないと在日の子どもたちに伝えたい 裁判の記録を出版 

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「帰れ」という言葉が、在日コリアンを苦しめている

2023年10月12日、横浜地裁川崎支部がある画期的な判決を出しました。

在日コリアンの女性にインターネット上で投げつけられた「さっさと祖国へ帰れ」という文言は「不当な差別的言動(ヘイトスピーチ)」にあたるとし、書き込んだ男性に対し、100万円の慰謝料を払うよう命じたものです。

女性は川崎市の崔江以子(チェ・カンイヂャ)さん。ちょうど1年にあたる2024年10月12日、裁判の経過をまとめた本『「帰れ」ではなく「ともに」 川崎「祖国へ帰れは差別」裁判とわたしたち』の出版記念報告会が、川崎市で開かれました。

「祖国へ帰れは差別」裁判
2016年3月、ヘイトスピーチ解消法の前段として野党側が提出した人種差別撤廃推進法案の審議にあたり、崔江以子さんが参考人として参議院で意見を述べた。このことや川崎市・桜本でのヘイトデモ規制をきっかけとして、崔さんに対し、執拗なヘイト書き込みが行われるようになった。同年6月、「ハゲタカ鷲津政彦」という男性のブログに「日本国に仇なす敵国人め。さっさと祖国へ帰れ」と書かれたことを受け、崔さんは法務局に人権侵犯被害を申し立てた。ブログを管理する会社が書き込みを削除したところ、男性は崔さんを「差別の当たり屋」「被害者ビジネス」と中傷。崔さんの弁護団は発信者情報開示で男性の住所を割り出し、2022年1月、損害賠償請求訴訟を起こした。
横浜地裁川崎支部(櫻井佐英裁判長)は2023年10月12日、ヘイトスピーチ解消法に基づき、「祖国に帰れ」は不当な差別的言動、「差別の当たり屋」「被害者ビジネス」は侮辱にあたると認め、男性に対し、前者に100万円、後者に70万円の慰謝料を払うよう命じた。

ハルモニたちのビデオメッセージ

報告会では「祖国に帰れ」という言葉が、在日コリアンをはじめ「外国にルーツのある人」たちを排除する目的で、日本社会で使われてきたことが明らかにされました。

崔さんが館長を務める「ふれあい館」に集うハルモニ(おばあさん)たちからはビデオメッセージが寄せられました。裁判はハルモニたちが書いた「さべつはゆるしません」の旗の下で行われました。

「もっともっと(『帰れ』と言われた)話はある。けど言わないだけ。ここで暮らさないといけないから隠していることがたくさんある。どんどん言うべきだと思う。みんなの輪を作って一緒にやっていく」

「韓国帰れ、と言われたら、二世三世は言葉もわからない。韓国に帰ったら日本人といわれる。この人たちはどうすればいいですか」

「小さいころから民族差別をいやというほど味わってきた。終戦になったら今度は『帰れ』と言われた。人間として許されないことだと思う。年賀状にヘイトを書いてくる。本当にひどい。『帰れ』『殺す』『一人残らず根絶やしにする』。そういうことが許されていいのでしょうか。今、私たちはみんなまじめに働いて、年金を払ってちゃんと生きています。『帰れ』に対して、訴えたことが、罰則を与えられて本当によかった。がんばってみなさまと生きていきます」

書籍は崔さんと裁判を支えて来た4人の共著です。一人ずつ、順番にこの裁判の意味を語りました。

書くことで守ることができる

神奈川新聞の石橋学記者はヘイトについて記事にすると、ヘイトが煽られる悪循環に悩み、その先を考えたと話しました。

「被害者が声を上げれば更なる攻撃がくる。記事を書けば被害が拡大してしまう。じゃあ、書かないのか。いや、書く事で守ることができるのだ。どんなに傷ついても訴えることをやめなかったカンイヂャさんの姿から私は学ぶことができた」

石橋学記者=川崎市川崎区

「具体的に差別をやめさせる条例や法律を国や自治体に作らせる。マイノリティを攻撃しない社会をつくるためには、書くしかない。客観報道とか両論併記とかいった従来の報道の仕方ではなくて、差別と闘う報道が必要で、メディアこそがその先頭に立って、反差別の行動をやっていかなければならないと気付かされた。(この裁判を通して)メディアのありようも変えることになっていったと実感している」

