物価高に呼応した生活保護基準額の引き上げを求める緊急集会「下げるな!上げろ!生活保護基準」が12月4日、東京・参議院議員会館で開かれました。弁護士、司法書士、支援団体、生活保護利用当事者ら190人が会場に集い、260人がオンラインで参加しました。支援団体は物価高騰に対応し、生活必需品の購買力を維持するためには、13%以上の引き上げが必要だと試算しています。一方、財務省は11月、来年度予算から基準額を引き下げる方向で検討するよう求めています。
月2万円以上も下がった「いのちの最終ライン」
生活保護基準額は「いのちの最終ライン」とも呼ばれ、保育料減免、国民保険料減免、高額療養費自己負担限度額など、他の47の社会保障制度と連動しています。この引き下げは、生活保護利用者だけでなく、広く国民の「健康で文化的に生きる」権利を脅かします。物価高に呼応して最低賃金が上がり、広く国民に「手取り額が増えた」と実感できるような賃上げが求められる中、生活保護基準額だけが引き下げられるというのは矛盾しています。
小久保哲郎弁護士は基調報告で、2004年以降の生活保護基準額の引き下げ状況について説明しました。
2004年 老齢加算廃止
2013年 生活扶助平均6.5%引き下げ 期末一時扶助引き下げ
2015年 住宅扶助引き下げ 冬季加算引き下げ
2018年 生活扶助・母子加算・児童養育加算引き下げ
この20年間に減額された金額(平均)は
高齢単身世帯で2万2950円(2004年比-24.5%)
夫婦子2人の世帯で2万4040円(2012年比-10.9%)
母子世帯で2万2230円(2012年比-10.5%)
生活苦を理由にした自殺、2年で200人超
物価高の中で生活保護基準額が据え置かれた結果、自殺者が増えています。
厚生労働省の自殺統計は2022年から「無職者」を細分化し、「生活保護受給者」のカテゴリーが新設されました。22年は1014人、23年は1071人が自殺しています。
中でも深刻なのは自殺理由に「生活苦」を挙げた人の多さです。22年は86人、23年は118人にのぼります。
集会では生活保護利用当事者の訴えがありました。
◆大学生と高校生の娘がいるシングルマザーのAさん
2016年秋から7年間、生活保護を受給しました。元夫のギャンブル依存が一因となった生活困窮でしたが、その後、私自身が乳がんを患い、思うように働けませんでした。しかし生活保護を受けることで、治療と仕事と家事と育児をし、2人の娘たちを育てることができました。
離婚前の生活保護を受けるまでの暮らしは大変厳しいものでした。夫は朝早くから終電まで働いていましたが、お給料は少なく、ギリギリの生活でした。しかも月に数回入る出張は手当てが付かないので、食事代がかさみ、大変でした。がんばって節約しても追いつきません。今思えば、きっと夫は「もっと良い暮らしを」と考えてギャンブルに手を染めてしまったのでしょう。もちろん、お金は増えるどころか、あっという間に多重債務に陥りました。私も働きながらなんとか生活を回して、借金を減らそうとしましたが、どうにもなりません。夫は「もうこの会社では生活ができない」と、退職してしまいました。転職はうまくいきませんでした。
幼い子どもたちを一度も病院に連れて行けなかった
夫はアルバイトをしました。しかし、家族4人の健康保険料を支払うことができず、無保険の期間がありました。保険がないと病院代は高額です。数年間、幼い子どもたちを一度も病院に連れて行くことができませんでした。発熱すると、「おねがい、なんともありませんように」と、祈ることしかできなかったのは一番辛かったできごとです。
食費も相当削っていたので、私は今より8kg痩せていました。子どもたちに食べさせるために、自分はあまり食べずに水を飲んでしのいでいました。「貧しいのは親である私のせいなんだから、私に食べる権利はない」と思っていました。お風呂はガス代を浮かせるため、湯温を下げて少なめにお湯を張り、娘2人と身を寄せるようにして入っていました。シャワーは使いません。浴槽に貯めたお湯で身体を洗います。当然上がるころには随分と冷めたわずかなお湯が残っているだけ。真冬、子どもたちは「寒い寒い」といいながら、あわてて身体を拭いていました。1日の疲れをとってほっこりと温まる、そんなイメージとはかけ離れたものでした。お風呂の残り湯でトイレを流していました。室内の電気も暗くなるまで、点けません。子どもたちを午後8時までには寝かしつけて電気を消します。テレビを見る楽しみも、ホッとする時間も何もない夜でした。
