「わたし」と「あなた」の間に線を引く暴力に抗う 美術家の飯山由貴さんらが「行政による人権侵害を考える会・関東」を結成

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関東で相次いだ行政による人権侵害って?

東京都人権部による映像作品の上映不許可、群馬県の朝鮮人追悼碑撤去、埼玉県による朝鮮人学校補助金停止、相模原市の人権尊重のまちづくり条例……関東で相次いだ行政による「人権侵害」について、広く市民で学び、考えようと美術家の飯山由貴さん、埼玉朝鮮学校理事の金範重(きむ・ぽんじゅん)さん、明治学院大学教員の宮﨑理さんが8月22日、「行政による人権侵害を考える会・関東」を結成しました。

本来、「人権」を守るべき行政が「差別の意図はない」などと木で鼻をくくったような見解を繰り返す中で、草の根から「人権」の意味を取り戻していくのがねらいだといいます。今後、SNSなどで参加を呼びかけ、フィールドワークやスタンディング、朗読などのアクティビティーを中心とした学習会を、現場となった各自治体で行っていく予定です。

 同日都内で開いた記者会見で、宮﨑さんがステートメントを読み上げました。

人権とは、すべての人間が、いつでも、どこでも、同じように、人間の尊厳に基づいて有する固有の権利です。『本来ならば人権を尊重する立場にあるはずの行政』によって行われた人権侵害は、人間と人間のあいだに線を引くものです。線が引かれる時、『いなかったことにする暴力』が生じます。この暴力は、ある人びとを人間としての承認可能性の枠組みから除外することで、一方の生を価値のある生として承認し、他方の生を価値のないものとする構造を持っています

「検閲」から2年、流されない

 飯山さんは20228月〜11月、東京都人権プラザで行われた自身の企画展「あなたの本当の家を探しに行く」の附帯事業として申請されていた映像作品《In-Mates》の上映を、都により「不許可」とされました。

飯山由貴さん=東京都内

精神障害であることと在日朝鮮人であることが密接に絡まり合っていることを示す26分間の映像です。その中で、東京大学の外村大教授が「関東大震災時に朝鮮人虐殺があったことは事実」と発言していることに対し、都の人権部が、「懸念」を示すメールを送り、不許可となったのです。メールでは、関東大震災時の朝鮮人虐殺について、小池百合子都知事が毎年91日の追悼式典に追悼文を送らない対応をとっていることについても触れられていました。

飯山さんは会見で「都による『検閲』を公表して約2年が経ちます。ただ流されるのではなく、関係者で集ってネットワークを作る。少しでも押し戻していく。これ以上悪くなることをとどめる。この会がそんな集団としてあればいいなと思っています」と述べました。

都の人権担当理事は当時、「朝鮮人虐殺を事実とした内容が(上映)中止の理由ではない」とし、「メールの表現が稚拙で工夫すべき所があった」と釈明しました。飯山さんは「差別の意図はないという上からの否認がある限りは、草の根の、下からの差別的感情が『本音』として語られ続けてしまう怖さがある。私たちは草の根から、人権という言葉の、本来あるべき意味や感覚を取り戻していく活動ができればいい」と抱負を語りました。 

高等部がないのに「高校学校無償化の対象外」?

金範重さんは子どもを朝鮮学校に通わせていて、仕事の傍ら埼玉朝鮮初中級学校の理事をしています。

金範重さん=東京都内

231月、同校の保護者が朝鮮学校への補助金の再開を求めて、埼玉県人権・男女共同参画課を訪問した際、同課の課長が「朝鮮学校の補助金は人権の問題ではないんです」と発言し、交渉を打ち切りました。金さんによると、埼玉県は当初、補助金を支給しない理由を「学校に借金があるから」としていました。借金を完済すると別の理由が出てきました。現在は「朝鮮学校高等部が高校無償化から除外されたことは違法ではない」とした21年の最高裁判決が根拠となっていますが、埼玉の朝鮮学校に高等部はありません。

「論理的に破綻しているのだが、それを突きつけても満足な答えは返ってこない」(金さん)

