これでは解決にならない 公立学校の先生の「定額働かせ放題」温存 調整額アップでも残る課題

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公立学校の教員を「定額働かせ放題」の法律って?

長時間労働に起因する公立学校教員のなり手不足に対応するため、文部科学省が来年度から行う教員の処遇改善策について、中央教育審議会が8月27日に答申を出しました。焦点の一つは、教員を定額で働かせ放題にする「教員給与特別措置法(給特法)」が改正できるかどうかでした。しかし、改正は見送られ、残業代の代わりとなる教職調整額(調整額)を4%から「10%以上」に増額するという結果にとどまりました。文科省は来年度予算案の概算要求で調整額を13%にする見込みですが、現場の教員からは「これでは解決にならない」という声が上がっています。

【そもそも】給特法とは?

1947年制定の労働基準法では労働時間の上限を1日8時間、週40時間としています。これに対し公務員は消防、警察など、職務によって1日の拘束時間が大きく異なることから、48年、公務員の給与制度改革がなされ、週単位の拘束時間に応じた給与が支給されることになりました。しかし、公務員の中でも教職員は授業以外の雑務が多く、勤務時間を単純に測定することが難しいため、残業代不払いがたびたび問題となっていました。解決のため、71年、週48時間以上勤務することを想定し、基本給の4%に相当する教職調整額を一律に支給することで、残業手当は支払わないと定めました。これが給特法です。労働時間を超過して行う教員の業務は、「子どものために自主的、自律的に行うものである」という考え方(教員聖職論)が背景にあります。
その後2004年、2019年に改正され、長期休暇中の休暇のまとめ取りがしやすくなるなど運用は改善されましたが、抜本的改正には至っていません。
給特法の対象は公立学校の教職員(校長・副校長・教頭を除く)。国立や私立学校の教職員には適用されません。

法改正求める署名は約8万4000人

中教審の答申に先立って8月27日、文部科学省で現役教員らによる「給特法のこれからを考える有志の会」が記者会見を開きました。会ではオンライン署名「給特法は抜本改善してください #教師のバトン」に取り組みました。4ヶ月間に教職員、保護者ら8万3945人の署名が集まりました。

呼びかけ人の1人で「シン・学校改革」の著書がある岐阜県立高校教諭の西村祐二さん(45)は「調整額が13%に上がる。手取りが増えるなら悲しむ人はいないし、文科省が対財務省で努力してくれているのなら、くさしたくない。しかし肯定的な評価はできない」と話しました。

「残業代3倍」はミスリード

8月に入り、「調整額が4%から13%に上がる」という感触を得て、マスコミ各社は「先生の『残業代』3倍に」という見出しで報じました。有志の会は「教員は給料が上がっていいなあ、と思わせるミスリードだ」と指摘します。

「新しい職」を導入しても給与は上がらないという西村祐二さん=東京都内

西村さんは「なぜならば、調整額増額では残業は減らないからです。抜本的な給特法、定額働かせ放題の改正を求めたい。現行の法律のままでは、残業の上限を超えても働かせる側の責任が問われない。教師が自発的にやったと、個人の責任になってしまう」と訴えました。

給特法見直しの評価の観点として西村さんは3点を挙げました。

1.それで教員の業務は減るか?
2.教員の過労死はなくなるか?
3.教職に若者が集まるか?

2022年の国の統計によると、1ヶ月の平均残業時間は小学校教員が41時間、中学校教員は58時間にのぼります。授業の他に部活指導、生徒指導、進路相談、保護者対応、校外巡視など仕事はいくらでもあります。小学校から英語やプログラミングの授業が始まり、授業準備も大変になる一方です。

調整額は基本給をベースにしています。

「基本給が低い若手ほど恩恵にあずかれない。もし調整額で対応するなら30〜40%でなければ実態に見合いません」と西村さん。

中教審答申は、30〜40代の中堅について「新たな職」を設け、「新たな給料表」で対応するとしました。教育相談や特別支援教育に関する連絡調整、校内研修、情報教育、防災・安全教育、道徳教育といった学校横断的な取り組み、若手教師へのサポートなどを担うポジションです。西村さんは「東京都の主任教諭制度のように、待遇改善につながらない恐れがある。主任教諭になれば無限残業コース、教諭のままだと昇給停止コース、という『学校の魔改造』が起きる」と危惧しています。

学校の魔改造示すパワーポイント(西村さん作成)

教える以外の仕事が重くのしかかっている

川崎市立小学校教諭の齋賀裕輝さん(30)も「調整額を増やすより人を増やしてほしい。手取りが増えて仕事量が変わらないということになると、過労状況は変わらない」と訴えました。

齋賀さんも「教える以外の仕事が重くのしかかっている」といいます。具体的には事務作業、保護者対応、カウンセラー、校区巡回や交通安全などです。川崎市は2023年、プールの注水ミスで190万円分の水を流出させたとして、市立学校教員に半額分の損害賠償を求め、「そもそもプールの注水は教員の仕事なのか」と市民から異論が相次ぎました。

