弁護士ら「取材源の秘匿や関係者の許諾がない」 映画監督「公益性を重視し、映像を使用」 伊藤詩織さんのドキュメンタリーめぐり会見と声明

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伊藤詩織さんが自身の性被害をモチーフに制作したドキュメンタリー映画。その課題とは?

ジャーナリスト伊藤詩織さんが自身の性被害をモチーフに制作・監督を務めた長編ドキュメンタリー映画「Black Box Diaries(BBD)」をめぐり、2月20日、東京都千代田区の日本外国特派員協会(FCCJ)で二つの記者会見が行われる予定でした。

一つは伊藤さんの映画に、映像の許諾や証言者の保護をめぐり、多数の問題点があると指摘する弁護士らの会見。もう一つは、伊藤さんの側が、指摘を受けて修正した映画を上映し、自らの意見を述べる会見。このうち伊藤さん側の会見は、伊藤さんの体調不良により直前にキャンセルされ、伊藤さんから5ページにおよぶ声明が出されました。生活ニュースコモンズでは双方の意見を聞いた上で記事を執筆する予定でしたが、片方は会見、片方は声明と、情報量には大きな差があります。伊藤さんには質疑応答の場もありません。この点で、若干の偏りが生じることをお断りした上で、会見や声明の中身をお伝えします。

午前の会見には、伊藤さんの性被害事件について、加害者を訴えた民事訴訟で代理人を務めた角田由紀子弁護士と西廣陽子弁護士、両弁護士の代理人である佃克彦弁護士、日英バイリンガルのライター、リサーチャーの蓮実里菜氏が出席しました。

人権と倫理の問題がある

冒頭、佃弁護士は会見の主旨について、「BBDに人権と倫理の問題があることを議論したい。私たちは昨年10月に司法記者クラブで会見し、必要な修正をしてほしいと訴えてきた」と説明。一方で、「日本での上映に向けた作品の修正だけを求めているものではありません」と強調しました。

「この映画は海外の57の国と地域で上映され、数多くの映画賞を受賞してきました。米・アカデミー賞にもノミネートされています。海外での評価は、こんなに素晴らしい作品をなぜ日本では上映できないのか、という国内の声につながっています。そこで、今日、私たちはこの映画について見逃され続けている点を指摘したいと思います」

佃克彦弁護士=東京都千代田区のFCCJ 吉永磨美撮影

佃弁護士が挙げた問題点は3点です。

①ジャーナリストとして当然に守るべき取材源の秘匿、公益通報してくれた人の保護が全く守られていない。
②映画について倫理的な問題が指摘された場合、監督には応答する責任があるが、果たされていない。
③ドキュメンタリー作品を作るにあたって、当然に果たされるべき許諾を得る手続きがおろそかにされたことによる苦しみを生じさせている。

問題があるとされた具体的な場面

映画中で問題とされた具体的な場面は

a) ホテルの防犯カメラの映像……加害者が伊藤さんを車から引きずり出し、意識がないように見える伊藤さんを引きずるようにしてホテルの上階に連れて行く様子が映っている。この映像は、民事訴訟の証拠として採用され、そのときに伊藤さん、西廣弁護士は「裁判以外の用途には使用しない」という誓約書を裁判所に提出している。

b) 事件当日に加害者と伊藤さんをホテルまで乗せたタクシー運転手。伊藤さんは駅で降ろしてと主張したが、加害者の男性がホテルに付けるように指示したなどと証言している。この運転手の顔が処理なしに大写しになるが許諾が取れていない。伊藤さんは「連絡が取れなかった」と説明している。

c)捜査官A。伊藤さんに加害者が逮捕されなかった背景などを話す様子などが無断で録音、使用されている。遠景、後ろ姿ではあるが姿も録画されている。捜査の内部情報を提供した捜査官の立場が危うくなる恐れがある。

d)西廣弁護士ら弁護団との協議を伊藤さんが無断で録音し、映画の中で使用。弁護士らがホテルのドアマンの新証言を取り上げるべきという伊藤氏の意向を無視したかのように編集されているが、西廣さんは「実際には伊藤氏の意向に応じて訴訟手続の再開を求めた。誤った内容を公開され、依頼者との間で信頼関係を前提としたやりとりができなくなる」と主張。

