精神障害への差別ではないか 「初診日」に振り回された数カ月

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秋田市の生活保護の問題。当事者を振り回している「初診日」って何なの?

 秋田市で起きた生活保護費(障害者加算)の返還問題は一進一退の状況です。(最新のニュースはこちら
 ミスに対応する中で、新たな間違いも発覚しました。
 取材して見えてきたのは、精神障害への差別ともいえる国のルールです。障害者加算の問題を取材していると毎回のようにこのルールに突き当たります。

止めてはいけない障害者加算を止めていた

 秋田市の新たなミスについて、詳しくはこちらの記事に書きました。
 精神障害者保健福祉手帳2級をもち、生活保護を利用しているAさんの障害者加算(生活費のおよそ2割)を秋田市が5カ月にわたり誤って止めていたことが判明した―という内容の記事でした。

これまでの経緯 秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の1、2級をもつ世帯に障害者加算を毎月過大に支給していた(障害者加算は当事者により異なり、月1万6620円~2万4940円)。2023年5月に会計検査院の指摘でミスが発覚。市が23年11月27日に発表した内容によると、該当世帯は記録のある過去5年だけで117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円に上る。秋田市は誤って障害者加算を支給していた120人に対し、生活保護法63条(費用返還義務)を根拠に過去5年分を返すよう求めている。

 Aさんは、秋田市から過去の障害者加算を返すよう求められた120人のうちの一人でした。
 障害者加算を止められたのは2023年12月。しかし翌24年2月、Aさんが本来は障害者加算を受けられる人だと分かりました。秋田市は、止めてはならない人の障害者加算を止めていたのです。

ミスがわかったきっかけは読者の声

 ちなみにAさんのミスが分かったきっかけはこちらの記事に寄せられた読者の声でした。

 記事では「Aさんが年金保険料を未納にしていた時期があり、年金を受けることができない」(年金事務所から「保険料の未納があるため、年金の納付要件を満たしていません」という回答がきた)と書きました。

Aさんが2024年2月に年金事務所から受け取った通知。「障害年金の納付要件を満たしていません」と記されています

 この部分を読んだ読者から「障害年金の納付要件を満たしていないということは、Aさんは障害者加算をもらえるはず」「秋田市は誤って障害者加算を止めたのではないか」という声が寄せられました。

 国のルール(1995年の厚生省課長通知)を確認すると、確かに「年金の納付要件を満たしていない人(障害年金の受給権がない人)」は、精神障害者手帳が1、2級であれば障害者加算を受けられることになっていました。

 ではなぜ、秋田市は「Aさんは障害者加算を受けられない」と判断したのでしょうか。
 その原因はAさんの「初診日」にありました。

原因は「初診日」の記録の誤り

 精神障害者手帳をもつ生活保護利用者が「障害者加算」を受けられるかどうかは、その人が「初診日」の時点で年金保険料を納めていたかどうかに左右されます。https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/shougainenkin/jukyu-yoken/20150401-01.html

 年金保険料を納めていたかどうか、ではなく「初診日」のあたりに納めていたかどうかが重要になるのです。

 Aさんの初診日は「2014年3月」です。
 しかし秋田市の内部資料(秋田市と主治医との間でやりとりされる文書)に、Aさんの初診日が「2018年」と誤って記録されていました。これがミスの原因でした。

 初診日が2014年3月の場合、Aさんは障害者加算を受けられます(この時期、Aさんは年金保険料が未納だったため)。
 一方、初診日が2018年の場合、Aさんは障害者加算を受けられません(この時期、Aさんは年金保険料を納めていたため)。

 秋田市は「2018年」が初診日だという前提に立って、Aさんが「納付要件を満たしている」ことなどから2023年12月に障害者加算を止めました

 一方、年金事務所は「2014年3月」が初診日だという前提に立って、Aさんに「納付要件を満たしていない」と2024年2月に回答しました。(※「2014年3月」という初診日はAさん自身が年金事務所に伝えたものです)

 つまり初診日というスタートラインが違っていたため、秋田市の対応と年金事務所の回答に、食い違いが生じたのです。

 Aさんが障害者加算を受けられるかどうか、初診日が明暗を分けるという状況でした。

ややこしい「初診日」の意味

 Aさんの初診日は私たちが調べた結果、2014年3月でした(根拠は後ほど述べます)。
 では「2018年」というのは、どこから出てきたのでしょうか。

 2018年は、Aさんが現在通院しているXというクリニックを初めて受診した年です。このXクリニックでAさんは「うつ病」の診断を受け、のちに精神障害者手帳を取得しました。
 しかし2018年(Xクリニック)は、Aさんの初診日ではありません

 ややこしいのですが「初診日」というのは「ある病院を最初に受診した日」や「病名を診断された日」のことではありません。「障害の原因となった病気やけがに関連した症状で、最初に医師の診療を受けた日」が初診日となります。

 Aさんは現在通うXクリニックにかかる前の2014年3月記憶障害で別のY病院を受診しています。
 「うつ病の診断を受ける前に、関連する症状(記憶障害)で最初に医師の診療を受けた日」つまり「Y病院、2014年3月」がAさんの初診日となります。

