官邸前で1000人が「STOP!インボイス!」 オンライン署名が過去最多の52万人突破 フリーランスを突き動かした「納得できない思い」

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「岸田首相は50万人の声を聞け!」
新税制インボイス制度が10月から始まるのを前に、9月25日夜、首相官邸前に約1000人が集まり、「STOP!インボイス!」の声を上げた。インボイス制度とは適格請求書等保存方式。年間課税売上額が1000万円以下の免税事業者との取引にも消費税が課税され、その分を「免税事業者」「課税事業者」「消費者」の誰かが負わされることになる。

「総理が僕らの声を聞く番だ」

集会の冒頭、「インボイス制度を考えるフリーランスの会」の阿部伸さんは「(制度の中止・延期を求める)オンライン署名は国内ダントツ最多の50万人越えを記録した」と話した。数週間前から首相や自民党の役員クラスの議員に署名を直接手渡したいと交渉したが、秘書を通じても受け取りはできないと言われたという。「この2年間、自民党議員から大きな塊を見せろと言われ、クリアしてきた。次は総理が僕らの声を聞く番だ」と言い、大きな拍手を浴びた。

政治家とともにストップインボイスの声を上げる人たち=東京都千代田区、首相官邸前

「インボイスが来たら殺される」

  落語家の立川談四楼さんは「全国に落語家は約1000人。そのうち、年収1000万円以上は100人に満たない。あとのほとんどは零細」と話した。「その落語家、この4年にわたるコロナ禍で大打撃を受けました。高座はキャンセル、キャンセル。その後の物価高で疲弊し切っています。芸人も、役者さんも、ミュージシャンも。ここにインボイスが来たら殺されます。連帯しましょう、みなさん!インボイス潰しましょう」

落語家の立川談四楼さん。「落語家の9割は免税事業者。影響は大きい」と語った=東京都千代田区、首相官邸前

多種多様な才能が、悩みながら物作りできる社会を

arcaのCEOでクリエイティブ・ディレクターの辻愛沙子さんは、制作の裏方の声を届けに官邸前に来た。フリーのイラストレーター、ライター、編集者と仕事をすることが多い。「作家に発注する時に、相手の年収で判断することはない。どんな物を作れるのか、どんな作家性を持っているのかをみる。事業者の方から、『お宅、インボイス登録してますか?』とは言いたくない。同じ作家と仕事をし続けたければ、自分の財布を傷めるしかないんです」と苦しい胸の内を明かした。「大企業のみが利益を得る社会より、一見小さくとも、多種多様な才能が、人生の中で色んなことを悩みながら物作りをしていく世界であってほしい」

フリーランスと仕事をする機会が多い辻愛沙子さんは発注者の側からの苦悩を訴えた=東京都千代田区、首相官邸前

「百害あって一利なしの制度」 

昨年4月からインボイスについて、30本以上の原稿を書いてきたジャーナリストの犬飼淳さんは、昨年10月に会見で岸田文雄首相にインボイスの導入根拠をたずねた。「複数税率下での適切な課税に必要と政府は説明するが、消費税率が8%と10%のものをまとめて10%で課税した事例の数を財務省、国税庁は把握すらしていない。では他に導入根拠はあるのか?」。岸田首相は説明できなかったという。犬飼さんは「都合良くでっち上げた根拠にすぎない。インボイスは国民にとって百害あって一利なしの制度。反対の声が大きくなり続けることは確実だ」と声を張った。

「消費税は社会保障の財源というのは嘘」

 内閣府で勤務した経験がある政策コンサルタントの室伏謙一さんも、「消費税は社会保障の財源というのは嘘です。消費税は国民経済からお金を巻き上げ、この国の経済を小さくする。インボイスは、この消費税に屋上屋を重ねて増税するもの。導入する根拠はない」と断じた。また「消費者から預かった消費税を事業者はきちんと納税すべきだ」という一部の主張にも「消費税は、事業者に納税義務がある直接税であって、預かり税ではない。消費税法に消費者という言葉は一つも出てこない」と反論した。
  フリーランスや業務委託で働く人たちのスピーチは具体的で切実だった。

