検察内の性暴力、ハラスメント被害に第三者調査を 大阪の女性検事が法務大臣、検事総長に要望書

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元検事正からの性暴力を受けた女性への組織的な二次加害。検察の体質を変えてほしい

(この記事には、性暴力に関する具体的な描写が含まれます。お読みになる際にはご注意ください。)

大阪地検の元検事正、北川健太郎氏から受けた性被害を告発した女性検事ひかりさん(仮名)が3月2日、検察内の犯罪被害、ハラスメント被害に関する第三者委員会による実態調査・検証と実効性のある再発防止策の策定を求め、法務省に「要望書/辞表・遺書」を提出しました。要望書は平口洋法務大臣と最高検察庁の畝本直美検事総長あて。北川健太郎氏と、虚偽の情報を流布しひかりさんへの誹謗中傷を繰り返した副検事に対し、厳正な処罰を求めるオンライン署名76,600筆も同時に提出しました。

事件の概要
大阪地検の検事正だった北川健太郎氏は2018年9月、酒に酔った部下の女性検事を自宅官舎に連れ込み、長時間の性的暴行(レイプ)をはたらいた。途中、帰宅しようとする女性検事を押しとどめ、「これでお前も俺の女だ」と言って、性暴力を続行したという。北川氏が辞職せずに検事正職にとどまったため、女性検事が「上級庁に被害を訴える」と言ったところ、自死をほのめかして脅迫し、口止めしたという。
北川氏は19年11月に退官し、弁護士登録。女性検事は24年2月に刑事告訴し、大阪高検は同年6月に北川氏を逮捕、7月に準強制性交罪で起訴した。北川氏は10月の初公判で「争うことはいたしません」と罪を認めたが、12月、主任弁護士が記者会見を開き、次回公判で無罪を主張すると発表した。
一方、女性検事はPTSDによる休職を経て24年9月に復職したが、同じ部署にいた副検事が北川氏らに捜査中の秘匿情報を漏洩するなどの捜査妨害を行っていたことが発覚。10月から再び休職を余儀なくされている。女性検事は24年10月、副検事による捜査妨害や自身への誹謗中傷をめぐり、刑事告訴した。大阪高検は25年3月19日、事実関係を認めたものの「故意」がなかったとして副検事を不起訴処分とし、人事上は最も軽い戒告処分にした。

勤務環境の改善と人権の回復、事件の再発防止求める

ひかりさんは、検察庁・法務省が副検事を異動させず、安全配慮義務などを履行していないため、休職から1年半が経った今も職場に復帰できていません。

要望書で、その被害について次のように記しています。

「私の安全、健康、尊厳、プライバシー、名誉、勤務環境などが著しく侵害され、人権を蹂躙され、復職を妨害され、検事の職も居場所も奪われ、孤立させられ、希死念慮を強く抱き、日常生活にも多大な支障が生じるほど病状を悪化させられました」

要望書では26年3月31日までに「検察庁・法務省から独立した専門家による第三者委員会を設置」「公正かつ公平で、職員の匿名性が担保された、徹底した犯罪被害・ハラスメント被害の実態調査・検証」「実効性のある再発防止策の提言とその公表」「検察庁・法務省による徹底した再発防止」などの要望事項について実行し、ひかりさんの勤務環境の改善と人権の回復、事件の再発防止を図るよう求めています。

その上で、期日までに要望を受け入れるという表明やなんらかの対応が取られなければ、26年4月30日付けで辞職する、としました。

また事態の長期化に伴い精神状態が悪化し、自死の懸念があると主治医に指摘されていることを受け、「私が今後自死した場合、それは全て、私がこれまで検察庁に対し上申してきた内容及び国賠等訴訟で訴えた国及びその他被告の違法行為が原因であり、それ以外に私が自死する原因はありません」と記しています。

