入管庁が今年5月に発表した「国民の安心・安全のための不法滞在者ゼロプラン」を受け、この夏、外国人住民の強制送還が続出しています。親と子が引き離され、親だけ送還されるケースも少なくありません。この状況を多くの人に知ってほしいと、8月27日、参議院議員会館で緊急院内集会「子どもの権利は私たちになぜ適用されないのですか? 入管庁による子どもと親の送還を今すぐやめてください」が開かれました。仮放免者の子どもたちに奨学金を提供する一般社団法人「反貧困ネットワーク」が主催。265人が参加しました。
仮放免高校生奨学金プロジェクトの現場から
反貧困ネットワークはコロナ禍以降、非正規滞在の外国人とその家族に家賃支援や食料支援を行っています。その一環に「仮放免高校生奨学金プロジェクト」があります。仮放免とは難民認定申請中などで入管の収容を一時的に解かれた状態を指します。仮放免者は母国に帰ることができない事情があり、日本での滞在を希望していますが、就労ができず、移動に制限があります。一方で、その子どもたちは日本の学校に通い、母語は日本語で、将来も日本で暮らしたいと願っています。
集会ではまず、「奨学金プロジェクト」のチューター加藤美和さんが支援している子どもたちの現状について説明しました。
「これまで53人の高校生を伴走支援してきた。高校の学費を渡しながら、大学生が日常的にSNSや電話でやりとりをしたり、定期的に会って話を聞いている。子どもたちは非常に大変な抑圧状態に置かれている。日常生活の中で、大人とか入管職員から暴言を吐かれる。『お前は勉強したって意味がない』『どうせ国からいなくなる』という言葉を投げかけられる。自分をダメな存在と否定してしまう子どもたちもいて、その中で不安や恐怖、苦痛を感じながら生活している」
夏休み、突然、小1の従兄弟が送還された
7月末から8月にかけて、子どもたちの夏休み期間に、突然、家族で送還されてしまうというケースが起きているといいます。
加藤さんは7月、高校生とマクドナルドで面談をしているとき、「従兄弟が突然、送還された」と聞きました。
「従兄弟は小1で、この間まで学校に行っていた。日本で生まれた。昨日、家族ごと突然送還された。家もそのままなので、自分たちがこれから片付けに行く」
その後、8月末までの間に、支援している4家族が送還されたといいます。
「その日まで普通に生活し、受験勉強をし、推薦の志望理由書を書いて、面接の練習をしなければいけないと話していた、そのまっただ中に日常生活が奪われてしまう。何にも抗えない、聞くしかないという状態に、どう向き合っていけばいいのかと思い、こういう場を設けることになった」

法務省出入国管理庁はゼロ回答
院内集会に先立ち、法務省、文部科学省、こども家庭庁との省庁交渉がありました。国会議員らから、現状が国際人権規約や子どもの権利条約、こども基本法に反しているのではないかと追及がありました。
「ゼロプラン導入後の強制送還の人数、送還された者の国籍別の人数、送還された者の内未成年者の人数」についてあらかじめ質問を送っていましたが、入管庁の回答は「お尋ねのような形での統計をとっておらず、お答えすることは困難」「個別の事案についてはお答えを差し控えさせていただく」「法令にのっとって適切に対処している」と、具体的にはほぼゼロ回答でした。高校生らの直接の訴えにも、応答しませんでした。
NPO法人「移住者と連帯するネットワーク」の高谷幸さんは「入管は法令に従って適切に対応しているというが、日本生まれの子ども、あるいは小さい頃に日本に連れてこられた子どもの存在自体が罪という、おかしなルール、運用になっている。法律自体が間違っているというのがこの事態のおかしさだと思う」と話しました。
埼玉のクルド人、30人近くが送還
次いで埼玉県川口市、蕨市を拠点に活動する支援団体「在日クルド人と共に」の理事三浦尚子さんがゼロプラン以降のクルド人の強制送還の実情について話しました。
・7月1日に二度目の難民申請をしようとしたら、入管に受け付けてもらえず収容か帰国かを迫られた。8日に夫だけ送還され、妻と子が2人で暮らすことになった。
・当会が把握しているだけでも3家族14人、単身者10人以上、合わせて30人近くが送還された。
・父親だけ送還された家庭の子どもは大きなショックを受けている。表情が消え、ほとんど何も話そうとしないと教員から聞いた。教え子が突然送還されて困惑している教師もいる。子どもたちの日常が突然断ち切られ、友達に別れを告げることができないまま送還された子の心中はいかほどか?
