国際女性デーの3月8日、選択的夫婦別姓制度の実現を求め、12人が札幌地裁と東京地裁に国家賠償請求訴訟を起こしました。夫婦別姓の実現を求める集団訴訟としては第3次となります。
日本では民法により、婚姻するために夫婦の一方が氏を変更するよう定められています(強制的夫婦同氏制度)。以前は結婚改姓が慣例だった国も1970年代から結合氏(AさんとBさんが結婚して、ABという氏になる)や別氏を認めるようになり、このような制度を持つのは、もはや世界では日本だけです。夫婦の双方が氏を維持しようとすれば、法律上の婚姻をあきらめざるを得ません。すべてのカップルが、一方の改姓か、事実婚かの二者択一の状態に置かれているのです。
このような状況を変えようと今回、東京都の事実婚カップル3組と法律婚カップル1組、長野県の事実婚カップル1組、北海道の事実婚カップル1組が原告となりました。
請求の内容は次の3点です。
①地位確認請求=原告らが夫婦双方の婚姻前の氏を維持したまま、婚姻しうる地位にあることを確認する。
②違法確認請求=被告(国)が民法750条、739条1項、及び戸籍法74条1号を改正しないことにより、原告らが夫婦双方の婚姻前の氏を維持したまま、婚姻することを認めないことは違法であることを確認する。
➂国家賠償請求=被告は、原告らに対し、それぞれ金50万円を支払え。
原告側弁護団長の寺原真希子弁護士は提訴の主旨について次のように話しました。
「氏名は社会の中で個人を他人から識別し、特定する機能を有するとともに、自分という存在、個人の人格の象徴となっています。婚姻は身分関係を法的に形成し、社会的承認を伴うもので、幸福追求や人格的生存における重要な基盤になっています。氏と婚姻は本来トレードオフの関係になく、日本以外のすべての国では両立できている。にもかかわらず、日本では片方を取ると片方をあきらめなければならない。日本だけが二者択一。それに合理性がないというのが、訴訟の核心になります」
最高裁判断から8年…動かない国会
現行の強制的夫婦同氏制度が違憲、違法であることの理由として4つの点を挙げました。
- 憲法13条によって保証される「氏名に関する人格的利益」に違反する。
- 二者択一は、憲法24条1項が保証する「婚姻についての自律的な意志決定」を制約する。
- 改姓するのは95%女性側であり、憲法24条2項が定める両性の本質的平等に反する。
- 女性差別撤廃条約と自由権規約に違反し、国際条約を守る義務を定めた憲法98条に違反する。
選択的夫婦別姓をめぐってはこれまでに2015年と2021年の2度、最高裁大法廷で現在の夫婦同氏制度を「合憲」とする判断が出ています。これは、今の制度に問題がないという結論ではなく、この制度により婚姻をあきらめざるを得ない人がいること、女性に不利益が偏っていることを認め、是正のための立法を国会に求めました。一方、最初の最高裁判断から8年がたっても、国会で選択的夫婦別姓導入への具体的な動きはありません。
その間に晩婚化が進み、夫婦共働き世帯も増えました。アイデンティティーの重要な核である氏を維持し続けたいという人は増えています。
寺原弁護士は「国会が動かない以上、司法が、現在の法制度が違憲、条約違反と判断すべき必要性はかつてないほど高まっている。これは政治問題ではなく、氏名や婚姻に関する基本的人権が侵害されているという人権問題です。こんどこそ司法に食い止めてもらいたい」と話しました。
ミモザのコサージュを胸に
原告の人たちは、国際女性デーを象徴するミモザの小さなコサージュを胸につけて、記者会見に臨みました。
「仕事をしていく上で足かせに」 ー新田久美さん(58歳)
事実婚で3月に30年を迎えました。
宇宙機関に勤めています。海外に行くことも多い。通称使用もしていますが、国の外に出た途端、使えません。パスポート名でなければNASAはIDを出してくれない。論文発表もできない。学会への参加も、通称使用の念を押して、1日遅れになることもあります。海外ではパスポートと違う名前で活動することはとても難しい。名前を変えたとたんにそのために必要なリソースを割かれます。経済的損失も大きい。
