「1日1000円」の分割支給など、群馬県桐生市で生活保護の運用をめぐる数々の違法行為が明らかになってから2年。学識者、弁護士、生活困窮者の支援団体などによる全国調査団(代表=井上英夫・金沢大学名誉教授)の中間報告集会が12月7日、同市で開かれました。調査団は8日、荒木恵司・桐生市長に対し、当面11.6‰の保護率を目標に生活保護健全化5カ年計画を立て、外部監視機関を設置し、運用改善に努めることを求める要望書を提出しました。同市の生活保護行政に対しては、国も監査に入り、是正・改善措置を取るよう求めています。
群馬県桐生市生活保護違法事件 2023年11月、群馬県桐生市が、生活保護を申請した50代男性に、1日1000円、月合計でも決定額の半分しか支給していなかったことが新聞報道などで明るみに出た。同年12月桐生市は記者会見で、生活保護の届け出や受領に関し、1948本の認印を預かっていると明かした。その後も民間団体による金銭管理などの不適切事案が続々と発覚。市が設置した第三者委員会が調査検討を重ね、2025年3月、憲法や生活保護法に違反する「組織的な保護申請権の侵害が疑われる」とする報告書をまとめた。荒木市長も「桐生市において生活保護申請権の侵害があった」と認め、謝罪した。
一方、生活保護の分割支給を受けた男性3人が2024年4月、損害賠償を求め桐生市を提訴。2025年11月20日に原告の請求額を認め、被告・桐生市が違法不適切行為の再発防止を図り、改善措置を講ずることを約束し、和解が成立した。
膿を出し切って再出発する姿勢、不十分
全国調査団は2025年6月に、「桐生市生活保護行政が真に生まれ変わるための要望書」を荒木市長に提出しています。
集会では要望書への市の回答と、改善策の進捗状況について、花園大学の吉永純教授が検討を加えました。

「桐生市の生活保護は2023年までの10年間で利用人員、保護率とも半減した。この2年間で前進はあるものの、膿を出し切って再出発する姿勢は、不十分と指摘せざるを得ない」
【前進した点】
通院移送費の増額
自動車保有容認件数の増加
警察官OBの保護係配置の廃止
ケースワーカーや保健師等の増員による実施体制の充実
面談の録音
面接票等書類様式の改善
【不十分な点】
市職員(含・退職者)処分の軽さ
大量の認印による保護費支給等に対する刑事告発
第三者委員会へ寄せられた情報提供を念頭に置いた被害者救済
金銭管理団体の関与の究明
保護辞退廃止の多さの要因究明
家計簿提出の強制
吉永教授は「市職員の処分は軽いんじゃないか。1日1000円の分割支給は利用者と合意しており、文書にしていなかったのがまずかったという態度だった。大量の認印による保護費支給に対する職員の刑事告発はしないと言っている。職員は利便性のために行っただけというが、利便性を優先し、それを誰も咎めなかったことに問題がある。2025年1月28日、男性職員2人が有印私文書偽造・行使などの疑いで桐生署に刑事告発されている。生活保護半減を主導した福祉部長についてもすでに退職したとして、責任追及や退職金返納などの措置が行われていない」と指摘しました。
健全化5カ年計画と外部監視機関の設置
その上で、裁判の和解条項に「金銭管理団体の利用は勧奨しない」「申請への同行者を認める」「扶養届の実現可能性について十分確認する」などが盛り込まれたことを高く評価。
2025年12月までに「生活保護健全化5カ年計画」を策定することや、2026年3月末までに外部視点で恒常的な監視を行う組織を立ち上げることなど、和解条項に期限付きで盛り込まれた措置を確実に実行することを求めました。
「外部による恒常的な監視は、全国で初の取り組み。生活保護制度の研究者や生活保護利用者も入れた組織にしていってほしい」
受け付けない、開始しない 二重の抑制
立命館大学の桜井啓太・准教授はデータから桐生市の改善傾向について分析しました。
「2012年まで桐生市の生活保護率は群馬県の12市で2番目に高かった。それが2013年に反転し、2023年までで半減した。ほぼ桐生市だけが落ちている」
2011年の1163人をピークに2023年に537人まで減った被保護人員数は、2024年度642人、2025年度は10月時点で759人と、2年弱で1.4倍に急増しています。
2014年以降、100件に満たない状況が続いてきた申請件数も、2023年度が116件、2024年度が226件、2025年度上半期に117件。開始件数も2024年度188件、2025年度上半期に85件と2010年代前半の水準に回復しています。
「いままで要保護の人が保護を受けられていなかったことの証左といえる。桐生市では申請を受け付けない、受け付けても開始に至らないという二重の抑制がかかっていた」と桜井さん。
世帯類型別では「働ける」と見なされる層の生活保護が顕著に減少していましたが、回復の兆しが見られます。母子世帯は2010年の24世帯から2021年度に2世帯まで激減、2025年度は7世帯に増加しました。傷病者世帯も2010年度の228世帯から2021年度75世帯に減り、2025年度は109世帯を数えています。
被害は回復したわけではない
この傾向をどうみたらいいのでしょうか。
桜井さんは「県内平均の通りに推移していたら桐生市の保護率は11.6‰だった。それが5.3‰まで落ちていた。いま7.6‰まで戻したが、予想値と実測値にまだ差がある。データは数字に過ぎないが、ここには保護が受けられない、抑制される、廃止される人の声がある。せめて被保護人員数が1100人を超えるぐらいまでいかないと本当の意味で、適正な状態に戻ったとは言えないのではないか」と話しました。
病院に通う費用を支給する「通院移送費」も桐生市は極端に少なく、2023年度には3件しか認められていませんでした。これも2024年度41件、2025年度上半期76件と急増。
年0〜2件で推移していた自動車保有の容認も2024年度が16件、2015年度は10月末までに22件となっています。
桜井さんは「改善傾向にあることは評価した上で、今が十分なわけではない、保護が受けられなかった人の被害は回復したわけではない。指標は嘘をつきようがない。継続的に監視していく必要がある」と話しました。
声は力になる
『桐生市事件』などの共著があるつくろい東京ファンドスタッフの小林美穂子さんは2年前の11月に、司法書士の仲道宗弘さんから「1日1000円の分割支給」について聞き、桐生市の取材を始めました。

