「権力と闘っていくには、あきらめちゃいかん」 袴田ひで子さんらが出席し、再審法改正の実現を求める集会

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再審法を改正し、冤罪被害者の一刻も早い救済を

日本弁護士連合会(日弁連)主催の「今国会での再審法改正の実現を求める院内会議」が25日、東京都内で開かれました。

静岡県清水市(現・静岡市清水区)で起きた一家4人殺害事件で犯人とされた袴田巌さんに、昨年9月、再審で無罪が言い渡されました。事件発生から58年が経っていました。

また、昨年10月には、福井県の女子中学生殺人事件で有罪判決を受けた前川彰司さんについて、逮捕から38年目で二度目の再審開始が決定されました。

そして、今年3月11日、埼玉県狭山市で起きた女子高生殺人事件で有罪判決を受け、無実を訴えて第3次再審請求中だった石川一雄さんが亡くなりました。事件から61年以上が経っていました。

なぜ、冤罪被害者の救済には、こんなにも時間がかかるのか——。

弁護士や国会議員は再審法の不備を指摘し、今国会での法改正を求めています。集会には冤罪被害者やその家族も駆けつけました。

「巌には自由が、一番尊いの」

冒頭、冤罪被害者のドキュメンタリーを数多く手がけてきた金聖雄監督のショートムービー「立ちはだかる再審法の壁 さあ、いま変えるとき」が上映されました。

袴田巌さんの逮捕から再審無罪までを追うドキュメンタリーです。

巌さんは2014年3月、再審開始決定とともに釈放されました。事件から44年後、死刑確定から30年後のことです。巌さんは死刑への恐怖を抱えながら、刑務所に閉じ込められて過ごしたことによる拘禁反応で幻覚や妄想があり、意思疎通も難しくなっていました。

映画の中で巌さんの姉、ひで子さんは語ります。

「私は今現在、巌が(仮釈放されて)出てきているってことを大事にしたいと思う。シャバにいるってことが、巌には自由が、一番尊いの」

「見えもしない権力との闘いだと思う。今までは。それでもやっぱり闘っていかなきゃいかん。あきらめちゃいかん。権力と闘っていくにはそれしかない」

石川一雄さんの表情「忘れられない」

上映後、あいさつに立った金聖雄監督は、冤罪被害者を撮り始めたきっかけは狭山事件の石川一雄さんとの出会いだった、と話しました。

金聖雄さん=東京都内

「2013年、『狭山 見えない手錠を外すまで』という映画を作りました。ファーストシーンは冬の寒い日に土手をランニングシャツと短パンで颯爽と駆けてくる石川さん。その石川さんが、昨年9月26日、袴田さんの判決の日に杖をついて駆けつけました。無罪判決を聞いてとても喜んでいたんですが、その一方で、悔しさなのか、虚しさなのか、自分の再審が始まらないことを少し考えるような表情が今も忘れられません。

石川さんは、3月11日86歳で亡くなられました。2006年に始まった第3次の再審が19年もかかり、本人が亡くなったために審理が終了されました。これも一つ、再審法の不備なのかな、と思わざるをえません。

冤罪で苦しんでいる人たちが、1日も早く、せめて裁判をやり直してほしいと思っている人がたくさんいます。無念のうちに命を落とされた人もたくさんいます。ぜひそれぞれの立場で一歩を踏み出して、再審法の改正をこの国会で実現できるように、僕自身もがんばりたいと思います」

再審法改正法案の4つの柱

超党派の国会議員約370人でつくる「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」は、昨年10月、袴田さんの再審無罪判決を受けて決議を上げ、今年2月には鈴木馨祐法務大臣あての要望書をまとめました。

法務大臣が再審法改正について法制審議会への諮問を表明したことを受け、「再審請求人側の利益のみに偏ることなく、裁判所や検察の実務も尊重した内容となるよう、法案作成を進めている」とし、次の4点に重点を置いて、法案をまとめました。

・再審請求審における裁判所の証拠開示命令を明文化する
・再審開始決定に対する検察官の抗告を禁止する
・原審に関与した裁判官を再審請求審において除斥・忌避の対象とする
・刑事訴訟法に再審請求審の手続き規定を整備

議連会長の柴山昌彦・衆院議員(自民党)は「だれもがいつ冤罪という人権侵害に遭うかわからない。それをなくすために一刻も早い法改正が必要だ。検察による証拠隠しを許さない、(再審開始について)検察の不服申し立てを許さない。その思いだ。袴田事件が重い天の岩戸を開くものになると確信している」と話しました。

「巌だけが助かればいいという問題ではございません」

会場には冤罪被害当事者の姿もありました。

弟の冤罪を晴らすために闘い続け、92歳になった袴田ひで子さんはマイクを手に力強く訴えました。

袴田ひで子さん=東京都内

「巌は58年闘ってやっと無罪になりました。これもみなさまのご支援のおかげかと大変ありがたく思っております。シャバに出てから12年に入りますが、この頃はやっと素直に物事を聞いてくれるようになりました。(以前は)猜疑心というものが強くて、黙っているだけで何も言わないというのが10年間続きましたが、最近はちょっと素直になってきております。巌は助かったけど、巌だけ助かればいいという問題ではございません。改正再審法をぜひみなさまのお力で成立させていただきたい。みなさんが苦しんでおります。ささいな冤罪事件でも苦しんでおいでです。大変苦労をして今までがんばってきております。今国会で、ぜひ通していただきたい」

冤罪との闘い なぜ62年も?

