2016年から2022年まで放送された地方局のバラエティ番組内で、セクシュアルハラスメントを受けたとして、番組に出演していたフリーアナウンサーの女性が6月6日、株式会社あいテレビ(愛媛県)を相手取り、東京地裁に約4111万円の損害賠償請求訴訟を起こしました。女性は番組収録やテレビ放映によって人格や性的自己決定権を傷つけられたと訴えています。女性の代理人弁護士らによると、女性はPTSDを伴う重篤なうつ状態にあり、番組降板から3年7カ月経つ今も仕事ができない状態が続いています。
契約書なし、収録1カ月分5万円
訴状などによると、女性は2016年の初頭に、あいテレビとの間に業務委託契約を締結し、深夜番組の司会をすることになりました。契約書は交わされず、契約内容は口頭で確認されました。
主な契約条件は次の通りです。
- 女性がアナウンサーとして司会進行役を担う。
- 出演者は俳優・画家のA氏と僧侶のB氏
- 15分間の番組
- 収録は2カ月分を1回で行う。
- 出演料は1カ月あたり5万円
- 出演料以外の費用は女性が負担する。
「ちょっと大人の夜」が「エッチな話」に……
当初、女性に伝えられた番組のコンセプトは「俳優・画家のAと県仏教会会長のBが、酒を酌み交わしながら、面白話、昔話、感動秘話等を繰り広げ、ゆっくりとした時の流れの中の語らいを通して『ちょっと大人の夜』を提供する」というもの。
しかし、実際には「エッチな話に罪はなし!?」「放送コードギリギリのトークが売り」などのコピーをつけて、下ネタトークやセクシュアルハラスメントが反復かつ継続的に行われました。身体に触る、服のファスナーを下ろすなどの直接的なわいせつ行為もあったといいます。収録に携わっているテレビ局のスタッフ約10人が現場にいましたが、1人を除いて男性で、著名タレントと僧侶によるセクシュアルハラスメントを中止することなく、その状況を積極的に容認していました。原告の女性をみなで嘲笑したり、わいせつ行為を撮影し収録したりすることで性的な辱めに加担していました。スタッフは率先して場を盛り上げていました。

カメラワークやテロップで性的な意味を強調
訴状に添付された書面では具体的に37の場面を挙げ、テレビ局側の安全配慮義務違反を指摘しました。
放映に関しては、収録した内容を削除せず、カメラワークで性的な表現を強調したり、「床上手」「S」などのテロップをつける、イラストをつけるなどして性的な意味を強調し、公共の電波を使って、女性の尊厳や人格権を侵害しました。
女性はとてもつらい思いをし、プロデューサーに複数回相談しましたが、何も具体的な対応が取られず、改善がないまま、収録、放映が続けられました。
不眠、倦怠感、過食嘔吐、突発性難聴、皮膚疾患などに悩まされるようになり、2021年11月にプロデューサーに降板を申し入れました。11月19日が最後の収録となりました。
「性的な話はしない」という条件で収録に望みましたが、出演者が視聴者に対し、「下ネタを控えたが、つまんない、元にも戻してくれというんだったら一筆書いてください。その通りにいたしますから」と発言。セクシュアルハラスメントについて理解がないことに絶望し、降板することになりました。
訴状には、女性アナウンサーが「商品」として位置づけられ、ひたすら笑みを絶やさず、でしゃばらず、出演者に気を遣いながら、専門性を発揮して司会進行しなければならなかった、とあります。
地方・女性・フリー 権力格差がそろっていた
会見に出席できなかった女性の代わりに、民放労連スタッフユニオンの岩崎貞明書記長がコメントを読み上げました。
私は、原告のフリーアナウンサーです。
株式会社あいテレビ制作のバラエティー番組に、6年弱の間、進行役で出演しました。 その収録や放送において男性出演者やスタッフらから繰り返しセクシュアルハラスメントを受け、心と体を病み番組を降板しました。
元々の番組コンセプトには性的な内容を感じさせる文言は一切無く、著名な男性タレン トと地元の有力者である僧侶が酒を酌み交わしながら語り合うというものでした。収録が始まってみると、台本はなく、打ち合わせやトークテーマの提供もありませんでした。収録時間は最小限でカメラは回しっぱなし、カンペの指示も何も無い中、私は、テンポよくトークテーマを変えていくように指示されていました。
台本が無いので、セクシュアルハラスメントはいつも唐突に始まりました。出演者らの 卑猥な下ネタ話や執拗な性的いじりを、スタッフらはいつも大笑いして盛り上げ、私がどう反応するかおもしろがっていました。スタッフも積極的に性的な話題になるよう加担 し、セクシュアルハラスメントはどんどんエスカレートしました。私に隠して事前に著名 タレントにハンディカメラを渡しアダルトビデオの撮影シーンのようになるよう仕向け、 衣装のワンピースの背中のファスナーを下ろされても大笑いして撮影は続行され放送もされました。
