通常国会の冒頭解散で、前国会で継続審議となった多くの法案が廃案となりました。その一つが再審法改正案です。国会議員の過半数が所属する超党派の議員連盟が法案を練ってきましたが成立せず、再審を阻んできた検察官らを多く含む法制審議会案がまとめられようとしています。喫緊の課題が選挙に埋もれてしまわないよう冤罪犠牲者の会の野島美香さんに寄稿をいただきました。
立ちはだかる法の不備の壁
急な衆院解散でかすんでしまった国政の重要課題がある。その一つが再審法改正だ。冤罪を生む仕組みを温存するのか否か、重大な岐路にある。しかし、そもそも争点になるのか。それを論ずる前にこれまでの流れをざっくり見ていこう。私は2012年に偶然狭山事件(*1)を知ったことで冤罪支援を始めた。無実の人を救う最終手段が再審(裁判のやり直し)なのだが、再審法は70年以上改定されておらず、わずかな条文があるのみである。どんなにがんばっても法の不備の壁が立ちはだかる。再審法改正は多くの人々の悲願なのだ。
*1狭山事件……1963年に埼玉県狭山市で発生した女子高生誘拐殺人事件。被差別部落に対する見込み捜査で、無実の青年石川一雄さんが軽微な別件で逮捕され、本件(狭山事件)での自白を強要した。一審死刑判決、1974年、二審の東京高裁で無期懲役の判決を受けた。石川さんは二審から無実を訴え、三度の再審請求を行ったが、再審が開かれぬまま2025年3月に亡くなった。お連れ合いの早智子さんによる第4次再審請求中。
日弁連大会から議連結成へ 再審法改正のこれまで
再審法改正の運動は1960年代にはじまる長い歴史があるが、今の流れは2019年 徳島で日本弁護士連合会(以下日弁連)が開いた人権擁護大会で、再審法改正をテーマにシンポジウムを開催したところからスタートした。前年袴田事件(*2)の第2次再審開始決定が東京高裁で取り消され、さらに大崎事件(*3)の地裁・高裁での開始決定が、最高裁で取り消されるという前代未聞の事態が起きて、もう再審法改正は待ったなしという状況があったからだ。
*2袴田事件……1966年静岡県清水市(当時)で発生した一家4人に対する強盗殺人、放火事件。袴田巌さんが逮捕・起訴された。袴田さんは一貫して無実を主張したが、1980年最高裁で死刑が確定。2014年、静岡地裁が2度目の再審請求を認め、袴田さんの刑の執行を停止、仮釈放となった。しかし検察の即時抗告、東京高裁の再審開始決定取り消しにより、再審公判まで9年を要した。2024年9月、静岡地裁での再審一審で無罪となり、確定した。
*3大崎事件……1979年鹿児島県大崎町で男性の死体が見つかった事件。事故死の可能性もあったが、殺人事件として捜査され、男性の長兄の妻、長兄、次兄、次兄の長男の4人が殺人・死体遺棄罪で有罪判決を受けた。長兄の妻、原口アヤ子さんは一貫して無実を訴えている。第1次再審は地裁で、第3次再審では地裁、高裁と過去3度も再審開始決定が出されたが、そのたびに検察の抗告で取り消された。第4次再審請求が2025年、最高裁で棄却された。この際、宇賀克也裁判官のみ、再審開始すべきという反対意見を付している。2026年1月第5次再審請求を申し立てた。現在原口アヤ子さんは98歳である。
その後2022年6月に日弁連内に再審法改正実現本部が立ち上がり本格的に動き始めた。国会議員に粘り強く働きかけ、再審法改正の歴史の中で初めて超党派の「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」(以下議連)が2024年3月に結成された。柴山昌彦会長(自民)、逢坂誠二幹事長(立憲)、井出庸生事務局長(自民)=いずれも衆院議員=で、いちばん多い時で国会議員の過半数を超える388人が所属していた。メンバーの内訳で言えば自民党がいちばん多い。
そして2024年9月、袴田巌さんの再審無罪判決の中で警察・検察による証拠のねつ造や証拠隠しがあきらかになり、これ以上にないくらい法改正への機運が高まった。議連もヒアリングや勉強会を重ね、具体的に議員立法へ向けて動き出した。議連の提案は喫緊の課題である以下4項目の改正だ。
