広島市が毎年8月6日に開催する平和記念式典を巡って、パレスチナ自治区ガザ地区への侵攻を続けるイスラエル代表を招待する方針であることが波紋を広げています。24日午前までに約550件の抗議メールが広島市に寄せられていますが、松井一実市長はこの日の会見で改めて、イスラエル代表を招待する方針を示しました。
この問題を巡っては、ウクライナに侵攻を続けるロシアと、その同盟関係にあるベラルーシの代表は招待しない一方で、イスラエル代表を招く対応に「ダブルスタンダードではないか」「広島市はガザの虐殺を容認するのか」などと批判の声があがりました。
この日、初めて公に理由を語った松井市長の会見内容を掲載するとともに、経緯を踏まえた解説記事、そして原爆ドーム前でガザ虐殺に抗議の声を上げ続ける市民の声をお伝えします。
2024年4月24日 松井一実・広島市長 会見内容(式典関連部分)
記者 平和記念式典への招待国についてです。今年の平和式典に、ロシアとベラルーシの代表を招待しないという広島市の方針が報道されました。両国を招待しないのは3年連続となりますが、その決定をするにあたっての市長の思いを教えてください。また、パレスチナ自治区ガザ地区で戦闘を続けているイスラエルは招待する方針ということですが、その理由についても教えてください。
市長 はい。 ロシア、それからベラルーシにつきましてはですね、ご存知のように、令和4年に、両国を式典に招待すること自体が、式典の円滑な挙行に影響を及ぼす可能性があるということを、いろんな情報をもとに判断いたしましたためにですね、招待を見送ったということであります。この招待を見送ったときの状況が現時点でも変わっている、という風に言えないと思いますので、今年も引き続き同様の対応をして、式典の円滑な挙行をしていきたい、と考えたわけです。
ただ、招待は見送りますけれども、広島としての、メッセージを伝えるということはやろうかなと考えておりまして、本市としては両国に対しまして昨年と同じように、一刻も早く平和裏にこの紛争解決する、そして近い将来において、広島で被爆の実相に直接触れていただきたいですね、と、こういった思いを伝えるように書簡を送りたいという風に思っていますね。それがロシア/ベラルーシ対応であります。
もう一方に関しましては、平和都市を目指す本市といたしましては、被爆者の「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という平和のメッセージに触れていただく、そういったことをしていくためにも、多くの方に来て頂く、というかね、やっております。その具体化に当たって、平成18(2006)年の平和記念式典以降ですね、紛争地域であるかないかに関わらず、一貫して、すべての駐日大使をはじめとした各国の代表者に招待状を送付し続けているところであります。これは今までも変わりません。そういう意味では、ロシア/ベラルーシがある意味で、式典の円滑な挙行ということを考えた時に、心配しての、扱いが少し変わったという事であります。
そういうことでイスラエルに関しても、他の国と同じように招待はする、という基本を貫ければな、という風に思っております。ただ、先ほど言ったようにロシア/ベラルーシに広島の思いを伝えるという書簡を送るというようなことをやりましたのでね、今後についてはこういった紛争を抱える国に対しては、市民の安全安心を第一に考えて、紛争の収束、それから平和の構築、こういったことに努力を行っていただきたいということを広島は切に願っている、と。こういったことをしっかりと伝えた上で、招待するといったやり方もあるんじゃないかなと考えています。
記者 令和4年時点では、市長は最初、ロシアもベラルーシも招待するつもりでいたものの、外務省との協議によって招待は断念した、という経緯があると報道で見たんですけども、その状態が3年続くっていうのはちょっと複雑な思いも市としてはあるのかなと思うんですが、そのことについて改めて教えてください。
市長 見送った理由は私が申し上げた通りでして、いろんな情報を収集し、さきほど言ったようにもともとは平成18年以降ですね、式典にはいろんな問題を越えて多くの方を呼ぶということやってきておりましたので、最初の検討段階ではそれで(ロシア、ベラルーシを呼ぶことも)やっていいんじゃないかな、ということで検討をはじめたことは間違いありません。
しかしそんな中で情報収集をいたしますと、両国を式典に招待すると、式典の円滑な挙行にも影響を及ぼすんじゃないか、という風な見方もあるということもありましたので、そこを重視いたしまして、招待を見送る、ということにしました。その判断をするための情報収集をやったっていうのは間違いありません。●●●●(※聞き取れず)だった、ということは申し上げたいと思います。
