シリーズ都知事選「小池都政チェック」 官製婚活の行き着く先は 1996年に廃止されていた「東京都結婚相談所」

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官製婚活は人口操作。女性は「子宮」でも「母体」でもない!

 7月7日の投開票日に向け、都政の課題についてお伝えする「シリーズ東京都知事選」。今回は東京都の婚活アプリ「AIマッチングシステム」についてです。都が1996年、結婚相談所事業を廃止した歴史的経緯もたどりながら、この政策の危うさを検証します。

 東京都が婚活アプリを始める、という報道発表が2023年12月にありました。アプリの名称はAIマッチングシステム – TOKYOふたりSTORY

 会員登録画面を開くと、氏名や住所、性別(男か女)のほか「最終学歴」「年収」などを入力する形式になっており、提出必須の書類の中に「年収を確認できる書類(源泉徴収票など)」があります。

東京都のAIマッチングアプリの会員登録画面

官製婚活アプリへの違和感

 この事業に対するさまざまな批判を目にします。「民業圧迫ではないか」「利用者の安全性をどう担保するのか」「詐欺に遭う危険性はないか」——。

 しかし、より根本的な疑問があります。

 この事業の誘導先は「結婚」「妊娠・出産」、目指すところは「人口増加」です。女性を母体と捉え、一つのライフコースを行政が推奨する事業は、日本の人口政策の歴史を踏まえてもっと批判されるべきではないでしょうか。「行政がやるべき事業か?」という疑問にとどまらず「行政がやるべきではない事業」としてです。

結婚支援事業費は2年で5億1900万円

 「東京都令和6年度主要事業」(19ページ)によると「結婚に向けた気運醸成等」の事業費は2023年度が1億8400万円、2024年度が3億3500万円。2年で5億1900万円が投じられています。

 事業趣旨は〈結婚を希望しながらも一歩を踏み出せないでいる都民の後押しをするため、結婚に向けた気運を醸成する取組を推進する〉。2024年度の主な事業は以下の通りです。

東京都令和6年度主要事業 結婚に向けた気運醸成等

❶結婚支援マッチング事業
❷結婚応援イベントの開催
❸結婚にまつわるエピソードの漫画化&結婚思い出ソング等

 結婚支援マッチング事業の受託事業者東武トップツアーズ株式会社。このうち「AIによるマッチングの提供」「WEBによる個別相談にかかる業務」はタメニー株式会社が受託しています。

絶対に、そこじゃない」

 「子どもを産みたい人が産めないということは、確かに権利の侵害だと思っています。でも、その問題を解決するために必要なのは、絶対に婚活アプリではないです」。東京都の福田和子さんはこう話します。性と生殖に関する健康と権利(SRHR =セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)を守ろうと「#なんでないのプロジェクト」 を立ち上げ、活動してきました。

 「長時間労働の改善や安定した雇用、性別役割分業の軽減、教育費の軽減…。『大事なのはそっちじゃん!』ってみんな思っているのでは? 自分が人として大事にされていない状況で、子どもを産みたいなんて思えません。東京は貧富の格差が大きくて、自分を養うことで精いっぱいです。そういう現実が、見えているんでしょうか」

東京都結婚支援ポータルサイトより。結婚にまつわるエピソードと思いでソングの募集ページ

都議も「結婚への気運」を後押し

 この事業がどのように承認を得ていったのか。都議会の会議録検索に「結婚」というキーワードを入れて検索すると、その過程を垣間見ることができます。

 「結婚」で検索しヒットするのは892文書、1584発言。結婚支援に関する最新のやりとりは、令和6年予算特別委員会(2024年3月14日)のものでした。

 平けいしょう委員(都民ファーストの会 東京都議団)
 「結婚支援について伺います。先日、厚労省が発表した人口動態統計速報によると、令和五年の出生数は過去最少の約七十五万八千人、少子化がさらに進んでおり、日本では婚姻数が少ない、戦後最少の数となっています。東京においても状況は同じ。私は、この状況を打破するために行政が主導して、出会いの場を提供すべきとかねてから申し上げてまいりました。都は今年度、出会いの機会を提供する結婚支援マッチング事業を開始いたしました。都が実施していることから、安心して利用できるといった声もあり、高く評価しております」

 平議員はさらに「マッチング事業の本格実施に合わせ、特に若い人たちに向け、結婚っていいものだなというふうに考えられるよう、行政が行う、安心して参加できる結婚支援ということを発信していくこと、これが重要であります。その結果、将来の少子化対策にもつながると思います」と述べたうえで小池百合子都知事に「決意」を尋ねました。

