フォトジャーナリストの安田菜津紀さん(36)が在日コリアンであるという出自について、ツイッター(現・X)で差別的な投稿をされ精神的苦痛を受けたとして、西日本に住む男性に195万円の損害賠償を求めた控訴審の判決が2月21日にありました。東京高裁(吉田徹裁判長)は男性の投稿を「差別的表現による侮辱」と認めて33万円の賠償を命じた一審判決を支持し、男性と安田さんの双方の控訴を棄却しました。
判決は「差別的表現による侮辱」とは認めても、「差別的言動(ヘイトスピーチ)解消法」に基づく「差別」とは認定しませんでした。安田さんは「司法は差別の重みを十分に受け止めてほしい」と話しています。
単なる「侮辱」ではなく「差別的言動」
裁判は2020年の書き込みをめぐるものです。安田さんが在日コリアン2世でのちに日本国籍を取得した父について「在日コリアンだと知ったのは死後だった」とツイッターに投稿したところ、被告の男性が朝鮮半島出身者らへの差別用語を使って「お前の父親が出自を隠した理由は推測できるわ」などと書き込みました。
控訴審で安田さん側は、男性の投稿は単なる侮辱ではなく、差別的言動解消法に定める「差別的言動」にあたり、悪質だと主張しました。差別的言動解消法は第2条で「本邦出身者に対する不当な差別的言動」を「本邦外出身者を地域社会から排除することを扇動する」ものと規定しています。安田さんは在日ルーツであることをめぐり「個人の努力ではどうすることもできない、生まれながらの属性」に基づき攻撃され差別されその尊厳を奪われて「一般的かつ包括的な人格権」を侵害されるのであって、名誉感情の侵害とは性格が異なる、と主張しました。この点について高裁は「差別的言動解消法はいわゆる理念法」だとし、「一概に差別的言動の方が悪質とは言えない」として、主張を退けました。
相次ぐ「差別」認める判決
過去には在日韓国朝鮮人への「差別」を認め、判断を重くした判決が出ています。
2014年7月、大阪高裁は京都朝鮮学校に対する「在日特権を許さない市民の会(在特会)」の差別的侮辱表現を多く含む街宣活動について、「人種差別撤廃条約で禁じる人種差別に当たる」と認定し、1200万円の損害賠償を命じました。(同年12月、最高裁で確定)。
2023年10月には、横浜地裁川崎支部が、川崎市在住の在日コリアン3世の女性に対しネット上で行われた、「国へ帰れ」などの差別的な書き込みについて、「ヘイトスピーチ解消法の不当な差別的言動にあたる」との判断を示し、投稿者に190万円の賠償を命じています。
また、部落解放同盟と同盟員ら230人が、川崎市の出版社と経営者を相手取り、被差別部落の地名リストの復刻出版の禁止などを求めた裁判で、東京高裁は2023年6月、被差別部落の地名リストの復刻出版の禁止を求めた原告らには「差別されない人格的利益」があると認めました。東京地裁の「プライバシー権の侵害」よりも一歩踏み込んだ判断でした。
安田さんの代理人である神原元弁護士は「こうした判決の流れからすると、今回の判決はパッとしない。もう一歩踏み込んで差別的言動と認めてほしかった」と話しました。師岡康子弁護士も「差別による人格権の侵害は、一般的な侮辱とは違いその人の人格を非常に深く傷つけるということが認められつつある。私たちは十分に保護されるべき法益だと思っている」と指摘しています。
SNSが「殺傷力を持つ道具」となって久しい
裁判には長い時間がかかります。その間にも投稿は放置、拡散され、差別的な言説が広まってしまいます。安田さんの場合も男性の投稿から3年、提訴から2年以上が経っています。安田さんは「判決の積み重ねには時間がかかります。時間がかかっている間にも救われない被害がある。現行法にのっとった判決を積み重ねることも大事ですが、私としては現状の法律をどう解釈するのかという以上に、新たに包括的に差別を禁止する法律がなければ命を守れないと感じている。政府から独立した人権救済機関との2本柱が必要だと思います」と話しました。
