離婚後も父母の双方が親権を持ち、協議して子どもの居所や教育、医療に関する事項を決める「共同親権」。日本はこれまで離婚後はどちらか一方が親権を持つ単独親権だったが、8月29日にも法制審議会で共同親権導入に向けた要綱案のたたき台が提示される予定だ。急ピッチで議論が進む中、離婚の調停や裁判など家事事件を手がける弁護士ら有志310人が21日、同省に対して、「共同親権導入の結論ありきで議論を進めないでください」とする申し入れ書を提出し、東京都内で記者会見を開いた。
DVや虐待、紛れ込むケースも
弁護士有志は「共同親権の問題について正しく知ってもらいたい弁護士の会」。同会は申し入れ書で、慎重な議論を求める理由として4点を挙げている。
- 合意型共同親権においても、DV・虐待・父母の葛藤が激しいケースが紛れ込む危険があります。
- 非合意型共同親権は、子どもを危険にさらすリスクが高まります。
- 議論の前に、パブリックコメントで集まった意見を公開し、議論に反映してください。
- 裁判所に面会交流が強制されてきた実態について調査・分析をしてください。
申し入れ書によると、2022年12月6日から2023年2月17日にかけて、「家族法制の見直しに関する中間試案」に対するパブリックコメントが募集され、8000件以上の意見が寄せられた。
しかし、このパブコメが未公開のまま、5月16日の法制審議会では合意型共同親権の導入の方向性が示された。「合意型共同親権」とは、父母の双方が共同で親権を持つことに真摯な合意がある場合を指す。そして6月6日の法制審議会では父母の間に合意がない場合でも、子の利益などの観点から家庭裁判所が審判で共同親権を決めることができる「非合意型共同親権」の案が示されたという。
弁護士らは、協議離婚で(夫婦間の)「合意」がある場合についても、「合意は積極的で真摯なものか」「夫婦間のパワーバランスによっては、その『合意』が事実上、強制された結果ではないかという懸念について十分な議論が尽くされているとはいえない」と指摘している。
さらに非合意型共同親権について「親権について合意できなかった夫婦が、家裁の審判で共同親権となった後、果たして共同で子育てができるのか」と危惧している。
また、弁護士らは、現行の離婚を巡る法制度によって、すでに面会交流や親権をめぐる調停や裁判が行われている現状、そして、2011年の民法改正以降については、別居親と子の面会交流が盛んに実施される傾向にあり、事実上「強制」されてきたとする。
面会交流の機会に、子どもや同居親への虐待があり、殺人事件に発展したケースもあるが、十分な実態調査がなく、このまま共同親権が導入されると子どもたちを危険にさらす恐れが強い、という。
記者会見ではこれまで扱った家事事件のケースなどを例示した「補足資料」(A4版 12ページ)が配布された。
「協議離婚は対等」は幻想
「協議離婚が対等な当事者間の公平な合意形成だというのは幻想である。今後『離婚はしてやらない。どうしても離婚してほしいなら共同親権にしろ』ということになり、なんとか離婚したい一心で共同親権を『選択』し、離婚後も、子の進学や医療等の意思決定にかこつけて生活に介入してくる事例が多発することになるだろう。婚姻期間中の係争が離婚しても終わらないことになり、子の福祉を害する」
記者会見で、角田由紀子弁護士は資料の一部を読み上げ、こう話した。
「意見が合わないから離婚したのに、離婚したとたんに合意が形成できるとなぜ考えられるのか。法律論以前に不思議に思っている。日本では夫の方が経済力があるなど、夫婦の力関係が平等ではない。離婚しかないという状況で、妻が自分の権利を放棄してでも離婚することになってしまうのではないか」
「面会と共同親権は別の問題」
共同親権を求める別居親は、「子どもに会いたい」とメディアに訴えかけることが多い。
25年間に約1000件の離婚事案を手がけた太田啓子弁護士は、「面会と共同親権は別の問題だ。家裁は、離婚後も別居親と子の面会を原則としている」と指摘。
共同親権下では、子どもの住所、進路、医療などで両親の同意が必要となると想定されるが、「手術はもとより、アレルギー対応や歯の矯正でいちいち別居親の同意を取るのか。DVや虐待など子どもにとって有害なケースでも、私が近くに住みたいからここね、と別居親が子の居所を指定してきたら、逃げられない」と話した。
