神奈川県横須賀市の国道で米海軍横須賀基地所属の米兵が運転する乗用車と日本人青年が運転するバイクが衝突、日本人青年が亡くなった事故の初公判が5月7日、横浜地裁横須賀支部で開かれました。米兵は過失運転致死罪に問われ、求刑は禁固1年6カ月。青年の両親は「息子の命があまりに軽んじられている」と語りました。背景には米軍のなおざりな交通教育や日米地位協定があります。
事件のあらまし 2024年9月18日、横須賀市小川町の国道16号で米海軍横須賀基地所属の米兵ジェイデン・エドウィン・ヤノス氏(22)が運転する乗用車(同僚3人が同乗)が、右折禁止の交差点を右折し、対向車線を直進してきたオートバイと接触。オートバイを運転していた伊藤翼さん(当時22)が亡くなった。横須賀署はヤノス氏を現行犯逮捕せず、後から到着した米海軍憲兵隊に身柄を引き渡した。ヤノス氏は容疑を認めたが、警察の調書には署名をしていない。
(※本文ではヤノス被告としますが、事件の時点では容疑者であったことから、ここでの呼称は氏で統一しました)
全く停止せず、加速して右折
3時間以上に及んだ初公判では、後続車のドライブレコーダーが証拠として採用され、法廷で上映されました。(傍聴席には見えず)。映像などを元に、被害者参加人の呉東正彦弁護士は次のように主張しました。
「右折禁止標識のある場所でのありえない右折禁止違反という過失も極めて重大で悪質である」
「周辺の見通しは十分によく、右折なのだから、いったん道路上に停止して、対向車線を慎重に確認してから進行すべきだったのに、遠くの車両しか確認せず、早く通り過ぎようと思って、全く停止せずにいきなり相当の速度で右折を開始している」
「被害者のバイクのライトを感じてからも、安易に先に通りすぎようとして、かえって加速した。(道路に)擦過痕もないから、衝突してからブレーキをかけたものと思われる」
「被告人車両はそのまま停止せず進行して、やっと右折禁止道路上で停止した」
「被告人は、通報後は救護措置に加われたはずなのに、全く救護措置をしていない」

通行人の証言などから、救護にあたったのは現場を通りかかった医師と、現場近くの信用金庫の職員で、救急車が到着するころ、ようやくヤノス被告の同乗者の一人が救護に加わった、とわかっています。
座学のみで車両操縦許可証を発行
ヤノス被告は2023年に軍艦ブルーリッジの乗組員として日本に入国。日本国内の運転について米軍は座学による講習のみを実施、実技試験はありません。基地の外の日本の公道を走る際も米軍が発行する在日米軍個人車両操縦許可証さえあればよく、国際運転免許証は必要ありません。
さらにこの事件で、米海軍は事故後もヤノス被告の車両操縦許可証を取り消していないことがわかりました。ヤノス被告は検察に対し、事故後少なくとも今年2月まで、交際相手の車を週4回の頻度で運転していたと認めています。ただし法廷では「基地の外では運転していない。最近は運転していない」と証言しました。一方、「基地の外に買い物や外食に出ることはある」と話し、事件事故を起こした米兵は基地から外出させないという禁足令が機能していないことも明らかになりました。
1年半で3件の重大交通事故
横須賀市内では米兵による重大交通事故が続いています。
・2025年3月5日、米兵(44)が運転する乗用車が、横断歩道を渡っていた男性(87)をはね、男性は骨盤や腰の骨を折る重傷。
・2025年4月27日、米兵(32)が運転する乗用車が右折禁止の場所で右折しようとして、対向車線を直進してきたバイクと接触。バイクを運転していた会社員の男性(47)が死亡。
4月28日には、上地克明・横須賀市長が横須賀基地を訪れ、司令官に交通事故の再発防止を申し入れました。
運転講習の充実や免許停止・取り消し求める
呉東弁護士らも5月7日付で再発防止策を米海軍横須賀基地司令官や横須賀警察署長に6点の再発防止策を文書で求めました。
- 乱暴な運転が多発しているが、被害事例が他の米兵に伝達されていない。自動車を運転しない反省の日をつくる。
- 日本とアメリカの交通事情の違いを強調した実技の講習やテストを義務づける。
- 日本の免許更新センターにあるような危険周知ビデオを作成し、年1回程度視聴する講習を義務づける。
- 死亡、重傷事故を起こした後、操縦許可証を停止取り消しさせる運用にする。
- 米軍関係車両にドライブレコーダー搭載を義務づける
- 基地の外での死亡、重傷事故が発生した場合、日米合意に基づいて速やかに日本側に通報し、公務外の場合は現行犯逮捕、公判請求ないし略式請求をするよう求める。
対人無制限の保険に入らず
公判では他に二つの事実が明らかになり、被害者遺族を驚かせました。

