共同親権を導入する民法改正案が衆議院で審議されています。共同親権となれば、子どもに関することを決めるのに、原則父母の合意が必要になります。ただし、日常の行為と、「急迫」の事情がある場合は単独で親権を行使することができます。
でも、法案を読む限り、「子どもと同居する親が1人で決められる範囲」と、「別居する親と共同で決めないといけない範囲」、その線引きがはっきりしません。4月2日、衆議院の法務委員会で立憲民主党の枝野幸男氏が例に挙げたのは「子どもがパスポートを取得する時」「病院でどんな治療や手術をするのか決める時」などです。まずはこちらのやりとりを動画(約2分)でお聞きください。
このやり取りから、何が明らかになったのでしょうか?離婚事件を多く手がける太田啓子弁護士に解説してもらいました。
パスポートの取得は”日常の行為”?
「子どもに関するいろんな意思決定を父母共同でないとできない、それが共同親権です。基本何もかも共同になるのですが、例外的に一方が単独でやっていい時があります。子の利益のために急迫の事情がある場合と、子の監護や教育に関する日常行為の場合です。修学旅行の申し込みは教育に関する日常の行為だから単独で決められるはずなんだけれども、行き先が海外の場合はパスポートの取得が必要になります。それは日常の行為として1人の親の許可のみで申請できるのか、父母双方の同意がないと申請できないのか、が、この時、問われていたことです」
枝野議員は「今どき海外への修学旅行は普通だから、教育に関する日常の行為と言えるでしょう?だから同居する親が単独で決められるでしょう?国内の修学旅行は当てはまり、海外が当てはまらないのはなぜですか?」と線引きの基準を聞きます。
確かに、最近は海外への修学旅行を実施する学校も少なくないので、「教育に関する日常の行為とは言えない」となる根拠ははっきりしません。ただ、法務省は直接それには答えず、「パスポートの取得は父母双方の同意が必要」と繰り返すばかりでした。
太田弁護士は、こう続けます。
「実際、パスポートの取得は、感覚的にも監護権の行使とは言えない気もしますし、急迫の事情があるとも言えないと思うので、共同親権になったら共同で決めて下さい、となるでしょう。修学旅行の行き先が国内だったら、同居親が単独で決定し行けるけれど、海外の場合は、険悪な関係になっているもう一方の親に連絡を取りパスポート取得を承諾してもらわないといけない。それを円滑にできない生徒が、クラスで1人だけ海外への修学旅行に行けないというケースも起きえるでしょう。このように、子どもに関わるあらゆる現場で混乱が起きると思います。どこでも『念の為に父母両方のサインをもらえますか』と求められることになる可能性は高い」
枝野議員も質問の中で、「(いろんな現場で)全部『合意を取れ』となりかねない」と指摘していました。
何を”日常”と捉えるかで争いに
「日常の行為」をめぐっても、その都度、争いの元になるのではと、太田弁護士は言います。「一方が『これは日常でしょう』と思っても、相手方が『いやいや、それは私の感覚では日常ではないから』と争ってくることは可能です。かと言って、法務省が、子どもの生活に関わるすべての行為をリストアップして“これは日常の範囲“とガイドラインを作るのは無理ですよね。また、医療に関しては特に、日常の範囲の医療とそうではない医療の線引きが、難しくなると思います。例えば新型コロナのワクチン接種はどちらになるのでしょう。医療に関する価値観は家族関係が壊れてもおかしくないほどのテーマです」
その結果、どんなことが起こりうるのでしょうかー。
治療の際に求められる?”父母両方の同意” 病院が訴えられたケースも
「特に深刻な問題が起こりえるのは医療ですよね。病院が一番心配。片方の親の承諾を得なかったこと、確認しなかったことで訴えられたらどうしようと萎縮し、父母両方の同意を求めることになるでしょう。ただでさえ忙しい医療現場が煩雑な手続きに追われてしまい、治療のタイミングが遅れる可能性もあります」
病院が、片方の親から訴えられたケースはすでにあります。生後間も無く別居していた父親が、3歳の娘の心臓手術について「同意の手続きがなかった」と病院を提訴したのです。このケースでは、父親は娘との面会交流を家庭裁判所の審判で否定されていました。しかし大津地方裁判所は、2022年、父親の主張を一部認めて病院に慰謝料の支払いを命じました。枝野議員が質疑の中で「俺は同意してないと言って父母の一方が文句をつけた裁判がありましたでしょう?」と言っていたのはこの裁判のことだろうとみられます。
「双方の同意がないと」と病院側が萎縮し、適切な時期に適切な医療が提供されなければ、子どもの健康に影響を及ぼしかねません。実際に、日本産科婦人科学会や日本小児科学会など4つの学会が、「重大な問題が発生することを懸念する」と、昨年、国に要望書を提出しています。
離婚後も続く元配偶者の”支配”
太田弁護士は、“実務の感覚からすると”と前置きして、こうも話しました。
「いろんな局面で、子どもに関する決定が先送りにされてしまうリスクが大きいと言えます。ただ、他方の親が反対意見を述べ、父母の意見が対立した結果として先送りになるというよりも、『子どものためにこういうことを提案したいが、別れたあの人はどうせ反対するだろう』と提案すること自体を諦めさせられてしまう同居親の姿が想像できます。子どものために自分はこうしたい。でも元配偶者から反対されることは聞くまでもなくわかる。そうすると、聞いたところで、激怒して否定されたり嫌みを言われたり、その提案にかこつけてこちらが受け入れられないような要求を押し付けてきたり、と恐怖や不安に陥ることになるのが目に見えている以上、提案するまでもなく諦めよう、となってしまうでしょう。これは同居中、婚姻中、ずっと経験していたことのはず。そうした状況が離婚後も続くことになってしまうでしょう」
共同親権の導入後に想像できるのは、離婚後も、別居する元配偶者からの“支配”の下に生きる親の姿―。それは子どもの人生にもどんな影響を与えるのでしょうか。