性風俗が「負の世界遺産」となる未来へ 「時給7000円のデリヘル嬢は80万円の借金が返せない。」 著者のつばきさんに聞く

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売買春当事者の経験、知ってほしい

10数年前、24歳の時にデリバリーヘルスに勤めた女性、つばきさんが、体験を基にした著書「時給7000円のデリヘル嬢は80万円の借金が返せない」を出版した。

あとがきに「私が思い描いているのは、日本中の歓楽街が緑と人の笑顔あふれる公園や健全な商店街となり、性風俗を含む人身取引が『負の世界遺産』となる日が来ることです」と書く。

本書に込めた思いを、つばきさんに聞いた。

つばきさんは高校を卒業後、海外へ旅立った。好奇心が旺盛で、世界がどうなっているのかを自分の目で見たかった。
帰国後、東京で事務職に就いたが、23歳の時に解雇され、地方のリゾートホテルのレストランに転職。彼氏にきれいな肌をみせたいと高額エステに通い、資金繰りに困って、「ネットで副業」をうたう業者の詐欺にあった。
インターネットショップの設置費用として80万円を消費者金融から借り入れた。返済に悩むつばきさんのSNSにある日、求人が表示された 。
「時給7000円、初めての方もご安心ください♪ コンパニオンで稼いじゃおっ」
宴会でお酌をするくらいなら、と応募したつばきさんは、それが個室に派遣されて口淫や手淫で男性の相手をする「デリバリーヘルス」だと知る。
スカウトマンは親身になって話を聞いてくれたが、つばきさんが業務につきそうだとわかるとすぐにテストと称して車の中で口淫の実演をさせられ、入店祝い金3000円が支払われた。
こうしてデリヘル嬢としての生活が始まった。

——「はじめに」に「これから大人という自由な世界に入る若い世代の、とくに10代の人たちに読んでほしくて書いています」とあります。ハードなエピソードも2.5等身のかわいらしいキャラクターのマンガで描かれています。なぜ10代の子に読んでほしいと思ったのですか?

つばきさん)私自身、10代の時には、風俗の業界があることは知っていた。でも存在しかしらなくて、詳しいことは知らなかったんですね。やったことがある人しか語れない経験があります。若い人には色々なことに興味を持ってほしいとは思うけれど、入ってから知るのでは危険過ぎるのが風俗業界です。まず10代の子に正しい情報を届けたいと思いました。

「時給7000円のデリヘル嬢は80万円の借金が返せない。」より

もう一つ、私たちはバカじゃないということです。風俗を抜けるきっかけになったのは、生理の時にも仕事をしようと膣に入れた海綿が取れなくなり、男性の産婦人科医から言われた「あんた、バカ?」という言葉でした。危険を冒して働いているのに、「デリヘル嬢」という記号で見られ、見下された。ショックを受け、この上ない社会の矛盾を感じました。身体を売ったことのある女性は、本当にこの世のすべての男性にとって「バカで最悪」なんだろうか? いや、そうじゃない。私たちも被害者なんだ、ということを伝えたかった。

——説教する客、嫌なことを無理強いする客、暴力をふるう客……さまざまな「サイアク」な客が描かれます。時給7000円でも待機の時間は無給で思ったより稼げない。消費者金融の借金の金利にしかならず元本が減らない。つばきさんが「性風俗は男女不平等な業界」「業態は違っても風俗は売春または性的虐待行為であることが重要な共通点」と言い切っているのが印象に残りました。

つばきさん)人間を商品とする性的虐待行為は「ハラスメント」ですよね。被害と捉えられる「いやなこと」は、なんであれ仕事として成り立たない。にもかかわらず、買う側、男性加害者の意見が正当な意見として強く通りがちなことも含めて、男女不平等な世界だなと思いました。業務の中で一度強めの被害に合うと怖くなるんですね。性被害は頭に焼き付いてしまうのです。たとえ金銭が介在する取引であっても、そういう人がいるということを加害者側も知識として持たなければいけないと思います。