手がかりになった「お薬手帳」

 秋田市は、市が記録していた「2018年」というAさんの初診日が誤りであるという事実の確認に、手間取っていました。2014年3月に受診したY病院にAさんのカルテが残っていれば初診日をスムーズに証明できたのですが、2023年7月の大雨被害の影響でカルテが失われていたとのことでした。

 そんななか、私たちにとって拠り所になったのはAさんが保管していた10年前の「お薬手帳」です。

Aさんが保管していた初診日のお薬手帳。抗うつ薬の処方が記されています

 2014年3月に記憶障害でY病院を受診した際、Aさんが処方されたのは「ジェイゾロフト」「レクサプロ」という抗うつ薬でした。この処方記録が、初診日は「Y病院、2014年3月」であると裏付けてくれました。

なぜか「初診日」が3つも…

 秋田市はその後、Aさんが障害者手帳を取得した際に保健所に提出した「診断書」を確認。その初診年月日には「2015年頃」「Y病院(Aさんが記憶障害で受診した病院)に通院」という記載がありました。

 不思議なことに、Aさんには「3つの初診日」が生じたことになります。

 初診日として正しいのは、現在通院するXリニックではなく、その前に記憶障害で受診したY病院で間違いありません。ではなぜ、秋田市が根拠としてきた内部文書の初診日は「Xクリニック、2018年」という誤ったものになっていたのでしょうか?

医師への説明があいまいだったのでは?

 実は、異なる初診日を記したのは同一の主治医(Xクリニック)です。

 ここから考えられるのは、秋田市が加算の根拠にしていた内部文書を主治医とやり取りする際、主治医に「初診日」の意味合いをきちんと説明しなかったのではないか、ということです。

 主治医が「自分のクリニックをAさんが最初に受診した日」を記入すればよいのだと誤解してしまうような説明を、秋田市側が当時してしまった可能性があります。

 それを物語るのが、こちらの秋田県の「診断書」の書式です。

 秋田県の診断書の様式には、赤線のように「初診年月日」を記す欄が2つあります。1つは「主たる精神障害の初診年月日」、もう1つは「診断書作成医療機関の初診年月日」です。

 「主たる精神障害の初診年月日」は、いわゆる「初診日」のこと。AさんのケースでいえばY病院を初めて受診した「2014年3月」です。

 一方「診断書作成医療機関の初診年月日」というのは「この診断書を書いている医療機関を最初に受診した日」という意味です。Aさんのケースでいえば、Xクリニックを初めて受診した「2018年」のことです。

 秋田県(都道府県)の診断書はなぜ、わざわざ2つの「初診年月日」を記入する様式なのか。そしてなぜ、それぞれの「初診年月日」の意味まで丁寧に記しているのか。

 それは「初診日」が間違われやすいものだからではないでしょうか。

 この書式のように、診断書を書く主治医との間に誤解や行き違いが生じないように説明をしていたら、Aさんの初診日の根拠が「2018年」となることはなかったのではないでしょうか。(Aさんが今年2月と3月、自分の初診日はいつであるか主治医に確認した際、主治医は2度とも「Aさんの初診日はY病院」と伝えています。主治医が初診日の意味合いを誤解せずにY病院だと認識していることが分かります)

初診日に振り回された数カ月

 「Aさんを障害者加算のつく世帯とみなします」
 Aさんのもとに秋田市から連絡があったのは(つまり障害者加算を止めたことが誤りであると認められたのは)、4月4日のことでした。Aさんの障害者加算は復活することになり、止められていた5カ月分の障害者加算も追加で支給されることになりました。

 最終的に、秋田市が加算を復活させる根拠にした初診日は、障害者手帳を取得した際の診断書にあった「2015年頃、Y病院」でした。2015年当時、Aさんは年金が未納になっていました。つまり障害者加算を受けることができます。

 Aさんの障害者加算は月1万6620円。1カ月の保護費(家賃を除く)のおよそ2割に当たる額です。これを突然止められ、過去の分の「返済」もあると告げられて、Aさんは絶望的な気持ちでこの5カ月を過ごしてきました。「不安がいまも消えません。障害者加算を止められたままの人たちもたくさんいるので、すっきりとはしていません」とAさんは話します。

「間違いではない」と秋田市

 なぜ、障害者加算を受けられるはずのAさんが、障害者加算を止められてしまったのか。ミスの原因が分かれば、必要な対策も見えてくると思いました。そうすれば当事者はもちろん、医師も、現場の職員も、安心なはずです。

 しかし、秋田市の反応は期待したようなものではありませんでした。

 4月19日、市民団体「秋田生活と健康を守る会」(後藤和夫会長)と虻川高範弁護が秋田市長あてに要請書を提出しました。Aさんと同じような誤りがほかにも生じている可能性はないか。真相をしっかり解明してほしい―という内容です。