日本社会では旧姓使用を推進していますが、会社で旧姓と戸籍名の使い分け、それに使われているシステムは膨大です。それをやめるだけでも会社の利益は何パーセントか上がるのではないかと思っています。
仕事をしていく上で足かせになっている夫婦同氏制度を変え、「私、活躍できない!」という状況を変える一助になればと思っています。日本社会の閉塞感の一つの象徴である、選択的夫婦別姓を受け入れない状況を変えたい。
名前による一体感を必要とされる人は同氏制度でいいと思いますが、名前は特に関係ないと思っている私たち夫婦には選択的夫婦別姓を認めていただけたらなと思っています。
「薄氷を踏むような思い、もうたくさん」 ー 黒川とう子さん(50歳)
パートナーの根津と事実婚17年目。中学生の子どもを育てています。2人で長く一緒に暮らしたいなと思った時に、結婚したいなと思ったんですが、私も根津もいままで慣れ親しみ、自分の一部になった姓を変えるということを、受け入れられなくて、とても嫌だと感じたので、事実婚を選択せざるを得ませんでした。
17年も家族として暮らしていながら、法律上夫婦でないために、もしもの場合、お互いがお互いの法廷相続人になれない。病院での医療行為の同意の際に、同意ができるかどうか定かではありません。
そのような不安がいつもいつもつきまとっています。
不安だらけの毎日。薄氷を踏むような思いはもうたくさんです。
同じ姓しか認めない結婚の影にある不安に、司法が真っ向から向き合ってほしいと思います。
「この苦悩を娘の代に残したくない」 ー根津充さん(50歳)
パートナーの黒川から、姓を変えないために事実婚を提案されたとき、僕自身も改姓をしたら同じように喪失感があるな、と感じました。どちらかが無理をして改姓をしてしまうと対等な関係性が崩れてしまうと思い、事実婚に賛成しました。
一緒に暮らして17年になりますが、正式な結婚はできないので、法的なさまざまな利益を受けられません。
たとえば、僕たちは家事、育児を半分ずつ分担して娘を育ててきましたが、僕の方には親権がありません。
どちらかが姓を放棄しなければ結婚できない。こんな理不尽な制約を憲法が許すはずがないと思っています。
娘の代まで同じ苦悩を残したくないと原告になる決心をしました。
「もう30年以上、法改正を待ち続けています」 ー上田めぐみさん(46歳)
結婚の際、私もパートナーも改姓したくなかったので、事実婚を選びました。現在、事実婚11年目。4歳になる子がいます。
もう30年以上、法改正を待ち続けています。
自分の氏名は自分そのものなので、結婚で変わりたくないというのはとても自然なことだと思っています。
結婚の時、どちらかが意に染まない改姓を強いられたら、その苦痛や、モヤモヤは一生ものです。
みんなが幸せに結婚できるために選択的夫婦別姓制度は必要だと考えています。
「弱者のことをおもんぱかって」 ー小池幸夫さん(66歳)=長野県箕輪町
私は長い人生の中で自分の名前を変えたことは一度もありません。
過去3回、妻が妊娠する度に、婚姻届けを出し、出産後しばらくしてペーパー離婚しましたが、その都度、改姓手続きをしたのは妻です。
昨年の婚姻件数は49万件。その95%が夫の姓に変えているとすれば、46万人以上の女性が銀行口座や健康保険証など、さまざまな改姓手続きを行い、その中には悲しい思いや自己喪失感を味わった方も少なからず存在したと推測します。
2021年の最高裁判断では5名が違憲判断をされています。その5人のうち3人が女性。当時最高裁の女性は3人のみ。ということは数少ない女性裁判官が全員違憲と考えたということです。このことは象徴的だと思います。
今回の最高裁裁判官にお願いしたいのは、不利益な立場に置かれている人、悲しい思いをしている人など、弱者のことをおもんぱかって審議を進めてくださいということです。
「私の名前。名前は私」 ー内山ゆかりさん
小池さんのパートナー、内山ゆかりさんは欠席でしたが、会見にメッセージを寄せました。