 小池知事の答弁です。

 小池百合子都知事
 「世の中には、結婚をリスクと捉え、一歩を踏み出せない人もいます。こうした人を後押しするために、都は今年度、出会いの場の提供、そして、AIマッチングを開始いたしました。そして、来年度でございますが、事業を大幅に拡充をいたします。年間を通じまして、気運醸成キャンペーンを展開してまいります。(略)人生の一つのスタイルとしての結婚生活が楽しいものであるというムーブメントをつくって、結婚を望む方を全力で応援をしてまいります」

東京都結婚支援ポータルサイトより

行きつく先は「産めよ育てよ国のため」

 「結婚はいいものだ」と、なぜ税金を投じてここまでPRする必要があるのか。その行き着く先には「産めよ育てよ国のため」という発想があります。少子化対策とは、女性を「母体」として、子どもを「未来の働き手」として数えるものです。

 「結局、労働力が欲しいということですよね? 戦中の『兵隊が欲しい』という発想と、何が違うんだろうか」と福田さんは話します。

 東京都は「『未来の東京』戦略」の中で「出会いから結婚、妊娠・出産、⼦育てまでシームレスに⽀援」とうたっています。婚活アプリはその一環です。

 「子どもを産みたい、母になりたいと思った瞬間に『はい、女性として助けます』と手が差し伸べられる。政策の中身の手厚さを見ると、産まないという選択肢は尊重されず『産むところ』に予算がつく仕組みになっています。私たちは『子宮』『母体』として見られているんだなと、感じます」(福田さん)

いまだSRHRが広がらない日本で

 日本には1996年まで、優生思想に基づく旧優生保護法がありました。
 国は戦後、出生数の増加と食糧不足に対応するため人口を抑制する一方、「不良な子孫の出生を防止する」という目的で旧優生保護法を定めました。高度経済成長期(1955年から1970年代)には「人口資質の向上」と「福祉コスト削減」のため、行政が強制不妊手術を積極的に推し進めました。

 そして2024年現在。母体保護法は中絶の条件として「配偶者(相手の男性)の同意」を得るよう求めており、刑法(212条)には女性だけを罰する堕胎罪があります。

 このように、いまだSRHRが広がらない社会で公共事業として進められる「結婚への気運醸成」には、怖さしかありません。

 

「人口操作から手を引くべき」

 都による官製婚活事業を、SRHRの視点から批判している質疑はないか。都議会の会議録検索に「リプロダクティブ」「ヘルス」「ライツ」の3語を入力したところ、33文書、48発言がヒットしました。その中に、都の少子化対策を「人口操作」だとしてただす発言がありました。

 2023年11月16日の都議会総務委員会、米倉春奈さん(共産党)の質問です(質疑は200~228番)。

 米倉春奈委員(共産党)
 「ジェンダーを含めて社会の構造の問題の結果、今の人口減少が起きているということをちゃんと認識すべきですし、議論の土台にすべきだと申し上げます。こういう認識が中心に座らない少子化の議論というのは(略)結局、望む人への支援といいながら、個人の選択を責めるものになっているといわざるを得ない」

 米倉委員
 「都がやろうとしていることは人口操作につながるものであって、権利ベースとはかけ離れていってしまうと思います。本当にやめるべきだと思います。(略)国連は、出生率目標というのは、国家やコミュニティなど誰かが特権的に決めるものではないと指摘していますし、実際に数値目標が設置されるということは先進国では例外的なことで、あり得ないことです。産む圧力にしかなりません。その点で人口操作につながる効果検証の仕組みをつくるという検討は最悪です。検討の中止を求めます。(略)この議論というのは何を中心に置いて議論するかで、あっという間に一人一人の人権を削り取るものになってしまいます。そして大切なことは、個人の家族計画が保障されるために障壁となっている社会の課題を取り除くということに徹するということだと思います」

 行政は、人口操作につながる施策に手出しするべきではない。社会課題を取り除くということに徹するしかない。

 そういう主張でした。

1996年に廃止された「東京都結婚相談所」

 実は30年前まで、東京都には公営の結婚相談所がありました。

 戦前の1933年(昭和8年)に設立され、1996年(平成8年)に廃止されるまで約60年間、結婚相手の紹介や見合い事業を都が展開していました。具体的には、結婚を希望する都民に対する紹介相談、パーティー、自主グループによる交際機会の拡充、好ましい結婚思想の普及――などです。