秋田市側に要請書を手渡す「秋田生活と健康を守る会」の後藤会長(左)と虻川弁護士=4月19日、秋田市役所

 その受け渡しの場面で、秋田市側からこんな言葉が発せられました。

 「障害者加算を間違って削除したという文言がありますが、間違いではありません」

 以下は、課長の発言内容の一部です。

『間違って障害者加算を削除された』と要請書に記載されておりますが、間違ってはおりません。我々はA(※2018年、Xクリニック)という初診日をもって障害者加算を削除しました。しかし受給者のほうから『私の初診日はB(※2014年3月、Y病院)です』という申し出がありました。このBという初診日が本当なのか調査したところ、Bが初診日という確認は取れませんでした。私どもはほかに(手がかりは)ないのかということでいろいろ調査をしたところ、C(※2015年頃、Y病院)という初診日が発見されました。たまたまAとCの初診日を書いた医師が同一でしたので、その医師のかたにAとCのどちらが初診日ですかと確認しに行きました。その結果、Cですよと医師が証言したので、新たな事実としてCを根拠にして年金納付要件を調査し、(障害者加算に)該当するということで障害者加算認定したものです。間違いではなく、新たな事実が確認されたことによって認定し直したというものです

 秋田市はあくまで、正しいと信じたAを根拠に障害者加算を止めただけであって、加算を止めたことは間違いではなかった。そして今回は「新たな事実が確認されたことによって、認定し直した」のである、という主張でした。

一人の暮らしをおびやかしたという事実

 この問題の事実関係は単純なものです。

  • 秋田市は、障害者加算を受け取れるAさんの障害者加算を5カ月間、止めていた
  • 原因は、秋田市が事実とは異なる「初診日」を把握していたためだった
  • 調査の結果、正しい「初診日」を確認できたので、秋田市は止めていたAさんの障害者加算を復活した

 誤りがあったから、Aさんは加算を止められたのです。 

 その原因が「診断書を提出した当事者」や「診断書を書いた主治医」にあると受け取れるような主張をするのは、最低生活を保障する行政機関として、間違っているのではないでしょうか?

原因と対策は示されないまま

 この日、一番聞きたかったのは「原因と対策」でした。止められるべきでない人の障害者加算が止められるようなことが、なぜ起きたのか。今後、どうやって防ぐのか。保護課は事前の取材に「初診日の考え方で行き違いが生じないよう改善していく必要がある」と発言していましたが、この日、公の場では対応策について聞くことができませんでした。

 今回の件で一番重大な事実は一人の市民が「最低生活を送る権利を5カ月間、奪われていた」ということです。「間違いではなかった」という主張よりも先に「今後どうするか」を秋田市には表明してほしかったと思います。

 またこの日、秋田市側の出席者の誰からも、最低生活をおびやかされたAさんへの言葉は、ありませんでした。

 どのような理由にせよ、秋田市が初診日を誤っていたことは問題だと思います。誤った初診日を基に、正当な障害者加算を止められた人がいたのです。

 しかし、初診日を調べれば調べるほど疑問に感じたのは「当事者の困難さと初診日に、いったい何の関係があるのか」ということです。

初診日を証明するために主治医が記載する年金の書類

根本にあるのは精神障害への差別的ルール

 障害者加算を必要としている精神障害のある当事者が、なぜ「年金」や「初診日」にここまで振り回されなければならないのか。原因になっているのは、これまでもたびたび記事で触れてきた1995年の厚生省課長通知」に思えます。

 身体障害の場合、障害者手帳の等級が1~3級であれば(もしくは年金の等級が1、2級であれば)障害者加算を受けられるというシンプルな仕組みになっています。

 しかし精神障害は違います。障害者手帳が1、2級であっても「年金の状況や等級」でふるいにかけられ、障害者加算をなかなか受けられません。さらに、障害年金は「初診日がいつか」「初診日の時点で年金保険料を納めていたか」にも左右され、Aさんのように初診日が変わると加算が消えたり復活したりと、暮らしに大きな影響を及ぼすこともあります。

 このような状況を生んでいるのが、1995年の厚生省課長通知です。秋田県を含め、地方自治体からは「通知を見直してほしい」という要望が毎年のように上がっています。

1995年の厚生省課長通知の見直しを求める秋田県の要望書(「秋田生活と健康を守る会」提供)

 生活保護世帯を支援している民間団体「秋田生活と健康を守る会」の後藤和夫会長は「Aさんに降りかかった初診日の時期の問題も、元をたどれば国が精神障害者手帳を軽んじているせいで起きている」と語ります。障害者手帳があるのに、わざわざ別の基準(年金の等級)をもってきて加算をつけるかどうか決めるのは、非合理な仕組みに思えます。いったい何のための精神障害者手帳?と思います。

 身体障害の場合、手帳の等級で救われる。精神障害の場合、手帳の等級で救われない。
 この「手帳間の差別」をなくしてほしいと思います。「1995年の厚生省課長通知」を取り消し、精神障害も身体障害と同じように手帳の等級だけで障害者加算がつくようにすべきです。

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