「議員席でスマホを長時間いじっている」「会議中に居眠りをしている」。近年、地方議会の議員の態度をただす市民の声が後を絶たない。全国の市区町村で最多の人口を有する横浜市では昨年4月、会議中の市議がスマートフォンを手に競馬予想サイトを閲覧する姿を民放局が報じた。横浜市会本会議場では一般傍聴席からは議員席の大半を見ることができず、報道席に座る記者の目だけが頼りだ。市民や一部の市議はこれまで、議場前方に整備されたスクリーンに議員席を映すように繰り返し要望してきたが、実現しない。横浜市会(定数86)の議員報酬は全国トップの年額1669万円余(2024年度)。「議場で議員の姿を見たい」とする市民の要望を拒み続ける横浜市会の姿勢は、有権者の信頼と関心を著しく遠ざけている。
昨年4月、民放ニュース番組が梶村充市議(自民)が議員席でスパイ小説を読んだり、競馬予想サイトでスマートフォンから入金手続きを行なったりしていた映像を報じた。同月の市会運営委員会では、当時の瀬之間康浩議長が厳重注意したことが報告され、梶村市議は市監査委員を辞職。一方、市民40人は6月、梶村市議の辞職勧告決議を求め、合わせて議員席を前方スクリーンに映すことを求める陳情を提出したものの、不採択とされた。9月と11月の市会運営委員会では、野党無所属会派の市議から相次いで「議場のスクリーンを活用し、議員席の様子を投影すること」を求める提案がなされたが、市会運営委員会は「現行通りとすること」が多数意見だとして提案を否決。市会議会局は「引き続き検討を行う予定は現時点ではない」としている。

市庁舎着工時は「モニター等で議席確認できるよう配慮」明記
横浜市会本会議場は、みなとみらい21地区で2020年5月に完成した横浜市庁舎6階にある。一般傍聴席8列のうち、前方4列からは議員席が全く見えない。後方4列に座ると、議員席(6列)の1列目のみがかろうじて下方の視界に入るが、着席している議員の姿を市民が目にすることはできない。
市総務局管理課などによると、本会議場の実施設計にかかる図面は市庁舎着工後の2017年12月に議会側に示された。公共工事では、施設の設計と施工を分けて入札発注することが一般的だが、横浜市庁舎は公共事業では前例の少ない「設計施工一括発注方式」を採用。工期の短縮や建設費用のコストダウンを図る利点がある一方、市側は図面を伴わない「仕様書」と呼ばれる文書書類を通じて発注するため、市民や議会が求める市庁舎の機能や性能が十分に確保できないリスクを伴った。

市が発注前に作成した仕様書には、傍聴席・記者席について「死角となる議席がある場合は、モニター映像等により議席の状況を確認できるよう配慮すること」との記載がある。市総務局管理課の担当者は「(傍聴席から死角ができることは)技術的にやむを得ないとの見通しがあり、(必要な機能性能については)運用の仕方で補うことを当初から想定はしていたのかもしれない」と指摘する。市会運営委員会は市庁舎完成前の19年度に「新市庁舎移転に向けた議会運営」について検討を行っているが、仕様書に盛り込まれた「議席の状況を確認できるよう配慮すること」については具体化しなかった。新市庁舎完成後の21年11月には、市民有志が傍聴席から議員席がほとんど見えないとして、議場のスクリーンに議員席を映し出すことを求める陳情書を当時の議長宛に提出。しかし、その後も運用は見直されないまま昨年、議員席における市議の不適切な素行が明るみになった。