そしてその判断は、今のロシア、ベラルーシ、それからウクライナの戦闘状況が展開されている中で、これら関係国のやり取りを見て参りますと、一層悪化しているといいますか、混乱を招く要素の方が強くなっておる。改善の兆しが見えないという風に考えられますために、同様の対応をしようということを申し上げました。
記者 イスラエルは平和のメッセージに触れていただくということで招待する、ということだったんですけど、その結果的にロシアとベラルーシっていうかその一方の戦闘は容認して、もう一方は容認しないというふうに見えてしまうのかな、と思いまして。実際に市民団体からも批判は出ているんですけども、それについてはどう受け止めてますか。
市長 それはあの受け止める方の意思ですから、私としてはどうしようもありません。はい。マスコミでありませんし。私は平和記念式典を、きちんと挙行してヒロシマの思いを伝えるための、皆さん来ていただくということをお願いし、その際、式典を円滑に挙行するために、原則紛争地域であっても来ていただいて、広島の状況を見て考えていただくというのを、原則としている。そして先ほど申し上げたように、平成18年以降やってきている。そういった中で、そういった招待をしたときに、式典そのものに円滑な挙行への障害があるんじゃないかな、というふうに思われるという、個別の国に対しての招待を見送った、ということでありまして。
国を分けてですね、片方の戦争はよくて片方の戦争は悪いなんて、一言も言っておりません。
記者 ロシアとベラルーシの招待を再開する基準というか、というのは戦争が収束するっていうところになるんでしょうか?
市長 戦争状況が中止されて話し合いなどができれば一番望ましいですね。冷静にヒロシマの心を受けとめていただいて、 核兵器を使うなんていう脅しを使わないといけない状況をですね、一刻も早く解消するということやっていただければ、広島の地域でね、核を使う使わないなんていう議論をしなくて済みますからね。
記者 イスラエルとイランでは4月に直接戦火を交える事態が発生したと思うんですが、それについては市長としてはどう考えられますでしょうか?
市長 もともと広島は核兵器を使わないという事を願う。そしてそれから恒久平和を願うという立場でありますからね。人々を殺すような戦争行為は、ぜひともやめていただきたい。はい、それに尽きます。
記者 ロシアとベラルーシを式典に招待しない理由として、円滑な式典の運営に支障が出るのではないかっていう理由を述べていただいたんですけれども、イスラエルを招待することで、そういったことは起きないと判断されたのでしょうか?
市長 少なくとも核兵器を巡って、イスラエルと、ガザ……ガザ地区の方は招待……国家でありませんからね、ここに来て論争するような可能性は当事者としてないと思うんですね。
記者 イスラエルを招待することについてお伺いしているんですけれども。
市長 イスラエルを招待して、ロシア/ベラルーシを招待するのと同じようなことが起こるとは思いませんから、と申し上げたつもりです。
記者 ロシアとベラルーシの招待を見送る時については、外務省と協議をしたというふうにお伺いしてるんですけれども……
市長 話を聞いたと先ほども申しました。話を聞いて判断した、と。
記者 話を聞いた、と。今回のイスラエルについては、広島市独自の判断……
市長 それはもともとの判断(広島市の基本姿勢)を、尊重してやってる、ということです。
記者 わかりました。それで先ほどですね、その片方の紛争が良くて片方が良くないと一言もおっしゃってないというふうに市長おっしゃっていて、私もそうだとは思うんですけれども、ダブルスタンダードに見えてしまうというのも、事実としてあると思うんですね。
市長 ありません。
記者 ただ、やっぱり……
市長 ダブルスタンダードはとってません。あなたの解釈です。
記者 ただやっぱりその広島市が……
市長 ただやっぱりじゃありません。ダブルスタンダードはとってないと申し上げてるんです。
記者 そういう風にみられる可能性があるということについては……
市長 みられるって、式典をちゃんとやりたいという立場で、どう見ていただきたいかということをやってるわけじゃありません。都市です。平和都市です。国家でもありません。マスコミに戦争についてコメントしているわけでもありません。やってほしくない、と申し上げている。勝手に、想像しないでください。
解説-ヒロシマが訴える「平和」が揺らぐ
式典にイスラエル代表を招待するとの方針は、4月17日以降報道されました。広島市への抗議メールは、24日午前までに約550件寄せられています。
今回の問題について筆者は、(1)ロシア/ベラルーシとイスラエルで、異なる対応をとることの是非 (2)そもそも戦闘中の国を平和記念式典に招待すべきか否か――と論点を2つにわけて、考えていく必要があると考えています。