「私の名前。名前は私。ものごころついてから、何回も呼ばれ何千回も名乗ってきた自分の名前は、私そのものという感覚があります。自分の名前で生きてきたし、これからも生きていきたい。そして同じように考えている夫に姓を変えてほしいとも思いません。通称使用の範囲が広がっているという方もいますが、通称はあくまで公式に認められたものではないため、肝心なところで使うことができません。むしろ自分が使いたい名前が本当の名前ではないことを痛感させられます。また、20年以上通称使用しましたが、日常的に2つの名前を使い分けることになり、不利益が解消すると感じたことはありません。選択的夫婦別姓は別姓を選びたい人が選べる制度です。導入することで、幸せになる人は増えると思います。不幸になる人はいません。幸せになる人が増えることをこれ以上妨げないでほしいと思っています」
(阿久沢悦子)
夫婦別姓を考えている人が身近にいることを知ってほしい
3月8日に札幌地裁に提訴した札幌市の事実婚カップルの佐藤万奈さん(37)と西清孝さん(32)は「実際に今の婚姻制度で困っている人がいるのを知ってほしい」と話しています。
佐藤さんと西さんはともに医療従事者で、札幌市内で同じ医療機関に勤めていました。付き合いを経て、結婚することを決めましたが、佐藤さんは、結婚前から自分の名前が変わることに違和感があったといいます。何度か西さんに姓を変えることへの不満を訴えましたが、最後はあきらめました。佐藤さんは「話し合っても並行線で終わるだろうし、言っても無駄だと自分に言い聞かせた」と振り返ります。一方の西さんは自分の親がそうだったように「結婚したら女性が姓を変えるのは当然」と考えていました。
「なぜ旧姓を使い続けるのか」と非難され
2019年11月に婚姻届けを出し、佐藤さんが「西」に改姓。佐藤さんは勤務先に「職場では旧姓を使いたい」と訴えましたが、名簿の管理や社会保障の手続きの煩雑さから認められませんでした。それでも、同僚全員の前で「旧姓で名前を呼んでほしい」と説明し、理解してもらいました。しかし、直属の上司は「なぜ名字が変わったのに、旧姓を使い続けるのか」と佐藤さんを非難。わざと「西さん」と呼んだり、社内の回覧資料に「佐藤」の印鑑を押すと「西の印鑑を押しなおせ」とクレームをつけたりしました。
佐藤さんは、次第に改姓により自分らしさを失うことへの恐怖や喪失感から体調を崩し、適応障害と診断を受けました。職場にいることがつらくなり、仕事も辞めました。
一方の西さんは佐藤さんの異変に気付きながらも「名前が変わったことは次第に受け入れるようになるだろう」と深刻にとらえていませんでした。体調を崩した佐藤さんから、「名前を変えてと言われたことを今も恨んでいる」と言われて、初めて名前を変えることの重みを理解しました。
今度こそ社会を変えるチャンス
二人は話し合って2020年8月に離婚届を提出し、事実婚という道を選びました。お互い違う職場で働きながら一緒に暮らす二人。事実婚の選択に今は満足しており、「弊害や不利益を感じることはほぼない」といいますが、この先、お互いの生命保険の受取人になれるのか、仕事を辞めた際に相手の扶養家族になれるのかなど不安は付きまといます。
「夫婦同姓しかない現行制度を変える必要がある」と考え、2020年から市民グループ「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」に加わり、北海道議会の勉強会で話をしたり、賛同者を増やしたりする活動を続けています。昨年一般社団法人「あすには」に加わったことから、提訴の原告にならないかと誘われ、応諾しました。
佐藤さんは「札幌で一市民として暮らす私たちが、名前も顔も出して訴訟に臨み、マスコミの取材も受けることで、夫婦別姓を考えている人が身近にいることを知ってほしい」と話します。西さんも「男性で結婚後の改姓について当事者だと思っている人はあまりいない。自分が姓を変える、変えないの不平等が夫婦で起きるのはおかしい」と言います。