市会議会局の金川守・議事課長は「仕様書に書かれた通りの運用を行うかどうかは、市会が合議体として決めることで、議会局や議長の裁量では決められない」と説明。仕様書に盛られた指摘について「改選があったため全ての市議が把握しているとは限らない。昨年の検討に当たって議会局側から(仕様書の記載について)説明はしなかった」という。
6月に議員席をスクリーンに映すこと求める陳情を提出した市民の一人、伊藤毅さん(73)=横浜市中区=は、「傍聴は、普段の議員がどのような態度や姿勢で議会に臨んでいるかを知る重要な機会だ」と話す。伊藤さんは「以前、中継動画で野党議員の答弁中にそろって離席する議員の姿が目に入り、ひどいなと思った」とし、「傍聴者から議員席が見える環境は、議員の品位を保ち、市民の負託に応えるために必要だ」と考えている。
「議員席が見える傍聴」全国の地方議会 取り組みに温度差
傍聴者が会議中の議員を目にする環境への配慮は、全国の自治体でも温度差が大きい。生活ニュースコモンズが全国20政令市を対象に、傍聴席から議員席が見えるかどうかを尋ねたアンケートでは、「議員席が見えない傍聴席が大半を占める」と回答したのは横浜市会の他、千葉市会(定数50)と京都市会(定数67)。20政令市のうち6市が「議員席が見えない傍聴席が一定数ある」と回答した。23年1月に新市庁舎が完成した千葉市会本会議場では、バリアフリー化を図る設計上、全ての議員席が傍聴席から死角となった。同市会議会局によると「傍聴者から議員席が見えない環境は良くないと考え、議会局で検討した上で、会議中は前方モニターに議員席を写している」という。
茨城県取手市会(定数24)では、2022年1月から一部の委員会審議で360度を映す全方位カメラを使った中継動画の配信を開始。傍聴へ足を運びづらい車いす利用の当事者団体との意見交換を踏まえ、傍聴に代わる手段として導入した。視聴者は動画を見ながら、自由に議員席に視線を移したり、拡大したりすることが可能だ。同市議会事務局によると、導入費用はカメラや画像処理に必要なパソコンの購入費など35万円ほど。担当者は「視聴者が自分で見たい議員の姿や表情を見ることができ、現地での傍聴環境に近づいた」と話す。一方、配置場所やカメラの性能に制約があるため本会議場では導入していない。
地方自治が専門の横浜市立大国際教養学部の新垣二郎准教授(44)は、「採決時の挙手や起立を含め議員の態度を直接目にすることは、傍聴者が肌感覚として地方議会の役割を感じるために大切だ」と指摘。「傍聴者が議員を見ることができる空間をつくることは、主権が市民にあることを構図的に示し、議員や自治体職員に緊張感を持たせる意味がある」とする。新垣准教授は「傍聴環境の整備については、議会ごとの予算や議会局の人員とのバランスを考慮し、優先順位を付けながら議論する必要がある」とした上で、「全国的に地方議会への不信感や不要論が高まる中で、議員の姿が見えないという傍聴環境は議会への信頼回復にとって妨げになりうる課題だ」と話している。
20政令市の市議会傍聴席を対象に議員席の見え方について尋ねたアンケート回答
議員席が見えない 傍聴席が大半を占める | 千葉市 横浜市 京都市 |
議員席が見えない 傍聴席が一定数ある | 札幌市 仙台市 川崎市 静岡市 大阪市 福岡市 |
全ての傍聴席から 議員席が広く見える | 新潟市 さいたま市 相模原市 浜松市 名古屋市 堺市 神戸市 岡山市 広島市 北九州市 熊本市 |
FNNプライムオンライン「年収1600万円超えの元議長が会議中に”競馬予想”2024年4月11日(newsイット)」https://www.fnn.jp/articles/-/683039
「新市庁舎整備について(平成29年12月13日)」(政策・総務財政委員会配布資料https://www.city.yokohama.lg.jp/shikai/kiroku/katsudo/h29/katsudogaiyo-h29-j-1.files/0139_20180808.pdf)
「横浜市市庁舎移転新築工事入札公告(平成27年6月16日)」(発注仕様書別紙8〜18・諸室等性能表https://www.city.yokohama.lg.jp/business/nyusatsu/sonota-keiyaku/2018izen/somu/kanri/nyusatsu.files/0015_20190927.pdf)