ほかにも、伊藤さんが女性ジャーナリストの会で講演した場面で、会の参加者数人がアップで映し出されますが、その何人かは映画への使用許可を求められていませんでした。講演会は非公開で、参加者による録音・録画は禁止されていました。講演者である伊藤さんがカメラクルーを連れてきて自身を撮影することは問題とされていませんでした。

英語圏と日本語圏で異なる説明

この日はライターの蓮実里菜さんにより新たな論点も提示されました。

それは海外の配給会社や映画祭に対して、伊藤さんが正しい説明責任を果たしてきたのかという問題です。

蓮実里菜さん=東京都千代田区 吉永磨美撮影

蓮実さんはこの映画の日本語と英語での語られ方(ナラティブ)の違いについて、伊藤さんの海外でのインタビュー記事を引用しながら説明しました。

伊藤さんの側はなぜ、BBDが日本で公開の予定が立たないのかと聞かれ、昨年10月、英紙ガーディアンにこう答えています。

「映画の内容は法的に問題ないが、配給会社や映画館は上映のリスクを恐れていて、政治的にセンシティブな問題であるためだ」

同じ時期、米国の映画メディアのインタビューには

「日本人は何がダメかはっきり言わないからわからないけど、海外で上映実績ができたら、日本も受け入れる準備ができていると思ってくれると思う」

さらにアメリカでドキュメンタリー新人監督賞を受賞したIDAのインタビューで日本公開の見通しについてきかれ、こう話しました。

「努力を重ねているが、ドアが開けられない」

「日本で問題とされている論点は防犯カメラの映像を使用することによるプライバシーの侵害だが、自分はホテルにお金を払って映像をぼかしてもらっているので、問題はないはず」

蓮実さんは「(英語圏では)日本で何が問題視されているかが正確に説明されていない」と見ます。

お金を払って映像の権利を買ったわけではない

伊藤さんが問われていたのは、映像に映り込んでいる関係者の同意と許諾の問題で、プライバシーの侵害はそのごく一部にすぎません。防犯カメラの映像に関してはプライバシーは問題にされておらず、ホテルの許諾があるかどうかが争点になっています。

この点、「お金を払って映像をぼかしてもらった」とはどういうことかについて、佃弁護士から補足説明がありました。

「裁判所に防犯カメラの映像を証拠として提出するにあたり、プライバシーへの配慮から当事者以外をぼかす措置を取る必要があった。その映像処理の費用を訴訟当事者に求めるというもの。決して伊藤さんが防犯カメラの映像の権利をホテルから買い取ったことを意味するものではない」

伊藤さんは日本語メディアのインタビューでは、ホテル側から映像の許諾を得ていないと認めています。日本語圏と英語圏で異なる説明がなされています。蓮実さんは「グローバルに流通している作品に対する監督の説明が言語によって違うかもしれないという点を提起したい」と話しました。

ホテル側が映像を提供しなくなる可能性も

西廣弁護士は伊藤さんが裁判所の誓約をやぶってホテルの防犯カメラ映像を使用したことについて、「弁護士は信用があるからこそ仕事ができています。信用を失い、私が今後、被害者救済をできなくなる。ホテル側も今後、民事訴訟に映像を提供してくれなくなるかもしれない」と話しました。

西廣陽子弁護士=東京都千代田区 吉永磨美撮影

「映画ができあがったら事前に見せてほしい」という約束も反故にされ、昨年7月の上映会で初めて自身と伊藤さんの電話が録音・録画され、映画で使用されていることを知りました。