判決のバックボーンにはヘイトスピーチ解消法と、ヘイトスピーチに罰則を科す全国初の条例「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」があります。崔さんたちが声を上げることで獲得してきた成果です。

「何もないところから法律、条例をつくって、勝訴判決というものがもう一つの規範を打ち立てていった。まだ見ぬ包括的な差別禁止法や、さらなるヘイトスピーチ規制の条例につながっているのだと思う」

「差別との闘いは社会を変える。植民地支配を反省せずにいるこの国に変革をもたらし得るんだろうな、と考えています」

「帰れ」はヘイトスピーチの排除類型

弁護士の神原元さんはヘイトスピーチに対抗する裁判の流れの中でも、大きな意味のある判決だと話しました。

神原元弁護士=川崎市川崎区

「2013年の京都朝鮮学校襲撃事件に対する京都地裁判決は、人種差別撤廃条約を適用し、1200万円の損害賠償を認めました。でも従来の民法の枠組みの中では扱いは定まっていなかった」

「2016年制定のヘイトスピーチ解消法は理念法で、罰則がなく、『〜してはならない』という禁止規定がない。実効性には疑問があった。ところが成立と前後し、川崎市内のヘイトデモの差し止め仮処分が行われた。横浜地裁川崎支部は、ヘイトスピーチは民法上違法で、表現の自由の保障の範囲外だとして、デモの主催者に桜本地区への接近禁止を命じた」

「1980年代の指紋押捺拒否事件の時、在日コリアンにあてた脅迫状をまとめた本があるんですが、そこでも日本人は『日本の法律が守れないなら国に帰れ』と言ってきた。しかし、『帰れ』は直ちに違法ではなかった。一つの意見表明と解釈され、民法上は違法ではないとされてきた」

「今回の判決は、『帰れ』をヘイトスピーチの3類型のうちの一つ『排除類型』にあたると認定した。この言葉が人格権を侵害し不法行為であるとして、100万円という賠償を認めた。法律上は非常に大きな前進だ」

「帰れ」の背後にそびえ立つ「日本」

同志社大学教授の板垣竜太さんは、「帰れ」発言が歴史的にどのように使われ、今を生きる在日コリアンにどのような苦痛をもたらしているかを、文献やアンケートから浮き彫りにし、裁判所に意見書を提出しました。

板垣竜太さん=川崎市川崎区

「在日朝鮮人にとって『帰れ』がなぜヘイトなのか。この後ろには無数の被害があるのだと、客観的に論証することを自分に課して書いた」

アンケートはウエブフォームで行い、20〜80歳代の49人が協力しました。

板垣さんは「帰れ」発言は、日本人が決めたことへの服従要求とワンセットだ、と指摘します。

アンケートには、2014年の体験として次のようなものが寄せられました。

「大学の授業で日本人学生のコメントシート『日本は日本人の国であり、在日は日本の法律と規則にそって生きればいい』が読み上げられ、教員が在日朝鮮人の学生に反論させたところ、さらに『文句があるなら帰ればいい』というコメントがあり、それも読み上げられた」

「帰れ」は、ミソジニー(女性嫌悪)との複合で日本人男子から在日朝鮮人女子に向けられることも多く、物理的な暴力を伴うこともあります。「帰れ」と言われた被害は深刻で、沈黙やPTSDをもたらすことが見えてきました。

マイノリティの側は、その言葉を聞くと、本当はまったく正当性のない言葉であるにも関わらず、彼の背後に大きな『日本』というものがそびえ立っている感じがして、あたかも反論が許されないような感覚に陥ります。普段は自分を外国人と意識せず過ごしていても『帰れ』という言葉を耳にした瞬間に、日本という場所に自分がいてはいけないのだろうかと強烈な疎外感を覚えます」(アンケート回答より)

板垣さんは「これだけ多くの被害経験を読むと、だんだん心が辛くなってくる。いままでいかに知識としてしか、この被害体験を感じていなかったかと身にしみた。一字一句無駄にすまいとすべてを付録につけて意見書を書いた」と話しました。