「あまりにひどいことが次から次へと出てくる。記事を書くと、読んだ方から連絡を受ける。困っている内容を聞き取って、ついでにエアコンを設置するなど支援にもつなげた。役所との間に入ったり、支援物資を送り続けたりなどの関わりを続けた。取材してつくづく思ったのが、みなさん怖がっている。市の職員から虐待、恫喝、不必要な叱責、家族を侮辱されるなどの行為をずっと続けられてきている。記事にしてもいいですか?と聞くと『こわい』という方が多い。たくさんお話を伺っても表に出せたのはほんのちょっとだった」
地方都市のコミュニティは狭く、生活保護利用者や申請者から、「つぶされる」「桐生で生きていけなくなる」などの声を多く聞いてきたといいます。
「そんな環境で、2年でここまでの改善をしたのは、色んな人が色んな形で匿名性を担保しながら声を上げてきたから。声は力になるということをつくづく感じた。声を上げてくださったかたに心からの敬意と感謝を申し上げたい」
市長の謝罪、利用者に届いていない
集会では当事者からの発言やメッセージの代読がありました。
サカキバラさん(60代男性)
自分はこの10年間に2回生活保護を受けました。病気療養中でいまも受けています。
改善された点は、担当のケースワーカーから「家庭訪問を実施したい」と事前に電話が来るようになった。これまでは抜き打ちで来て、当の本人がいないとメモがドアに入っていて翌日、役所に来いと書いてあった。そのほかは改善された感覚はない。言いたいことはいっぱいあるが、10年間にこんな体のでっかい人間でもトラウマになっていて言いたいことも言えないようになっている。病院通いするのにもいちいち窓口で説明しないとスマートに話がいかない。カードを作ってもらってそれを見せればいいようにしてほしい。
市長は記者会見で市民に対して謝罪をしたが、一番大変な目にあった生活保護利用者には届いていない。支給通知書に同封する形で謝罪文ぐらいはあってもいいのではないか。
市内に住む女性(81歳)=代読
40歳過ぎからスナックを経営し30年間働いてきました。年金を積み立てようとしても積み立てられずに来た。70歳を過ぎて閉店。どう生活するかとなった時に、市議に相談し生活保護を申請しました。市の職員3人が来て家の中を見て回りました。押し入れもトイレの中も見る。3人の中に警察官がいたようです。3人の前で憲法も読まされました。
街中から20km離れた高齢者生活支援施設に住むよう指示された。病院に行くにもデマンドタクシーで水沼駅まで、そこからわたらせ渓谷鉄道で桐生駅まで行き、歩行が困難なため、またタクシーで病院へ。不便なので、市街地の住宅に移りたいと言ったところ、職員から「俺の目の黒いうちは市内に住まわせない」と言われました。
生活保護費は「ほほえみの会」という資金管理団体に振り込まれ、毎月3万5000円を渡され、生活していました。娘2人は5000円ずつ支援するという誓約書を書かされました。昨年5月にやっと市営住宅に移ることができ、ほっとしました。こんなことが再び起きないように切に願います。
憲法25条が桐生で根付くように
調査団の尾藤廣喜弁護士は「本当に桐生の市政がよくなるのか、健全化5カ年計画はこれから。それがどう運用されるのかもわからない。まず被害の状況があれば誰かに相談できる。問題があれば即時に対応できる体制を作っておくことが大切だ」と話しました。

その上で「同じようなことをやっている自治体が他にもあるのではないか。同時期に保護費を半減させた自治体は分かっているだけで10以上ある。生活保護利用者を制限する運用がまだまだ続いている」と指摘。
「いのちのとりで裁判は最高裁で勝訴したのに、厚労省は再度減額しようとしている。そういう状況を許すのかどうかで生存権は問われる。憲法25条がこの国で、桐生で根付くように連帯してがんばっていきたい」とまとめました。