「ズタズタな気分にされました」

「幾度も約束は守られませんでした。そして、私は、彼女側から『底知れぬ悪意を感じます』とも非難されています」

一方、西廣弁護士は伊藤さんについて、「様々なことに立ち向かってきたこと、真実を勝ち取ったこと、誹謗中傷にあいながらもこれが繰り返されないように訴訟を続けてきたこと、彼女がひるむことなく勇敢に立ち向かってきたことは事実であり、その行動が多くの人を勇気づけてきたことは間違いなく真実です」と評価しています。その上で、「そのことを映画にしたければ、相手の同意を取り付けることを精力的にすべきです。約束を守り、誰かを傷つけない方法ですることもできたはずです」と苦言を呈しました。

「説明責任を果たすこと、そしてルールやモラルに反していればそれを改め守ること。勇気のいることかもしれませんがそれが『責任をとる』ということだと、私は思います」

上映された上で判断することがあってもいい?

質疑応答ではニューヨークタイムス紙の記者から「この映画はジャーナリズムをめぐる問題点を提起していると思われる。一般市民と議論の場があってもいいのではないか。映画が上映された上で、見た人が判断することがあってもいいのでは?」との問いかけがありました。

西廣弁護士は「法的、倫理的な問題がある映画が上映されること自体が被害を生むと思っている。被害を生むような上映を前提とする議論は間違っていると思う。みなさんからすると、この映画が抱えている倫理的な問題は興味深いかもしれないが、私たちは映画の個々の被害者を守り、約束違反の行為を止めるためにどうしようと思っている。人権侵害をどうやって最小限に止めるかということを考えている」と答えました。

また、当該ホテルの許諾について、佃弁護士は「ホテルの日本の代理人弁護士との協議の詳細は言えないが、やりとりの結果、われわれは『ホテルは承諾をしていない』と認識した。伊藤さんがホテルの日本の代理人弁護士に承諾を求めたメールに対し、『(映画に)使用してはいけない』と返答があったことは確認している」と答えました。

東京新聞は19日、伊藤さん側が、タクシー運転手の映像など一部を削除し、海外で公開された映画の「修正版」と日本での上映に向けた「日本版」を作成した、と報じました。この日、FCCJで日本版が上映され、海外の「修正版」は記者会見参加者にネットで配信される予定でしたが、伊藤さん側の記者会見キャンセルにより、実現しませんでした。

この日本版の作成について、佃弁護士は「われわれの指摘に対応してくれているのかなと一般論としては好意的に受け止めている。しかし、修正版ができたからいい、というものではない。オリジナル版を世界中で上映してきたこと、我々の指摘を配給会社や映画祭事務局に告げずに上映してきたことについて伊藤さんの説明責任は残っている。その点で、限定的な評価になる」と話しました。

伊藤詩織さんの声明文(抜粋)

(C)伊藤詩織/Black Box Diaries製作委員会

伊藤さんは記者会見で発表する予定だった声明を文書にして配布しました。その一部を抜粋します。

・映画を制作することになった経緯について

もしも最初から被害届が受理され、捜査が真っ当にされていたら。もしも警視庁刑事部長が理由なしに(加害者の)逮捕をストップしていなかったら。もしも被害者としてここまで声をあげることの苦しみを知らなかったら。私はこの映画を作っていなかったと思います。

・謝罪と、今後の対応

証拠集めの過程のなかでリスクを冒してまで証言してくださったタクシードライバーさん、ドアマンさんには心から感謝しています。彼らは私にとってヒーローです。

映画には当初、ドアマンの証言を直接聞けた直後に連絡した、西廣弁護士との電話の『ホテルが止めに入るかもしれない』というアドバイスの音声が入っていました。ご本人への確認が抜け落ちたまま使用し、傷つけてしまったこと、心からお詫び申し上げます。

また、映像を使うことへの承諾が抜け落ちてしまった方々に、心よりお詫びします。最新バージョンでは、個人が特定できないようにすべて対処します。今後の海外での上映についても、差し替えなどできる限り対応します。