まず、ロシアとベラルーシの招待を見送った経緯について紹介します。これは、ロシアがウクライナへの侵攻を開始した2022年の平和記念式典で、両国の招待を見送る判断がなされました。この理由については上記会見でも述べられていますが、「式典の円滑な挙行に支障をきたす恐れ」とされています。2022年5月26日の記者会見では、日本の姿勢が誤解される可能性や他国が参加を見送ることにならないか、といった懸念が挙げられていました。2024年も同様の理由で招待を見送るとすでに表明されており、3年連続です。
その一方で、2022年5月の会見で松井市長は「緊迫した状況にある今こそ、(中略)平和記念式典に来ていただいて、被爆の実相に直接触れる。ひとたび核兵器を使用したらこんな結末になるという、真の姿を理解していただくということですね。そういう意味では、絶好の機会を提供するのが招待ということになるという基本的な考え方、変わっておりません」と、式典に招待する意義についても説明しています。松井市長は2011年の就任以来、「迎える平和」を掲げて各国の為政者に広島への訪問を呼びかけており、式典は重要な機会だと捉えているのでしょう。
今回のイスラエル代表の招待は、むしろこの広島市の基本姿勢に一致するものだと市長は説明しました。市民活動推進課は、「ロシアとベラルーシの招待を見送ることの方が、むしろ例外的な対応」だとしており、「どちらの戦闘がどう、と評価をするものではなくて、基本的にはどちらも招待したいと考えている」と釈明しています。
松井市長も、会見で「ダブルスタンダードではない」と繰り返し強調しました。戦闘中の国を式典に招待するべきか否か、どちらの方が平和や核廃絶につながるか、といった論点については、さまざまな意見があるかと思います。筆者はすべての国を招待すべきとの立場ですが、少なくとも、ロシアとベラルーシは招待しない一方でイスラエルは招待するという対応は「ダブルスタンダードだ」と批判されて然るべきです。
さらに、「式典をちゃんとやりたいという立場で、どう見ていただきたいかということをやってるわけじゃありません。都市です。平和都市です」とも松井市長は述べていましたが、広島市が「平和都市」を自認する以上は、世界からどう見られているか、メッセージがどう伝わるかに十分意識を払うべきです。ガザではこれまでに3万人以上が殺され、この大半を子ども、女性、高齢者が占めていると伝えられています。この事態を容認しているとも捉えられかねない今回の対応は、ヒロシマが訴える「平和」を足元から揺るがすものだと思えてなりません。
原爆ドーム前で続く抗議-例年通り招待するだけなら意味はない
原爆ドーム前で毎日、「ガザ虐殺」に抗議し即時停戦を求める集いを続ける市民グループ「広島パレスチナともしび連帯共同体」も、広島市の方針を批判しています。この日も夕刻から、集いがありました。メンバーの1人である湯浅正恵さんは、次のように述べています。
私は、イスラエル代表を式典に招待するべきではない、と考えています。というのも、これまでもイスラエル代表は式典に参列しているので、市長が読み上げる平和宣言や「ヒロシマの心」にも触れているはずなのです。それにも関わらず、今のガザ虐殺が起きている。となると、例年通りただ招待するだけでは意味がないのではないでしょうか。例えばパレスチナも招いて対話の場を設定するとか、新しいアプローチに取り組むのであれば応援します。
広島市のダブルスタンダードは、今に始まったことではありません。ロシアのプーチン大統領が「核戦力を念頭に置いた特別警戒態勢」を軍に命じたことについて、広島市は2022年2月28日に大統領宛の抗議文を送付していますが、イスラエル閣僚が核兵器使用を肯定する発言をしたことについては何のアクションも起こしていません。この理由を問うた、私たちの公開質問状に対する広島市の回答は、「直接抗議文を送ることにしている核実験の実施などに当たらない」というものでした。広島市が抗議の声をあげる「核問題」は、いつから「核実験の実施」に矮小化されたのでしょうか? 「恒久平和」とのフレーズも、ガザ虐殺を容認したままでは意味を持たない空っぽな言葉だといえます。
広島は、重い歴史と責任を背負った「国際平和文化都市」として、核廃絶と反戦、世界平和を訴え続けてきたと認識しています。私たちは、「虐殺を許すな」「占領をやめろ」というメッセージを原爆ドームとともに発信しています。それは、広島市民として当然の行動だと考えています。広島市が打ち出した方針は、「国際平和文化都市」という市政の最高目標をかなぐり捨てる行為としか言いようがありません。
(2024年4月25日13:30 修正更新)