夏場、クーラーは点けません、夜は寝入った子ども達をうちわであおぎました。寒い季節はつらかったです。寒さでみじめな気持ちになるからです。息をひそめて薄氷の上を歩くような生活でした。人として健全な生活とは言えなかったと思います。
生活保護があったから暮らしを立て直せた
来年から生活保護の生活扶助費が削減されると聞きました。保護受給世帯の支出額が、一番貧しい一般世帯の支出額と比較すると上回っていたので減らす、と聞いています。
今、私がお話ししてきた生活が、比較される一番貧しい世帯の実態です。基準額を下げることには絶対に反対です。あの暮らし以下では、心や体が弱っている人たちがまともな暮らしができるとは到底思えないからです。
離婚後、私と娘たちの人生の歯車は保護を受けるようになり、うまく回り出しました。安定した暮らしの中で笑顔も増え、長女は大学に進学でき、生活保護から外れました。私も元気を取り戻し、今年1月から正社員として働く機会に恵まれ、生活保護から卒業となりました。7年間、人並みの暮らしがあり、娘2人を健全に育てることができたのも、この制度のお陰です。部活動を存分にさせてあげられる。教科書代金も出していただけるので、安心して学ばせることができました。
7年間、どのケースワーカーさんも娘たちの育ちや私の健康を親身になって思ってくださり、とても励みになりました。この制度がなければ私たち家族はここまで回復することができなかったと思います。貯金がなくなり病気になった、心身ともにボロボロになった、もう自分ひとりではどうしようもなかった、そんな暮らしの立て直しが出来て、娘と私の成長を支えてくれた生活保護制度には感謝しかありません。
ケースワーカーさんからは最後に、「限界までがまんして困ってしまう前に必ず相談に来てください」と声をかけていただきました。保護から抜けることに少なからず不安な気持ちがあった私は、とても安心することができました。保護廃止の申請を終えて、区役所の階段を降りながら、これまでの感謝がこみ上げてきて、涙がいっぱいあふれました。
本当に多くの支えがありました。これからの未来も生活保護がみんなにとって生きる希望となり、安心し続けられる制度でありますようにと願っています。
◆うつ病と皮膚炎を患い、簡易宿泊所に暮らす40代のBさん
うつ病を患っていて、生活保護を受給しています。皮膚炎もひどいです。簡易宿泊所で生活しています。
3畳ぐらいの部屋に生活しています。調理ができるといいながらも、50人が暮らす中で、有料のコインのコンロが2つだけ、横にならぶとフライパンも振れない狭さ。電子レンジは700Wのものが1台だけです。
お風呂に関しては週6日入れます、しかし17時半から22時の時間制限があり、日曜日は休みです。私は皮膚炎を患っていて、毎日汗を流さなければいけないので、銭湯に行きます。これも家計にダメージとなります。
物価の上昇によって食事が作れないので、お弁当を買うしかない。これまで最安値でよく利用していた302円のお弁当が453円に値上がりしていました。50%以上の値上がりです。大手のスーパーに税込み430円のお弁当があるのですが、毎食それを食べると栄養素が足りずに、病院に怒られる始末です。その状態の食事をしていても、生活扶助費の54%が食費に消えてしまう。
40代でまた働きたいと思っていても、資格取得など学ぶための費用にお金が回せない。これ以上物価が上がってしまったらどうしようと思い、心を休めることができません。精神面はギリギリのラインで耐えています。生活保護の引き上げをしていただき、今一度、当事者の暮らしを考えていただければと思っています。
