- Q:スシラ・カルキさんがネパール初の女性首相ということ、Z世代の若者らがその女性を推薦したということ、どちらも大変驚きました。スシラ・カルキさんとはどんな経歴を持った方なのでしょうか?
- Q:先日インタビューしたネパール在住の日本人女性によると、スシラ・カルキさんは大物政治家の汚職事件で厳しい判決を出していることで知られていて、また、たとえばシングルマザーの名前で市民権を取得するための最高裁判決を出したことなど、女性の権利向上にも寄与したと聞きました。今回、Z世代の若者らが怒っていたのが政治家の汚職や腐敗だったということですが、厳しい判決の主なものを紹介していただけますか?
- Q:9月13日、弁護士会は議会解散と暫定政権発足は違憲だという声明を出したそうですね。また、暫定政権の首相は、次期選挙には出られないとも聞きました。その辺りを教えてください。
- Q:そもそも、汚職を含む近年のネパールの政治状況はどのようなものだったのでしょうか?
9月8日以降、ネパールで起きた政治腐敗に対するZ世代の若者らの抗議デモについては9月15日の記事<ネパール・現地からの緊急報告> ”Z世代プロテスト”は何に怒っているのか?で詳しく伝えた。
9日、K・P・シャルマ・オリ首相は退任に追い込まれ、12日夜、Z世代が推した女性で元最高裁判所長官のスシラ・カルキ(Sushila Karki)さんが暫定政権の首相に就いた。
スシラ・カルキさんはどんな人で、どういう経緯で選ばれたのか、ネパールの社会・文化状況に詳しい人類学者、藤倉達郎京都大大学院教授に、ネパールの政治状況の解説とともに伺った。

Q:スシラ・カルキさんがネパール初の女性首相ということ、Z世代の若者らがその女性を推薦したということ、どちらも大変驚きました。スシラ・カルキさんとはどんな経歴を持った方なのでしょうか?
1952年生まれの73歳です。インドに留学して政治学を学んだのち、ネパールに戻り、1978年、26歳の時に国立トリブバン大学で法学士号を取得。1979年から弁護士として活躍しました。2016~2017年、ネパール女性で初の最高裁判所長官を務めた人です。また、若い頃からネパールの民主化運動に関わっていました。
Q:先日インタビューしたネパール在住の日本人女性によると、スシラ・カルキさんは大物政治家の汚職事件で厳しい判決を出していることで知られていて、また、たとえばシングルマザーの名前で市民権を取得するための最高裁判決を出したことなど、女性の権利向上にも寄与したと聞きました。今回、Z世代の若者らが怒っていたのが政治家の汚職や腐敗だったということですが、厳しい判決の主なものを紹介していただけますか?
カルキさんが裁判長を務めた最高裁小法廷が2012年、当時の通信大臣ジャヤ・プラカーシュ・プラサード・グプタの汚職事件で有罪の実刑判決を出しています。現職の大臣が有罪判決を受けて服役したのは、このときが初めてと言われています。2017年には、当時の連立政権が政治的理由から警視総監を任命した際、人事規則に違反しているとして、それを無効とする判決を出しています。また1996年から2006年まで続いた内戦の時期に、国軍の兵士たちによって、当時15歳のマイナ・スナールさんがレイプされ殺害された事件に関して政府に捜査を命じ、また重大な人権侵害を犯した軍人を軍事法廷ではなく、通常の裁判所で裁くように命じました。
8日のデモで多くの学生が警察の発砲によって死傷したというニュースを見て、スシラ・カルキさんは、いてもたってもいられなくなり、二日目のデモに参加したそうです。その時、現場でメディア取材に答えているインタビューがあります
――インタビュアー:昨日、ラメシュ・レカック内務大臣が辞表を出しましたが。
スシラ:辞任だけではダメだ。この殺人の責任によって収監されるべきだ(拍手歓声)。・・・
これは殺人だ。ストレートに殺人だ。
生徒(学生)たちが武器を持っていたようには見えなかった。武器は持っていなかった。
なにかの方法で落ち着かせることはできたはずだ。
いきなり銃撃してしまった。次々と銃撃した。
私の心がこのようなことを許せるだろうか。一人の男の子、一人の女の子、16歳の女子が死んだ。この子たちの希望、そのお父さんお母さんの希望、そのお母さんたちは今日どう感じているだろうか。
(親たちが)人生、財産、労力(を捧げ)、母親が朝から晩までご飯を作って、倹約して学校に行かせた子どもたちの状況を見なさい、子どもは殺され、(他の子たちはやむをえず)外国に行っている。
――インタビュアー:若者たちが外国に行かざるをえなくなっている。国は深刻な状態になっている。このままだと、国はどこに向かうのでしょうか?