「帰れ」「出て行け」という言葉の巨大な主体は日本政府であることも見えてきました。1950年代、日本政府が政策として朝鮮半島出身者に退去を強制したことが源流にあります。その後も外国人登録令や出入国管理令により、在日朝鮮人を管理統制下に置き続けました。

「『帰れ』の裏側には『来たくてきたんだろ』『勝手にきたんだろ』という無理解がある。意見書はそれへの抵抗の形として歴史を読み直し、語り直すことになった。日本社会には構造的に『帰れ』ヘイトが存在しており、様々なレベルで対策が必要だ」

判決を生かすためマジョリティが闘う

弁護士の師岡康子さんは判決文の一部を読み上げました。

師岡康子さん=川崎市川崎区

「朝鮮半島へ帰れというのは、原告が日本の地域社会の一員として過ごしてきたこれまでの人生や原告の存在自体をも否定するものであって、当該表現が原告の名誉感情、生活の平穏及び個人の尊厳を害した程度は著しく、これらの人格権侵害による原告の精神的苦痛は非常に大きいものと認められる」

この判決を多くの人に知ってもらい、「帰れ」と言われた時は「違法だ、100万円払え」と使ってほしいとする一方で、法律自体にはっきりと禁止が書き込まれたわけではないので、いちいち裁判をしなければいけないという問題が残っていると指摘しました。

裁判はヘイト被害者への大きな負担になります。師岡さんは、崔さんへの本人尋問も、最後まで迷ったと明かしました。被告代理人から攻撃的な質問を受けたり、さらに差別的なことを言われたりする危険性があるからです。

「こういう判決を積み重ねていけばいいのでしょうか? その都度、原告が非常に大きな負担を負う。多くの人が犠牲を払ってきた。本当にもう十分です。この判決を生かすために当事者が声を上げるのではなく、マジョリティの私たちが闘わなければならない」

「帰れ」以外にも、みなし差別(在日認定)の禁止、ある属性の人には「犯罪者が多い」という表現の禁止などが、必要です。師岡さんはヘイトスピーチ解消法に禁止規定を盛り込むことや、包括的差別禁止法の制定を求めました。

差別の加害からの更生にも役立てて

崔江以子さんは判決後の、周囲の反応について語り始めました。

崔江以子さん=川崎市川崎区

日本中の在日の人から、ホッとした、ありがとうという感想が寄せられました。私も、自分も、僕も、この言葉に痛めつけられてきた、『帰れ』とぶつけられてつらかった、自分の子どもがこの言葉をぶつけられないように日本国籍に変えた、会社に行けなくなった、友達でいられなくなったなど、本当にたくさんの痛みの体験が語られた後に、だから嬉しかったと書かれていました

地域では、「よく勝った」といいながら食事や飲み物をおごってくれたり、自分の被差別体験を話してくれたり、何度も何度もお礼を言ってきたり。

「みんなの痛みがこの判決によって救われた。そのことを共有できることを嬉しく思っています」

今年3月、崔さんは自分に関する新たなインターネット上の差別投稿を見つけ、刑事告訴をしました。206もの侮蔑的な言葉が書き連ねられていました。9月に、その書き込みをした人が特定されました。未成年者でした。

崔さんは当初、「帰れ」という言葉をぶつけられる朝鮮学校の子どもたちに、沈黙を強いられて下を向く必要はないんだよ、と届けるために本を書き始めました。

いま、未成年者が差別投稿をする現実に接し、「ネットで悪口をちょっと書き過ぎちゃったではなく、自分は差別をしたんだということを加害者の少年には見つめてほしい」と考えています。

「差別の加害からの更生のために、この本をぜひ少年にも読んでほしい。差別からの更生を導く裁判体にも読んでほしい。更生を支える家族にも読んでほしい。差別の被害が、少年や更生を導く人に届いて、差別をしたことへの反省をし、差別の被害を想像できるようになるように、しっかりと届けられ、役に立てていただければと今は思っています」

川崎に条例ができたことで、ヘイトの矛先が埼玉県川口市のクルド人に向かっていることにも胸を痛めています。

「川崎だけが守られていいわけではありません。前へ前へ。ともに進んでいきましょう」


◆『「帰れ」ではなく「ともに」』は大月書店刊。240ページ。本体1800円。

板垣竜太さんの意見書はhttps://researchmap.jp/read0201419/works/42192786からダウンロードできます。