私たちはいつまで性暴力に怯えなければならないのか~  公開シンポジウム 報道現場と性暴力~から考える

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 2020年に国会議員の公設秘書によって、取材中、埼玉県内で性暴力を受けたとして、元女性記者が国に損害賠償を求める訴訟を起こしているのを受け、この事件の問題点について考えるシンポジウムが1月13日、埼玉県内で開かれた。性暴力訴訟に詳しい中野麻美弁護士(東京弁護士会)、東京大学大学院情報学環の林香里教授、前新聞労連委員長でフリー記者の吉永磨美さんがパネリストを務め、男性を中心とするマスメディアの構造や公権力に対する取材と安全性の担保などについて議論を交わした。後を絶たない取材現場における性暴力―。私たちはいつまでこんなことに怯えなければならないのか。シンポジウムの内容を報告する。

事件の概要

事件は2020年3月に発生。元女性記者は、地域のコロナ対策について地方議員と情報交換をする場に参加し、参加者と飲食しながら情報を取っていた。終了後、参加していた上田清司・参議院議員の公設秘書だった男性が元女性記者を自宅に送り届ける名目でタクシーに同乗。車の中でわいせつ行為に及び、元女性記者は避難しようと一度下車したが、公設秘書も一緒に降りて、再びわいせつ行為をした。

3日後、公設秘書は元女性記者を「重要な情報を提供する」として飲食店に呼び出して、多量の飲酒をさせた後、ホテルの部屋に連れ込み性暴力をはたらいた。元女性記者は警察に相談し、被害届を提出。警察は捜査を進め、公設秘書を「準強制わいせつ罪」と「準強制性交罪」で書類送検したが、その後公設秘書は自殺し、不起訴になった。これを受けて元女性記者は「公設秘書による職務権限の乱用と、上田議員の監督不行き届きによって起きた性暴力だ」として、2023年3月、国に賠償請求を求める訴訟を起こした。

相次ぐ女性記者への性暴力問題 マスメディアと公権力の関係性が背景に

シンポジウムは「国会議員公設秘書による埼玉県報道記者への性暴力事件原告を支える会」、「フラワーデモ埼玉」が主催し、オンライン併用で行われた。

オンラインで登壇した中野麻美弁護士と意見を交わす林香里教授(左)と吉永磨美さん

 事件について、中野弁護士は「重要な情報を提供するといいながら、記者を呼び寄せて、性暴力の対象とする非常に悪質な行為である」と批判。国賠訴訟については「事件が公務執行中のできごとか、プライベートな場でのことかが争点になっている」としたうえで「上田議員と秘書は憲法遵守擁護の義務を負っている。プライベートは国側にとって最大の防御壁となるが、そうやって原告に責任転嫁をするのは、差別的な家父長制に基づく倫理で、こうしたものを排除することが公務員の職責であるはずだ」と強調した。

公権力相手の取材 記者は弱い立場に陥りやすい

 元毎日新聞記者でもある吉永さんは、2018年に起きた、当時の財務事務次官によるセクハラ問題を振り返り、「行政機関や公権力からセクハラ加害をされた女性が騒ぐな、大したことはない、黙れと言われるケースはそれ以降も起きている。埼玉のケースが珍しいわけではなく、マスメディアと公権力との構造的な問題が背景にある」とし、「公権力や警察、情報を握っているところにアクセスして取材するのが新聞記者の仕事。情報を得てそれを国民に知らせるために、情報をもらいに行く。関係性を保つために公権力にアクセスする。ある意味対等でなければならないが、相手が圧倒的な情報力を持っているために、記者は弱い立場に陥りやすい」と語った。

パネリストの吉永磨美さん

記者に対する性暴力訴訟では、2007年に長崎市の男性部長(故人)から性暴力を受け、その後の市の対応が不適切だったとして、報道機関の女性記者が市に損害賠償を求めた裁判があった。2022年5月に長崎地裁は原告の訴えを認め、市に1975万円の支払いを命じ判決が確定した。吉永さんは当時、新聞労連委員長として、原告側を全面的に支援してきた。こうした過去の事例を踏まえ、吉永さんは「女性記者への加害行為が25年、30年と続いている。会社側は分かっているのに状況を変えない。メディア側も公権力も考えなければならない。その根底には人権意識の希薄さがある」と話した。