集会に参加した人たちは、「岸田総理 インボイス増税やめろ」とのプラカードを掲げて訴えた=東京都千代田区、首相官邸前

「私たちには社会保障がない」

フリーランスユニオン共同代表で、ウーバーイーツの配達員、土屋俊明さんは「なぜ我々フリーランスがこんなに必死になって反対しているのか。それは社会保障がないからです」と述べた。「女性は出産しても育児休暇がなく、給料も出ない。フリーランスには年金もないし、保険は国民健康保険。さらに消費税が上乗せされる。死活問題なんです。ガチで」

ウーバーイーツの配達員の土屋俊明さん=東京都千代田区、首相官邸前

インボイス制度は「クソ以下です」

同ユニオン所属で文筆家の栗田隆子さんは「小学校、中学校で仲間はずれに遭い、不登校。非正規労働で、うつになったという紆余曲折を経て物書きをしています。インボイス制度は『稼げないおまえの人生なんかいらない』という制度で、私にとってはクソ以下です」と話した。最近、編集者からインボイスの登録番号を聞かれることが増えた。「消費税、払えません。インボイス延期、そして廃止をここで改めて求めます」

人前で話すのは苦手なのに、マイクを取った文筆家の栗田隆子さん=東京都千代田区、首相官邸前

「制度悪用する企業、許してはいけない」

英会話学校GABAの講師、阪崎武蔵さんは業務委託契約で働く仲間たちと登壇した。「企業は税負担を労働者に押しつけ、私たちの生活を崩壊させています。これは許されません。インボイス制度を悪用する企業を許してはいけない。公平さと誠実さを求め、ともに未来を築きましょう」

「岸田よ!インボイスをやめろー!」と叫んだ英会話講師の阪崎武蔵さん=東京都千代田区、首相官邸前

「酪農ヘルパーはやっていけない」

フリーランスに助けられている事業者にも不利益が広がる。

千葉県の酪農家、金谷雅史さんは「直撃を食らうのは、個人でやっている酪農ヘルパーだ」と話した。酪農ヘルパーとは酪農家の休日取得のために、代わりに働く人のこと。一人親方のような働き方をしている人が多く、インボイス制度が導入されれば、免税事業者から課税事業者にならざるを得ず、同じ所得を守れなくなる。「酪農業界はいま、大変厳しい。友人のヘルパーはいまこのご時世に人件費の値上げなんて要求できないと言っています」

「インボイスでヘルパーがいなくなると困る」と話す酪農家の金谷雅史さん=東京都千代田区、首相官邸前

「夢を追って入った仕事なのに」

漫画家の由高れおんさんは「インボイスで一番大変なのはアシスタントさんがいなくなること」と述べた。アシスタントは年収300万円以下が半数以上。そこに課税するとなると、夢を追って入ったのに、なんのために仕事しているのかということになりかねないという。

漫画家もアシスタントも深刻な打撃

同じく漫画家の環望さんは、漫画家の原稿料から具体的に説明した。「中堅の漫画家の原稿料は1枚1万円。ひと月30枚書いて30万円。マンガの必要経費はアシスタントの人件費。これが50〜70%を占めます。20万円近く飛んじゃうんです。今のマンガは絵が細かくて丁寧じゃないと読まれない。アシスタントがたくさん必要なんです」

インボイスが導入されるとアシスタントがいなくなると訴える漫画家の由高れおんさん=東京都千代田区、首相官邸前

コロナ前はアシスタント代を給与として支払うことが可能だった。漫画家のスタジオに「通勤」して作業していたからだ。しかし、コロナで在宅勤務が基本になり、アシスタントは「外注」になった。漫画家が払う消費税額は増え、さらにひとり親方状態のアシスタントがインボイス制度に直撃されることになった。
 
新人は原稿料が安く、プロのアシスタントは雇えない。「友達や家族に頼んでいるのが実情だが、さすがにインボイスの事業者番号を取ってくれと言えず、控除されない。消費税が全額かかってくる」

日本はまるで「蟹工船」

俳優でスタンダップコメディアンの清水宏さんは日本を船にたとえた。「税金や保険、年金などひっくるめて全収入の47%を出さないと安心して乗れない船。しかも社会保障は優しくない。安心して乗れますか?と聞くと、それはお前次第だなあ、と言われる。どういう船だよ、蟹工船か!」

スタンダップコメディアンの清水宏さん=東京都千代田区、首相官邸前

「政治家から舵を取り返そう」

タレントのラサール石井さんは、清水さんの話を受け、「この船はみんながお金を払って乗っているんじゃない。オーナーは国民なんだ。甲板掃除や帆を張っているのが政治家なんだ。我々は操舵室にいなくちゃいけない。舵を取り返そう」と話した。

