博士課程に進学する大学院生を経済的に支援する国の制度「次世代研究者挑戦的研究プログラム」(通称SPRING)の対象を日本人に限定しようとする文部科学省の方針に抗議し、大学院生ら70人が7月25日、同省前で緊急の抗議行動を行いました。SPRINGについては、先の参院選でも「中国人留学生が優遇されている」と街頭演説で話す候補者がいたなど、排外主義のターゲットとされています。
次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)
「わが国の科学技術・イノベーション」に貢献する人材を育成することを目的とし、2021年度に開始。博士課程に進学する大学院生が対象で、「自由で挑戦的・融合的な研究」を支援するために年間最大20万円、「学生が研究に専念できる環境を継続的・安定的に整備」するために生活費として年間最大240万円、その他キャリア開発費、大学事務費等合わせて1人あたり年間最大290万円を支給する。
財源は大学ファンドの運用益で、公募は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が担う。対象者は約90の大学で審査・選考される。募集要項に国籍に基づく制限はなく、選考にあたりダイバーシティ、SDGsへの配慮を重視するとある。文科省によると2024年度の受給者10,564人のうち、留学生は4,125人。国会では今年に入り、「国益のため、対象を日本人にしぼるべきだ」などの意見が続出。同省は6月26日、留学生の生活費分を「支給しない」との変更案を有識者会議で示した。7月30日の委員会で了承されれば、具体的な制度変更の作業に入る予定。
集会を主催したのはJST-SPRING国籍要件反対アクションの大学院生有志ら。お茶の水女子大学博士後期課程の大室恵美さんが企画し、同大博士後期課程の唐井梓さん、東京大学学部生の金澤伶さん、一橋大学有志などの院生・学生たちが共にアクションを行いました。唐井さん、大室さんが「SPRING for everyone!」「文科省、差別するな」「国籍要件、撤回!」とコールし、文科省前の石段に座りプラカードを掲げた院生、学生がレスポンスする中で始まりました。
主催者は事前にグーグルフォームでメッセージを募りました。集会の場に行けない、顔出しをしたくない、名前を伏せてでも声を上げたいという当事者の声を、金澤さんとお茶の水女子大学博士前期課程の田村莉子さんが代読していきました。
民間の奨学金からはすでに排除
〇私は日本で生まれ育ち、「留学生ではない外国人学生」として東京大学に入学しました。20歳のとき、家族で1人だけ日本国籍を取得し、それまでの国籍を放棄しました。「留学生ではない外国人学生」として、これまで多くの困難を経験してきましたし、同じような立場にある仲間たちの苦労もたくさん見聞きしてきました。すでに民間の奨学金の中には「日本在住・日本国籍限定」のものが少なくありません。一方で、「日本在住・外国籍限定」の奨学金は当然存在しないですし、日本で育ったことにより「国籍を持つ国」の奨学金もまず受けられません。「留学生ではない外国籍の学生」は、すでにさまざまな民間の奨学金の枠組みから排除されており、経済的に非常に不利な立場に置かれています。公共の経済的支援として、JST-SPRINGはそのような排除に加担すべきではありません。
納税義務を担う世帯の一員として日本で育ってきたことは同じなので、「留学生ではない学生」を国籍で区別することは、明らかに国籍による差別です。

奨学金制度の国籍差別はレイシズム
〇現在ドイツに修士留学している者です。ドイツは大学・大学院学費全て無料、もちろん国籍で差別することは違法なので、外国人も無料です。ドイツやフランス、EU圏内のあらゆる国では国籍に関わらず、博物館無料など学生の恩恵が受けられる環境で伸び伸びと勉強することができます。奨学金制度もそうです。国籍で差別している制度は見たことがありません。なぜならそれはレイシズムだからです。
私はヨーロッパ中心主義的な理想を押し付けたいわけではありませんが、最低限、国家の制度は人種差別にもっと敏感になるべきです。レイシズムは国際的に見て時代遅れです。日本のアカデミアがもっと誰にでも開かれた場所になりますように。
選考に関わる大学教員の立場から
〇SPRINGの選考に関わっている大学教員です。凋落の一途を辿る日本の研究力低下。それを止めるのに国際化は必須です。外国から日本に研究しにきてくれる学生さんは、国際化の要です。彼らが日本で育って、諸外国の研究との架け橋になってくれるんです。その方々への予算を切るなんて、日本の研究力を低下させたいようにしか見えません。外国からの研究者を呼ぶのにお金かけるのもいいけど、こうしてわざわざ日本に来てくれた若手を育てる方がずっとコスパがいいです。
私たちが選んだSPRINGの候補者は、国籍に関わらず、日本の研究の原動力となる将来性に溢れた研究者、仲間です。国籍で差別しないでください。
国家が煽動する排他主義
〇「”日本人”(とやら)にSPRINGの受給者を限定する」は、その実明らかに特定地域/国家の出身者を名指しにした、紛れも無い差別的な政策です。私は、このような排他主義を非難します。