記者会見で要望書提出などについて思いを語るひかりさん=東京都内

「仕事に戻りたくて被害申告し、もっと酷い目に遭った」

要望書の提出にあたり、ひかりさんは職を賭けた決意を語りました。

私は検察庁という組織内で犯罪にあった被害者です。復職にあたり勤務の安全が配慮されなければならないのに、検察庁はその義務を怠り、違法状態が常態化しています。検察内では、ハラスメントや過労に追い込まれて自死する職員もかなりいます。辞職に追い込まれた職員もいます。それでも検察が他の公共団体のように第三者委員会を入れて、徹底した調査をするなど今まで全く行ってきませんでした。私の件で、第三者委員会の検証を入れてくれといってもずっと無視されてきました。この件で、そういう徹底した調査をしなければ、今後もそういう調査はしないだろうと思います。私は仕事に戻りたくて被害申告をしましたが、そのせいでもっと酷い目に遭いました。私のような職員をもう二度と生み出したくないので、私はもう戻れないと思いますが、私の同僚が私と同じような目に遭わないようにと思い、自分の職を賭して勤務環境の改善を求めていきたいと思います。

検事総長らの犯罪を検事総長宛にしか告訴、告発できない

ひかりさんはこの日、検察庁幹部ら15人について、検察職員による犯罪その他違法な行為について厳正に調査、捜査すべき職務上の義務違反、職員への安全配慮義務違反、人事院規則違反、公益通報者保護法違反、犯罪被害者保護法及び刑事訴訟法等違反などがあったとし、公務員職権濫用罪、特別公務員暴行陵虐罪、犯人隠匿罪、脅迫罪、強要罪、名誉毀損罪、侮辱罪などの罪で平口洋法相、畝本直美最高検検事総長に告発、告訴しました。

告訴された15人の中には畝本検事総長も入っています。

告訴状には「検事総長らの犯罪を、検事総長宛にしか告訴、告発できないことが無念でなりません」とあります。

同時に、検察内の犯罪及びハラスメントについて各種公益通報窓口、ハラスメント窓口に通報。検事総長らが検察官として「職務を執るに適しない」ため、検察官適格審査会に「罷免すべきである」と申し出ました。

ひかりさんは告訴状を提出後の記者会見で、「検事ですので、相手が誰であっても犯罪を見過ごすわけにはいきません。それが、私が最後に検事としてやるべきことだと思います」と話しました。

要望書提出のため、法務省に入るひかりさんと支援者ら=東京都内

検察の体質の問題はすべての国民の安全につながる

2019年12月に上司からのパワハラと超過勤務により自死した広島地検の検事について、遺族が起こした国家賠償請求訴訟は、今年2月13日に和解が成立しました。法務省・検察庁は和解に際し、「同じような事案が発生した時の対応の方針や、良好な職場環境を確保することなどについて各地検の幹部に周知するための通知を出す」「本件のような事案が二度と発生しないよう、今後とも、職員が心身ともに健康で職務に省令できる職場環境の醸成に努める」とコメントしました。

一方、ひかりさんの事件については、同じ職場にいる副検事が、加害者に捜査情報を流し、証拠隠滅や口裏合わせをし、他方で性暴力被害の深刻が虚偽であるかのような風評を検察幹部らに流すなどの不正や人権侵害を犯しています。しかし、ひかりさんが捜査や処罰を求めても、検察庁は形だけの調査で不起訴とし、戒告という軽い処分にとどめました。ひかりさんは、法務省・検察庁の発信は口先だけで、同じ悲劇が繰り返されるおそれがあると危惧しています。また、検察内の違法状態を放置すれば、国民の安全が脅かされるとも指摘しました。

「個人情報を明かし、虚偽の風説を流す検察官がいるところでは、被害者の安全は守られず、加害者は不起訴にされてしまう。被害者を蔑ろにすることは被疑者を蔑ろにすることにもつながる。冤罪事件とも根っこは一緒です。加害者が上官である場合に恣意的に被害を握り潰そうとする検察という組織の体質の問題であり、すべて国民の安全につながっています」

「表沙汰にならない方が検察にとって都合がよい」

ひかりさんは勤務環境が改善されず、復職が妨害され、人権侵害の状況が続いているとして、今年2月16日、国、北川氏、副検事及び幹部職員らを被告とし、総額8321万円の国家賠償請求訴訟を大阪地裁に提起しています。

代理人弁護士で元検事の田中嘉寿子さんが、国賠訴訟の概要を報告しました。

請求原因は次の通りです。

北川氏:「準強制性交等によりPTSDを負わせた不法行為」「事件後の面談の強要、脅迫、口止め等の不法行為」「副検事に対して、事件に関する捜査妨害行為を教唆した不法行為」

