再審法改正案が6月18日、国会に提出される予定です。袴田事件の無罪判決を受け、今しかないというタイミングで超党派の議員連盟が改正案をまとめてきました。しかし、法制審議会での議論が始まり、与党側からは「法制審の結論を待つべきだ」という意見も出て、一時は法案提出すら危ぶまれる事態に。そんな中、冤罪被害者やその家族、支援者、弁護士らが国会前に座り込んで、法案提出を求めています。6月17日午後、現場で声を拾いました。
議員連盟がまとめた再審法改正案は4点に重点を置いています。
・再審請求審における裁判所の証拠開示命令を明文化する
・再審開始決定に対する検察官の抗告(不服申立て)を禁止する
・原審に関与した裁判官を再審請求審において除斥・忌避の対象とする
・刑事訴訟法に再審請求の手続きを規定する
法制審議会では過去に取り調べの録音・録画の義務化が頓挫した経緯があり、再審法改正でも検察官の抗告禁止などには踏み込まないのではないか、と危惧する声があります。そうなると、袴田事件でも見られるように無罪判決から無罪確定までの期間がいたずらに長引く恐れがあります。このため、日本弁護士連合会や冤罪被害者、支援者らは法制審ではなく国会での再審法改正成立を求めています。
原口アヤ子さん、98歳の誕生日に
「大崎事件」(*1)の原口アヤ子さんの再審弁護団の事務局長を務める鴨志田祐美弁護士は、国会前のスピーチでアヤ子さんの98歳の誕生日の様子を話しました。
*1……1979年に発生。鹿児島県大崎町で男性の遺体が見つかり、長兄、次兄、甥と、長兄の妻アヤ子さんが殺人・死体遺棄容疑で起訴された。アヤ子さんは一貫して無実を訴えている。これまで再審を4度請求。第1次は鹿児島地裁で、第3次は福岡高裁宮崎支部で再審開始が認められたが、検察側の抗告により上級審で再審開始決定が取り消されている。
6月15日、冤罪被害者とその家族である3人の女性が、アヤ子さんが暮らす鹿児島県内の施設に遠路、駆けつけました。
事件発生から58年後に、弟の袴田巌さんが再審無罪となった袴田ひで子さん。
火災で長女を亡くし、放火殺人罪で無期懲役の判決を受け、再審無罪となった東住吉事件の青木恵子さん。
看護助手が患者の人工呼吸器を外したとして殺人罪で無期懲役の判決を受け、再審無罪となった湖東記念病院事件の西山美香さん。

「鹿児島は台風みたいな土砂降りの雨。そんな中に冤罪で被害を受けた女性たちが、冤罪被害者の女性を励ますために来てくれました」と鴨志田さん。
鴨志田さんが「アヤ子さん、今日、みんな来てくれたよ」というと、眠っていたアヤ子さんがパッと目を開けたそうです。
ひで子さんが「アヤ子さん久しぶりね」と声をかけると、最初はちょっと分からなかった様子でしたが、すぐにアッと気づきました。
ひで子さんが手のひらでアヤ子さんの両頬を押さえて「アヤ子さん、巌は無罪になったの。次はあなただからね。絶対元気になってね」と伝えると、起き上がって満面の笑みを浮かべました。
青木さんがパジャマとハンカチを贈り、音が出るバースデーカードを開くと、アヤ子さんは声を立てて笑いました。
「再審法が改正されるまで元気でいてね」
弁護団のメンバーが「第5次再審請求の準備をしています」と伝え、鴨志田さんがアヤ子さんに話しかけました。
「再審法改正があとちょっとのところまで来ている。アヤ子さん、次の第5次再審請求の時には、再審法が改正され、検察官の不服申し立てができなくなるから。そうしたら、鹿児島地裁で再審開始決定が出たら、すぐに同じ鹿児島地裁でやり直しの裁判になるから。今までみたいに何年もかかるということはないから、絶対にそれまで元気でいてね。一緒に無罪判決を聞きに法廷に行こうね」
鴨志田さんは国会前で、そのときのアヤ子さんの様子を思い出しながら、語りました。
「それまでニコニコ笑っていたアヤ子さんが、急に真顔になり、私の方をじーっと見つめながら話を聴いていました。ああ、完全にわかっているな、と思いました」
この時の様子は日本テレビ、NHKで全国に流れました。
「大崎事件は請求棄却などの節目以外、全国ニュースになることは滅多にないです。冤罪や再審についての一般の人の関心が高まっているんだな、と思います。一方で、ちょっと残念だったのは、このことを再審法改正と結びつける報道が少なかったことです」
「アヤ子さんにとって、大崎事件第5次再審申請にとって、再審法改正は死活問題です。そのことを改めて今日は国会の前でみなさんにお伝えしたい。とにかく法案を出して継続審議にさえなってくれれば、法制審よりも前に成立する可能性があると思います。逆にここで出せなかったら、法制審に取り込まれる。ギリギリのところだと思っています。検察官の抗告を禁止する。アヤ子さんが生きているうちに無罪を取るには議員立法で成立していただくしかないと思っています。」
「見えない手錠を外せなかった」
「狭山事件」(*2)で再審請求中に、今年3月に亡くなった石川一雄さんの妻・石川早智子さんは、「再審法改正」のプラカードと一雄さんの遺影を抱えるようにしてスピーチに臨みました。
*2……1963年に発生。埼玉県狭山市で女子高校生の遺体が見つかった。殺人強姦強盗の容疑で石川さんが逮捕、起訴され、1審で死刑、2審で無期懲役の判決を受けた。石川さんは一貫して無実を主張。3度の再審を申し立てたが、証拠開示が十分に行われないまま、第1次、第2次は請求棄却。第3次の途中で石川さんが死去し、その後早智子さんが請求人となって、今年4月、第4次再審請求を東京高裁に申し立てた。
「明日6月18日は、夫・石川一雄が亡くなってちょうど百箇日。これまで夫は、無罪にしろとは言っていません。新しい無実の証拠を裁判所に出してある。それを調べてほしい。そうすれば私の無実が明らかになる。そう叫び続けながら、叶わぬまま無念の死を遂げました」