——性産業も一つの「仕事」として尊重すべきだという「セックスワーク」論の立場を取る女性もいます。

つばきさん)いろいろな考え方がありますよね。私は違う考え方の人を批判したり、攻撃したりしようとは思わない。でも、この仕事を「危害」と感じる当事者が一人でも発生するんだったら、その意見は否定できないと思います。収入や経歴で「私にはこれしかできない」と思っている人がいるならば、「それは違うよ」と言いたいです。

「時給7000円のデリヘル嬢は80万円の借金が返せない。」より

——自分が業界を抜けた後、友達を紹介し、紹介料をもらったエピソードが出てきます。「加害者」として風俗業界に加担した経験についてあえて触れたのはどうしてですか?

つばきさん)ここを書くことで自分を悪者にしてしまうと悩みました。でも、トータルで性風俗業界のしくみを理解してほしかった。直接の性売買から抜けてからでも、風俗業界から抜けられないポイントがある。スカウトマンやオーナーと関わることで片足を突っ込んでいる状態が続くのです。この業界はこうやって人を引き入れていくんだと、理解してもらいたかった。書きながら、その友達の顔を思い出して、改めて申し訳ない気持ちになりました。

——デリヘル嬢をしているときに感じた感覚の異常について分析しています。

つばきさん)身の危険や性感染症を繰り返すと、徐々に精神的な感覚が落ちていきます。「自分の人生はどうでもいい」と思ったり、人に優しくされてもそれを嘘だと思ったり。デリヘル嬢として感じたストレスは人に話せません。抱え込み、二酸化炭素を吐き出せず、呼吸困難になります。恋愛感覚もおかしくなります。最近までずっと自分を愛することができずに、どの男性に対しても「この人も、出会った客のようなひどい部分をもっている」という考えが前に出てしまっていました。その男性個人の「優しさ」「誠実さ」などを信じられなくなるのです。

「時給7000円のデリヘル嬢は80万円の借金が返せない。」より

——そこから何年かけてどのように回復していったのですか?

つばきさん)その場所を離れて実家に帰りました。忘れたい経験、誰にも知られたくないという気持ちばかりがありました。30歳までには結婚したいね、と友達と話していたけど、男性とお付き合いしてもうまくいかない。風俗の仕事をしていたことは言えない状態で付き合っている と、やっぱり何か自分らしく居られない。隠し事があると長い付き合いにならないのです。嘘をつくのが苦手なので。でも、今の夫に関してはなぜか言うことができた。たぶん30歳を過ぎて自分の中でけじめがついたんでしょうね。隠さなきゃというのがなくなった。「嫌になるならそれでいいから」と話してみたら、理解をしてくれた。

——本を書こうと思ったきっかけは?

つばきさん)2016年にマルセーラ・ロアイサさんの「サバイバー」を読んだんです。池袋の路上から生還した人身売買の被害者の手記です。私もいつか発信しなきゃと思いました。私の経験とは違うけれど、傷ついたことは同じ。それでもマルセーラさんは抜け出して発信することができた。私も……と思いました。文章を書くのは初めてなので、エピソードをいろいろ書き出して整理するところから始めました。ただ、内容が内容なので、人に相談しながら書き進めることができなかった。その後コロナもあり、中断したりしましたが、最後は開き直ってけじめがついていく感じで、出版社や編集者に持ち込み、足かけ8年かかって、出版しました。

若い人や文章を読むのが苦手な人にも、最後まで読み切ってもらえるようにマンガを入れました。表紙もぬいぐるみの写真で、手に取ってもらいやすいように工夫しました。でも表紙に「デリヘル」の4文字があると女子高校生は躊躇してしまうかな。ぜひそこを超えて、読んでほしいです。

この本は強く主張するものではなく、過去の自分にあてた手紙みたいなもの。そういうものとして読んでもらえたらうれしいです。
(聞き手・阿久沢悦子)

◆「時給7000円のデリヘル嬢は80万円の借金が返せない」(ころから)は1500円(税抜き)。マンガの作画はうなばらももさん。性感染症についての基本的な知識や、困った時の相談先リスト付き。

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