保育料が家計の大きな負担になっている−。住む市町村によって0〜2歳児の保育料負担が高額になる仕組みを変えてほしいとの声が首都圏で高まっている。東京都では2025年9月から保育料第1子無償化に踏み切った一方、隣県では世帯所得に応じて月額約8万円の負担を求める自治体もあり、格差が広がっている。国の制度に独自財源で補填する自治体が増える中、政令市トップの人口を抱える横浜市でも共働きの母親を中心に保育料の見直しを求める署名活動が始まった。「子育てしたいまち」をうたう市は、市民の声にどう向き合うのか−。
第3子以降の無償化 きょうだい年齢差で除外する制度の不条理
「年間90万円近くの保育料を払って本当にやっていけるのかな。不安は大きいが、家計を維持するには働くしかない」。横浜市鶴見区に住む片山琴音さん(43)=仮名=は、25年5月に第3子となる次男を出産。共働きのため、今春から保育園を利用するつもりで保育料について調べ、驚きを隠せなかった。市内の中古車販売会社で事務職として働き、自身の年収は400万円ほど。会社員の夫(39)と合わせると世帯年収は1100万円程度となり、月額7万5千円相当の保育料を負担する世帯に該当する。中学生の長男(13)、小学生の長女(9)との5人暮らし。食費は1週間分の献立を決めて、まとめ買いをするなど工夫している。それでも「コメなど物価が高すぎて、本当に(家計は)カツカツ」だと言う。
国は、第2子の保育料を半額に、第3子を無償化する「多子減免」制度を設けているが、上の子どもが小学校に入ると制度の適用外となる。川崎市は2024年4月から、千葉市も25年9月から減免対象となる子どもの年齢制限を廃止した。さいたま市では、埼玉県が全県的に第3子以降を一律無償化しているが、26年9月から第2子についても上の子の年齢を問わず独自に半額とする。
神奈川県藤沢市では、母親らによる署名活動や市議会への陳情を受けて、25年度から年齢制限なく多子減免が受けられる制度に見直した。保育料の軽減を求める同様の署名活動は今、神奈川や千葉など首都圏の他自治体でも広がりを見せている。
【保育料の無償化】国は2019年10月から3歳児以上の幼児教育・保育を無償化。0〜2歳児では、住民税非課税世帯に限り無償とした。0〜2歳児の保育料では、第2子は半額、第3子以降を無償とする「多子減免」の制度を設けているが、年収360万円未満相当世帯を除く世帯では原則、上の子どもが小学校就学前である場合に限り適用となる。
国は、保育料の利用者負担に世帯所得に応じた上限額(最大月額10万4000円)を設定。国の上限額にどの程度の軽減措置を講じるかは自治体ごとの政策に委ねられており、各自治体の方針や財政状況によって保育料設定の仕方、軽減を受けられる保育施設の種別などに違いが出ている
横浜市に住む片山さんの場合、第2子の長女が小学生のため、第3子の次男は保育料の減免対象から外れてしまう。市のウェブサイトを見ると、保育料設定の見直しを求める声は数多く寄せられていたが、市側の投稿は「国に制度の見直しや財政支援を要望する」との回答で一貫していた。そのため、こども家庭庁のサイトへ制度の見直しを求める投稿を送ったこともある。
「子どもの年齢差が大きい家庭は少数派。声を届けても多分変わらない」との思いもあった。そんな時、SNSを通じて横浜市の保育料見直しを求めるオンライン署名の活動を知り、夫と話し合って2人で署名した。「10年前であれば世帯年収が1000万円あれば余裕があったかもしれないが、社会保険料も高く、手取りは厳しい。国や市の子育て支援策は市民の実感からずれている」と片山さん。長女は週4日の習い事に励み、長男の高校受験も控える時期だけに、「この2年くらいで保育料負担が少しでも減ってくれたら」との思いは切実だ。
「話題にしづらい」各家庭の保育料 オンライン署名が可視化した声
小学生の長男(10)と次男(8)、1歳を迎えた長女の3人を育てる岸本美幸さん(37)=仮名=は育児休業中だった昨秋、近所のママ友と話す中で長女が多子減免制度の対象から外れることを知って驚いた。「共働きの世帯の声が全く届いていない」と強く感じ、昨年11月からオンライン署名サイトChange.orgで横浜市の保育料見直しを求める署名活動を始めた。
結婚後は夫婦で東京都目黒区に住んだが、第1子の出産を機に横浜市港北区で戸建てを購入。第一子の子育て中は世帯収入が今よりも低く、保育料は月額3万5千円ほどだった。現在は会社員の夫と共働きで世帯年収は1300万円ほどとなり、保育料は月額7万7500円余となる見通しだ。率直に「東京で子育てする妹がうらやましい」と思った。市内の会社で正社員として勤務し、5月には育児休業から復帰する予定だ。「子どもは本当に天使だなって思う」と岸本さん。ただ、年間およそ93万円に上る保育料負担を考えると「頑張って勤めても、経済的にも心にも余裕がない」のは本音だ。

岸本さんは、結婚や出産を機に複数の転職を経験。当初は声を上げることに少しためらいがあったと言う。「(保育料を)負担するのが嫌なら保育園に預けなければいい、無理に働かなくてもいいと(周囲から)言われそう」。それでも「女性にとって職場を変えることやキャリアを中断することへの不安は大きい。夫が働き続けられるとは限らないし、自分が仕事を続けることが子育てにおける自信にもつながっている」と話す。署名を始めて1ヶ月半ほどで2千筆以上が集まり、寄せられる声に手応えを感じている。「0~2歳児における保育料の高低は世帯収入に関わるため、親同士の会話では話題にしづらい。(所得制限なく無償化となる)3歳になるまで我慢すればとの思いから、声を上げづらい世帯が多いと実感した」と言う。岸本さんは「市には、そうした声をきちんと拾い上げた上で、子育て支援の予算の使い方を見直してほしい」と話す。集まった署名を手に地元の市議らを直接訪ねるなど働き掛けを続けている。
