衆院選2024「個人的なことは政治的なこと」① 選択的夫婦別姓を阻んでいるのは「神武天皇」? 喫緊の課題なのに、公約で取り上げない政党も

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長年親しんできた名前で暮らしたいという思い。1日も早く実現を!

「小池で死ぬのは嫌。内山に戻したい」

長野県箕輪町の内山由香里さんは、夫の小池幸夫さんに切り出しました。3年前、選択的夫婦別姓が最高裁で2度目に「合憲」とされた直後のことです。

2人は高校の教員同士。1991年から事実婚となり、以来2人の子どもの誕生前に婚姻届けを出し、内山さんの職場復帰の時に離婚届を出して、夫婦別姓を実践してきました。

過去最大の夫婦げんか

3人目の子どもの誕生に際し2001年に婚姻届を出した後は、「私のことを小池と呼ぶ人はいないから、もういいかな」と思い、法律婚状態のままにしていました。職員名簿も旧姓の「内山」で通し、生徒にも「内山先生」と呼ばれて、不自由は感じていませんでした。ただ一つ給与の振り込み口座は戸籍名にしてほしいと言われ、「小池由香里」名義で口座を開設しました。それでも、銀行印を「小池」にするのは抵抗があり、下の名で判子を作りました。

その後20年間、通称使用をしながら、選択的夫婦別姓の法制化を待ってきました。でも、司法の判断は覆りません。もう限界でした。

小池さんは内山さんより10歳上で、当時63歳。紙の上とはいえ、離婚を不安に思い、抵抗しました。「お互い年だし、今後の病気とか入院とか相続とかを考えると事実婚では難しい」。

内山さんは「私は自分の名前で死にたいの」と訴えました。過去最大の夫婦げんかに発展し、夫妻は3日間、口をきかなかったといいます。

2023年夏、内山さんが勤務校の海外研修を引率することが決まりました。パスポートが「KOIKE」のままではトラブルの元になると、小池さんに再び交渉。同年10月27日、3回目の離婚届を出し、内山姓に戻しました。

内山由香里さん(左)と小池幸夫さん=長野県箕輪町

幸せになる人が増えることを妨げないで

今年3月、2人は選択的夫婦別姓を求める第3次集団訴訟の原告になりました。

内山さんが提訴時に寄せたメッセージは、明快です。

「選択的夫婦別姓は別姓を選びたい人が選べる制度です。導入することで、幸せになる人は増えると思います。不幸になる人はいません。幸せになる人が増えることをこれ以上妨げないでほしいと思っています」

しかし、国会での議論は遅々として進みません。

これまで陳情アクションで訪ねた地方議員からは「そんなに名字にこだわるなら名字をなくしてしまえばいい」「夫婦同姓が日本だけの制度だというなら、むしろそれを誇れ!」などと言われ、夫妻は「頭がクラクラした」といいます。

トーンダウンした石破首相

日本経済団体連合会(経団連)は今年1月、「ダイバーシティ政策の1丁目1番地」として選択的夫婦別姓の早期実現を政府に求めました。それを受け、慎重派の国会議員らが議員会館に経団連幹部を呼び出した時のやりとりが毎日新聞(10月4日夕刊)に掲載されました。内山さんと小池さんは、「これは!」と目を疑いました。

国会議員の発言として、「家族戸籍(家族単位の戸籍制度)は神武天皇の考える国づくりの基本」「制度導入により、(名字の)選択肢が増えるとカップル間で争いになり、結婚へのハードルが上がる」などと記されていました。

「神武天皇って……この人たちにいったい何をどう話したらいいのか、と」(内山さん)

9月の自民党総裁選では、小泉進次郎氏、河野太郎氏、石破茂氏らが、選択的夫婦別姓に「賛成」の立場を表明するなど、一定の前進があるかに見えました。しかし、勝って首相となった石破氏は、就任直後の10月7日の衆議院代表質問で「国民の間に様々な意見があり、政府としては、国民各層の意見や国会における議論の動向などを踏まえ、更なる検討をする必要がある」と導入に慎重な考えに転じました。