ネット上の差別については、「SNSが殺傷力を持つ道具となってしまって久しい。表現の自由をたてにした加害行為がほとんど放置されている。いつまでも被害者の自助努力や我慢の問題として矮小化するのではなくて、しかるべき法整備を進めて行くことが誰しもの安全にとって必要だと思います」と立法府に対応を求めました。
現職の中野区議が差別あおる投稿も
この日は、安田さんに対する東京都中野区議の差別扇動投稿についての記者会見もありました。中野区議の吉田康一郎氏は2022年7月24日、ツイッターに、安田さんのテレビ番組での国葬をめぐる発言(「国葬という選択は民主主義国と真逆ではないか」)を引き、「番組を降板させるべきだ」と投稿。翌日、安田さんが父親との思い出を書いた文章を引用し、「父親は在日コリアン2世で、元韓国籍、後に日本国籍を取得」と書き込みました。
この投稿に連なるコメントの形で、3日間で92件の差別的な書き込みが相次ぎ、安田さんは2023年1月、東京法務局に人権侵犯として救済を申し立てました。
法務局は昨年12月、すでに削除されていた5件を除く87件について判断を示し、判断までに削除されていた8件を含む49件に「人権侵犯」が認められました。
安田さんの代理人の北村聡子弁護士が東京法務局に「どういう理由で認定したり不認定にしたりしたのか」と尋ねたところ、東京法務局は「答えられません」。「答えられない理由は何ですか?」ときくと「法務省にお聞きください」との返答がありました。そこで、人権侵犯の認定基準の開示を求めるとともに、「差別扇動目的効果を持つ吉田区議の投稿に、法務局として対応できることがないか」をたずねる要望書を今年1月、法務省に提出しました。
公人による差別扇動をめぐっては、杉田水脈衆議院議員がジャーナリストの伊藤詩織さんを誹謗中傷する投稿に繰り返し執拗に「いいね!」を押した行為について、最高裁が2月8日、杉田氏側の上告を棄却し、違法性を認めた高裁判決が確定しています。
吉田区議はその後の自身の投稿で「国政について論評している人物の背景や経歴、経験について記述しているだけ」と主張して、安田さんへの誹謗中傷の意図を否定しています。
父の思い出を引用され、連なった差別書き込み
安田さんは「吉田区議が引用した記事は、私が幼い頃に、父が選挙の投票所に私を連れて行ってくれた時の思い出を書いたもの。父は私が中2の時に亡くなった。その後で、父は日本国籍、参政権を得て、自分が選挙で選べるようになったのがとてもうれしかったのではないか、と母と話をしたことがあった」と振り返りました。
その上で、「吉田区議の投稿に連なった差別書き込みが非常に深刻であることはもちろん、一定の影響力がある公人が引き金を引く書き込みをしたことを重く受け止めてほしいと思っている。こうした差別書き込みがリプライで連なることを予見してこうした投稿をしたのであれば、非常に悪質ですし、逆に全く予見できなかったのであれば、先々を呼んで区政を担わなければならない区議の資質が問われます」と指摘。「地方議員であれ、国会議員であれ、公人の影響力は差別を扇動するために使うのではなくて解消するために使うべきです」と話しました。
北村聡子弁護士は安田さんがジャーナリストである点でも、差別扇動による被害は大きいとみています。
「安田さんはジャーナリストとして国内外の事実を調査し、発信していく役割がある。それを職責とし、政治的発言をしていく。日本国籍を持つ者が政権に反対する発言をしても『反日』と言われないのに、在日コリアンがすると『反日だ』となる。彼女は民主主義に反すると主張しているのに、それが日本の国益を損ねるために発言していると決めつけられてしまう。日本の国籍を持っているものであれば受けることのない不当な攻撃が自分の自由な政治的意見に浴びせられてしまう。非常に不当な差別だと思います」
安田さんらは今後、公人の差別扇動について違法性を問う道筋を検討しています。
(阿久沢悦子)