財源厳しい横浜市 無償化図る大阪市も保育の受け入れ課題に
2026年度の横浜市一般会計予算案の総額は2兆993億円となり、過去最大規模。子ども・子育て関連予算は3675億6900万円で、前年度比で92億5400万円増となった。歳入では給与所得の伸びなどを背景に個人市民税が増加し、過去最大の市税収入9759億円余を計上した。ただ、将来的な財政見通しは厳しく、収支不足分は約100億円を減債基金(借金返済のための積立金)から取り崩して対応する。
市保育・教育認定課によると、私立・公立保育所における市民負担はおよそ115億円に上り、保育料無償化には同規模以上の継続的な財源が必要だと見込む。保育料負担の軽減について、同課は「公費を充てる場合、保育園を利用していない世帯への支援とのバランスを考慮する必要がある」と説明。18日の市議会予算特別委員会で市議から保育料の軽減に向けた方針を問われた山中竹春市長は「国が一律で負担軽減を講じることが望ましい。市が単独で拡充を行うには財政的な課題が大きい」とした。

横浜市に次ぐ人口を抱える大阪市では、24年度から第2子の保育料無償化や多子減免制度の見直しを段階的に進めてきた。26年9月から第1子の保育料無償化に踏み切る。26年度一般会計予算案で0〜2歳児の保育料無償化にかかる予算87億6000万円を計上。在宅での子育て世帯には、一時預かりやベビーシッターなどの利用を補助する事業を拡充し、27億円余を投じた。
財源確保を巡っては、26年度の市税収入は過去最高の9105億円を見込み、収支は前年度より好転する見通しだ。ただ、大阪・関西万博開催の経済波及効果が背景にあり、財政効果は一時的とみられる。保育料無償化にかかる継続的な財源について、横山英幸市長は2月の予算会見で「今後10年間は引き続き収支不足が生じるものの、財政調整基金(市の貯金)の活用を前提とした当面の財政運営は可能」だとの見方を示している。
課題は財源確保だけではない。無償化に伴い潜在的な保育園のニーズが増加することが見込まれ、主に0〜1歳児を預かる保育士の確保や保育園の受け入れ定員不足への懸念は大きい。大阪市では23年度に保育料無償化に向けたロードマップを作成し、待機児童の解消や保育園の定員増を重点施策に据えてきた。大阪市幼保企画課の担当者は「25年度は待機児童が初めてゼロとなり、保育園の受け入れ枠も増えたが、1歳児を中心に(申し込んだ認可保育所に入れなかった)利用保留児童が依然として多い。引き続き対策が必要だ」と話す。
無償化と多子軽減 財政力合戦にくみせず本質の議論を
横浜国立大の伊集守直教授(財政学)は、政令市が子育て支援策に独自の予算を確保しづらい背景に「地方分権化の流れで、国や県からの事務権限の移管が進み、引き受けた事務や行政サービスの量が増えた」ことを挙げる。必ずしも業務量に見合う十分な財源移譲がなされているとは限らず、財政的な負担が増えているとみる。「一般財源は景気や社会情勢に左右されやすい。標準的な行政サービスを提供するための財源は地方交付税でまかなえるが、一定水準を超えて独自の子育て施策を進めるには、安定的な財源確保が難しい環境にある」と指摘する。
圧倒的な税収を誇る東京都が子育て支援を拡充していることを受け、首都圏の埼玉、千葉、神奈川の3県は25年8月、税収の一極集中を是正するよう国側に要望。昨年12月に与党が示した税制改正大綱では、法人事業税など地方税のあり方を27年度以降に見直す方針が示されたが、税収の偏りが是正されるかどうかは現時点で見通せない。
東京都が保育料の第1子無償化に踏み切ったことについて、伊集教授は「(各自治体が)子育て支援策をアピールしたい一方で、財源のめどが立たない周辺自治体にとっては大きな圧力になる」と受け止める。「子育て支援策の質や内容ではなく、自治体の財政力を巡る議論にすり替わってしまう恐れがあるのではないか」と懸念する。
「所得を問わず無償化する支援制度については、子どもを育てる経済的な責任は社会が負うという考え方が前提にあり、保護者の所得に応じた負担を求める制度とは前提が全く異なる」と伊集教授。「市民が子どもの育ちを社会で支えることに同意しているのかどうかで政策の方向は変わる」とし、「国の政策が過渡期にある以上、地方自治体が市民に財政課題をきちんと明らかにした上で、前提となる合意形成を図ることが最も重要だ」と話していた。
【政令市の保育料設定の比較】
住民税所得割額の算定は、40歳未満の給与収入のみ、配偶者控除を受けている世帯をモデルとし、第1子の標準時間保育料(月額)を比較しました。*大阪市は2026年9月から第1子無償化予定
| 相当する世帯年収 | 500万円相当 | 800万円相当 | 1000万円相当 | 最高月額 |
| 横浜市 | 3万4000円 | 5万5000円 | 7万1500円 | 7万7500円 |
| *大阪市 | 3万2700円 | 5万700円 | 6万1700円 | 7万600円 |
| 川崎市 | 2万9500円 | 5万7000円 | 7万3000円 | 8万2800円 |
| さいたま市 | 3万3000円 | 5万5000円 | 6万円 | 7万2800円 |
| 千葉市 | 4万760円 | 5万4330円 | 5万7460円 | 7万900円 |