お酒で酔っぱらった男性出演者、男性ばかりのスタッフ、頼れる人も助けてくれる人も なく、狭く閉鎖された収録場所で男性たちに囲まれ嘲笑され、見せ物のように性的な辱め をうける恐怖は、今でも決して忘れることができません。人としての尊厳を踏みにじられ る屈辱と悲しさで抵抗する気力も奪われ、たびたび目の前がぐらぐら歪んで意識が遠ざか って行くような感覚に襲われました。それでも、仕事を続けるためには進行役として番組 を成立させなければならないという一心で、必死に強がり、声が枯れるほど笑い、楽しんでいるかのように振る舞い続けるうちに、心と体が壊れてしまいました。
昨今、メディア・エンターテインメント業界の構造的な問題やアナウンサーの脆弱性が 指摘されていますが、地方・女性・フリーのアナウンサーとなると、さらに立場は弱くな ります。圧倒的な権力格差を前に、自分の心を押し殺して我慢するしか選択肢がなくなります。この番組の制作現場には、そういったハラスメントが発生する要因となるあらゆる 条件がそろっていました。
ハラスメントや性加害は仕事や日常生活など多くのものを奪います。さらに、声を上げることで人間性を傷つけられ、落ち度を追及され、生きる気力まで奪われることもあります。私は今も治療を続けていて、深い傷は簡単に癒えるものではないということを痛感しています。
この提訴を通じて、奪われた尊厳を取り戻し、業界の因習が改善され、同じように苦しむ人たちがこれ以上増えないための抑止力となるよう、心から願っています。
BPO「人権侵害は認められず」
女性はBPO(放送倫理・番組向上機構)の放送人権委員会に、この番組を通した人権侵害について申し立てを行いました。
2023年7月18日、BPOは「人権侵害は認められず、放送倫理上の問題もあるとまでは言えないと判断した」と発表しました。
決定理由の中で、BPOは「表現内容に着目して放送局の責任を問うことは表現の自由に対する制約につながりうるので、人権侵害ありとの判断には謙抑的であるのが妥当である。本件番組では眉をひそめたくなるような言動もあるが、人権侵害に当たる言動があったとは認められない」と裁決しました。
林教授「局側の警報装置が働いていなかった」
2016年までBPOの委員を務めた東京大学大学院情報学環教授の林香里さんは、この決定に強い違和感を抱き、原告を支援するとの立場を表明しました。

「BPOは人権侵害の被害から女性を救済するということを放棄している。彼女の願いは自分のような被害を繰り返さないようにということ。この件での損失が認められなければ訴え損となり、テレビ局が極めて危険で有害な職場であることを追認することにならないか、と思う」と話しました。
女性アナウンサーという職業について林教授は、「日本の放送業界の特徴として、『女子アナ』というポジションがある。一見とても華やかだが、多くはフリーランスとして全国の様々な職場を転々としキャリアアップしていく不安定な立場。放送局は起用について生殺与奪の権利を握っている。今回の提訴は業界全体への異議申し立てになる。個人にとってはそれくらい大きな決意と覚悟の下に訴え出た」と受け止めています。
BPOの決定は「2021年11月に、申立人が自己の番組降板を伝えつつ本件番組に関する悩みを本件番組のプロデューサーに伝えた際の録音反訳があり、プロデューサーがその時点で申立人の悩みを初めて知って驚いたことがわかる」とし、テレビ局の過失を否定しました。
林教授はこの点についても、「原告はそれ以前にも複数回にわたって、渾身の力でシグナルを送り続けていたが、局側の職場文化がセクシュアルハラスメントに慣れきっており、自ら主体的に考える警報装置が機能していなかった」と指摘しました。
表現の自由は「人気芸能人の下ネタの自由」?
そして「表現の自由」は誰のものなのか、と問題を提起しました。
「人気芸能人や局の強い立場の人が下ネタを言いたい放題のテレビ制作現場で、女性たちは自らの身の危険について声を上げることすらできない。声を上げても認められない。このような不健全な放送制作現場は一刻も早く変えていくべきだと思います」
「性や性欲は人類共通の話題で、時に笑いを誘う。一方でラジカルな批判力を発揮する重要な表現活動だとは思っている。しかしそれは両刃の剣であり、緊張感を持って細心の注意を払うべきだ。男女間にジェンダーギャップがあり、男性に権力が集中している中で、性表現にはことさらの注意を必要とするのではないか」
「現状のテレビ番組の性表現は、その可能性と限界に挑戦するようなものではなく、創意工夫のない下ネタを連発し、笑いを誘うだけのものだ。女性アナウンサーに性的な冗談を投げかけてもいいように役割が固定されている。これこそがいじめやハラスメントが生じやすい状況とはいえまいか。BPOが、民主主義の崇高な価値である表現の自由を持ち出し、問題なしとしたことに危機感を持つ。放送局の男性側の悪乗りの自由を守ったことになる。女性たちは無力感を感じ、萎縮させられ、声を奪われていく」
あいテレビ「訴状を受け取っておらず、回答控える」
今回の提訴について、あいテレビは生活ニュースコモンズの取材に対し、次のように回答しました。
「現時点では訴状を受け取っておらず、回答を控えさせていただきます。訴状を受け取り次第、内容を精査して対応を検討させていただきます」