小池さんは「私たちの裁判の判決を待たずに一刻も早く選択的夫婦別姓を導入してほしいと思ってきた。でも、結局、司法判断しかないのかな」と先行きを案じています。

「自分らしい生き方」は結婚改姓じゃない

東京都内に住む黒川とう子さんと根津充さんも、第3次訴訟の原告夫妻です。2007年から事実婚を貫き、中学生の娘が1人います。

黒川さんは20代後半にフェミニズムに出会い、「自分らしい生き方」を考えた時に、結婚改姓は嫌だな、と思ったといいます。根津さんも黒川さんからの問題提起を受け、「ま、そうだね。逆の立場だったらいやだし」と事実婚に応じました。

子どもの出生を機に法律婚に転じるカップルが多い中、黒川さんは「なくそう戸籍と婚外子差別・交流会」のウェブサイトから情報を得て、「父親が胎児認知の届けを出した上で、出生届の『嫡出子・嫡出でない子』の欄に棒線を引き、その他欄に『出生子は母の氏を称する』と記載したものを、父親が窓口に提出する」という方法を取りました。子どもが生まれて2年後、非嫡出子への民法上の相続差別は違憲という最高裁判決が出ました。

黒川とう子さん(左)と根津充さん=東京都内

正式な夫婦じゃないと突きつけられること

「婚外子への差別の目はなんとかなるだろうと思った。でも、どんなに長年家族として暮らしても、人生の大事な時に正式な夫婦じゃないとつきつけられることは、もろもろ、ポロポロありますね」と黒川さん。

【事実婚で困ったこと】
・夫婦の収入を合算して申告できず、医療費控除が受けられない。
・住宅ローンを事実婚でも組めたのは2つの金融機関のみ。2カ所とも利率の高い固定金利だった。
・互いの生命保険の受取人になれる保険会社が少なく、なれても税控除が受けられない。
・互いの手術同意ができるかわからない。
・互いの法廷相続人になれないため、遺言書が必要で、相続できても配偶者控除が受けられない。

根津さんは経団連が「夫婦別姓についての議事録を開示し、自民党内の議論を見える化してほしい」と要望していることに賛成です。「国民の目線に耐える議論をしているのかどうか。誰が反対しているのか。それがわかれば選挙で選びようがある」

長年親しんできた名前を大事に

選択的夫婦別姓の議論が始まって半世紀、法制審議会の答申から28年が経ちました。

黒川さんは早期実現を望んでいます。

「主に女性たちが自分の名前で生きられない違和感や苦しみを何十年も抱えている。娘たちの世代には選択肢をあげたい。選択的夫婦別姓は、あなたが長年親しんできた名前を大事にしていいんだよ、と認めることです。組織の論理の前に個人の権利侵害への対策を後回しにするのはもうやめてほしい」

自民、維新は「言及なし」

選択的夫婦別姓について、各党の公約から拾ってみました。

自民党は総裁選で、賛否が分かれ注目を集めた政策にもかかわらず、いや、だからこそかもしれませんが、一切言及していません。与党でも公明党は「導入推進」を訴えています。一方、野党は日本維新の会が「言及なし」。立憲民主党、共産党、国民民主党、れいわ新選組は「早期実現」または「実現」。社会民主党は「法制化」をうたっています。

日本テレビ系列(NNN)の全候補者アンケートは、政党ごとに選択的夫婦別姓に賛成の議員がどのぐらいいるかを可視化しています。

自民党は「賛成」「やや賛成」を合わせても26%しかいません。一方、野党で「賛成」が低調なのは日本維新の会で54%、公約に「早期実現」をうたう国民民主党も59%です。際立っているのは参政党で「反対」が90%を占めています(10月17日現在)。

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