①証拠開示のルール化
②検察の抗告権禁止
③手続き規定のルール化
④通常審に関わった裁判官の忌避

これらが法案化されれば、多くの無実の人を救うことが可能になる。ようやく再審法改正への道筋が見えて安堵していたところ、いきなり冷や水を浴びせるかの如く、法務検察が登場した。
法務省事務当局の危険な暴走
議員立法の動きに待ったをかけたのが法務大臣の諮問機関である法制審議会―刑事法(再審関係)部会(以下法制審)である。そもそも法務省は再審法改正にはまったく非協力的だった。1980年代に死刑冤罪四事件(*4)が再審無罪になっても、法改正は行われなかった。
*4 死刑冤罪四事件……免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件
それまで「現行法でうまく行っている」とうそぶいていた法務省が議連の議員立法が具体化したとたん、法改正に向けて動き出したのは、他でもない議員立法潰しなのは誰の目にも明らかだった。
昨年4月の第1回から今年1月28日まで、非公開の会議が17回も異例のスピードで開かれた。そもそも部会の人選に問題がある。日弁連からの委員2名(鴨志田祐美弁護士、村山浩昭弁護士)は再審請求に弁護人、裁判長としてかかわっているが、他の法務省が選んだ委員は再審について一本の論文さえ書いたこともない研究者や検察、裁判所、警察庁の関係者ばかりだ。これでまともな議論が行われるのだろうか。
1か月遅れで公開される議事録を読んで冤罪被害者や支援者は絶望的な気持ちになった。議連法案と大きく違うのが①の証拠開示の規定である。法制審案では証拠開示の範囲はかなり限定的になる。次に②の検察の抗告権禁止にいたっては項目ごと落とされてしまった。
法務省事務当局の案を事前にマスコミにリーク
いちばん酷かったのがその進行のしかたである。12月2日に2巡目の議論が終結した3日後に、法務省事務当局(メンバーは検事)から「今後の議論のためのたたき台案」(以下事務当局案)がマスコミにリークされていたのだ。その内容はそれまでの議論の内容を踏襲していないばかりか、ほとんど話題にもならなかった項目がそっくり入り込んでいた。つまり事務当局が「こうしたい」という案が既定路線であるかのように、恣意的にマスコミに先に流されたのだ。信義則違反であることは明白だが、日弁連委員以外は全く問題にしていない。
それでは事務当局の目指す改悪案はどのようなものなのか。簡単に言うと、壁をいくつも設けて「再審請求を迅速に棄却できる」ようになっている。
第1の壁:調査手続き(スクリーニング)=この壁を越えても手続き保障は不十分
第2の壁:証拠開示の範囲を狭める=奇跡的に証拠が開示されても「目的外使用の禁止」が新設されるため世論に訴えることもできなくなる
第3の壁:万が一再審開始決定が出ても検察の抗告は今まで通り認める
第4の壁:万が一再審公判に行きついても、開始決定を出した裁判官は忌避される
結局その後の議論も事務当局案に沿う形で進められ、日弁連委員の抵抗にもかかわらず、1月21日の第16回会議に事務当局から出された最終形のひとつ前の「試案」も、事務当局案を少しだけ変えたに過ぎない内容だった。執筆している2月1日時点の予想だがこれまでの流れでいくと、おそらく事務当局案が2月2日多数決で強行採択されるだろう。それもそのはずで、法制審を主導しているのは事務当局であり、委員の人選や運用を行っているからだ。日弁連推薦の2人の委員を入れたことも、袴田ひで子さんや青木惠子さんを呼んでたった10分の話を聞くことも、彼らにとってのアリバイ作りなのだ。

相次ぐ法制審への異例のダメ出し