在留資格がないことを理由に入学を拒否
当事者の高校生、元高校生の発言もありました。(発言の一部をプライバシーに配慮して削除しています)
・私は仮放免で全日制の学校に通っています。学校では授業を受けたり、友達と一緒におしゃべりをしたりしています。生徒会に所属し、勉強と両立しています。活動では最後まで責任を持って行動し、先生や仲間との信頼を築き上げてきました。校則の改正にも取り組み生徒の意見を聞き取って校長先生と話し合い、調整を行ってきました。こうした活動で周囲の意見をうまく整理する力は身についたと思います。
だけど仮放免の立場にあるため、友達と同じようにできないことも多く、悔しい思いを重ねています。部活動の道具や遠征費が家計を圧迫するため、家族のために部活動をやめざるを得ませんでした。進路を考える今、さらに大きな壁を感じています。両親は働くことができず経済的な余裕がありません。奨学金も限られており、専門学校や短期大学に進学先が絞られてしまいました。在留資格がないことを理由に入学を拒否されることもあります。エントリー直前で出願先に断られた経験もあります。期待が一瞬で絶望に終わり、しばらく将来のことを考えることができませんでした。
学びたい内容やコースを選ぶことも難しい状態です。受け入れてくれる学校を探し、妥協して進路を決めざるを得ないこともあります。日常生活の中でもあきらめや妥協が積み重なっています。どうせ仮放免だから無理だと思ってしまうこともあります。
それでも私は将来を考え、自分の進路を見いだしたい。これは教育を受ける権利によって保障されるべき願いです。
支援を受けて学ぶ機会を得た自分が、夢を持てない環境にいる子どもたちにも夢や希望をもっていいと届けられる存在になりたいと思っています。

仮放免期間が短縮され、父は手術を断られた
・私ときょうだいは日本で生まれています。仮放免でもなく、ビザもなく何もない状態です。私の父は22年間仮放免で、昨日、入管に行ったら、仮放免の期間が3カ月から1カ月に短縮されました。
父は副鼻腔炎という病気を持っています。1月に受診し手術が必要といわれた。親戚などに相談しお金を工面し、今月決断して、「手術をしたい」と伝えたところ、病院から「入管から言われているので手術はできません」と言われた。私の父は死ぬほどの病気ではないと言われているけど、夜寝ている時に息が止まっていることがある。もし息が止まって死んだら、入管は責任取らずに「持病があった」というはずです。
みなさんにも伝えてもらいたい。海外の人は海外で日本人が倒れた時、ビザがあってもなくても助けるはず。なのに、日本では入管から何か一言言われたら、「手術できない」と言われてすごく悲しいです。
昨年、私の受験勉強に付き合って父も英検2級を取得した。今年は弟が受験です。
父は9月24日が仮放免の期限です。父も母も送られたらどうしようと言っていて、みんな困っています。耳で聞いて目で見て、助けていただきたいです。病院は入管の指示で動く場所じゃないはずです。治療できないまま、明日父が死んだらどうしよう。明日送られてトルコでつかまったらどうしたらいいんだろう。父が日本にいてもトルコで裁判は続いている。その情報を入管に提出したところで「ウソだ」「あなたたちの言葉は信じられません」と言われる。声上げてもらって、どうにかしてほしいです。お願いします。
在留資格がどうなるか不安で、勉強に集中できない
・専門学校1年生です。入管に聞きたかったのは、私がどうやって学校に行っているのか、何を食べているのか、どうやって帰ってきたのか、どんな思いをしているのかを知っていますか?ということです。
5月から新しい法律を盾に私たちを日本から追い出そうとしているが、私はあと2年間学校に通って、卒業したら国家試験を受験しないといけない。在留資格がないと受験もできません。専門を選ぶ時に仮放免だから受験すらさせてもらえなかったので、学校や学科を変えた。いま、在留資格がどうなるか不安で勉強に集中できない。入管に言いたいのは、学校に行くのならチャンスはちゃんと与えてほしい。
6歳の記憶「両手両足に手錠をつけられた母が気絶していた」
・私が生きてきた22年間の経験について話したい。日本生まれ日本育ちです。生まれた時から2021年6月まで在留資格がなく、そのうちの11年間は仮放免だった。私が入管と関わり始めたのは幼稚園の年長の時。預かり保育を終え、家に帰っても両親がいなかったため、幼稚園に戻り母が迎えに来てくれるのを待った。午後9時ごろに幼稚園の目の前にパトカーが止まっていたので何事だろうと見ると、母が出てきた。自宅に帰ると朝まで居た父が居なかった。次の日に母に連れられて初めて品川の入管に行った。
当時6歳だった私が入管に行くと、職員が手を振ったり、声を掛けたりしてくれるので最初はいい人だと思った。