スシラ:どこにも行かない。頭脳のある、(自国で)仕事をさせてもらえず外国に出されてしまっている、国のことを考えている人を、政府の要職に就かせるべきだ。
徐々に若者たちを政府に加えていかなければならない。そうすれば国が発展する。彼ら彼女らにはできる。
現在の政治リーダーたちの頭脳ではダメだ。彼らは時代遅れで見本にもならない。彼らにはヴィジョンすらない。学歴があったとしても、まったく学べていない。勉強したはずの人が、まったくそのようには見えない。また、まったく学んでいない人が、学んだふりをしている。二枚舌の政治家たちがいる。そんなリーダーたちでうまくいくはずがない。
(翻訳:藤倉達郎)
この映像はSNSであちこち出回っています。この中で「若い世代が怒っている。今のリーダーには任せておけない。若い世代に任せなければいけない」と言っています。これは若者たちには届いたと思われます。
デモの準備段階から若者たちはさまざまなアプリを使ってオンラインミーティングを行ってきました。9月10日に行われた、Discord(チャットアプリ)を用いたZ世代の若者たちによる7時間にもわたる大規模なミーティング(登録者数は58万9000人まで膨らんだそうです)で、暫定政権の首相としてスシラ・カルキさんを推薦することが決まりました。元々次期首相の候補として人気があった首都カトマンズ市のバレン・シャハ市長(無所属、ラッパーでもある)がいました。彼は市を美しく住みやすい場所にするという理由で、路上での物売りを禁止しようとしたり、スラムをブルドーザーで破壊したりと、強引な手法に批判もありますが、中流以上の人たちを中心に大きな支持を得ています。暫定政府の首相を彼ではなくスシラ・カルキさんにしようとしたのは、今回のデモのテーマであった、政治の腐敗と長年戦ってきた実績があり、女性であり、国の司法のトップである最高裁長官を務めた経験を持つシニアであることが評価されたのだと思います。のちにバレン・シャハ市長もスシラ・カルキさんへの支持を表明しています。
こうしてネパール軍とラム・チャンドラ・ポーデル大統領、Z世代の代表らの話し合いを経て、9月12日、スシラ・カルキさんの首相就任が決まりました。同日、ポーデル大統領は議会を解散し、来年3月5日に総選挙をすると発表しました。
Q:9月13日、弁護士会は議会解散と暫定政権発足は違憲だという声明を出したそうですね。また、暫定政権の首相は、次期選挙には出られないとも聞きました。その辺りを教えてください。
スシラ・カルキさんは首相を引き受けるにあたり、議会の解散を前提条件としました。それを了解の上で大統領は彼女を指名しました。大統領は選択に当たり、かなり多くの弁護士や法律家と相談した上で決定したとのことです。
2015年に施行されたネパール共和国憲法に、今回のような暫定政権についての規定は見あたりません。ただ、132条2項に、「かつて最高裁判所長官や最高裁判所判事の職に就いたことのある者を、いかなる官職にも任命することはできない」と書かれています。
BBCニュース・ネパール語放送のインタビューに答えて、カルキさんは暫定政権の最大の役割は、「新しい議会を選ぶための選挙をすることだ」と述べています。「今回の運動は腐敗した政治に反対するものであり、Z世代をはじめ国民の多くの信頼を失った現在までの議会をそのまま存続させる選択肢はなかった」とも言っています。また、「このような非常事態が起こった際に、暫定政権トップに元裁判官が就任する事例は、世界でもよく見られる。自分の任務は、公正な選挙を通じて新たな政府を作るための道筋をつけることであって、その選挙に自分が立候補したり、その後、政治家として関わったりしない」と明言しています。
暫定政権のトップという大役を引き受けるにあたって迷いはなかったか、という質問に、スシラさんは「まったくなかった」と答えています。ネパールで初めての女性最高裁長官になるときは、ほんの少しだけ迷いがよぎったが、これまで多くの人(男性)たちがやってきた仕事が自分にできないはずがない。もしここで自分が辞退したら、また「女性がトップの仕事をするのは無理だ」と言われてしまう、と思ったそうです。6ヶ月で安心して総選挙ができる段取りを整えるのは大変な仕事だというのは本人も自覚していますが、「一日18時間でも20時間でも働いて、必ず実現するつもりだ」と答えています。
私も今回の選択は、最善のものだったと考えています。ネパールにより良い、安定した政治社会状況を実現するために、ネパール国内外からこの方向がサポートされることが望ましいと思います。
Q:そもそも、汚職を含む近年のネパールの政治状況はどのようなものだったのでしょうか?
