法制審議会の家族法制部会第30回が8月29日、法務省内で開催され、民法改正に向けて要点を取りまとめた要綱案の「たたき台」が法務省から示された。たたき台では、これまでの離婚後原則単独親権から、離婚後に父母が協議して親権のあり方を選択するという、「共同親権」の導入を前提とした制度案となっている。補足資料では、昨年11月に出た両論併記の中間試案に対するパブリックコメント(昨年12月6日〜今年2月17日実施)8000件の内訳が初めて明かされた。個人から寄せられた意見では、共同親権を導入する【甲案】と単独親権を維持する【乙案】の比率が「概ね1:2」だったことがわかった。90の団体から寄せられた意見は【甲案】賛成が多数だった。パブリックコメントの内容は審議委員にすら全体傾向が明かされなかった。審議委員が現行の単独親権維持を求める3分の2の意見を知らないまま、4月以降の審議が進んでいたことになる。
「単独親権」の選択肢なし
今回のたたき台から現行の民法で定められている単独親権を持続する選択肢はなくなり、「共同親権」導入が前提で審議が進められる流れだ。協議離婚では夫婦間に真摯な合意がある場合に「共同親権」を選択できる。夫婦の合意が調わず、子の利益のため必要な時は家庭裁判所が共同親権か単独親権かを定める。離婚時や離婚後には夫婦や親子間のトラブルの事例が相次いでおり、共同親権に慎重な立場をとる弁護士や有識者からは「現行の法制度でも離婚時の協議はうまく行っていないケースが多く、共同親権を導入しても機能しないのではないか」という指摘がなされている。
親権者のいない子ども、生まれる懸念
現行の民法では親権を父母のどちらかに決めないと離婚できなかったが、たたき台では親権を決めなくても審判や調停の申し立てをしていれば、協議上の離婚が可能になる、とした。補足資料によると、これは離婚と親権の決定を切り離すために出された案だという。
審議会では、DVや虐待があって離婚を急ぐあまり、親権の決定で相手の言うなりになってしまう恐れがあるなどの懸念点が上がった。
ただし、離婚だけが成立して、その後に父母ともに親権を放棄するような状況が起きた場合についての考えや方向性は示されていない。現実に、両方の親が親権を放棄したり、連絡がつかなくなったりする事例も起きている。親権者のいない子どもが生まれる懸念があり、具体的な検討が必要だ。
子の日常の面倒をみる「監護者」についても考え方を示した。監護者については、共同親権を導入する際には、監護者を一律に決めないことを前提とした案が示されている。たたき台では、「監護者の定めがある場合」についての親権の行使の方法が整理されて示されているが、補足資料では、「監護者の定めを一律には要求しない」「監護の分担を決めることを必須とするものではない」と説明している。
DVや虐待から逃れられなくなる恐れ
離婚段階で父母の関係性が悪い場合、子の医療、教育や居住地などを決定する監護権をめぐり、父母間で争いが起きる可能性がある。特に居住地の指定は、DVや虐待から子どもが逃れられなくなる危険性が指摘されている。父母が対立、親子関係が険悪でも、監護を理由に頻繁に連絡を取り合わなければならない。そして、子どもの進学や医療について父母の意見が対立したまま、時機を逸してしまう可能性がある。
共同親権と医療をめぐっては、昨年11月に、別居中のまだ親権がある父親が、子どもの手術に際し、同意をとらなかったとして滋賀医科大学を訴え、病院側に損害賠償を命じる判決が出た。共同親権の導入をめぐり、日本小児科学会、日本産科婦人科学会など医療関係4団体は9月1日、斉藤健法相に「子への医療行為について、一方の親のみの同意でできるようにする」など、子の生命・身体の保護に配慮した制度設計を要望した。
3分の2の民意、無視されたまま
パブリックコメントの扱いにも疑問が残る。審議会委員によると、パブリックコメントは、事前に時間を予約の上、法務省内で閲覧できた。約8000通が複数のバインダーに綴じられてワゴンに並ぶものを読む形式で、全ての意見に目を通すことは不可能で、意見の精査も難しかったという。単独親権を維持してほしいという3分の2の民意を無視した形で、法学者らが共同親権ありきで、その形を議論してきたこととなる。パブコメは、審議委員以外には公開されていない。弁護士有志らの情報公開請求に対しても、未公開の状況にある。
これに対し、法務省の担当者は「パブリックコメントは部会でやるかどうかを判断しており、任意の手続きだ。その結果の概要を示すことが決められている。全てに目を通し整理した。今回は個人の意見が多いが、家族のことなどが含まれ、個人の意見はそのまま出すことはできない。これまでも、法制審のどの部会でも、パブコメで集めた意見をそのまま出すことはしていない」と説明している。また、委員のパブコメの閲覧については、「(審議会の枠外で」時間を取って中身を見ていただいている」という。
個人の意見、少数しか抜粋されず
生活ニュース・コモンズ編集部は法務省から参考資料として示されたパブリックコメント、「家族法制の見直しに関する中間試案」に対して寄せられた意見の概要【暫定版】を分析した。(個人)と分類されたパブリックコメントは全部で73件。うち、別居親の権限の強化や同居親に対し面会交流の義務を課す「共同親権推進」の意見は29件、共同親権によって起こる弊害を懸念する「単独親権維持」の意見は17件だった。語句の定義やどちらの意見かが不明のものが27件。抜粋全体で見ると、主に90の団体の意見を元に構成されており、8000件の大半を占める個人の意見の取り扱いがとても少ない。
当事者の声、反映されにくくなる懸念
また個人ではあるものの、「弁護士として」「家裁調査官として」「法学者として」という、有資格者、専門家の意見が複数採用されていた。結果として、「離婚に関わった当事者」のパブリックコメントが、審議に反映されにくくなる恐れがある。抜粋して掲載された意見の割合を見ても、共同親権推進:単独親権維持の比率である1:2を反映しておらず、共同親権推進の意見の方が多く掲載されている。
これに対し、同省の担当者は「全部の意見を一つずつ出すのは『概要』ではない。(個人の意見で)法人や団体の方に含まれると判断できるものはそちらに載せている」と話す。また、パブコメ全体の甲乙案の賛成比率と暫定版の甲乙案賛成意見の掲載数の不一致について、同省担当者は「(一部を除いた)委員にも理解していただき、議論していただいている」と話した。
「離婚当事者の意見、尊重し議論を」
パブリックコメントの扱いについて、審議会後に取材に応じた、同審議会委員でNPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の理事長、赤石千衣子さんは「離婚を経験した多くの当事者たちがそれぞれの事情を知ってほしいと思って寄せてくれた。その意見を尊重し、議論をするべきだと思う。寄せられた実際の事情に即した個人の意見やその割合を把握しないまま、審議することになってしまった」と話した。
議事速報などによると、次回以降の審議でたたき台をもとに養育費、親子交流、養子縁組、財産分与などを含めて、引き続き議論を進めるという。
(生活ニュース・コモンズ編集部)