「離婚後の子どもの親権と面会の決定では、ジェンダーに基づく暴力を考慮」国連女性差別撤廃委員会が、DV被害女性の意見を聞き勧告

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国連女性差別撤廃委員会が、離婚後共同親権に関する懸念と勧告を出したよ

離婚後の子どもの親権と面会の決定ではジェンダーに基づく暴力を十分に考慮する——。

今年6月に民法を改正して導入が決まった「離婚後共同親権」の運用について、国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)は10月、日本政府に勧告を出しました。委員会が開かれたのはスイスのジュネーブ。渡航費や滞在費がかかるため、DV被害を受けている日本の女性当事者が声を届けることは難しい。それならば、と弁護士3人が「DV虐待を許さない弁護士と当事者の会」を結成して、現地で当事者の声を代弁して勝ち取った成果です。石井真紀子弁護士らが11月1日、東京都内で記者会見を開き、勧告の意義を説明しました。エセックス大学フェローの藤田早苗さん(国際人権法)も同席しました。

DV被害女性の立場から1分半のスピーチ

CEDAWの日本政府へのモニタリング審議は8年ぶり。委員会と日本政府代表の質疑応答に先立ち、NGOや市民団体などのブリーフィングが行われました。その中でNGOは国内の女性差別の実態や政策提言を行うことができ、勧告にも反映されます。2022年の国連自由権規約委員会の日本審査では、共同親権推進派や連れ去り厳罰化などを主張するグループがロビー活動を行いましたが、DV被害女性の立場からの発言はありませんでした。その状況への反省から、今回、石井弁護士らは2本のレポートを出し、1分半のスピーチを行いました。

ジュネーブでの活動について話す「DV虐待を許さない弁護士と当事者の会」のメンバー=東京都内

その概要は以下の通りです。

離婚を多く手がける弁護士の立場で以下のように考えている。
この10年間、家庭裁判所はDVや虐待があっても親子の面会を強制してきた。
現状でもDV被害者や経済的に弱い立場にある女性に対する保護が不十分であるところ、2026年から離婚後の共同親権制度が導入されることが決まり、DV加害者はこの制度を悪用して被害者に嫌がらせを続けることができるようになる。
裁判所がDVや虐待を適切に見抜けず、判断ができないことが事態を深刻化させ、調停など裁判所の手続きが被害者への加害となり得る。
離婚に関連する女性の問題として、母子世帯の貧困がある。その半数が相対的貧困の状態である。原因として「70%が養育費を受け取っていない」「男女の賃金格差が大きい」「離婚の90%は法的なチェックを受けずに双方の合意で成立する協議離婚である」ことが挙げられる。

面会が「子どもと母親の安全を損なう可能性」

弁護士らの報告を受け、日本政府代表への質疑を経て、CEDAWは日本政府に対し、3点の懸念を示し、それぞれに対応する勧告を出しました。

【懸念点】

a)民法の規定が遵守されておらず、その結果、女性にとって、資産の管理、銀行口座や不動産の名義へのアクセス、離婚手続きにおける財産の平等な分割が困難になっていること
b)現在の協議離婚制度の下では、家庭裁判所は、虐待的な父親が関与している場合であっても、また保護命令が出されるべき場合であっても、子どもとの面会を優先することが多く、子どもと被害者である母親の両方の安全を損なう可能性があるという報告
c)シングルマザーの子育て支援を目的とした政策が、シングルマザーが直面する社会経済的な課題やシングルマザーに対する性差別的な固定観念の根強さに適切に対処していないこと

【勧告】

a)離婚手続きにおいて平等な財産分与を可能にするため、民法の規定の遵守を確保するための措置をとること
b)離婚を求める女性に安価に法的助言を提供すること、また裁判官と家裁調査官が子どもの親権と面会を決定する際にジェンダーに基づく暴力を十分に考慮するよう能力開発を強化・拡大すること
c)シングルマザーを支援するために、十分な数で安価な保育施設や柔軟な勤務形態の提供を通じて、職業生活と家庭生活の両立を促進することを含め、的を絞った措置を採用し、シングルマザーをめぐる性差別的な固定観念をなくすこと

「十分に活用できる有用な勧告」

石井弁護士は「家裁は単独親権の下でもDVや虐待を顧みずに、加害者の親と子どもの面会を強要してきた。DV被害者への保護が不十分な中で共同親権が導入されると、加害者が嫌がらせを続けることができてしまうという危機感がある。裁判所が適切な判断ができないと事態が深刻化する。手続きそのものが被害者へのダメージとなり得る」と話しました。

国連女性差別撤廃委員会の勧告を読み上げる石井真紀子弁護士(中央)=東京都内

母子世帯の相対的貧困率が先進国で最悪レベルであることも併せて訴え、追加のメモを作り、委員に話しかけるなど、スピーチ以外のロビー活動も行いました。

その結果として、「これから改正民法が施行されるにあたり、十分に活用できる有用な勧告が勝ち取れた」と話しました。

日本政府は2013年6月、「国連の勧告には法的拘束力がない」と閣議決定しています。これについて、藤田早苗さんは「勧告に法的拘束力がなくても、条約には拘束力がある。条約に批准したことがすでに実施をコミットメントしている。国連の勧告は実施のための指針を与えてくれたものと解釈するべきだ」と話しました。また、英国では国内人権機関が国連の勧告を履行するよう政府に促し、BBC(英国放送協会)などメディアもチェックを続けていることを引き合いに、「日本のメディアも法的拘束力がないという政府答弁を流すだけでなく、政府が勧告に沿った政策を実行するかどうか、監視してほしい」と話しました。

「共同親権」がそぐわない日本固有の事情

世界的に「共同親権」を採用している国が多い中、日本で「共同親権」を取り入れることの何が問題なのか、国連の委員に伝わったでしょうか?

この質問に対し、石井弁護士は「DV被害者に対する保護が不十分で、家庭裁判所の裁判官・調査官がジェンダーに基づく暴力について適切に判断できていない」という日本固有の事情を挙げました。

また「日本人は子どもが大きくなるまでは離婚しない夫婦が多い。子どもが成人するまでは婚姻関係を維持し、共同親権です。子どもが小さいうちから離婚率が高い欧米各国と、共同親権率においては変わらない」とも話しました。CEDAWでは、日本の女性が離婚できない背景として「子どもを持つ女性の平均賃金が、男性の35%しかなく、飢えて死んでもいいぐらいの強い決意をしないと家を出られない」とアピール。

「親子面会の現場が女性への暴力につながっているという特別報告もあり、世界的にも共同親権の問題点が見えてきているという感触があった」と振り返りました。

日本の家庭裁判所の裁判官・調査官の能力がなぜそんなに低いとされているのか、について石井弁護士は「多忙で、一つひとつのケースに時間をかけられない」とみます。

「改正民法ではDV・虐待がある場合は共同親権にしないとしているが、裁判所のリソースがないと面会交流強制と同じことが起きてしまう。共同親権をやるのであれば、司法予算を拡大して、ジェンダーがわかる裁判官を養成してほしい」と注文をつけました。