お父さんのところに連れて行くね、といわれて行ったら、父はガラスの向こう側にいた。何も悪いことをしていない父がなぜガラスの向こう側にいるのか理解できず、その場で泣いた。入管は悪い場所だと認識するようになった。
父が収容されて2週間ほど経った時に入管に行くと、母と引き離され一人で待たされた。3時間ほど経った後、職員に「お母さんのところに連れて行くね」と言われて行くと、両手両足に手錠をつけられた母が気絶していた。それを見た私はとても衝撃を受けた。今でも鮮明に覚えています。
学生だった私が大変だったのは仮放免で生活することだった。バスケ部で毎週のように遠征があったが、仮放免者は住所地の県境を越えられないので、そのたびに入管に申請しなければいけなかった。高校に上がる時にバスケが強い学校に行きたかったが、在留資格がないため海外遠征に行けない可能性があり、一番行きたかった高校の進学をあきらめた。
小学生のころから助産師になるという夢があったが、入管職員から「在留資格がないと大学に進学できない」「あなたには在留資格を与えるが両親には与えない」などと言われて、将来の夢をあきらめたり、両親と離ればなれにならなければならないのかと思ったりし、心がすごく苦しくなった。高校生の時に在留資格を得ることができ、いまでは上位の成績で留年も再試もなく大学生活を送り、来年には看護の国家試験を控えています。
私は在留資格を持ったからこそできた。でも、だれもが私のように進学の道が開かれているわけではありません。今でも多くの子どもが夢を奪われています。
どうかみなさんに考えていただきたい。
もし自分の子どもが理由もわからないまま突然、親と引き離されたり、自分の知らない国に送還されたり、夢を奪われたりしたら。それを仕方ないと言えますか?
子どもの未来を壊すのは制度ではなく、子どもを守ろうとしない大人だと思います。今の日本には不法滞在者ゼロプランの名の下で、子どもの声を無視して親子を引き離したり強制送還したりする現実があります。難民の子どもや仮放免の子どもはただそこに存在しているというだけで、親を失い、故郷を失い、未来を奪われる危険に直面しています。

私はずっとなぜ、私だけ夢を諦めなければならないのか、私の家族だけ一緒に生きていけないのかと問い続けていた。制度のせいで親子が引き離される苦しみを味わってきた。その痛みを繰り返す子ども達がこれ以上生まれてほしくない。在留資格がないだけで権利が守られなかったり、子どもから長期間親を引き剥がしたりするのは、大人がやることではない。情けないし間違っている。子どもだけに在留資格を与えるのは、意味がない。私たち外国人にも子どもが親といる権利がある。それは人間として生きる上で当たり前に守られるべき権利です。子どもが親と一緒に暮らし、安心して未来を描くこと。これは国籍や在留資格によって左右されるものではない。子どもは社会の未来を担う存在です。その子どもの未来を切り捨てる社会に本当の安心や安全はあるのでしょうか?
大人は国のためではなく、子どものために決断できる社会にしなければならない。
選択を先延ばしにする時間はもうありません。今ここで動かなければ、また一人の子どもの未来が奪われてしまう。
ただ知っただけで終わらせないでください。その先にある一歩を進んでほしい。大きなことをしてほしいわけではない。こういう人がいると心に留めて、自分には何ができるだろうと考えること。その小さな積み重ねが子ども達の未来を守る力になる。これ以上、子どもたちの未来を奪わないで、子どもが親とともに安心して生きられる社会を一緒に作ってください。
入管に行く日は、親が帰ってくるか心配
・今日ここに来たのはお父さんのためです。母親と4人きょうだいはビザをもらえた。妹たちは日本生まれ。自分は大学生なので留学生ビザをもらえました。でも、お父さんはビザをもらえていない。一番下の妹は3歳。病気がちですが、お父さんが育てることができません。お母さんは一日3時間しか会うことができない。それ以外の時間はずっと仕事をしています。お父さんにビザがあれば、お父さんが働いてお母さんが妹を育てることができるんだけど。入管に行くときは、今日はお父さんが家に帰ってくるのか、心配です。お父さんのつらい顔を見て、いつも心が痛んでいます。友達の親も無理矢理トルコに追い出された。友達の辛い顔を見ると心が痛いです。毎日、家に親がいるかを考えるのが心に重くて、大学1年生だけど全然勉強に集中できない。
「子どもの強制送還止めて」2万1710人が署名
集会では参加者が、どうしたら強制送還を止められるかについて、具体的なアクションを考え、実行していくことが確認されました。
オンライン署名は8月27日現在2万1710人、164団体にのぼっています。主催者らは、さらに署名を続け、国会議員を通して働きかけを強めていく予定です。