目指すところの共通項の多さに、心強い思いがした。
NHK-BS世界のドキュメンタリーで3月20日に放送された「“ニュースの常識”をぶっ壊そう 報道現場のインクルーシブ革命」を見た。原題は「BREAKING THE NEWS」。アメリカの女性たちが2020年に立ち上げた非営利の独立系ニュースサイト「The 19th* 」についてのFour Pillars Films制作の短編ドキュメンタリーだ。(日本では有料のNHKアーカイブス、オンデマンドで見ることができる)
https://www.breakingthenewsfilm.com/#about
19th*は2020年、大手マスコミの政治記者だったエミリー・ラムショーら5人の女性が立ち上げた。マスコミで働く記者の7割が白人男性という現状を受け、「女性の目線でニュースを伝える」ことに主眼を置いて、活動を始めた。19thは修正憲法19条、「女性の参政権の保障」にちなんだ。「*」をつけたのは、有色人種女性の参政権を置き去りにして法が成立した過程を鑑み、なお残る差別を告発するねらいがあるという。
白人男性中心の報道業界にぽっかり開いた穴
エミリーは「自分が一番の若手だとか、たった一人の女性だとか言うことが(従来の報道現場では)たくさんあった。女性の問題は報道業界にぽっかり開いた穴のようだった」と設立の動機を語る。
設立してまもなくピューリッツアー基金に応募するが、ライバルが多く資金調達は難航。原稿を書く記者は、通信社出身の黒人女性エリン・ヘインズだけだった。
最初のブレークスルーはエリンの記事。黒人女性で26歳のブリオナ・テイラーが警察官に自宅で8発も撃たれて亡くなった。事件の容疑者と誤認されたのが原因だった。エリンは「黒人男性が警察官に射殺されたことは大きく報道されるけど、被害者が女性だとあまり報道されない」と言う。2ヶ月かけて事実を掘り起こした記事は、黒人女性たちによる警察への抗議活動に発展した。
続々と集まり始めたメンバーは、多様な背景を持つ。
貧困から抜けだそうとする努力を伝えたい
キューバからの移民で、母や叔母がエンジニアからケアワーカーになったというチャベリ・カラザナは経済記者。10年も据え置かれた最低賃金に不満を抱いている。19th*以前は大手紙でディズニーランドの従業員の過酷な労働について記事を書いたが、編集幹部から「貧困に苦しむ人の記事が我々の読者層に刺さるのか?もっとミドルクラスに焦点をあてるべきだ」と言われた、と明かす。
「貧困の当事者がどれほどあえいでいるかだけでなく、現状から抜け出そうと努力する姿を伝えたい」と、19th*ではコロナ下で広がったおむつの無料配布の現場などを取材した。
トランスジェンダー記者の疎外感
トランスジェンダーのケイト・ソシンは大手メディアで働いていた時に「閲覧数のために記事を書き、モチベーションが保てなくなった」という。19th*が「女性の視点」「女性は素晴らしい」ということに初めは疎外感を感じていた。
創設メンバーのアマンダ・ザモラはそんなケイトの様子に気づき、エミリーに「人材確保は急ぎすぎずに、インクルーシブな方法で。今いるメンバーに孤立感を抱かせないように。小さな組織なんだからできることはまだ限られている。ケイトを迎え入れる前にもっと深く考えておくべきだった」と諭す。
国会議事堂乱入と妊娠中絶禁止でキャンペーン
19th*が飛躍するきっかけになったのは、2021年1月の米国議会議事堂乱入事件と、2022年6月の連邦最高裁判所による女性の中絶の権利を認めた「ロー対ウエイド」判決の見直しだ。前者では、女性議員29人の証言を集め、内部で何が起きたのかを活写し、トランプ政権の「悪しき男性性」を糾弾した。後者では、中絶はすべての妊娠・出産にかかわる課題とし、マスメディアが国政選挙に及ぼす影響について焦点化する中で、中絶を必要とする女性の立場から、議論を提起した。また、トランスジェンダーの権利や同性婚にも大きな影響があるとして、多角的なキャンペーンを展開した。
エミリーは「私たちの使命は女性やさまざまな人種、ジェンダーなどで差別される人に力をもたらすこと」と明快に語る。
アマンダも、「人々の声をそのまま伝えることを心に刻んでいる。従来のメディアのように白人男性経営陣のお望み通りの記事を書くことはしない」という。
19th*の、女性やジェンダーマイノリティーの記者たちが抱えてきた課題、これから作っていこうとしているジャーナリズムの方向性が、あまりにも私たち「生活ニュースコモンズ」とそっくりで、激しく共感し、勇気をもらいながら見た。
5人で始めた組織は3年後に50人になった。56%が非白人、13%に障害があり、10%がノンバイナリー(男女どちらかという性自認をもたない)だという。多様な当事者が多様な視点からニュースを紡ぐ。それは男性中心の既存のマスメディアにぽっかり開いた穴を塞ぎ、社会のセーフティネットの網目を細かく、強くすることにつながるはずだ。
アメリカ、インド、韓国……世界中に同じ志の人たちがいる。
誰もが安心して安全に暮らせる社会の実現を目指して、私たちも女性独立系メディアの“先輩”たちの歩みに続きたい。