齋賀裕輝さん=東京都内

齋賀さんは「給特法があるせいで、本来、外注できる仕事も教員にやらせている。教員がやればタダだからです。たびたびの要望でやっと学校のトイレ掃除が外注になったくらいです」と打ち明けました。

中教審の答申には小学校3〜4年に教科担任制を導入することや、担任手当の新設も盛り込まれました。

齋賀さんは「3000円プラスするから担任やってくれ、というのは、担任の業務の重さが届いていない、と感じる」と述べました。一方で、「教科担任制はいいと思う。教科が絞られることによって教材研究の時間ができるし、教師の授業力のスキルアップにもつながるから」と評価しました。

一番不安なことは「このままだと7年目の私より若い人がすぐ辞めちゃうんじゃないかということ」。給料を増やすだけではなく、教員の仕事はこれだと明確化してほしいといいます。

在職死、年400〜500件

全国の公立学校250校の働き方改革を手がけてきた株式会社ワーク・ライフバランス社長の小室淑恵さんは「給特法を廃止しないと、残業も過労死も減らせない」と危機感をあらわにしました。

教員の過労死についての統計はありません。一方、在職中の死亡は年400〜500人にのぼります。教職員の精神的疾患による病気休職は2022年に6539人と過去最多になりました。

小室さんは「調整額13%に見合う残業時間は26時間分。持ち帰り仕事も含めた月の実質残業時間は小学校82時間、中学校101時間。26時間まで減らすには30年以上かかる。仕組みを抜本的に変えない限り、教職を目指す若者は増えず、教員不足は解決しない」と話しました。

小室淑恵さん=東京都内

中教審答申には、勤務と勤務の間を11時間以上空ける「勤務間インターバルの推進」が盛り込まれています。

小室さんはこれを評価しつつも、「学校の始業時間が決まっているから、前夜遅くまで仕事をした先生はインターバルが11時間とれなくても仕方がないとしてしまっては意味がない。命を守るため、残業のリミットを前日の午後8時までと設定すべきです」と釘を刺しました。

小室さんは自身の子どもの不登校を経験しました。給特法廃止に対し、保護者からの動きが鈍いことについて、「自分の子どもが受けるサービスが切り下げられるというイメージしか持てない。そのぐらい教員と保護者の関係が壊れてしまっているのでは?」とみます。

働き方改革を進める中で、睡眠不足の上司ほど部下に侮辱的な言葉を使う傾向も明らかになってきました。「こうした上司の部下は離職率が高い。一方で寝不足の先生に教えられる子どもには逃げ場がありません。だから不登校が増える。50代の女性教諭が教え子に対し、『私は寝ないで仕事をしているのに、なんでお前らはがんばれないんだ!』と声を荒らげた例もあります。先生の残業、過労、睡眠不足を改善できれば、子どもにとっても学校が『戦場』ではなくなります」(小室さん)

「賃金と労働が連動していない」

名古屋大学の内田良教授は「給特法は賃金と労働が連動していないというのが大きなポイント。いくら働いても定額という状況が続く限り、調整額を何パーセントにしようが、現場には仕事を減らさなければいけないというプレッシャーが生じない」と話しました。

内田教授はこの数年、現場の教員から話を聴いていますが、お金の話は出ず、出てくるのは「子どものための教育論」「保護者からの要望にどう応えるか」の二つしかないそうです。

「業務を削減したら子どものためにならない、保護者から要望があるから業務を削減できない。コストとリンクしない形でジレンマがずーっと続いている。逆に私立学校からはお金の話しか聞こえてこない。公私間格差は広がる一方です」

内田教授は文科省が学習指導要領や標準授業時間数を見直すなど、踏み込んだ対策を取る必要がある、とみています。

あきらめている教師の姿

会見の最後に、西村さんは「現場の教員は残業代が支払われないのはなぜか、とみんな思っている。やらないといけない仕事で働いているのに、きちんとした対価がもらえないのはなぜだろうって。一方で、使命感を持って仕事をしている。矜持もある。聖職であるという見方は、やりがい搾取的な要素が大きいのかな。先生たちには残業などと言ってほしくないという社会や保護者の要望があるんだろうなと思います。あきらめている。おかしいと顔や名前を出してまでは言わない、言えない多くの教師の姿があります」と話しました。

教員採用試験の倍率はこの10年、減少傾向が続き、年度初めに教員の定足数が確保できない学校が相次ぐなど、教員不足の傾向は顕著です。

4年前、学力テストについて取材をした際、秋田県のベテランの小学校教員に、「子どもの変化で思うところはありますか?」と尋ねました。「将来、学校の先生になりたいという子がいなくなった」という返答に絶句しました。

先生という仕事を持続可能なものにするためには、業務量と人員配置の適正化が急務です。社会や保護者の側からも給特法廃止に向けて声を上げていく必要を感じました。