パネリストの林香里教授

男性優位のマスメディア組織 性加害への認識の甘さ生み出す構造

また東大の林教授は「マスメディアが公権力を取材するときの構造の中でこうしたことが起きており、構造を変えない限り問題は繰り返される」としたうえで、マスメディアの体制を批判。「「メディアも政治家を甘やかしてきた。飲み会で情報をもらうのではなく、きちんと情報を公開させるという姿勢をメディアが持ってこなかった。お互いに共犯的な関係の中でこうした風潮が作り上げられてきた。公権力の圧倒的多数を男性が占め、公権力は男性権力とほとんどイコールの関係だ」と指摘。その背景にテレビの在京キー局の役員110人のうち女性は9人、新聞社も女性社員の割合は低水準でやっと20%を超えたにすぎず、男性中心とする企業構造が長年培われていることがあるした。

 司会を務めた民放労連の岩崎貞明さんから「女性記者は危機感や緊張感を常に持って取材しているのか」と聞かれ、吉永さんは「男性記者が危機感なく取材できているならうらやましい。ネタをもらうために取材先に1対1を要求されたり、取材中の会話に卑猥な言葉が出たりしたときなど、怖い思いを感じながら取材している人は多く、常に自衛の意識を抱いている女性記者は多いと思う」と答えた。さらに「加害でも刀で切りつけたり、ハンマーで殴ったりしたら大騒ぎになるはず。これが性加害だと加害者はプライベートに逃げ込める。性加害への認識が甘い」と強調した。

脅かされる報道の自由度 権力に挑む姿勢足りず

 さらに、中野弁護士は「記者に対する性暴力・セクハラと報道の自由度は関係していると思う。男性が支配力を行使し、女性を排除する。マイクロアグレッションを含め、暴力が行使されてきた。プライベートへの逃げ込みは職権濫用を封印する格好の手段で、無意識のバイアスが働いている」と述べた。また暴力が起きる構造について「暴力は相手を孤立させ、服従させ、自尊心を低下させる。暴力やハラスメントを生み出して増幅させる歯車の一環に取り込まれる。日本の記者たちはプライベートを差し置いて仕事をするということは、暴力を連鎖させていく仕組みの中に自分自身が巻き込まれるということなんだと自覚する必要がある。報道機関が業界として権力に挑んでいく動きを作り上げていく必要があるし、その中に労働組合を位置づける必要があると思う」と話した。

 林教授はこうしたマスメディア組織の課題にも触れた。「メディアの組織が男性性と暴力性、日常的社会性から離れた運営をされていることが問題。男性が中心の組織の中でどうやって性暴力の話ができるか、マジョリティ側がこうした意識の差を考えていかなければならないと思う」。

司会を務めた民放労連の岩崎貞明さん

マスコミが連帯し、権力と戦う姿勢を トップは意識変革を

岩崎さんから「これまで気づかなかったことに気づく、意識させるにはどういうきっかけが必要なのか」と問われ、吉永さんは「会社の中でジェンダーのことを考える会議体をつくるなど、横の連帯をつくっているところはある。成果も少しずつ出ている。すごく難しいのはやれているところもあれば、やれていないところもあり、できていない組織はどんどん息苦しくなっている。加えて、女性は管理職になれないという組織構造の中で辞めていく女性が多くいる。まずトップから変わるという自覚を持つ必要がある」と訴えた。
 (男性的な価値観に染まった女性を示す)名誉男性から二次被害を受けることも少なくないことも話題に上がった。この点について林さんは「名誉男性が生まれる背景には、名誉男性を生み出し、出世させる構造がある。幹部が多様性あるメディアが重要なのだというメッセージを発信する必要がある。性被害を受けた女性が、同じ女性から批判されると傷は深くなる。男性にも女性にも問題があるというところから出発し、構造的な問題を問う。労働組合などで意見交換して意見を高めていくことしかない」と語った。

 最後に吉永さんは「マスメディアは熾烈な特ダネ争いの中で、目先の小さな利益を追求する伝統や風土があり、他社をライバル視する。同質性が高い集団になるとそれがわからなくなっていく。知らず知らずに性暴力を追認し声を上げることをやめてしまう。暴力にどう接し、どう向き合い対処していくのか。私たちはどちら側に立つのかを意識して行動していかなればならない」。中野弁護士は「差別と暴力はエスカレーションする。放置しているとひどいことになる。雇用主にはこれを人権リスクとしてとらえて根絶していく責任がある。わたしたちはそのことを念頭に置きながら、会社の組織なり、労働組合を見ていかなければならない。人権擁護にどう取り組むか、課題を洗い出し、政策を作って取り組んでいかなければならない」と呼びかけた。
(生活ニュースコモンズ編集部)