中山純子弁護士は「合意していない人にも共同親権が強制される制度で本当にいいのでしょうか」と疑問を呈した。「親が、子と一緒に住みたいと権利を主張するのではなく、子どもが誰と住みたいかという意思を守ってあげられる制度になっているのか。当事者の意見、子どもの意見を聞いてほしい」と述べた。
DVや執着、離婚後も続く懸念
DVを伴う離婚では、恐怖感から相手と子の養育について話し合うテーブルに付くことができない人がいる。DVのケースを手がける伊藤和子弁護士は「直接話し合うことが絶対にできない人がいる。住所がばれただけで死にたい気持ちになる人も」。
法制審議会では、検討課題として、「DVや虐待のある事例には慎重な対応が必要」としているが具体的な方策は示されていない。
伊藤弁護士は「DVにより、年2000〜3000件の保護命令が出ているが、これは氷山の一角だ。共同親権の議論では、DV被害者が抱く恐怖心が全く顧みられていない。共同親権になれば、離婚後も相手のDVや執着が続く。ずっと続く。それでいいのか」と問いかけた。
同居親「共同親権になるのが怖い」
当事者の一人として、オンラインで記者会見に登壇した佐藤さん(仮名)が話した。40代で、今小学生の男の子と暮らす。夫は外出時にランチの店を決めるなどささいなきっかけで激高した。息子には発達障害があり、光や音に敏感だったが、元夫は発達特性を理解せず、「普通になれ」と当たりちらした。小学校に上がってからのおねしょを厳しくとがめられ、「おねしょする子は世界に僕一人だけなんだ」と泣き出したこともあった。こうした母子へのモラルハラスメントに耐えかね、離婚した。だが、殴られたわけではない。
佐藤さんは「身体的DVがなければ、共同親権になるのでは、と怖くてたまらない」という。いま元夫と子どもの面会交流には支援団体に立ち会ってもらっている。共同親権になれば、面会交流支援もなくなるのではないか、と恐れる。
「日本では原則的に別居親と面会交流をさせる。私も、元夫と子どもの面会交流に応じています。ならば、何の問題を解決したくて、今、共同親権を持ち出しているのでしょうか。子どもに安心できる暮らしをさせてあげたい」
佐藤さんの話を受け、斉藤秀樹弁護士は、「なぜ今、共同親権を法制化しなければならないのか。立法事実がよくわからない」と話した。
共同親権を求める別居親の声の中に「子の連れ去り」「子に会いたい」という主張がある。その中には、面会調停や審判を家裁に提起していないケースも含まれるという。
太田啓子弁護士は「別居親の代理人になることもあるが、共同親権があれば子どもに会えないという問題が解決するとは思わない」と語った。
別居親から同居親に対しては、離婚や親権のほか、婚姻費用や養育費の支払いをめぐり次々と訴訟が起こされるなど、リーガルハラスメントが相次ぐケースがある。同居親の弁護士に対し、何度も弁護士会への懲戒請求を繰り返す別居親もいる。SNSでは「連れ去り幇助」「離婚ビジネス」などの誹謗中傷も横行している。
そんな状況の中、10日間で310人の弁護士が申し入れに賛同した。以後も、続々と賛同が集まっている。
斉藤弁護士は「地域や年齢、性別にかかわらず、多くの人が手を上げた。離婚の実務に関わっている人間はみな、共同親権は危険だと思っている」と話した。
養育費支払い、28.1%にとどまる
厚生労働省の全国ひとり親世帯等調査結果報告(令和3年)によれば、母子世帯のうち、父と子の面会交流を「現在も行っている」のは30・2%、「行ったことがある」のは20・9%。「行ったことがない」という45・3%に理由を聞いたところ、「相手が求めてこない」が最多の28・5%だった。
離婚後も父母が協力しあって子どもを育てていくというのは理想だが、子と積極的に関わりたくないという親の問題は、共同親権という制度を設けたところで解決が難しい。
また、子どもの貧困解消に必要な養育費についてみると、取り決めをしている母子世帯は46・7%だが、実際に現在も支払われているのは28・1%にすぎない。
法制審議会では、子どもの日ごろの世話をする「監護者」を、父母のどちらかに定めないという案も検討されている。監護者を決めないとなれば、「子を監護している親に支払われる」という養育費の概念すら、なくなってしまう恐れもある。
(生活ニュース・コモンズ編集部)