「端的にいうと弱い者いじめ」

せやろがいおじさんは「献血と税金はよう似てる」と語った。「インボイスは血が足りひんから、貧血の人からも血をもらうようにします、と言ってるようなもの。物価が上がって我々出血多量なんですよ。ぼこぼこで血ぃ流れまくってる中、ちょっと献血お願いしますって言い出したようなものなんです。端的にいうと弱い者いじめ」

インボイスを献血にたとえた、せやろがいおじさん=東京都千代田区、首相官邸前

報じなかったメディアの責任を問う

インボイスについては、マスメディアでほとんど報道されてこなかった。「預かり税」「益税」などの間違った解説も散見された。9月25日に発表された、インボイスの賛否を問うANN(テレビ朝日系)の世論調査では、「賛成」32%、「反対」39%、「わからない・答えない」29%。
 
「ニュース23」の元ディレクターで、ネットメディアCLPを運営する工藤剛史さんは「来週からインボイスが始まるのに、わからないが3割。メディアの責任は重大です」と反省を込めて指摘した。「2016年の税制大綱にインボイスが入っていたにもかかわらず、当時、ニュース23でやれたのは軽減税率のことばかり。テイクアウトしたら8%とかそんなことばっかりでした」と振り返った。

ニュース23のディレクターだった工藤剛史さん=東京都千代田区、首相官邸前

「ちゃんと報道してください!」

声優の甲斐田裕子さんは「注目が集まるほどに、エンタメの、アニメ業界の、声優業界の問題だと矮小化する報道が増えました。違いますよ。農家も建築も運送も、日本のインフラが大打撃を受けます。ちゃんと報道してください」と訴えた。

声優の甲斐田裕子さん=東京都千代田区、首相官邸前

「声を上げた人がいたことが灯台になる」

25日午後8時半現在のオンライン署名数は52万3986筆。2年前に大きなムーブメントとなった「東京五輪の中止を求めます」の46万5481筆を超え、過去最多となった。
 
午後8時半の官邸前。夜風が吹く中、「STOP!インボイス」共同代表の小泉なつみさんが締めの挨拶に立った。
 
「今日、制度開始6日前です。私たちはつながって塊となって、政治とメディアに声を届け続けていますが、この声に耳を塞ぐかのように、ほぼ同時刻に岸田総理は経済対策についての記者会見を開催しました。そこにはインボイスのイの字もありませんでした。インボイス制度は税率を変更しないステルス消費増税です。でも、法律の制定から7年間、私たちに本当のことを伝えてくれたメディアはどれだけあったでしょうか。加えて反対を叫ぶと『知らない方が悪い』とか、『今更騒いでも意味ないよね』といった、声を上げる行為そのものを諦めさせるような言葉すら、私たちは投げつけられてきました。それでも52万の人がこの難解な制度を自分なりに調べて声を上げ、周りに問題を広げていった。SNSでは『50万の人が反対しているという事実に勇気をもらった』という声もありました。たとえこのまま制度が始まったとしても50万もの人がきちんと声を上げたことが後に続く人の灯台になるのだと思います」

「STOP!インボイス」共同代表の小泉なつみさん=東京都千代田区、首相官邸前

声を聞く政治とメディアを

小泉さんを突き動かしたのは「どうしても納得できない」「腑に落ちない」という思いだったという。
 
「インボイスの中止、延期が経済対策にならないという判断をする政権を、私は絶対に変えたいです。社会の状況に耳を傾けながら弾力的に制度を運営して、決められたことであろうとも立ち止まる勇気を持てる政治家を、次の選挙では選びたいと思います。署名が増えていくに連れて、私たちの声をちゃんと聴いてくれる政治とメディアを、私たちの手で作ることができるのではないか、そんな希望を今、感じています。インボイスを止めるまで、私たちは署名を集め続けます。ストップ・インボイスの一点で、職業もイデオロギーも年齢も違う人がつながったことを本当になんて豊かなことなんだろうと思います。みなさんが希望です。この豊かな運動を絶対に政治の場に生かしましょう。次の選挙で私たちの手で私たちの政治を作って行きましょう」
(阿久沢悦子)