女性が産む時期や産まないことを判断したり、予期せぬ妊娠を防いだりするための医療環境が、大きな変化を迎えています。2023年には飲み薬による中絶が承認され、今月2日には性交後72時間以内に服用するアフターピル(緊急避妊薬)の薬局販売が国内で始まりました。ただ、こうした性と生殖に関する知識や自己決定への理解は国内では広まっていません。全国の助産師らでつくる日本助産学会の作業部会が2025年までに行った調査から、「性と生殖に関する健康と権利(RHR)」の普及に向けた課題を考えます
「女性が『産まない』決断をした時、必要とされる支援を届けるために助産師が果たせる役割は大きい」。信州大医学部教授の中込さと子さん(61)=長野県松本市=は2021年から3年間、中絶ケアや性と生殖に関する健康と権利(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ;通称SRHR)について助産師や一般の男女の意識を調査する研究作業部会のリーダーを務めた。人工妊娠中絶は母体保護法指定の医師に限り許される医療行為だが、研究では8割以上の助産師が中絶にかかる手術・分娩を支援した経験を持つ実態が明らかとなった。「助産師たちが中絶ケアについてタブー視することなく、SRHRに基づいた医療支援を積極的に語り合う一歩になった」ことが取り組みの最も大きな成果だと語る。
日本国内で飲み薬による中絶の認可や母体保護法改正などを求める研究者らでつくる市民団体「#もっと安全な中絶をアクション(ASAJ)」に21年から参加。新型コロナ感染症が拡大した際、望まない妊娠に見舞われたり、必要な支援を医療機関から受けられない女性が増加したりすることに懸念は強かった。「日本は欧米と比べて、避妊や中絶にかかる医療的な選択肢が限られており、正確な情報を得る機会も少ない。研究を通じて、中絶ケアやSRHRの普及に向けた取り組みへつなげたい」。中込さんの働き掛けを機に、日本助産学会が一般の人や助産師を対象とした調査を行う研究作業部会を設置した。全国から12大学18人の研究者・助産師が参加。25年4月、日本助産学会に報告書を提出し、助産師の教育のあり方や安全な中絶医療に向けた提言を行った。
助産師の約8割が中絶ケア経験 研さんの機会限られ
日本国内における人工妊娠中絶は、母体保護法に基づき健康上や経済的な理由などにより妊娠の継続が困難な場合に限り、妊娠21週6日まで認められている。厚生労働省はこれまでに、本人が未婚の場合、性暴力による妊娠やパートナーからの暴力(DV)被害を受けている場合の中絶は「本人の同意だけでよい」との見解を示したが、原則は配偶者の同意が必要だ。
全国563人の助産師から得られた調査結果では、中絶ケアについて学んだ経験がある助産師は74.1%に上る一方、未婚女性が本人の同意のみで中絶が可能であることを「知っている」と回答したのは61.1%にとどまる。法制度の運用について医療従事者に十分浸透していない結果がうかがえた。
さらに、中絶に携わった経験があると回答した助産師のうち、手術による初期中絶(12週未満)では53.6%、分娩を伴う中期中絶では36.6%が、働き始めて1年目で携わっていたことが分かった。経験した助産師の9割以上が、中絶ケアを「つらい」と感じたと回答した。
中込さんによると、助産師の養成課程では手術を伴う中絶については講義で取り扱うが、実習などの機会はなく、中絶ケアについて十分に学ぶ機会がないまま現場に入る助産師は少なくない。また、助産師が中絶に関わる場面は医師による外科的処置の介助に限られ、妊娠した女性の相談や中絶した後の生活支援に十分に関われないケースが多いとみられる。中込さんは「女性が妊娠に気づいた瞬間から、その後の決断、処置・分娩後の避妊など一連であるはずの支援から、助産師が切り離された環境に置かれている」と現状を語る。「 女性の心身に寄り添った支援提供につながらず、多くの助産師が中絶をつらい仕事だと感じてしまう構造を生んでいる」と指摘する。
手術伴わない中絶薬の導入 支援を語る転機へ
近代における妊娠中絶は、1948(昭和23)年に一定の条件下で人工妊娠中絶を認める優生保護法(現母体保護法)が制定されるまで、国内では事実上禁じられた。1880(明治)年制定の刑法では胎児を中絶した女性らを処罰する堕胎罪が規定され、今日まで改正には至っていない。「母体保護法の指定医を除いて中絶に関わる者に刑事罰が科される法制度の中で、助産師が中絶について教育を受けたり、議論したりすることをはばかる空気は根強かった」と中込さん。そうした国内における人工妊娠中絶を巡る環境は今、一つの転機を迎えている。