こうした状況に、法曹関係者、法学研究者から異議が相次いでいる。まず11月17日に時事通信が、再審の論文を発表した刑事法研究者24人にアンケートを行い、19名から回答を得た内容を報じた。法制審の人選について17名が「不適切/どちらかと言えば不適切」と回答したのだ。また19人全員が検察官抗告の禁止に賛成し、証拠開示については17名が「議連案」に「賛成/どちらかと言えば賛成」という回答だった。さらに法制審の学者委員がだれ一人として再審について1本の論文も書いていないことが明らかになり、恣意的な人選であることが露呈した。
12月2日には刑事法研究者135名が共同声明を発表。呼びかけ人の内の4名がさらに踏み込んだ意見書を提出した。翌3日には元裁判官63名が共同声明を発表。いずれも法制審の会議の内容を痛烈に批判するものだ。これが学者の、裁判官の総意ではないことの表明だった。
今年に入ってからも1月16日、日本新聞協会が証拠の「目的外使用」を禁じる規定創設について、国民の知る権利を守る観点から、証拠の外部提供に罰則を科すことに反対し、また報道機関への情報提供に適用しないよう求める見解を公表した。続く21日、冤罪被害者とその家族が共同声明を発表して記者会見を行った。いかに立法事実をないがしろにしているか、いったい誰のための法改正なのか。獄中からの声も紹介して、実効性がないばかりか改悪であることを訴えた。
各弁護士会からも議員立法を支持する声明が多く寄せられ、地方議会の意見書採択は過半数に届く勢いである。冤罪支援団体による議連法案を支持する署名活動や街宣活動も活発に行われた。

議員立法は廃案 内閣法は2月にもとりまとめ
話を議連に戻そう。昨年の通常国会での議連法案提出・可決を目指したが、自民党の党内手続きができなかった。自民党司法制度調査会の一部議員(法務大臣経験者やそれに近い議員)が「法制審の議論を見守るべき」として、党内手続きを拒否したからだ。仕方なく野党6党によって法案は会期ぎりぎりに提出され、継続審議となった。
秋の臨時国会では与野党関係なく多くの議員が法務委員会の質問で再審法改正を取り上げた。弁護士でもある稲田朋美衆院議員(自民党)の「法制審ではダメです」発言は大きな話題になった。しかし残念ながら審議入りは見送られ、またもや継続審議となった。さらに、高市早苗首相による今国会の冒頭解散で、継続審議となっていた法案はすべて廃案となってしまったのだ。本当にどこまで冤罪被害者は弄ばれなければならないのか。
この先の見通しだが、国会再開後、予算があるので時期はわからないが、もう一度議連法案を提出する見込みだ。一方の法制審は2月12日の総会で法相への答申を決めるだろう。そこから内閣法として法案を作り、3月には自民党内での議論の俎上に乗ることになる。その時に議連法案が間に合うように再提出されていてほしい。そして内閣法、議員立法のどちらが冤罪被害者を救うことができるのか、しっかりと議論されなければならない。
衆院選で問われること
今回の衆院選で立候補者に再審法改正をどうやって問うのか。とても難しいと感じている。
他の事案と大きく違うのは、与党vs野党という構図ではないということ。「再審法改正に賛成ですか?」という問いは、もはや意味をなさない。袴田事件、福井事件の再審公判で、相次いで検察の証拠の隠蔽やねつ造が明らかになり、再審法改正は待ったなしだという状況は誰もが思うところである。問題は「どこが」再審法改正をするのか、なのだ。これまで書いていたように、冤罪を速やかに救えるのは議連の再審法案しかない。しかし、これまで刑訴法が議員立法で改正された前例はないそうだ。問題は中身なのに、内閣法というだけで法制審の案を推す声が大きくなると危機的状況になってしまう。私は候補者演説や、SNSの投稿に、「再審法改正についてどう思うか」を問いかけている。同時に法制審の案が、いかに問題が多いものかをもっと世論に訴えなければならないと思っている。
最後に日弁連再審法改正推進室長で、法制審の委員でもある弁護士の鴨志田祐美さんのYoutubeチャンネル【鴨志田ちゃんねる】を紹介する。マペットを使ってわかりやすく、楽しく、やさしく解説しているので、よろしければご視聴を。

のじま・みか 冤罪犠牲者の会事務局