◆福祉職から生活保護利用にいたった60代のCさん
40歳で転職して2級ヘルパーをとった。第2の人生を福祉に求めたんですね。
同じ頃親父が倒れて寝たきりになった。母親もその2年後、要介護2になった。
兄は結婚して子どもができたので、親を介護することができないと私に押しつけた。それから、仕事は福祉、家でも福祉という生活が続きました。14年前に父が亡くなり、今年の2月に母を看取りました。
親の年金だけでは介護の自己負担金は払えない。特養ホームの介護士をしていた時、会議が入ると母を預けていた小規模多機能施設に連絡し、延長して預かってもらわなければならなかった。延長料金が自己負担になるのが、かなり痛かった。
福祉の職場はほとんどが非常勤。次々資格を取りながら、それをフルに使っていくつもの仕事をかけもちをするという生活になりました。仕事をしていない時は寝ているか、母の介護をしている状態。そういう生活が続いて、在宅ヘルパー、精神障害者の世話人、知的障害児の放課後児童デイサービスの職員と仕事を転々とし、社会福祉士の資格も取り、スクールソーシャルワーカーもしました。夫のDVに悩むシングルマザーの相談も受けた。なんでこの人たちが、こういう目に遭わなきゃいけないんだと、今思い出しても涙が出ます。学習支援事業で、福島から避難してきた子どもの面倒もみました。
そうした折に、「経済的に困ったら生活保護があるよ」という大筋を伝えていました。生活保護の申請に同行支援したこともあります。でも、いま自分が2019年度から生活保護を受けるようになり、生保を勧めてよかったのかな?と思っています。
「あんた生保だろ?」CTの撮り直しできず
私は腰に持病があるわけです。歩くと蛇行しちゃう。今までかかっていた整形外科のお医者さんが病気になって診療をやめられたので、別の病院に移ったんですね。私の腰のCTは5年前のものでした、「撮り直しできますか?」と聞くと、ケースワーカーから大声で、「あんた、生保だろ。CTは1枚3000円〜5000円するんだよ。税金は大事に使いなよ」と言われました。
そんなこともあり、「私が生保を勧めたお母さんは、子どもたちは、無事にやれているかな、いいワーカーさんにあたるといいな」と思ってしまうのです。
私は左の腎臓が全く機能していません。うつも患っています。64歳なので、もう1回就労したいとは思うんだけど、チャンスがない。生活保護を月額11万円いただき、電気代が6000円〜8000円、家賃が2万5000円。残り8万円弱が日用品や食費になる。2級精神障害者で加算もついていますが、余裕がない。2ヶ月に1回、2カ所のフードパントリーも利用しています。食品の高騰、光熱費の高騰がキツいです。交通費も都営交通の範囲内なら無料パスですが、親父の出身地の福島に行く旅費は出ない。従兄弟たちとは東日本大震災以来、会えていません。
両親の納骨の費用もない
父母とも最低限の葬儀ですませました。納骨の費用がなく、未だにお骨が部屋にあるんです。それをどうしようかという悩みもある。
生活保護基準をデフレが原因で切り下げたというなら、インフレの今、早く元に戻してほしい。付け焼き刃の給付をいくらしても、私たちは生活困窮から抜け出せない。憲法25条にはほど遠く、健康を維持するのがギリギリの状態です。
「物価」に関する相談が急増
コロナ禍で始まった弁護士、司法書士らによる「いのちと暮らしを守るなんでも相談会」では、2022年2月から「相談事例」「国への要望」に「物価」というキーワードが生活苦の文脈で登場し、その後、毎回出てくるようになりました。同時に生活保護利用者の生活苦の訴えも増えてきました。
60代女性 生活保護費が下がっている。電気が使えない。100均の懐中電灯を使っている。弁当を半分ずつ食べている。(2022年10月)
80代女性 単身。生活保護を利用させていただきながら、申し訳ないとは思うが生活費が足りない。高齢で身体も弱ってきており、物価上昇で、ガスは最低限しか使わず、エアコンは使うと電気代が大変なことになるので、一日中湯たんぽを抱いて過ごしている。他者とのコミュニケーションはほとんどない。(2022年12月)