ネパールでは1960年の国王によるクーデター以降、1990年まで国王を権力の頂点とする体制が敷かれていました。その体制下では表現の自由や集会・結社の自由は制限され、政治政党を作ることも禁止されていました。西洋型の議会制民主主義は「ネパールに合わない」あるいは「時期尚早」という理由づけがされていました。これに対して、国民を主権者とし、政党の存在を認めた上で、選挙で選ばれた国民の代表が物事を決めていく議会制民主主義を取り戻そうという運動もずっと続いていました。スシラ・カルキさんもその民主化運動の参加者でした。
大規模な民主化デモなどを経て、1990年に議会制民主主義が復活します。しかし政治は安定せず、政治家たちによる利権追求や汚職なども目立つようになりました。そのような状況で、1996年、ネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)は、このままでは国の発展も平等な社会の実現も期待できないと宣言し、武装革命運動を開始します。内戦が長引く中、ギャネンドラ国王は議会を停止し、全権を掌握しましたが、マオイストを打ち負かすことはできませんでした。逆にマオイストが議会制民主主義への復帰と武装闘争の放棄を約束して、議会政党と共闘することになったため、民主化運動が再び盛り上がり、2008年、制憲議会(憲法の制定会議)第一回会議で、「連邦共和制」が圧倒的多数で可決され、王制は廃止。ネパール連邦民主共和国が誕生しました。
2015年に制定された連邦共和国憲法は、ネパールは多民族、多言語、多宗教、多文化的で、地域的多様性に富む国である、とした上で、階級や民族/カースト、性別による差別をなくし、多様性の中の統一や経済的平等、社会正義を実現するために包摂的な政策をとっていく、と定めています。具体的には議員の3分の1以上が女性であるようにすることや、被差別カーストや周縁化されてきた民族の人たちが一定の割合で議員になるような仕組みが設けられています。
しかし、連邦共和制になった後の政治に対しても、徐々に失望や不満が高まってきました。現在、ネパールの連邦議会は両院制で、国民会議(上院)59名、代議院(下院)275名の議員で構成されています。院内勢力としては、与党のネパール会議派(NC)、ネパール共産党統一-マルクス・レーニン主義派(UML)、野党のネパール共産党-毛沢東主義派(マオイスト)(MC)の3大政党が権力闘争をし、連立の組み替えが続いてきた。結果、同じ顔ぶれの政治家が入れ替わるだけでした。
権力を持った一部の政治家の家族が豪勢な生活を享受する例は政党のイデオロギーと関係なく広がり、国民不在の政治が続く中で、若者たちの不満が蓄積されていたと思います。ネパールにいてもなかなか安定した仕事に就けない。だから海外に行くしかない。でも行った先で苦労することもある程度わかっている。今回の抗議行動はそうした不満をデモという形で表明したのだと思います。
日本の報道は暴力的な場面や放火で燃えている写真が多くなりがちですが、もともとデモを呼びかけた若者たちも、それに参加した多くの学生たちも、平和なデモを行おうとしていました。デモの大規模化や警察の発砲などによって暴力化が進みました。
先ほど、スシラ・カルキさんの首相任命や議会の解散は違憲だという批判があるという話をしました。今回のデモの呼びかけや、その後のカルキさんの推薦に関わった若者たちは、インタビューで、自分たちは憲法を破棄するためではなく、憲法を守るために行動してきたのだ、と語っています。
つまり多様性の尊重や平等な社会の実現を謳っている憲法を守るための行動だということです。カルキさんの首相就任を含め、今回の動きを通して、ネパールが良くなっていかもしれないという期待を抱いている人たちも、世代を超えて多くいます。そういう側面についても知ってもらえるといいな、と思います。

ネパール憲法には女性議員の割合を3割以上とするという規定があり、実際に33%に達したこともあります。日本国憲法に同様の規定はなく、衆議院の女性議員割合は15.7%(2024年)と国際的にも非常に低い水準です。
ネパール女性たちにとって、今回の女性初の首相の誕生にはどのようなインパクトがあるのでしょうか?
ネパールでフェミニストライター、映画監督として、女性の地位向上を目指して発信しているニルバーナ・バンダリさんはインスタグラムでこのように発信しました。

高齢女性をリーダーとして持つことは高齢男性をリーダーにすること(私たちが何十年も前から慣れ親しんできたような)より何が利点でしょうか?
彼女は人生のすべてを過小評価されてきました。
彼女は自分の人生の中で、自分の考えや決断を、心の狭い家父長たちの膿んだシステムのなかで主張するために、闘わなければなりませんでした。
彼女はネパールが多くの恩恵を受けることができる驚くべき知恵と専門知識を持っています。
女性は人口の半分を占めています。 私たちは権力とリーダーシップの立場にある、より多くの女性を必要としています。その歩みは長い間、滞っています。
(写真提供:ニルバーナ・バンダリ)
リサーチ協力:HAWA
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