今回の方針に対しては、特定の地域/出自に縛られない学問の国際性や多国籍的な学びの豊かさを唱え、対抗しようとする向きがあります。大変重要な指摘だと思います。しかし私は今回の方針が、国家が煽動する排他主義である事を、真正面から指摘すべきだと思わずにいられません。同時に、日本に人種的マジョリティとして生まれた私は、自身が国籍による排除を受けない、学ぶ権利を制限されない特権を持っていることを思い起こすべきだとも思っています。
今回の排除を含め、生きる権利や学ぶ権利を奪われている人がいる目前で、誰が”豊かな学び”とやらに貢献してやろうと思うでしょうか。何が学問を司る省庁だ、思い上がるのもいい加減にしろ。

差別や分断で学生は喜ばない
〇東京芸術大学大学院博士課程の近藤銀河です。今、美術、芸術系の大学にはたくさんの留学生がいます。中には出身国での差別や不自由から逃れるようにやってきた人も少なくありません。そうした人々に、また新しい差別を課してしまう。ただでさえ、今外国籍の人々への差別が吹き荒れています。これ以上、新しい差別を作る必要があるのでしょうか?
留学というのはとても難しく苦しいことです。物価や通貨の差、言葉の壁、生活習慣の違い、偏見、差別、暮らしの困難……。日本から出ていく学生もたくさんの困難に遭遇しています。そうしたことをよく知っているからこそ、学生も教員も留学生とともにあるために様々な工夫や努力を凝らして差別のない大学を運営しようとしています。政府も積極的に留学への支援を行ってきました。今回のSPRINGS改悪はそれに真っ向から矛盾するものです。
差別や分断で学生は喜びません。むしろ苦しむのです。もちろん、そこで一番苦しくなるのは留学生の方たちです。だからこそ、こうして集まり、努力をして押し付けられた差別をなんとか埋めようとしています。もし大学院にいる人のために政治がなにかするのであれば、それは排外主義に立ち向かうことのはずです。こんなふうに、差別を押し付けて排外主義を煽り、排外主義に乗っかることではない。
本当におかしいのは留学生の存在ではありません。学費値上げ、学術会議の解体といった大学環境の改悪です。それは国籍によって学生を区切ることで解決されることでは断じてないのです。

博士課程に労働者性を認め、対価を
〇博士課程は、もはや「勉強の延長」ではありません。本来は、専門性の高い研究労働を担うステージであり、それに見合う対価を受けるべき段階です。ヨーロッパでは博士課程は給与付きの「職」として制度化されており、中国でも国家・大学・研究室レベルでの研究補助金が支給されるのが一般的(国籍は限定しない)です。どちらも博士課程の学生を労働の担い手と捉え、その研究活動に報酬を与える形になっています。これは、博士課程がもはや「純粋な学習段階ではない」ことを前提にした制度設計です。
私自身は学内進学で博士課程に進み、修士課程で修得した単位が認定されたため、博士で必要な授業はわずか1科目です。残りの時間はすべて研究に費やしています。
修士課程在籍中には、第一著者として国際会議でBest Paper Awardを受賞し、その成果は「日本の大学の研究」として世界に評価されました。国際学会では、日本の大学に所属する留学生が表彰される場面も少なくなく、それは「日本の研究力」として認識され、称賛されます。
そうした実績や貢献があったとしても、「外国人だから」という理由だけで支援の対象外とされるのは、明らかに不当です。世界を見渡しても、博士課程の研究者に対してここまで一律に「無償で働け」と求める制度改悪は、前例がありません。
欧米諸国も中国も、博士学生の研究を正当に評価し、それに見合う経済的支えを制度的に整えています。日本だけがこの流れに逆行することは、研究環境の悪化と国際的信頼の低下を招く恐れがあります。
国籍にかかわらず、真剣に研究に取り組むすべての博士課程学生が、安定した生活の中で安心して研究に集中できる環境を整えることこそが、日本の学術の未来を支える土台になるはずです。どうか、その歩みを止めないでください。
SPRINGが利用できなければ進学できない
〇博士課程に在籍しています。博士課程の研究を、わずか3年間という限られた期間で完成させるには、非常に高い集中力と十分な時間的余裕が求められます。
しかし、SPRINGのような規模の奨学金や支援制度が他に存在しないため、この制度が利用できなければ、生活費や学習に必要な費用のすべてを自分で賄わなければならなくなり、その負担は非常に大きなものになります。現在日本に留学している後輩たちの中には、こうした状況のなかで、博士後期課程への進学を真剣に悩まざるを得ない人もいます。
これまで日本で築いてきた生活への適応や人とのつながり、そして日本語で蓄積してきた専門知識までもが、このまま無駄になってしまうのではないかという不安を、かれらは抱えています。
非日本国籍の学生を排除することは、日本国籍の学生のためにもなりません。多様なバックグラウンドを持つ人々が集まり、知見を持ち寄り、交流することでこそ、真のイノベーションが生まれるのです。
どうか、この事実に目を向けてください!