全国の自治体が朝鮮学校への補助金の支給を相次いで停止し、その理由を「県民の理解が得られない」と説明しています。

https://s-newscommons.com/article/2614

金さんは言います。

「私は日本国籍を持たず選挙権がないので、行政に対する請願やお願いによってしか物事を変えられない。そしてお願いに行った時には『あなた方の問題は人権の問題じゃない』と切って捨てられる」

「人権の問題を『県民の理解』のような多数決の論理でやるのは非常に間違っていると思う。マイノリティの人権は侵されやすいという側面を無視して、行政が施策を決めるのは恐ろしいことだ」 

生きるに値するかしないか、行政が「線を引く」

宮﨑さんは2024129日に群馬県によって撤去・破壊された「群馬の森」の朝鮮人労働者追悼碑の跡地に、なんどか足を運んできました。512日の追悼集会にも参加、62日には「考える会・関東」のメンバーらと初めてのフィールドワークを現地で持ちました。戦時中に日本に連れてこられ、強制労働で命を落とした朝鮮人を追悼するこの碑について、群馬県は、碑の前で開かれていた追悼集会で、過去に出席者から「強制連行」という発言があったとして、「政治的行事及び管理を禁じた公園使用許可の条件に違反する」という理由で撤去を決めました。

https://s-newscommons.com/article/461

 宮﨑さんは「線を引く」ということについて話しました。

宮﨑理さん=東京都内

「追悼碑の撤去によって非常に大きなものが失われた。在日コリアンやゆかりの人々が強制労働で亡くなった朝鮮人の死を嘆き悲しむことが困難になった。死を嘆き悲しむということは、その人を生きるに値する生とみなすということです。哀悼が不可能になることによって、人々を生きるに値するものとそうでないものに分ける線が引かれたと思っています」

ヘイトスピーチ禁止の対象を限定

 3人は相模原市の「人権尊重のまちづくり条例」にも関心を寄せています。市人権施策審議会が233月にまとめた答申には、人種や民族、国籍、障害、性的指向、性自認、出身を理由にしたヘイトスピーチに広く罰則を科し、被害救済のため行政から独立した人権委員会を設けることなどが盛り込まれていました。しかし、243月に市が制定した条例は答申から大きく後退し、ヘイトスピーチの拡散防止は障害者と本邦外出身者、禁止は本邦外出身者を対象にしたものに限られ、罰則もありません。

宮﨑さんはここでも「誰の、何が人権侵害にあたるのか、あたらないのか、行政による線引きがなされて、当事者の声や存在が消された」とみます。

対面の要望に応答がない

行政による人権侵害は、個人によるヘイトスピーチとは違った深刻さがあるといいます。

飯山さんは「とにかくコミュニケーションが成立しない。これまで都の人権部や群馬県に対面で要望をしてきましたが、答えることすらない。こちらが疑問に思っても応答がない。交渉が終わると担当者がスーッと誰かに連れ去られていく。異動もある。そういう恐ろしいコミュニケーションの中で、施策が考えられている。本当にこれでいいのか、という疑問をもっと多くの人に持ってほしい」と話しました。

宮﨑さんは「歴史の中で埋め込まれた差別が再生産されている」とみます。

「人権を守るための部署が仕事を遂行するにあたって、『この人たちの人権は考えなくてもいい』という行動を取る。行政が人権侵害を行うことによって、一般の人たちの差別行動や言説、考え方が強化されていくという側面もある」

記者会見する「行政による人権侵害を考える会・関東」の主要メンバー=東京都内

従来と違う角度から考える動きも

イスラエルによるパレスチナ・ガザ地区への攻撃に反対する若い人たちから、植民地主義を問う声が上がるなど、従来とは違う角度から人権や差別について考える糸口が広がっています。

金さんは「そこに希望もある」と語りました。

飯山さんも91日、新宿中央公園で「関東大震災時の朝鮮人虐殺の歴史否定に抗い、検閲に抗議する集会」を予定しています。その中で「101年前の記憶の人が起きている中で、パレスチナの人々が虐殺され続けていることへの追悼の場も設けたい」と話しました。

 「行政による人権侵害を考える会・関東」の活動予定は、今後開設する団体と同じアカウント名のSNSで、告知していくそうです。