続いて狭山事件で第3次再審請求中に亡くなった石川一雄さんの妻、早智子さんのコメントが代読されました。

会場では桜の形の付箋に参加者が再審法改正への思いを書いた=東京都内

「夫・石川一雄が3月11日に急逝し、毎日が悲しみと悔しさで涙が止まりません。

泣いている場合ではない。一雄が86年の生涯のうち、61年以上も闘い続け、がんばり続けてきた無罪獲得を、一雄の思いを引き継ぎ、これからも一雄とともに闘い続けなければ、と思いながらも、いつもどこでも2人で一緒に闘い続けて来た日々を思い、これからは一人なんだとの思いに胸が張り裂けそうになります。

31年7カ月の獄中生活。仮出獄してからの30年、冤罪を晴らすというただ一筋の道を走り続けてきました。苦しい厳しい闘いでしたが、素敵な多くの出会いがあり、感動や喜びがありました。袴田さん、桜井さん、杉山さん、菅家さん、獄友との励まし合った時間もありました。

彼は『私は幸せだ』とよく言っていました。

厳しい闘いの中にありながらも、彼はいつも前向きで、明るく、元気でした。その根本に『私は無実。真実はきっと明らかになる』との揺るぎない確信があったこと。支援者の方々の温かい心に接していたからだと思います。

しかし、現実には2年ほど前から体力が衰え、杖をつくようになりました。何度も転ぶようになりました。今年正月に体調を崩し、肺炎で入院。回復しましたが、今度は腰部脊柱管狭窄症と診断され、足の痛みがありました。3月6日に転倒し、右大腿骨を骨折しました。『痛い、痛い』と言いながらも痛みに耐え、生きるための闘いを続けていました。

リハビリをがんばって5月23日の日比谷の集会に行くと言っていました。5月23日は、62年前に夫が逮捕された日です。

昨年暮れに、弁護団の先生方から、(冤罪を立証する)インクの科学的な鑑定を提出し、証人尋問に向けて動いていくという方針を聞き、一雄は希望に燃えていました。事実調べが始まろうかというこれからという時に亡くなったことが残念でなりません。証拠開示がもっと早く進んでいたら、審理がどれだけ早く進んだか。冤罪との闘いがどうして62年もかかってしまうのか。どうしても今の法の不備を思わざるを得ません。

一雄は『今の法律では冤罪被害者は救われない。法改正が必要だ。国会議員にお願いしたい』と繰り返し訴えていました。

悲しんでばかりはいられません。彼の60年の闘いを決して無駄にしません。弁護団のみなさんと第4次再審請求を申し立てるつもりです。石川の無念を晴らす闘いをどうかこれからもご支援ください。そして再審法改正を実現させてください。私もともに闘っていきます」

「異端」とされる警察の証言者

軍事転用可能な機械を不正輸出した疑いで警視庁公安部に逮捕され、公判直前に起訴が取り消された大川原化工機事件の大川原正明さんも、冤罪の恐ろしさを語りました。

大川原正明さん=東京都内

「私どもの事件は裁判が始まる直前に検察が公判を取り下げるという形で、幸いにも解決しました。逮捕された3人のうちの1人は、11カ月の拘留の間に病気で亡くなりました。我々の事件は「でっち上げ事件」「冤罪事件」と言われています。

それでも、検察官の中には『これはおかしい』と言ってくれる人がいた。国家賠償の裁判をする中で、現役刑事が地裁で2人、高裁で1人、『やり方がおかしい』と証言してくれた。それに対し、警察、検察がどういう態度をとったか。彼らは異端者で組織を妨害するものとしかとらえていない。これが現実です。

我々も検察官が取り下げをしなかったら、有罪に持っていかれたと、今思うとぞっとしています。こういう事件は有罪にするというのが、今は簡単にできます。

それを是正するために、いったん有罪になってしまっても、検察、警察が隠しているたくさんの証拠を開示させて、再審を速やかに行う。それを実現させて、万一、はじめの裁判で有罪になっても、おかしいという証拠をちゃんと出せるような再審法の実現をぜひ期待している」

法制審議会ではなく議員立法で

痴漢冤罪事件を扱った劇映画「それでもボクはやってない」の周防正行監督は、再審法改正を法制審議会で扱うことに否定的な見解を述べました。

周防正行さん=東京都内

周防監督は2011年〜14年、法制審の「新時代の刑事司法制度特別部会」に委員として参加した一般有識者7人のうちの1人。ほかの委員は司法関係者19人、幹事は司法関係者14人、関係官は法務省から2人。いわゆる「司法ムラ」で固められ、一般有識者の意見は少数意見として扱われました。

司法改革の焦点となった「取り調べの録音録画」について、法制審では「録音録画をすれば真相解明の妨げになる」との意見が支配的で、「裁判員裁判対象事件」「検察独自捜査事件」に限るという方針が出されました。

長期勾留で自白を迫る「人質司法」について、司法関係者らは「人質司法と言われる事実はない。勾留手続きは適正に行われている」とし、制度改革には至りませんでした。

さらに、再審における証拠開示については、再審事件を担当した裁判官委員から「ある一定の統一的な運用が可能になるような方策を検討するのが、十分に意義のあること」と意見が出されました。しかし、後任の裁判官委員がそれを否定。「各裁判体も努力しているので裁判所に任せてほしい」とし、議論が打ち切られました。

取り調べの録音録画の議論は2022年7月に開始された「改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会」に引き継がれていますが、未だ結論が出ていません。

周防さんは「再審法についても、法務・検察は時間を稼ぎ、世論の沈静化を待ち、最小限の改正に食い止めるために、お抱え組織の法制審に諮問した。法制審ではなく、議員立法での早期成立を望む」と訴えました。