当事者の声を全く聞いていない
続いて、一橋大学社会学研究科博士課程で冷戦史を研究する梶原渉さん(39)が、スピーチに立ちました。

私は、今回のJST-SPRINGに対する国籍要件付与について、関連する政府文書を夜なべして読み直しました。これまでの大学改革が持っていた問題に加え、政治による学術・研究への無理解や介入があると言わなければなりません。
第一に、そもそも、当事者である博士課程院生の声をまったく聞いていないではありませんか。
文科省ウェブサイトにあがっているヒアリングの相手は、大学執行部や研究機関、企業関係者のみです。来年度からSPRINGに応募しようと考えて日本への留学を計画している方はどうなるのですか? 日本にいる外国籍の院生はどうなるのですか?
第二に、これまで政府・文科省自身が推し進めてきた学術研究のグローバル化はいったいどうなったのでしょうか? 日本経団連や経済同友会がこの間出してきた学術・科学技術政策提言にもざっと目を通しましたが、留学生への支援につき今回のような差別的な措置をとるよう求めたものは皆無でした。あんたら誰の言うことを聞いているの?
第三に、最近の研究室やゼミが大学院生なくして回らないことへの認識、そうした留学生が経済的な困難を強いられていることへの認識が足りないのではありませんか。私のいる大学院では、院全体の3割近くが留学生です。研究科によってはゼミ生のほとんどが留学生というところもあります。
中国を「悪魔化」してはならない
文科省での審議をたどっていくと、留学生に生活費を支給しないという方針は、6月26日の第4回ワーキンググループ(WG)で具体化されたと思われます。その前の6月5日の第3回WGとの間にあったのは、6月13日の「経済財政諮問会議・新しい資本主義実現会議合同会議」の閣議決定です。文科省に影響を与えられる組織はここしかありません。
日本の国際競争力を復活させるための人材育成に大学・学術を動員し、AIや振興産業・技術で中国などとの競争に打ち勝つという政策意図が明白です。
今年3、4月に自民党や維新の会の国会議員が中国からの留学生増加を「悪魔化」する国会質問を行いました。今回のSPRING改悪は、新自由主義的大学改革と権力政治、パワーポリティクスとレイシズム、これらへの屈服にほかなりません。
政府・文科省、そして政治家また、残念ながら一部メディアにも言いたいことがあります。
まず、特定の国、今回の場合は中国を「悪魔化」してはなりません。
私の専門である冷戦史の見地からしてもそうです。かつてソ連を「悪魔化」してもその脅威は消えませんでした。ソ連を「悪魔化」して起こったのは、レッド・パージや赤狩りといった国内における人権侵害や、際限ない軍拡競争でした。こうした連鎖を再び繰り返してはなりません。留学生は出身国のエージェントでは断じてありません。
さらに、政府の対中政策・対中認識を前提にしても今回の措置はおかしいです。私自身は、中国を主たる仮想敵国とした現在の防衛・安全保障政策には根本的な疑義を持っています。しかし、たとえ中国が脅威だったとしても、留学生はむしろ迎え入れた方がいいに決まっています。
言論や表現や学問の自由が保障されていない中ではできない研究をしに、中国の留学生は日本に来ています。
日本で、自由や民主主義を体験してもらった方が望ましいのではありませんか。アメリカのトランプ政権が留学生受け入れを制限する中で、日本も留学生にやさしくない国とみなされることの国際的ダメージは明白ではありませんか。

ミックスルーツの当事者として強く強く反対
リレートークの最後に、複数の国のミックスルーツを持つ碧詞(あおし/ピョクサ)さん(30)がスピーチを行いました。専門は国際貢献。東大の修士課程を修了後、会社員として働きながら博士課程に進むかどうか迷っている、といいます。
何か違和感をずっと抱きながら、日本に生まれ日本で育ちました。大学院では多くの諸外国から来た留学生や旧植民地をルーツにもつ学友たちと学び合い、互いの研究や困難を支え合ってきました。
言語や文化の壁を超え、経済的に不安定な中でこの国や周辺諸外国、国際的にも知的貢献をしようとする仲間たちの努力を、私は肌でひしひしと感じてきました。SPRING制度に導入されようとしている国籍要件は、こうした仲間たちを、そして日本で生まれ育ちながらも外国籍である旧植民地出身者・永住者──在日コリアンや中国籍、華僑の人々──を確実に対象にしており、静かに、しかし確実に排除します。