副検事:「北川事件に関する捜査妨害行為:捜査情報の漏洩、北川等との通信履歴削除等」「被害者の氏名等の個人情報及び虚偽の誹謗中傷を拡散したプライバシー侵害、名誉毀損の不法行為」

大阪地検幹部、最高検幹部:副検事から流れてきた名誉毀損情報の拡散等

田中さん自身、オランダのハーグ市に在住していた当時に「北川氏の件はハニートラップで、冤罪だ」と東京在住の検事からメールで伝達され、信じてしまったといいます。

「検察内部には北川氏の擁護派が非常に多い。北川氏が表向きは非常に信頼されていたというのもありますが、検察スキャンダルが表沙汰にならない方が検察にとって都合が良いのです」(田中さん)

ひかりさんは当初、副検事が北川氏と不適切な関係にあり、共謀して捜査妨害をしていることなどは知りませんでした。復職して副検事と同じフロアで働き始めてまもなく、被害者参加人として副検事の供述調書の開示を受け、捜査妨害行為や名誉毀損行為を知りました。

「その間も、私が職場で北川氏への告訴状を書いているなどと根も葉もないことを言いふらされた。私は監視され、プライバシーを暴露され、あることないことを周りに吹聴され続けた」(ひかりさん)

ひかりさんは検察庁に副検事の捜査・調査を要望しましたが何の対応も取られなかったため、記者会見で副検事の捜査妨害、名誉毀損について話しました。すると大阪地検検事、大阪高検検事からメールなどで警告を受けました。被害者参加人として通常求められている証拠開示や検察官からの説明を、今後ひかりさんに対してはしない、というものです。

国賠訴訟では、公益通報者、被害者参加人であるひかりさんの権利を侵害したとして、この検事らも、被告としています。

田中嘉寿子弁護士。元検事で検察の内情をよく知っている=東京都内

重篤なPTSDがあっても致傷罪に訴因変更しない

田中さんは被害者参加人の権利侵害について3点を指摘しました。

①検察官の立証活動につき意見を言う前提として、被告北川が否認に転じて期日間整理手続きに付されて以後の検察官・弁護人の立証活動の内容を教示し、証拠を開示されたいという要望に対し、一切応じない。国賠提訴を予定していると告げた後、2026年1月30日になって初めてごく一部を教示した。
②想定される被告の弁解に反論するための補充捜査リストを提示して補充捜査を要望したが、ほとんど補充捜査しない。結果を教示しない。理由を尋ねても説明しない。
③原告に非常に重篤なPTSDが見られることから準強制性交等罪から準強制性交等致傷罪への訴因・罰条の変更を求めたが、訴因変更を拒否。理由を尋ねても説明しない。

田中さんは「元検察官として最も許せないのは致傷罪への訴因変更をしないことです。私もひかりさんも、性暴力によるPTSDは致傷罪を付け、起訴してきた。PTSDを致傷罪に問えずに無罪になった例は一件もありません。致傷罪がつくと裁判員裁判になり、事件を世間に広く知られることになる。検察はそれが嫌なのではないか」とみています。

期日間整理手続きが終結し、公判が再開された後は、訴因変更請求や追加の主張・立証は原則禁止され、原告はPTSDを「致傷」として裁判に反映し、適正に認定してもらう機会を永遠に失うことになります。その不安から、ひかりさんのPTSDはさらに悪化しています。

記者会見するひかりさん。自分の受けた被害に話が及ぶと涙声になった=東京都内

「検察はまるで治外法権」

要望書を受け取った検察職員は「国賠訴訟の訴状もまだ届いていない。要望書は一般的な勤務環境の改善要望として受け止める」と話したといいます。

ひかりさんは記者会見で、被害者個人、加害者個人の問題ではなく、検察という組織の問題だと理解してほしい、と強調しました。

「現状では検察の不法行為を裁く場所がない。検察官は弁護士に調査されることは嫌いますから第三者委員会の設置も難しいでしょう。検察はまるで治外法権。外部の調査が入ることは想定外なのです。フロッピーディスク改ざん事件を受けて始まった最高検の特別監査や検察官適格審査会も、実質上は機能していません。しかし、いつまでもこのままではいられない。検察内の不法行為を明らかにし、事件の再発防止のために機能する調査がなされなければなりません」