そして多くの助言をいただいた支援者の方に、心より感謝します。「適切な対応をした上で、映画を公開してほしい」という声は、大事な支えになりました。

・監視カメラの映像使用について

ホテルの防犯カメラは、私の受けた性犯罪を、唯一、視覚的に証明してくれたものです。この映像があったからこそ、警察も動いてくれました。映画への使用について、ホテルからの承諾は得られませんでした。そのため映画では、外装、内装、タクシーの形などを変えて使用しています。

しかし、加害者の山口氏と私の動きは一切変えることはできませんでした。それは事実をねじ曲げる行為だからです。これに対してはさまざまな批判があって当然だと思います。それでも私は、公益性を重視し、この映画で使用することを決めました。

そこに確かに、性加害の経緯が映った映像がある。それをみずに、性被害を否定する誹謗中傷が、社会に飛び交っている。手元にある映像をどうしたらいいのか、何年も悩みました。でも、ブラックボックスにされた性加害の実態を伝えるためには、この映像がどうしても必要だったのです。

・メッセージ

私が願うのは、みなさんにこの映画を見ていただき、議論してほしいということ。この映画は、私にとって日本へのラブレターなのです。

二つのすれ違い

筆者はオンライン上で資料として入手したBBDの未修正版を2月に入ってから視聴しました。その上で、2月20日の記者会見に出席し、伊藤さんの声明文を読み、2つのすれ違いに気づきました。

一つ目は、「上映により被害が生じる」という考え方と、「見てから議論すればいい」という考え方です。確かに映像を見ないまま、憶測で内容を批判することは根拠のない誹謗中傷につながりかねず危険です。しかし、許可なく録画、録音された人の姿がさらされることにより、その周辺にいる観客(同僚、友達、親戚など)が「この人、こんなところに出てる」と気づいてしまうなど、思わぬ波紋を呼んでしまうおそれが強いと思います。映像の拡散力は抜群です。本人が承知してカメラの前に立っている映像以外は、使用に慎重になるべきではないでしょうか?それは、憶測や誹謗中傷に傷ついてきた伊藤さんだからこそ、最も気を遣ってしかるべき点だと、私は思います。

もう一つは「将来の女性たちのために」どうすればいいのか。

西廣弁護士はホテルの映像が許諾なく使われたことにより、ホテル側が裁判証拠として使用することをしぶるようになり、将来の性被害者の証拠の採集の道が閉ざされることを恐れています。一方、伊藤さんはこの映画を「未来の女性たちへのラブレター」と表現しています。性暴力被害者の告発がきちんと受け止められる社会を築く、その一歩として、確かにこの映画は功績を持ちうるでしょう。でも、今、無断で録音・録画された人が「いやだ」と言っているならば、ホテルからの防犯カメラ映像の許諾が取れていないのならば、やはりその点はクリアされなければいけないのではないかと思います。未来は、確かな現在の信頼関係の上にこそ、築くことができるのだと思います。

記者会見には国内外の多数の記者が出席した=東京都千代田区 吉永磨美撮影

ドキュメンタリーめぐり、国内外の文化の差も

日本外国特派員協会での会見では、国内外の文化の差も感じました。私も映画をよく見るひとりですが、海外のドキュメンタリーでは隠し撮りや無断の録音が使われているケースもままあります。裁判所や警察署内のやりとりが、ストレートに出てくる映画もあります。

記者会見での質問でも、「ホテルの映像はお願いして出して貰うものではなく、裁判所が命令して出させるものではないのか?」「公益性の高い映像を使ってはならないという制度の方がおかしい」などの意見が続出しました。

文化や社会制度の違いが、公益性の解釈につながる部分は否定しません。

しかし、蓮実さんが指摘するように、伊藤さんが英語圏での説明において、日本語圏での説明や、事実と異なる理由を述べていることは誠実な態度ではないと思います。どんなに功績がある人でも、どんなに大きな志を抱いている人でも、誠実さを欠く対応は避けなければならないと、自戒を込めて思います。私も自分のミスを小さく見せようとしたこと、その誘惑を排除できなかったことは何度もあります。しかし、ごまかしは必ず破綻します。そして、その毒は必ず本人に回ってくるのです。