「生きている間に事実調べをして、再審開始をと願い、いつも一緒に訴え続けて来ました。しかし、半世紀の間に一度の事実調べをすることもなく、無念のまま亡くなってしまったのです。検察は多くの証拠を隠したままです。証拠開示がもっと早くに進んでいれば、審理が早く進んだのではないか。一雄はいつも今の法律のままでは冤罪被害者は救われない、法改正が必要だと訴え続けてきました。でも間に合わなかった。見えない手錠を外せなかった。胸がつぶれそうです」
そして、石川さんが亡くなる前に書いた短歌を読み上げました。
<権力にゴマする司法聞こえるか 絶叫する我の声が>
「もう、一雄はいません。でも、私はあきらめません。78歳の私が生きている間に再審開始、無罪判決。それには再審法の改正しかありません」
「どうして証拠開示できないですか」
2005年に栃木県今市市(現・日光市)で起きた女児殺害事件。8年後に偽ブランド品の販売などの別件で逮捕され、警察で自白を強要されたとして無実を訴えている勝又拓哉さん=服役中=の母、勝又イミコさんも参加しました。
イミコさんは台湾出身。少し片言の混じる日本語でスピーチしました。
「刑務所で拓哉に面会した時に、何回も聞いている。なんでやってないことをやったって言ったんですか。拓哉は密室の中で、認めなければ殴るよ、と脅かされた。まさか殴らないだろうと思って、『やってない』と言ったら、殴られた。それは録音、録画されていない(取り調べの)時に起きた。録音・録画は他にもあるかもしれないけど、ぜんぶ開示されてない。もし、開示されていたら、拓哉は無実になると思います」

「拓哉は10年間刑務所の中、自由を奪われている。日本は東南アジアの最先進国で、どうして証拠が開示できないですか。台湾では誰でも無実の証拠にアクセスできると聞きました。誰にでも証拠開示されてほしいです。再審法の改正、よろしくお願いします」
661議会が再審法改正の意見書可決
各地の弁護士会は自治体議会に再審法の改正を求める意見書の可決を求め、首長の賛同署名も集めています。5月27日時点で、意見書を可決した議会は661、首長の賛同署名は223にのぼります。
京都弁護士会は6月12日に「法制審議会に先行して議員立法による抜本的な再審法改正の実現を今、求める」と題した池上哲朗会長の声明を出しました。
その中で議員発議による再審法改正の意義を次のように説明しています。
「再審制度の在り方に関していわば『当事者』でもある法務省・検察官が主導する法制審議会において、抜本的な改正が速やかになされるとは考えがたい」
「法制審議会に先行して(議連の再審法改正案を)国会に上程、可決成立させ、真に冤罪被害者に寄り添う再審法改正を今こそ実現するよう強く求める」
一党でも多くの党が共同提出を
再審法改正議連の幹事長を務める立憲民主党の逢坂誠二衆院議員も国会前に駆けつけ、情勢を説明しました。
「明日の午前に議連案をなんとか提出できるところまで来た。一党でも多くの党に共同提出していただきたいと調整を進めている」
「法文化のギリギリのところまで来て、自民党、公明党は共同提出者にはなれないという話であります。背景に何があるのかわかりませんが、一緒に歩んできただけに残念です。国会に提出した後も、議論ができる状況を作っていくために、応援をよろしくお願いします」