謝罪や具体的な対応策を示さず 「いのちのとりで」訴訟、最高裁判決を受け、厚生労働省交渉

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命より選挙に勝つことが優先された——2012年の生活保護バッシングを参院選で繰り返さない。

「なぜ、謝れないのか。こうしている間にも仲間が生活苦で、まともな食事もとれずに死んでいるんだ」

「いのちのとりで」愛知訴訟の原告澤村彰さんは絞り出すような声で詰問しました。

またも部長、大臣は出席せず

生活保護基準の引き下げは違法という最高裁判決を受け、6月30日午後1時、裁判の原告、弁護団、支援者が厚生労働省に対応策を尋ねる交渉を持ちました。

厚労省からは保護課の企画官が出席。原告側は27日、「課長以上、部長級もしくは厚生労働大臣との面会」を求めましたが、かないませんでした。

厚労省側は「判決を真摯に受け止め、対応策を検討中です」と繰り返しました。

メディアが取材を許された冒頭の10分間、原告に「もう聞き飽きた」「まず謝罪がないのはなぜか」と繰り返し問われても、壊れたテープレコーダーのように同じ応答が続きました。

いのちのとりで訴訟 国が2013年から2015年にかけ、段階的に生活扶助基準を平均6.5%、最大10%引き下げたのは生存権を定めた憲法25条に違反するとして、生活保護の利用者らが減額の取り消しを求めて訴えた。提訴は2014年から2018年にかけて29都道府県の地裁で行われ、原告の数は計1000人を超えた。これまでに31の地裁で判決が出され、20勝11敗。11高裁の判決は7勝4敗。2023年4月の大阪高裁(原告敗訴)と2023年11月の名古屋高裁(原告勝訴)で判断が分かれ、今年6月27日に最高裁が「引き下げは違法」とする統一見解を判決で示した。

激しいバッシングに苦しんだ

午後2時20分からは、立憲民主党による厚生労働省ヒアリングが行われました。原告や弁護団も参加しました。厚生労働省からは保護課長が参加しました。

長妻昭衆院議員は「2012年、自民党は衆院選で政権復帰の公約に生活保護費の削減を掲げていた。厚労省は安易に追随した」と指摘。「最高裁判決を受けても、国会議員の一部には、『手続きに瑕疵があっただけ。専門家会議にもう一度検証してもらえば、問題がない』という声がある」とも話しました。

その上で長妻議員は次の4点を求めました。

  • 石破茂首相と福岡資麿厚労相による謝罪
  • 減額分の補償と、2013年に遡って、保護費削減前の基準での満額支給
  • なぜこのようなことが起きたかの検証と再発防止策
  • 生活保護費が基準となった47の社会保障制度への影響の検証、補償
澤村彰さん(左)=東京都内

澤村さんはここでも、苦しい胸の内を打ち明けました。

「立場のある人が来てくれない、謝罪がない。私は提訴時に実名、顔出しで名乗り出ました。激しいバッシングに遭いました。苦しかった。ずっと叩かれた。長い裁判の過程で亡くなられた原告もいます」

物価高なのに保護費は上がらず

「生活保護費の引き上げ支給にも早急に対応してほしい。物価高なのに保護費は上がっていません。今年度500円を上乗せするといっていたのに、4月ではなく10月からとなっています。なぜですか? 生活は苦しいです。寄り添ってください」

尾藤廣喜弁護士(左から2人目)=衆議院第2議員会館

いのちのとりで裁判全国アクションの共同代表、尾藤廣喜弁護士は旧・厚生省に勤務した経験があります。在職中の1972年、夫と別居中で復縁の見込みがない女性が生活保護の受給を求めて起こした「藤木訴訟」の地裁判決に、被告側として立ち会いました。

「私は判決の前に課長から言われて敗訴予告をした。課長は負けた事件でいつまでも争うのは恥の上塗りだとして、一審で確定させるよう大臣を説得した」

「一方で、いのちのとりで訴訟では地裁、高裁と負けるたびに厚労省のコメントは判で押したように同じ。最高裁で負けてもなお同じ。判決を精査して対応を検討します、と。生活保護基準本体について初めて違法性を認めた画期的な最高裁判決が出た今、その理屈は全く通用しない。事務当局は、大臣に謝罪するよう意見具申をすべきだ」

優生保護法訴訟では敗訴翌日に謝罪

社会福祉法人きょうされん理事長の藤井克徳さんは2024年7月の「優生保護法違憲国賠訴訟」を引き合いに、いのちのとりで訴訟の対応の遅さを批判しました。

「優生保護法では原告勝訴の翌日に加藤鮎子・こども政策担当大臣が謝罪し、その後首相の謝罪につながった。いのちのとりで裁判も、同じく基本的人権にかかわる裁判です。なぜ、迅速に動けないのでしょうか?厚労省側には加害者意識がないのでしょうか」

人の生命より選挙に勝つことを優先

山井和則衆院議員は「厚労省は自民党の公約に沿うように生活保護費を引き下げた。やらされた側でもある。一番の元凶は自民党で、単純に厚労省が悪いということではない、優生保護法とはそこが違うと思っているのかもしれない」と続けました。

長妻昭議員(右)、山井和則議員=衆議院第2議員会館

その上で、「自民党は2012年の生活保護バッシングと、それに続く社会保障費の削減という公約を掲げて、政権に返り咲いた。人の生命より選挙に勝つことを優先した。それは変わっていないんですよ」と主張しました。

今回も参院選を前に、生活保護費の削減や、一部の人を生活保護から排除するよう求める主張が、政党の公約に表れています。山井議員はそこに危機感があると言います。

「生活保護利用者の側に立つ発言をすると議員も含めてバッシングにさらされる。生活保護を削れといった方が票になる。選挙に勝てる。そういうことを変えていかないといけない」

2018年以降も引き下げの影響続く

午後3時から、厚生労働省会見室に戻り、原告、弁護団、支援者の会見がありました。

立命館大学の桜井啓太准教授は、生活保護費を遡って見直し、不足分を補償した場合、その総額は時事通信が推定した2900億円からさらに1000億円以上の上積みになる、との予想を示しました。上積みの要因について、桜井准教授は、2018年の見直し以降も、引き下げ後の2013年の額を基準として、激変緩和措置、現行額保障がなされており、「2018年でリセットされたわけではなく、2013年の引き下げの影響がずっと続いていると考えられるから」としました。

試算では、子どもが2人いる母子世帯で11.1%、最大月1万7620円の上振れとなり、総額200万円以上の補償が見込まれるといいます。

生活保護基準額の引き下げは2012年の自民党議員らによる生活保護バッシングと、続く政権復帰のために掲げた公約に導かれて起きました。

バッシングを繰り返してはならない

いのちのとりで裁判全国アクションの共同代表、稲葉剛さんはメディアに対し、二つの注文をつけました。

稲葉剛さん(右)=厚生労働省前

「判決後、原告や生活保護利用者へのバッシングがインターネット上に溢れている。これ以上のバッシングを繰り返してはならない。生活保護は多くの生活困窮者支援策と連動するナショナルミニマムであることを伝えてほしい」
「政治が行政に介入して起きたというプロセスを検証してほしい。当時の田村憲久厚労相、世耕弘成・自民党政策審議会長、厚労官僚だった村木厚子氏がどのように関わったのか明らかにしてほしい」

原告・弁護団と厚労省の次回の交渉は7月10日13時から行われる予定です。原告側は7月7日にも交渉を持つよう厚労省に要請しています。

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