50代男性 生活保護利用中。食料がほしい。家電が壊れ、冷蔵庫が使えず、給湯器のお湯が出ない。食材もスーパー等で安い物を買っているが生活が苦しい。特に野菜の高騰。1日1食が週2日くらいある。5年前に上司のパワハラで失職した。(2024年4月)
80代女性 生活保護を利用しているが、物価高でまともに食事も摂ることができない。月の食費は1万5千円でおさめている。病気を持っているため食事に気をつけなければいけないのだが、献立はお粥などに限られ、量も少ないため、毎日白湯やお茶を飲んで空腹をしのいでいる。(2024年7月)
相談会実行委員で司法書士の福本和可さんは「生活保護の利用者がこれほどの生活苦を訴えるのはあってはならないこと。生存権の侵害です。この事態が始まってもう3年ほど経つんですね。この間、国はいったい何をしてきたのか。もっともっと真摯に対応していれば、救われた命があったのではないかと思います。生活保護基準を物価に見合った額に速やかに引き上げていただきたい」と訴えました。
財務省、2023年以降の物価上昇を加味せず
高木健康弁護士は消費者物価指数と家計調査をもとに、物価高が生活保護世帯にどのような影響を与えているかを試算しました。世帯支出から、住居、医療、教育にかかわる費用を除いて計算したところ、2人以上の世帯で13.5%、単身世帯で13.9%、支出が増えていました。
財務省は「2019年から23年にかけての消費者物価指数の伸びは5.6%。低所得者の支出の伸びは1.6%に過ぎない」と試算し、保護基準額の引き上げは必要ない、と結論づけています。
高木弁護士は「この数字には、2023年以降に物価上昇した分は含まれていない。生活必需品の食料、水光熱費などについてみると、低所得者の支出は9.5%増。この2年間の特例加算は2.1%なので、不十分であることは明らかだ」と指摘しました。
ドイツは直近3ヶ月の物価上昇率を上乗せ
法政大学の布川日佐史教授はドイツと日本の生活保護基準額の算出制度を比較しました。
「ドイツは算出の手法を法律に明記し、指数の算出は統計局が行うなど、透明で公正な扱いになっている。ロシアのウクライナ侵攻後の物価急騰を受け、2023年から直近3ヶ月の物価上昇率を上乗せして改定することにした。また、物価が下がっても生活保護基準額は引き下げない措置(セーフガード)も採っている」
「一方、日本は所得下位10%を基準にした消費水準均衡方式で5年に一度見直し。2013年は物価変動率を基に引き下げた。これはデフレ調整と呼ばれた。いま必要なのは2019年以降のインフレに対応したインフレ調整だ。またセーフガードも明確にすべきだ」
その上で、国会で議論されている「103万円の壁」について、「課税最低額は生活扶助基準額を参照して決められた。壁を壊すというのなら、生活扶助基準も引き上げるべきだと、明確に求めて行く必要がある」と話しました。
いのちのとりで訴訟、最高裁へ
生活保護費の減額については、1000人以上の利用者が原告となり、全国29都道府県で、憲法25条に違反するとして国に減額決定の取消などを求める「いのちのとりで」訴訟が提起されています。これまでに33の裁判体(地裁29、高裁4)で判決があり、原告が19勝14敗となっています。
2023年11月30日、名古屋高裁は「国に少なくとも重大な過失がある」「(生活保護利用者は)生活扶助費の減額分だけさらに余裕のない生活を、長時間にわたり強いられてきた」とし、国に慰謝料の支払いを命じる初の判決を言い渡しました。原告の逆転勝訴です。来年には、最高裁判決が言い渡される見込みです。
閉会にあたり、「いのちのとりで全国アクション」共同代表の尾藤廣喜弁護士は4点を追求していく、と明らかにしました。
1 「いのちのとりで訴訟」を最高裁で勝ち切る。
2 生活保護基準額を絶対に引き上げなければならない。
3 夏季加算の創設を求める。
4 生活保護法から、権利保障を明確にした生活保障法へ
いのちのとりで裁判全国アクションは、来年の最高歳判決を見据え、署名活動に取り組んでいます。