夫婦別姓をめぐってはこれまでの2回の最高裁判決はいずれも現行制度について「合憲」との判断です。一方で、今回は日本経済連合会(経団連)が選択的夫婦別姓導入を政府に要請するなど、風向きが変わりつつあります。「今度こそ社会を変えるチャンスにしたい」と2人は期待を込めています。
(空)
「なんでできないの?という思いしかない」 選択的夫婦別姓を求めて経済界が要望 政府関係者、与野党政治家も実現訴える
選択的夫婦別姓の実現に向けて、3月8日に東京都内で、主要な経済団体などが政府・関係省庁に対して制度導入や法改正を求める要望書とビジネスリーダー1046筆の署名を手渡しました。
要望したのは、日本経済団体連合会、経済同友会、新経済連盟など主要経済団体や選択的夫婦別姓の早期実現を求めるビジネスリーダー有志の会、全国女性税理士会、跡取り娘共育協会、ジェンダー推進を目指す一般社団法人「あすには」です。法務省では門山宏哲法務副大臣、外務省では深澤陽一大臣政務官、首相官邸では矢田稚子首相補佐官と内閣府の古賀友一郎大臣政務官が署名と要望書を受け取りました。
矢田首相補佐官は「個人の思いとして、当事者でもあり、法制審の答申から28年経ち、(選択的夫婦別姓が)なんで、できないのだろうという思いしかない。国連の女性差別撤廃委員会の勧告に答えを出す期日が迫っている。要望の全てに目を通したい。ビジネス界でこれだけの声が上がったのは画期的。補佐官の立場としてここに来ました。総理にしっかりお伝えしたいと思っています。みんなと一緒に大きな変革を迎えたいです」と述べました。
参議院会館で行われた記者会見には、13人の経済関係者、2人の政府関係者が登壇し、与野党国会議員も出席。それぞれが、選択的夫婦別姓の早期実現に向けて熱い思いを訴えました。
登壇した経済同友会の「社会のDEI推進委員会」の安渕聖司氏が「1日も早い法律の改定によって、婚姻時に双方の姓を使えるよう、制度を導入する。同制度に対し、国民の理解を深めるための啓発活動を強化する。実現に向けたロードマップを策定し、国民が生きやすい、働きやすい、女性が働きやすい社会の実現を目指してもらいたいです」と語りました。
「誰がダメと言っているのか。なぜ変わらないのか」
さらに、新経連の井上高志理事は、ジェンダーギャップ指数が世界125位と日本が低い状況や、女性差別撤廃委員会から勧告を受けている事実を示しながら、「こんなのすぐ変えようよ、と言う声が出ています。50年以上も国民が変えてくれと言っていますが、誰がダメと言っているのか。その説明責任を問いたい。経済界も推進派。女性も推進派。誰が止めているのか。なぜ変わらないのか。選択夫婦別姓や男女平等は基本的人権です」と主張しました。
株式会社KADOKAWA 取締役・代表執行役社長、CEOの夏野剛さんも「一部の非常に偏った思い込みを持っている議員の方の声が大きくて、その方に噛みつかれるのが嫌だから、(選択的夫婦別姓の)賛成議員が声を出さないことになっている。誰が反対しているのか、チェックしていただきたいです」とコメントしました。
「名前を変えるのは、あなたのブランド名を変えること」
fem Unity 共同代表の鈴木世津さんは「日本では結婚した時に、選びたい名前を選べません。女性起業家の方と話をしているが、結婚、離婚の時に、名前を変えるのはあなたのブランド名を変えるということです。人生を賭けて信頼をつくり、関係を作るブランド名を一夜にして変えろというのは経営者として死活問題です」と指摘しました。女性税理士会の西原千景会長も「速やかに国会で審議を開始し、改正することを望んでいます」と期待を込めて話しました。
「あすには」理事でサイボウズ社長の青野慶久さんは「歴史に残る国際女性デーになった。この問題はシンプル。男性は気付けなくて、勇気ある女性が戦って、裁判を起こしてくれた。私も裁判して、経営者の皆さんが名前を出して署名をしてくれました。あと一息、頑張って実現して、当たり前のことに、経済界を巻き込んで変えていくことは、日本を大きく変革することになるでしょう」と締めくくりました。