離婚後の親権のあり方などについて検討する法制審議会(法務大臣の諮問機関)の家族法制部会が1月30日、離婚後も父母双方が親権を持つ「共同親権」を可能とする民法改正の要綱案を取りまとめました。2月15日の法制審総会で決定された後、法務大臣に答申され、政府が民法改正案として国会に提出することになります。これまで日本では離婚後は父母の一方が親権を持つ「単独親権」でした。「共同親権」が可能になると、親子関係だけでなく、社会保障や教育、医療のあり方まで大きな変化が予想されます。問題の焦点を、30日の動きとともにまとめました。
「子どもの居所指定」 DVや虐待からの避難が困難に
要綱案によると、夫婦の協議で単独親権か共同親権かを選択できるようになります。協議が合意に至らなかった場合は、家庭裁判所が「子の利益」を踏まえ、共同親権か単独親権かを判断します。いったん合意した親権については、家庭裁判所に変更を申し立てることができます。
親権には子どもの居所指定権が含まれます。このため、子どもを連れてDVや虐待から避難することが難しくなるという指摘が被害者支援団体などから相次ぎました。要綱案はこの点を踏まえ、父や母が子どもの心身に悪影響を及ぼしたり、父母の一方からもう一方に暴力や有害な言動がある恐れや、共同で親権を行うことが困難であるなどの事情があれば、家庭裁判所は単独親権を定めなければならないとしました。
また、養育費の支払いが3割弱にとどまっていることを踏まえ、別居親が必ず払うべき「法定養育費」や、養育費を他の債権より優先して回収できる「先取り特権」についても定めました。子どもと別居親との面会交流について、現在は対象外の祖父母ら親族の申し立ても認めることになりました。
委員3人が異例の「反対」、パブコメは未公開のまま
審議は異例の経過をたどりました。要綱案をまとめた1月30日の部会では委員21人が採決に参加し、うち3人が反対、部会長を含む2人が棄権し、多数決で承認されました。法制審議会は全会一致を慣例としており、複数の反対が出るのは珍しいといいます。また昨年2月に締め切られたパブリックコメントには8000通の意見が寄せられ、法務省は一般の意見では3分の2が共同親権に「反対」「慎重」だったという割合を示しましたが、具体的な意見については開示されないままです。
審議会後、要綱案に反対した委員3人のうち2人が会見を開きました。お茶の水女子大学名誉教授の戒能民江さんと、しんぐるまざあす・ふぉーらむ理事長の赤石千衣子さん。2人は「ドメスティック・バイオレンス(DV)防止法との矛盾が解決されていない」「DV被害を受けた親が子とともに安全に避難する道筋が示されていない」などの不備を指摘しました。
弁護士や司法書士らが反対を表明
審議会の開催前には弁護士約400人が法務省に対して反対を申し入れました。全国青年司法書士会も反対声明を出すなど、実務家を中心に反発が強まっています。共同親権とするかどうか、親権を変更するかどうか、また共同親権下での子どもの保育、教育、医療などについて、夫婦間の紛争が頻発、長期化することが見込まれるからです。
ほかにも、昨年9月には、日本小児科学会や日本産科婦人科学会など医療関係4団体が、法務大臣に子の生命・身体の保護に配慮した制度設計を要望しています。共同親権となった場合、別居親のサインがなければ、手術から予防接種までさまざまな医療が滞ることも予想されています。
離婚後も「父母が共同して親権を行使」
要綱案では「親権」の定義を変更。従来の「未成年の子は親の親権に服する」から、「親権は子の利益のために行使しなければならない」としました。「父母はこの心身の健全な発達を図るため、その子の人格を尊重するとともに、その子の年齢および発達の程度に配慮してその子を養育しなければならない」と定めました。「子の人格の尊重」には十分に子どもの意見を聞くこと、も含まれるといいます。
また、親権の基本的な規律として、「父母が共同して行う」としました。監護、教育に関する日常行為については親権の行使を単独で行うことができ、父母の協議が決裂した場合は、家庭裁判所が父母の求めに応じて単独で行使すると定めることができる、としました。
出生前に離婚したケースや、父親が認知した子についても父母の協議次第で共同親権とすることも可能としました。
「親権者」とは別に、日常の子どもの世話をする「監護者」についてはこれまでは離婚時に父母の一方を指定してきましたが、指定をせずとも離婚ができるように変更しました。
共同親権になった場合、重要事項は父母が話し合って決めますが、子の利益のための「急迫な事情」がある場合は、一方の判断でいいとしました。監護や教育に関する日常の行為についても単独で行えるとしました。
子の「親を拒絶する意思」 受け止めて
DVや虐待があるケースを巡って、要綱案では被害者らが十分に保護されないという懸念の声があります。
審議会の前にはDVを受けて離婚した当事者らが法務省前で「離婚後共同親権から子どもたちを守ろう」というバナーを掲げてスタンディングをしました。
父から母へのDVで離婚後、別居していた父親から長年、自宅前に荷物を置かれたり、はがきを送られたりするなどのストーカー行為を受けていたという女性は「別居親からの居所指定は大変危険です」と訴えました。
「父が鬼籍に入るまで何をされるか分からない恐怖の中で生きてきました。父の暴力性は無自覚で母が入院するまで他の人も感知していませんでした。子の拒絶は、同居親の洗脳と曲解されがちで、悔しい思いをし続けました。子の意思表明も受け止めてください」
当事者や支援団体、弁護士有志でつくる「『離婚後共同親権』から子どもを守る実行委員会」(代表世話人:熊上崇・和光大教授)も、司法記者クラブで会見を行いました。
実行委員会は声明で、共同親権を導入すると、子どもの進学、医療、保育、住む場所の決定に父母の双方の許可が必要になるとして、「一方の親が合意しないと保育園の入園や医療などを受けられず、家裁の判断に委ねることになる」と指摘。子どもは離婚後も長期間にわたって両親の争いの下に置かれ、精神負担は計り知れないなどと、導入後の弊害を訴えました。
裁判所による共同親権の強制は「人間関係の強制」
会見では、東京都立大の木村草太教授(憲法学)のコメントも読み上げられました。「今回の要綱は、裁判所が明確な『子の利益を害する事情』を見つけられない場合は、父母の合意がなくとも共同親権を命じ得る内容です」と断じ、2点の問題点を挙げました。
1 共同親権の合意すらできない父母に親権の共同行使を強制すれば、子の医療や教育、引っ越しなどに関する意思決定を混乱させ、子の利益を害します。
2 「共同決定の強制」は「人間関係の強制」であり、それ自体が国家権力による暴力であり、家庭内暴力の助長です。
会見には、元夫のDVを受けて離婚後、子どもと暮らす当事者女性も参加しました。元夫は養育費の支払いと引き換えに子どもとの面会交流を申し立て、面会は1週間、連日12時間に及ぶこともあるといいます。子どもや付き添う女性の都合は、考慮されていません。「共同親権制度が通れば、元夫から親権変更の訴えをされ、大きな長引く紛争になると思います。家裁が適切な判断を行うとは思えません。共同親権は子どもの福祉に反します。そのことに気づいてください。現行制度でも、その福祉は十分に守られていない実態を知ってください」
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