1点目は事故を起こした乗用車が加入していた自動車保険が、対人対物無制限ではなく、上限3000万円だったことです。被告弁護人は弁論で「被害者遺族に対しては、被告人運転の車の前所有者が加入していた自動車保険による賠償手続きが行われる予定」としました。この上限額が3000万円。20代の若者の交通死亡事故の賠償金額は遺失利益を考慮すると1億円をくだることはなく、この保険ではまかないきれません。
弁護人は「保険によっても全額の賠償が不可能な場合には、日米地位協定18条に基づき、日米両政府が損害の一部を補填することが可能で、日本人や一般外国人が加害者の場合より被害弁済が実現されやすい」と続けました。
これでは被告は「自ら懐を痛める」という形で責任を取らなくていい、ということになります。それを「被害弁済が実現されやすい」とするのは欺瞞です。
執行猶予なら速やかに帰国
2点目は在日米海軍司令部法務部長が裁判官に提出した事情説明書です。
「米国の方針としては、仮に執行猶予付き有罪判決が言い渡され、それが受入国の法律に基づき確定した場合には、被告人を受入国から米国本土へ移送することを迅速に検討することになっています。再度逮捕されるような事実があった場合、長期の自由刑となる可能性があることから、最も例外的な事案をのぞいて、この措置が適切であると考えています」
米軍、米兵に関する裁判を多く手がけてきた中村晋輔弁護士は、「米兵が日本の裁判で執行猶予付き判決を受けたら、謝罪や弁済が済んでいなくても速やかに米国本土に移送する。こうしたレギュレーション(規則)が書面で明るみに出たのは初めてではないか」と驚いた様子でした。
一生懸命働いたお金で償うとの約束は……
翼さんの父(64)は公判後の記者会見で悔しさを吐露しました。
「執行猶予以上の刑ならそのまま帰国すると聞き、賠償について何も話し合わずに帰国してしまうのかと思った。被告は自分が一生懸命働いたお金で償いたいと言っていたのだけど、どのように返すつもりなのか、わからなかった。被告は葬儀に来て、私にはsorryと言ったが、妻や娘には一言もなかった。心からの謝罪はなく、習った通りにお焼香をして帰って行った。手続き上謝罪して米国に帰ってしまえば、あとは異国の話で終わりにしようという考えなのか」

在日米兵による交通事故は加害者の身柄が拘束されず、不起訴になることが多いのが実情です。
日本の裁判で実刑判決を受けても、刑が全うされないこともあります。
2021年5月、横須賀基地所属の米海軍大尉が運転する乗用車が静岡県富士宮市の飲食店の駐車場に突っ込み、2人が死亡、1人が重傷を負いました。この大尉は静岡地裁沼津支部で禁固3年(求刑/禁固4年6カ月)の判決を受け日本の刑務所に収監されていましたが、2023年12月に米国に移送され、24年1月には仮釈放となっています。
今回、検察官の論告は「事実関係の証明は十分」「過失の程度が大きい」「結果が重大である」「被告人は再犯の可能性が高い」と理由を列挙した上で、禁固1年6カ月を求刑しました。呉東弁護士は「我々は3年以上の求刑を求めてきた。1年6カ月では軽すぎる」と話しました。日本人が起こした事故では、加療8カ月のけがを負わせた過失運転致傷のケースで禁固2年の判決が出たこともあるといいます。
息子の死を無駄にしないで
「翼さんに裁判の結果をなんと報告しますか?」と問われ、翼さんの母(56)は言葉を詰まらせながら、答えました。
「なんて報告していいか……。唖然としてしまって、わからない。がんばったけど、このぐらいにしか思われていないのかなって。息子の命や私たちの気持ちを軽く扱われているような気がして、ただただ翼には、謝ることしかできない」

翼さんの母は法廷で意見陳述し、裁判官に訴えました。
「息子には何の落ち度もなく被告人の重大な過失による事故と認めてください。被告人にしっかり反省する期間、償う機会を与えてください。被告人には未来があります。これからがいくらでもあります。被告人の更正、これからのことばかりが優先されることなく、息子の命の重さを裁判の場でもきちんと受け止めていただきたいです。
被告人が米軍によって守られ、反省、償いの状態もわからず、裁判がただの手続きで終わってしまい、そのままただ帰国させてしまうことがないように。
このような米軍関係者による事故は逮捕勾留されることもなく免許証もそのままで何事もなかったように帰国させて済んでしまうと思われないように、お願いします。
その後も事故は増え、悲しい事故もまた起きています。
息子の死を無駄にしないでください。
厳罰をお願いします」