「保育料高い」指摘の共同通信に横浜市が削除要請 デジタル記事への「事後検閲」 問われるメディアの問題意識

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横浜市が「市にマイナスイメージ」だからって、報道機関にウェブ記事の削除を求めたんだって

 横浜市の保育料が東京都内と比べて高い水準にあることを指摘した共同通信の記事に対して、市報道課が見出しなどの削除を文書で要請していたことが今年1月、市民による情報公開請求で明らかとなった。同課は、削除を求めた理由について「移住促進を進める横浜市に悪いイメージとなる」と説明。共同通信は文書送付を受けた直後に、自社のウェブサイトで配信したデジタル記事の見出しから「横浜」の文言を削除した。同社は見出し変更を含む一連の対応について、生活ニュースコモンズの取材に「編集に関する質問にはお答えできない」(総務局)とし、これまでに事案の公表は行っていない。配信後の書き換えが可能なデジタル記事の普及は、行政権がメディア側に配信した記事の削除や差し替えを迫る「事後検閲」が可能になったことを意味する。専門家からは「デジタル記事の訂正や変更については、報道機関がより丁寧に説明責任を果たさなければ、読者の信頼は得られなくなる」との声が出ている。

市の要請後、見出しから「横浜」削除

 市が共同通信に削除を求めたのは、2024年10月25日配信の「東京から横浜に引っ越したら保育料が激増!子育て施策で自治体は税収格差とどう闘うか」と題した記事。市報道課は、同月28日付で同社宛てに記事の見出し及び本文の計2カ所について削除を求める文書を送付した。生活ニュースコモンズが情報公開請求で入手した文書によると、市が削除を求めた本文の一部は東京都杉並区から横浜市に転入した記者の実体験を記した冒頭段落。市の文書には、この記述が「横浜の保育料がことさら高いという印象を誘導する」「移住促進を進める横浜市へのマイナスイメージを植え付ける」とあり、同社側に「削除を求めます」と記されている。

生活ニュースコモンズが2025年6月、横浜市報道課から開示を受けた共同通信宛の文書

 共同通信は同月30日付で、自社のニュースサイト(47NEWS)で「横浜」の地名を削除した同じ内容の記事を配信した。削除を求められた本文に変更はないとみられる。当初の記事(25日付)については、共同通信加盟社の複数の地方紙が自社のニュースサイトで配信。変更前の見出しで掲載している地方紙がある一方、すでに自社サイトから記事を削除した地方紙もある。共同通信が見出しを変更した理由や、加盟社への説明を行ったかどうかは分かっていない。

 市報道課の矢野虎徹課長は、記事の一部削除を求めた理由について「保育料について他自治体の事例を取り扱っておらず、一方的、一面的で誤解を与える内容だったため」だと説明。一方、記事について「事実の誤認と言ったようなことがあったわけではない」としている。

ネット配信後の削除や訂正 問われるメディアの説明責任

 市報道課の対応を巡っては、2024年11月〜12月に神奈川新聞掲載の記事計4件に対しても「市民に誤解を与えない公平性を担保した記事掲載」を求める文書を繰り返し送ったことが判明している。同社の記事は、水泳競技関係者から異論が出ていた横浜国際プール(同市都筑区)の再整備計画案や、IRカジノ誘致が撤回された山下ふ頭の再開発を巡る内容など。同課は生活ニュースコモンズの取材に「いずれの記事も事実と異なる内容があったわけではない」とした上で、「市側の説明が記事中に取り上げられていない、または所管課への取材がないまま掲載された」ことが「公平性が担保されていない」とした理由だと説明している。

 神奈川新聞は、2025年1月9日の定例会見で山中竹春市長の見解をただし、同社に対して市側から事実上の「抗議」があったとする記事を翌日掲載。紙面では、指摘を受けた箇所について「市関係者らへの取材を重ねた上で、盛り込むべきだと判断した内容」だったとの見解を説明した。

 同社の記事を受けて市民が市への情報公開を請求し、同月30日、共同通信に対しても記事の削除要請を行っていたことが明らかとなった。

 立教大の砂川浩慶教授(メディア社会学)は、「テレビや新聞などのオールドメディアには、発信後に誤りなどの指摘を受けた場合は訂正を行い、放送や紙面で明示する機能がある。動画配信サイトやSNSとの最大の違いであり、読者の信頼につながる面が大きい。配信後の修正や削除が容易なデジタル時代だからこそ、記事の修正に関する説明責任は重要性を増している」と話す。米国では近年、大手紙がトップページに訂正記事を一覧で確認できるページを開設し、訂正理由を随時公開する動きが出ている。日本国内では、読者から指摘を受けた記事の事実確認や訂正を行った経過をウェブサイトで公表している独立系メディアもある。

ニューヨークタイムズ紙のウェブサイト上にある訂正記事の一覧

 砂川教授は、共同通信の対応について「行政側からの指摘を受けて、理由が明らかではないまま見出しを差し替えたとすれば、読者のメディア不信をさらに強め、自分で自分の首を締めることになる」と指摘。「政治家や行政機関が配信記事の削除や変更を迫る事実上の事後検閲は、デジタル化に伴う新たな懸念とも言える。時間経過によって上書きされるネット配信の記事を後に検証できる形としていかに記録するかは、市民に正確な情報を提供する上でも重要かつ大きな課題だ」とした。

