「泣き寝入りしたくない」被害者に残る後遺症 逗子市の米兵連続傷害事件で被告に懲役2年4月、執行猶予4年の判決

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在日米兵による犯罪に日本人と同じ刑事手続きを

神奈川県逗子市で2022年7月、米軍横須賀基地に所属する米兵男性が、公道上で通行人の男女4人を次々に突き倒し、足蹴りにするなどして大けがを負わせる事件がありました。その判決公判が9月26日、横浜地裁横須賀支部(片多康裁判長)で開かれ、傷害罪に問われたクリーガー・ダニエル被告(31)に懲役2年4月、執行猶予4年の判決が言い渡されました。発生から判決まで2年2ヶ月あまり、被害者への謝罪も補償もいまだなされていません。被害者の代理人弁護士は「日本の刑事手続きで米兵が特別扱いされていることが背景にある」と指摘しました。どういうことでしょうか?詳報します。

判決要旨や起訴状からわかる事件のあらましは次の通りです。

被告は2022年7月9日午後8時30分ごろ、逗子市の路上で歩行中のA(男性、当時33歳)に対し、後方から背部に体当たりして転倒させ、臀部を数回足蹴りにした。その後、B(男性、同33歳)に対し、正面から体当たりをして、その後ろにいたC(女性、同25歳)に衝突させて2人を転倒させ、尻餅をついて上体を起こしていたBの顔面を蹴り上げた。
その1分後、約60m離れた場所を歩いていたD(女性、同58歳)の左側に、被告の右半身を衝突させて、転倒させ、顔面を路面に打ち付けて大けがを負わせた。

飲酒・薬物の検査なく、タクシーで帰宅

事件当夜、被告は通報を受けて駆けつけた警察官に逗子署まで連れて行かれたものの、虚偽の氏名や住所を述べてアルコール検査を拒否。そのまま留置されることなく、タクシーで帰宅しています。

日米地位協定第17条5−cは「日本が裁判権を行使すべき合衆国軍隊の構成員や軍属の身柄の拘禁は、その者の身柄が合衆国の手中にあるときは、日本が公訴を提起するまでの間、合衆国が引き続き行う」と定めています。

被告は事件から4ヶ月後に起訴されるまでは、米軍基地内での拘束にとどまり、日本側が薬物や飲酒の検査を行うことはできませんでした。ようやく裁判が始まったのは2024年3月8日。事件から1年8ヶ月が経っていました。

横浜地裁横須賀支部=神奈川県横須賀市

裁判では無罪を主張

裁判で被告側は無罪を主張しました。

裁判には被告側が依頼した精神科医の鑑定書が提出されました。

「2015年に脳挫傷を負った後遺症で高次脳機能障害があり、酒に酔いやすい状況だった。事件当夜は急性アルコール中毒により、せん妄を伴う重篤な意識障害があった。記憶障害もあり、通常の感覚からかけ離れた了解不能の行動だった」

しかし、ここでも通常、日本の刑事裁判で被告の責任能力が争われる場合に行われるような、検察側の精神鑑定はなされていません。

判決は、「本件犯行は既往や飲酒の影響は否定できないが、精神障害の症状に支配され、あるいは著しい影響を受けて行われたものではない。被告人には完全責任能力を認めるのが相当である」として、有罪としました。

ただし、女性2人への傷害は、犯意をもってぶつかったわけではない「未必の故意」だったとして、求刑の懲役2年6月に対し、2年4月に減刑した上で、4年の執行猶予をつけました。

反省や謝罪がないまま執行猶予「遺憾」

判決後、被害者と代理人が記者会見に応じました。

被害者4人の代理人を務めた呉東正彦弁護士は、「被告人の、責任能力がないとの主張を排して、有事判決を言い渡した点は評価できるが、本件被害の重大性、悪質性、被告人に真摯な反省や被害者への謝罪が見られないにもかかわらず、刑の執行を猶予する判決を出したことは、極めて遺憾である」とのコメントを読み上げました。

判決を受けて記者会見した呉東正彦弁護士=横須賀市内

女性は7カ所骨折、なお残る恐怖感

判決要旨でDとされている女性は、右半身を強く路面に打ち付け、鼻、顎、眼窩底など7カ所を骨折し、まぶたの上を縫う大けがを負いました。腕や顔に1年以上しびれが残ったなど後遺症も深刻です。

女性は逗子海岸の「海の家」に勤務し、帰宅途中で事件に遭いました。

「事件後、1人で夜、外を歩くのがすごく怖くなった。一生忘れられないと思います。私はただ道を歩いていただけ。強い衝撃があって、私の記憶はそこまでです。被告は当時、一緒に歩いていた男性にも殴りかかろうとしたと聞いています。未必の故意とされたことには納得がいきません」と話しました。

被告に執行猶予がつき、今後基地の外にも自由に外出できるようになるかもしれないことについては、「また、夏になると、その人が海に来るんじゃないかという恐怖感があります。私は被告の顔を見ていないので、もし来られてもわからない。本当に怖い。謝罪や補償をせずに米国に帰ってしまうかもしれないということにも不安があります」。

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「どうしてそういうことをしたのか真実が知りたかった」と話す被害者の女性=横須賀市内

いつ誰が巻き込まれてもおかしくない

裁判には被害者参加制度を利用して、参加し、意見陳述もしました。

「相手が米兵なので泣き寝入りしたくないという思いで参加していました。どうしてそういうことをしたのか真実を知りたかった。日本人が巻き込まれるのは残念ですが、米軍基地がある限り、いつ誰が巻き込まれてもおかしくないと思っています」

沖縄県では米兵による少女誘拐暴行事件が発生から半年もの間、県に情報共有されずにいました。神奈川県でも、今年5月に逗子市で米兵による当て逃げ事件があり、9月18日には横須賀市で米兵による車の衝突事故で、日本人が死亡しています。いずれの事件でも米兵は逮捕されていません。

呉東弁護士は「鑑定や証拠保全などの手続きが、日本人が被告である場合とはまったく違った。米兵犯罪の防止・根絶、米兵への日本の刑事手続きの厳格な適用、日米地位協定の改定を強く求めたい」と話しました。

10月18日には横浜地裁で、同じ事件で被害者への補償を求める民事裁判の口頭弁論が開かれます。横浜地裁に迅速かつ公正な判決を求める署名は3,000筆を超えました。原告(被害者)側は、横浜地裁に署名を提出するとともに、刑事訴訟の判決を基に補償を求めていく予定です。