「税金の使い道は日本国籍に限る」という説明は一見もっともらしく聞こえますが、実際には、制度が国籍に基づいて差別を固定化していることに多くの人が気づいていません。非日本国籍者は、たとえ参政権が認められていなくても、納税者として税金の使われ方について、十分意見することができるはずです。
国際的には、このような国籍要件は「差別」とみなされます。国連人種差別撤廃委員会は、「差別は、”目的として行われたもの”だけでなく、結果として”差別を引き起こしたもの”についても判断される」と強調しています。つまり「意図していなかった」としても、結果として特定の集団を排除しているのであれば、それは国際的には差別なのです。
とりわけ私が問題視するのは、この改訂案を主導したのが、かつてマイノリティ支援に関わっていた若手自民党議員であることです。決定過程では、昨年の永住許可取消し法案可決の構造と同様に、当事者への適切なヒアリングもなく、反対の声すら上がらなかった。この政治の構造とその倫理観・自浄作用の無さに、私は深く落胆と怒りを感じます。日本国籍がないというだけで、自分のいないところで自分の生活やキャリアについて決められてしまうという政治的な排除が罷り通っています。
日本学術会議の法人化による独立性の喪失、教育現場への政治介入の加速、そして軍拡予算の拡大──これらは全部バラバラの事象ではなく、知と社会の自律性、そして平和を脅す一本の線です。文科省は、政府の方針を遂行するだけの機関ではありません。戦争責任を教育として次世代に伝える役割と責任、さらには多様な意見を持つ次世代を育成する役割を担っているはずです。今、この制度によって排除されるのは、私の隣にいた友人や同僚であり、次世代、これからの日本をすでに支えている人々です。排除によって守られる「国益」など、本当は存在し得ないのです。むしろこうした国籍、出自による排除こそが、日本や国際社会の知的基盤を形成する豊かな多様性や平和といったお金では醸成できない倫理をさらに弱体化させるのです。私はSPRING制度の国籍要件に、当事者不在のまま意思決定される政治の構造に、当事者として、研究者を志す一人として、強く強く反対します。
朝鮮学校の高校無償化除外と同じ構図
集会には「朝鮮学校への無償化適用を求める金曜行動」のメンバーも参加しました。朝鮮学校の高校無償化除外とSPRINGの国籍要件は、同じ「排除」の構造にあるといいます。
朴金優綺(ぱくきむ・うぎ)さんのスピーチです。

日本政府は未だに朝鮮学校を正規の学校と認めていません。国からの補助がほとんどなく、地方自治体からの補助金に頼らなければ運営できない状況です。しかし、その地方自治体からの補助金も、日本政府による『高校無償化』除外が背中を押す形で、都道府県レベルだけでも半数以上の自治体が補助金を停止し続けています。こうした歴史から考えるならば、今回のSPRING制度に関する文科省による排外的な動きは、突如として降って湧いた問題ではなく、日本政府による在日朝鮮人に対する継続的な植民地主義に基づく差別と迫害が、この80年もの間、一切克服されず、温存され続けているために、その差別の対象が外国人・外国ルーツをもつ人々全体へと拡がってしまっていることの一つの表れといえるのではないでしょうか。
その意味で、日本政府による朝鮮学校差別問題とSPRING国籍要件問題はその根っこが繋がっている問題であり、反対の声を同時に上げていくべき問題だと考えています。
「高校無償化」制度はその支援をより一層拡充する案が国会内で議論されており、その対象に朝鮮高校の生徒たちも何があっても含めるよう、私を含め朝鮮学校差別に反対する人たちは今後より一層声を上げていく所存です。ぜひみなさまも、ともに声を上げていただければ幸いです。私は、SPRING国籍要件に強く反対します。
7月30日14時、文科省前で抗議行動
JST-SPRING国籍要件反対アクションは、今後もスタンディングやデモなどで意思表示を続けるとともに、広く署名や当事者アンケートも実施し、結果を公表していく方針です。
アクションの有志と「国籍に基づく不当な措置の撤回を求める駒場学生の会」は、文科省が方針を決定するとしている7月30日に合わせ、14時から文科省前で抗議行動を行い、同省に署名の提出を予定しています。
【訂正】集会の企画者として、お茶の水女子大学博士後期課程の大室恵美さんのお名前を追記しました。(7月28日10:00更新)