2023年4月、厚生労働省は飲み薬による人工妊娠中絶薬「メフィーゴパック」の販売を承認。器具で子宮内容物を取り除く「そうは法」と「吸引法」の外科的な手術のみに限られていた人工妊娠中絶は、妊娠9週までであれば服薬による中絶が可能となった。服薬から流産の確認までは2〜3日の期間を要する。服薬後や相談に訪れた女性に対して医療機関や助産師がどのように支援を続けるかは大きな課題だ。
一方、支援に当たる助産師にとっても、人工妊娠中絶を巡る態度や価値観は、その人によってさまざまだ。助産師を対象に行った作業部会の調査では、「女性の決定よりも胎児の生命を重視すべきと思う」と回答した助産師は12.1%。中絶を選ぶ女性の年齢や境遇によって「女性の決定を受け入れられる」「共感できる」と感じる助産師の割合には変化が見られ、支援に当たる助産師自身が中絶の処置に葛藤を感じる実情が浮かんだ。
中込さんは今後、就職後の助産師が中絶ケアを学ぶ機会の確保に加え、「妊娠や中絶を巡る相手の価値観を尊重し、助産師たちが女性の状況や選択に応じた対応のあり方を学ぶ教育課程を実装につなげたい」と考えている。今月14、15日には民間の研究団体との共同で助産師らを対象としたワークショップを計画。対話や演習を通して、医療従事者として中絶ケアとの向き合い方を考えてもらう狙いだ。中込さんは「助産師一人一人が自らの価値観や意識に向き合うことが、予期せぬ妊娠をした女性の背景や中絶を選ぶ理由を問わず、受診した女性に平等な態度で接することにつながる」と強調。「中絶を選ぶ女性に対して、身体的なケアにとどまらず、その後の人生を安心して歩むための医療支援を目指したい」と見据える。

「胎児の命と女性の人生はともに尊い」伝えられる医療者に
研究に参加した一般男女へのインタビュー調査では、女性が妊娠した場合、パートナーとの関係性が女性の意思決定を困難にする可能性があることがうかがえた。インタビューに応じたある未婚女性は「予期しない妊娠でも、男性から『結婚するから産もう』と言われたら、本当に自分で決められるのか分からない」と戸惑いを口にした。一方、一般男性からは「女性を妊娠させたことに男性は責任を負う」「結婚していたら、男性の責任を果たす必要がある」との意見が複数寄せられた。
学歴や仕事のキャリアを踏まえ、結婚や出産をするか、子どもを持つのであればいつ、何人くらいを持つかを考えることは女性、男性の双方にとって大切な人生設計であることに変わりはない。しかし、女性が男性側から「妊娠に対する責任」との言葉を持ち出された時、「産まない」選択を相手に伝え、主張することは想像する以上に難しいという現実が、当事者の聞き取りから垣間見えた。「男性の責任の方が、女性の選択よりも社会的に重く、尊重されるという価値判断になれば、女性の人権は相殺されてしまう恐れがある」と中込さんは話す。
国内では23年の中絶薬の導入に続き、今月2日から性交後72時間以内に服用する緊急避妊薬(アフターピル)の薬局での販売が始まり、避妊や中絶を巡る選択肢の広がりが期待される。中込さんは「医療機関の地域差や費用負担の大きさなど利用にはまだ高いハードルがある」としつつ、「女性が自分の体と人生について考え、産むこと、産まないことについて自分の意思を考える機会や選択肢の幅を広げるという意味で、緊急避妊薬や中絶薬の普及の意義は大きい」と語る。
助産師を表す「Midwife(ミッドワイフ)」は、英語で「女性とともに」を意味する。「仮に国内の法制度が変わらなかったとしても、妊娠が分かった時に出会う医師や助産師の言葉や接し方で、女性の自己決定に寄り添った支援へと変えていくことはできる」と中込さん。「胎児の命と女性の人生は等しく尊い。どのような選択であっても、選んだ人の人生は尊重されるというメッセージを医療現場からどのように伝えていけるのか」。その問いかけを胸に後進の育成に当たる。
(なかごみ・さとこ)1964年、甲府市出身。聖路加国際大卒、同大学院博士課程修了(看護学)。専門は遺伝看護学、生涯発達看護学。2019年から信州大医学部教授
引用;「人工妊娠中絶に対する助産師の態度、認識およびケア時に感じるつらさの実態」(2025,日本助産学会誌)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjam/39/1/39_JJAM-2024-0033/_pdf