 なぜ東京都は、結婚相談所を廃止したのか。1994年と95年の都議会会議録に、都の考えが残っています。

 谷口生活文化局長(1994年3月22日、総務生活文化委員会)
 「既に行政として役割が終わった事業があるのではないか、あるいは民間にも同種の、そのような施設がある場合もあるのではないか。それから、税金というふうに申し上げましたのは、お金の使い方の優先順位として、いってみれば、これは特定の方のためのサービスでございますから」

 井波女性青少年部長(1995年2月27日、総務生活文化委員会)
 「東京都の結婚相談所は、昭和八年に設立されて以来、戦前における人口政策としての結婚奨励、戦後混乱期における未婚女性対策、高度成長期における都市流入青年の配偶者探しなど、そのときどきにある行政目的を持って実施されてまいりました」「(略)必ずしも結婚にこだわらない意識など、結婚観が現在大きく変化しております。かつて結婚相談事業が有していたような明確な行政目的を示すことが次第に困難になってきております」「現在の紹介、見合いを中心とした結婚相談事業を今後とも行政が存続させていく必要性は薄れて、廃止することが妥当という結論に達したものでございます」

 結婚相談所を存続してほしいという世論も当時はあったようですが、東京都は1996年3月、結婚相談所を廃止しました。旧優生保護法が「母体保護法」に改正されたのと、同じ年でした。

 このような変化をもたらしたのは、女性たちの声です。侵害され続けてきたSRHRを取り戻そう、人権を取り戻そうという声が、日本社会の時計の針を大きく前に進めたのです。

 東京は、その最先端をゆく都市でした。

「健康な良い子が生まれるように」

 ところで、都議会の会議録で「結婚相談」と検索すると最初にヒットするのは1951年の「優生結婚相談所」という文言です。

 優生結婚相談所(1952年に優生保護相談所に改称)は旧優生保護法に基づき、各都道府県に最低1か所設置するよう定められていました。その役割は「不良な子孫の出生を防止する」ことでした。

優生保護法
(優生結婚相談所)
第二十条 優生保護の見地から結婚の相談に応ずるとともに、遺伝その他優生保護上必要な知識の普及向上を図つて、不良な子孫の出生を防止するため優生結婚相談所を設置する。

 東京都に置かれた優生結婚相談所(優生保護相談所)はどのような施設だったのか。ネット検索したところ、東京都の公式ホームページに当時のパンフレットの画像が残っていました。

東京都の「優生保護相談所ご案内」画像1
東京都の「優生保護相談所ご案内」画像2
東京都の「優生保護相談所ご案内」画像3

なぜ時計の針を巻き戻すのか

 優生保護相談所のパンフレットには「これから結婚されるかたがたには特に必要であると思いますから結婚前には必ず一度おいでください」と書かれていました。 

 「好ましい結婚思想の普及を図る」結婚相談所と「健康な良い子が生まれるように指導する」優生結婚相談所(優生保護相談所)は、車の両輪のようなものでした。

 福田さんの言葉です。
 「産む、産まないということを、私たちはずっと国家の都合で管理されてきました。戦時中は『産めよ殖やせよ』と言い、障害がある人には強制不妊手術をし、それが当然のこととされていた。けれどそうではなく、個人の意思が大事であり、性と生殖に関することは一人一人の権利だと、SRHRを確認し合ったのが30年前(1995年、北京での世界女性会議)です。少子化という言葉の主体は『国』であり、国の子どもが減って困るので子どもを産んでくださいという話で、SRHRの概念の逆です。『結婚をしましょう』と行政が立ち入ってきて婚活アプリをつくる。それは本当に、気持ちの悪いことです」

 1996年に結婚相談所を廃止した東京都は、小池都政のもとで時計の針を一気に巻き戻し、官製婚活を再び強化しています。当時はなかった「AI」「アプリ」という先端技術を駆使して。

 官製婚活は、優生思想に基づく人口操作の「直系子孫」のようなものです。いかにふんわりPRしても根幹は変わりません。民間のマッチングアプリとは、わけが違うのです。


 生活ニュースコモンズでは、こうした都政の課題について、都知事選に出ている主要候補者にアンケートを行っています。合わせてご覧ください。

【参考資料】
・国立公文書館アジア歴史資料センター「公営の婚活サービス、戦前もあったの?」https://www.jacar.go.jp/english/glossary_en/tochikiko-henten/qa/qa19.html

・国立社会保障・人口問題研究所「優生結婚相談所」https://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/16894605.pdf

・国立国会図書館調査及び立法考査局
「旧優生保護法の歴史と問題―強制不妊手術問題を中心として―」
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11233894_po_081602.pdf?contentNo=1