生活保護法改正から10年 「過度な水際作戦」懸念浮き彫り 桐生市の保護費不適切支給問題

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生活保護の「家計指導」って?

 桐生市が一部の生活保護受給者に保護費を1日1000円ずつ手渡し、全額支給しなかったことなどが明らかになった生活保護費の不適切支給問題。受給者に公共職業安定所(ハローワーク)への通所や家計簿の提出を求めることで、「支援」を名目に分割支給を行なったり、保護費の打ち切りを行なった可能性があることが、有識者らでつくる全国調査団の調べで分かった。受給者の就労や家計管理の支援は、2013年度に改正された生活保護法、合わせて成立した生活困窮者自立支援法が促した仕組みだ。改正当時には「違法な水際作戦につながる」と強い懸念を示す声が上がった経過があり、桐生市の問題を受けて運用の課題があらためて浮き彫りとなった。

就労指導や家計簿提出 支援とかけ離れた運用 

 2013年度に改正された生活保護法は、不適正受給を防ぎ、増加を続ける受給世帯数を抑えることを目的に各自治体の調査権限を拡大した。ハローワーク担当者が署名または捺印をする確認欄を設けた「求職活動状況・収入申告書」を受給者に提出させるよう全国の自治体に通知。改正と合わせて制定された生活困窮者自立支援法は、福祉事務所が本人の自立支援に必要だと判断した対象者については、受給者の状況に応じてレシートや領収書の保存や家計簿の作成を求めることを促した。改正案を巡っては、13年5月、日本弁護士連合会が「違法な水際作戦を合法化する」「保護申請に対する一層の委縮的効果を及ぼす」との声明を発表していた。

厚労省が自治体向けに通知した求職活動状況・収入申告書の様式例

 これまでの市や有識者らでつくる全国調査団による調べでは、市福祉課が受給者に対しハローワークに毎日通所するよう指導し、「求職活動状況・収入申告書」を提出させた上で保護費を日割り支給していたことが発覚。さらに、家計簿の提出を指導した件数は、2019年度に17件、20年度に11件、21年度に7件、22年度に15件。このうち計4件が受給を辞退していた。18年度の市の事業報告では、「家計管理のできない対象者」に家計簿を付ける指導やNPO法人など金銭管理団体の利用を進めたとし、17世帯の保護を廃止していた。

自販機で水購入 「レシートがない」と責められ

 桐生市の生活保護利用者から家計簿指導の実際を聞き取った伊勢崎市議の長谷田公子さんによると、市はレシートを1日ごとにすべて紙に貼って提出させ、通路に面した窓口で、職員が1品ずつ値段をあらため、口頭で指導したという。

「これは100均でも買えるでしょ」

「安く買おうとする努力が足りない」

 服薬のために外出先の自販機で100円の水を購入した人が「領収書のない買い物をしないで」と指導された例も複数あったという。

 長谷田さんは「家計指導で心が折れて、もう生活保護いいです、辞退します、となってしまう。何年も前の指導がトラウマになっている人もいます」と話す。

 生活困窮者の聞き取り調査などを行なってきた反貧困ネットワークぐんま事務局(前橋市)によると、未支給となって保護費について受給者が問い合わせたところ、窓口で市職員から「あなたの葬式代をこちらが貯金してあげている」と言われ、支給されなかったとの声が寄せられた。本人が希望していないのに、保護費管理をNPO法人に委託されてしまい、「レシートや領収書を見せろと言われ、何に使ったか指導される。生活に必要な物を買いたいと言っても認められない」と訴える人もいたという。

 調査を手掛けた花園大(京都市)の吉永純教授=社会福祉学=は「本来は生計を意識してもらうことで生活の立て直しにつなげる支援が、受給者の意思に反する辞退を迫ったりや保護打ち切りに利用したりされたことが疑われる」と指摘。申請件数に占める取り下げの割合は、全国では4.6%であるのに対し、桐生市では取下率は9.1%(2019年度)と高い割合に上っている。

人権や生活守る前提 「財政適正化」の犠牲に

 市の生活保護費は12年度は19億4340万円だったが、22年度は8億7312万円。12年度は902世帯(月平均)だった生活保護の被保護世帯数は、22年度は490世帯まで大幅に減少している。5日、全国調査団から検証や改善を求める要望書を受け取った桐生市の小山貴之・福祉課長は、被保護世帯数の大幅減については「市が設置した第三者委員会での検証されることになるが、(人口の)自然減によると考えており、減らそうとしたことはない」との認識を示した。

 また問題が発覚する以前に保護費支給のやり方に問題があったとの認識は「なかった」とし、生活保護行政に違法性があったかどうかについては「言及できない」と述べた。第三者調査委員会などで調査中であることが言えない理由だという。一方で「不適切な対応があったことについて深く反省している」と話した。

桐生市の生活保護をめぐるシンポジウム・市民集会で報告した尾藤広喜弁護士(右)=群馬県桐生市

 生活保護問題対策全国会議代表幹事を務める尾藤広喜弁護士は「改正法であっても困窮者の自主性を重んじ、人権や最低限の生活を守る制度の前提に変わりはない」と強調。尾藤弁護士は、これまで北九州市、札幌市、神奈川県小田原市などの自治体の生活保護行政を調査し、改善を促してきた。その経験を踏まえ、「厚労省が財政の適正化を進める流れの中で、支援を装いながら困窮者に過度な指導を行う自治体は全国にある。しかし、桐生市のように明らかに違法な手法まで暴走したケースは聞いた限り初めてだ」と驚きを隠さなかった。