PRと報道を混同する横浜市 市民の懸念根強く

 横浜市による報道への介入が繰り返されることに、市民の懸念は根強い。背景には、 報道と広報機能を同列に扱う山中竹春市長の姿勢がある。2021年に初当選した山中竹春市長は「市政の広報と報道、シティプロモーションを一体的に展開」することを狙い、22年度から市報道課を「シティプロモーション推進室」が所管する部署として再編した。当時のインタビューで「子育てしやすい街だと思っていただけるためのプロモーションを進めている」と語っていた山中市長。25年8月の市長選では、「子育て支援などで好循環が生まれている」と主張し、再選を果たした。

「子育てしやすいまち」をPRする横浜市の広報紙

 市長選前を控えた同年5月、山中市長は市議会定例会で報道機関に送った文書について問われ、「存じ上げませんでした」と答弁。掲載後の記事に対して一部削除や公平性を求めた文書の送付は「(報道機関との連絡調整という)所管業務の一環」だったとの認識を示した。 

 神奈川新聞の報道を受けて、市民有志約20人は2025年1月、公権力とメディアの関係を考える会を発足。同年2月に文書の撤回を市に求める陳情書を提出した。さらに5月には市議会への請願で文書の撤回を求めたが不採択となり、撤回には至っていない。市議会では市の文書が言論への圧力に当たるとして市議に追及された。6月の市会委員会では、「検閲に当たるのでは」とただした市議に対し、市報道課を所管する松浦淳・政策経営局長が「(検閲とは)発表前にその内容を審査した上で不適当と認めるものの発表を禁止することとされ、本件は憲法や法令に抵触するものではない」と述べた。

 公権力とメディアの関係を考える会 はこれまで、メディアや関連法に詳しい専門家を招いた市民向けの学習会を計3回にわたり開催。延べ約90人が参加した。10月25日に市内で開いた学習会では、青山学院大の大石泰彦教授(メディア倫理学)を招き、約30人が参加した。大石教授は「政治家や行政機関は取材に応じる会見や広報対応をサービスだと捉えおり、メディア側はその認識を受け入れる仕組みをつくってきた実態がある」と指摘。「権力側との利害調整を続ける現状の仕組みに対してメディア側の問題意識が欠けたままでは、権力の介入や市民のメディア不信といった問題を長引かせる」と投げかけた。

市民有志が開いた学習会で行政権力による報道介入やメディアを取り巻く課題について講演を聞く市民ら=10月25日、横浜市

 考える会を呼びかけた竹岡健治さん(79)=同市栄区=は「取材過程では報道機関と市側の間でさまざまなやり取りがあると思うが、市が文書によって削除や公平性を求めるのは一線を越えている」と強調。「市長選前でもあり、現職に対する批判的な記事や報道の量や頻度にも影響があるのではないかとの懸念は強かった」と振り返る。竹岡さんは「報道機関側も問題意識があるのであれば、社会に対して発信してほしい。権力監視の機能が萎縮すれば、市民の知る権利は狭まる。今回の問題を市民に広く知ってもらい、同じことが繰り返されないよう歯止めをかけたい」と話していた。

ファクトチェック「東京から横浜に引っ越したら保育料が激増」

 幼児教育・保育の無償化を巡っては、国が2019年10月から満3歳以上の保育料を無償化。非課税世帯を除く0〜2歳児の保育料については、国の制度に自治体が独自に補助を上乗せし、市区町村が各世帯の住民税所得割額に応じて設定している。料金設定は、どの所得階層に軽減を手厚くするか、高所得層の世帯にどこまで負担を求めるかなど、自治体の財政判断や考え方で大きく異なる。
 生活ニュースコモンズが独自に行なった横浜市と杉並区の月額保育料(3歳未満児)の比較は末尾の通り。東京都が2025年9月に無償化を実施する以前は、横浜市と杉並区では月額で3万円近くの差が生じる所得階層が出ていたと見られる。
「100都市保育力充実度チェック」2024年度版( 保育園を考える親の会 発行)によると、平均的な所得階層を対象に同会が独自に算出した保育料(3歳未満児)の中間額は、首都圏の政令市の中では、さいたま市がトップの4万4000円。横浜市と相模原市が同額の3万8000円、川崎市3万7200円、千葉市3万3450円と続く。
 政令市間での比較では、横浜市の保育料が特段高いとは言えないが、神奈川県の周辺自治体と比べると政令市は高い水準にある。さらに、第1子が小学校就学前に限り、第2子の保育料を軽減する多子世帯減免制度について、川崎市や千葉市などで第1子の年齢などの条件を廃止する動きが進んでいる。横浜市の保育料が「高い」とされる背景には、市が多子減免制度における条件の見直しが進んでいないことも挙げられる。
 横浜市が公表する「市民の声」には「保育料が他の自治体より高く、子育ての負担が大きい」「復職希望だが、保育料が足かせとなっている」「保育料の支払いで給料のほとんどがなくなる」などの声が寄せられている。

住民税所得割額
(相当年収)
12万1500円
(500万円相当)
24万9900円
(800万円相当)
36万900円
(1000万円相当)
月額保育料の最高額
横浜市3万4000円5万5000円7万1500円7万7500円
東京都杉並区2万5900円3万5700円4万2300円8万9000円

*住民税所得割額の算定は、40歳未満の給与収入のみ、配偶者控除を受けている世帯をモデルとした。横浜市では3歳未満児、杉並区(2025年8月末時点)は1、2歳児の第1子、標準時間保育料(月額)を比較

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