北海道や日本海側を中心に災害級の大雪が続いています。また、今年に入ってから全国各地で連日のように震度3クラスの地震が起きており、南海トラフ地震への備えは待ったなしの状況といえそうです。そんな中で行われる今回の衆議院議員選挙。防災や災害復興に詳しい神戸学院大学現代社会学部社会防災学科教授の安富信さんに、ご寄稿をいただきました。
大雪による「選挙権剥奪」選挙
豪雪が予想された今シーズン、真冬の最中に衆議院選挙を実施することなんて、ありえない暴挙だ。案の定、1月末から北海道、東北、中越地方で大雪が降り続いた。消防庁のまとめでは、大雪に伴う死者は2月3日現在、全国で30人に達している。投票1週間前の2月1日時点で、青森市では積雪183cmを記録。災害救助法が適用される事態となり、ひとり暮らしのお年寄りらからは、市役所に雪下ろしの依頼が数百件も寄せられているという。道路が閉ざされ、投票に行けない人が続出するだろう。「選挙権剥奪選挙」だ。
能登半島地震から2年、進まぬ復興
防災・減災の視点からも今、選挙をしている場合だろうか?という疑問が浮かんでくる。最大震度7の激震から2年以上が過ぎた能登半島地震の被災地は復旧もままならない。31年前に起きた阪神・淡路大震災の同時期に比べて、「10分の1も復興が進んでいない」というのが、ボランティアや調査で何度も能登半島を訪れた筆者の実感だ。公示後に被災地を訪れていないので、現地で被災者支援を続けているボランティア団体のリーダーに選挙情勢について聞いた。
「復興に寄与してくれる人は誰なのか?どの党なのか?耳にするのはその1点ですね。現状に満足していない証拠かと」。
被災者にとって重要なのはまず自分たちの生活を、地域を、街を、どう立て直すのか?そこに尽きる。候補者たちは何を訴えているか?もちろん、被災地では声高に災害復興を訴えているだろうが、全国的に、党首たちが、能登の復興について語っているだろうか?「物価高」「消費税」しか聞こえてこない。能登にとって極めて大切な国の予算編成の時期なのに。能登は忘れ去られたのだろうか。

見えぬ「防災庁」の中身
「防災は票にならない」という政治家が多い。しかし、票にならなくても、災害列島に住む人間としては避けて通れない大きな課題だ。まして、南海トラフの巨大地震が数十年以内に必ず発生する。明日にでも起きるかもしれないし、首都圏直下地震も待ったなしだ。大水害が毎年のように全国各地で起きている。阪神・淡路大震災以降、激震を体験した私たちは、災害前からインフラ整備などに予算を投入する「事前防災」に取り組むよう、政府に何度も迫ってきた。しかし、自民党政権の反応は冷ややかだった。石破政権末期になってようやく防災庁設置構想が示され、一応、高市政権にも引き継がれ、今年11月には発足するという。
しかし、中身が全く見えてこない。見えてこないどころか、最大のポイント、大災害が起きた際に防災庁が「司令塔」になって国の災害対応を仕切る、という大原則がすでに崩れている。事前防災や復旧・復興のためのインフラ整備は国土交通省、天気予報や地震・津波などの情報収集は気象庁が担当といったように、災害関連の政策担当が各省庁に分散した現状は手付かずだという。これでは、単に省庁が1つ増えるだけになってしまう。

週5日東京勤務の「ふるさと防災職員」?
私事で恐縮だが、今春大学教員を定年退職する身として内閣府が募集する「ふるさと防災職員」に非常に興味を持った。「令和8年度中の防災庁の設置を見据え、防災担当の組織体制を抜本的に強化するため、地域防災力の強化に関する施策の実施、特に担当地域における事前防災の推進にあたるほか、災害発生時に現地に赴き、被災地支援に従事する」と記している。「被災地のお役に立てる」と内閣府に問い合わせて、がっくりした。勤務は月曜から金曜まで東京だという。どこが「ふるさと」なのか?47都道府県の担当は決まっているらしいが、災害発生時に東京にいては、被災地にいつ着くかわからないし、最も大事だとされる発生直後から3日間の災害対応に間に合わないではないか。まさに「絵に描いた餅」だ。
「自分の身は自分で守れ」に込められた意味
高市首相の防災への考えが垣間見られた一言がある。昨年12月8日深夜、最大震度6強を観測した青森県東方沖地震で、北海道太平洋沿岸中部、青森県太平洋沿岸、岩手県に津波警報が発表され、宮城県、福島県など広域に津波注意報が発令された。翌朝、高市首相は首相官邸で、記者会見を開き、テレビのマイクに向かって言った。
「自分の身は自分で守るよう防災行動をとってください」
後発地震注意情報に関する呼びかけだから間違いではないだろうが、本来は「まず津波から逃げてください。ご自分やご家族の安全を守ってください」と言うべきだろう。なぜ、敢えて「自分の身は自分で」と言われたのだろうか? 高市首相の頭の中に「自助・共助・公助」というおきまりの言葉が浮かんだのではないか。

自助・共助を使う為政者が最近、増えている。
「大災害が起きたら、公の手が回らないから、自分の力や地域の力で乗り切ってほしい」
阪神・淡路大震災後の教訓から行政が使うようになった言葉だ。実際、阪神・淡路大震災で人命救助を担ったのは地域の人たちだった。
しかし、自助・共助を強調する前に公助が尽くされているだろうか? 国や行政が国民や住民の命を守るために全力で闘っているだろうか。行政の責任放棄の言葉だと筆者は思う。
「戦争が起きても自分の命は自分で守ってください」と首相はおっしゃるのだろうか? 「(他国の脅威から)国を守る」は威勢の良い言葉だが、まず、日本列島を大災害から守ることこそが政府が真っ先にやるべきことだ。そんな当たり前のことを思い出してほしい。
やすとみ・まこと 元読売新聞大阪本社編集委員。2014年から神戸学院大学現代社会学部社会防災学科教授(災害情報論)。2026年3月末に定年退職予定。主な著書に『災害と情報』(コンプラス)

