もし、自分だったなら

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日常をおびやかされている当事者の声を、聴いてほしい

 7割の人が返還金あり、額は多い世帯で約98万円――傍聴していて耳を疑いました。秋田市が長年、精神障害のある生活保護世帯に「障害者加算」を誤って支給し、約120人が過去の分の返還(返済)を市から求められている問題について、9月19日の市議会厚生委員会で市が明らかにした金額です。

 当事者が背負う返還金、いわば借金は、市が救済策をとって差し引いたにもかかわらず、最大で97万7000円に上るというのです。同一世帯の2人が障害者加算を受けているため合計で約98万円になったとの説明でしたが「一家が背負った借金が100万円」であることには、変わりありません。 

これまでの経緯 秋田市は1995年から28年にわたり、精神障害者保健福祉手帳(精神障害者手帳)の1、2級をもつ世帯に障害者加算を毎月過大に支給していた(障害者加算は当事者により異なり、月1万6620円~2万4940円)。2023年5月に会計検査院の指摘で発覚。市が23年11月27日に発表した内容によると、該当世帯は記録のある過去5年だけで117世帯120人、5年分の過支給額は約8100万円に上る。秋田市は誤って障害者加算を支給していた120人に対し、生活保護法63条(費用返還義務)を根拠に、過去5年分を返すよう求めている。

7割の世帯が返還を求められる

 今回の問題の当事者は120人(117世帯)。全員の返還額は、単純に合計すると約8134万円に上ります。この金額をできるだけ減らすため、秋田市は昨年冬以降、返還額を控除する作業(※生活に欠かせない物品の購入費を返還額から差し引くこと)を進め、約3481万円を控除しました。その結果、当事者が返す額は約3161万円まで減りました(いずれも8月末時点で確定している110人分の数字)。

 120人のうち、返還額0円(返還無し)になったのは33人(8月末時点)。つまり残る7割、約80世帯は、返還金があるということです。そしてその金額は世帯によってばらついており、最も多い世帯で約98万円に上ります。

 なぜ、こんなことになるのでしょうか。私が取材したある当事者のケースでは、約97万円の返還金が控除によって0円(返還金無し)になりました。約97万円が0円になる過程では、ケースワーカーがさまざまな物品をかなり柔軟に「自立更生費」として差し引いていきました。秋田市は差し引く基準について「決まった物品を一律に控除対象とするのではなく、例えば病気などその世帯ならではの事情を考慮し、その世帯にとって食料品や消耗品を控除対象にする合理性があるかどうかで判断した」と説明しています。

 しかしこれはケースワーカー一人一人にのしかかる責任が大きいですし、結果的に、ある世帯は0円、ある世帯は100万円の負担という大きな格差が生じ、審査請求にも発展しています。

「全額控除することはできないのか」

 控除をより柔軟にできないのか、厚生委員会で議員からも質問がありました。

佐藤純子議員 (どの世帯にとっても最大の出費である)食料費を自立更生費にするということは(救済の)手法としてできるんじゃないでしょうか。

石塚也寸志保護第二課長 障害者加算というのは、障害があることで特別な事情が生じるための加算です。食品はどうなのかという話ですけれども、この人は明らかに(障害によって)食費がかかりましになっているという医師の診断がある方については食料品を自立更生にした例もあります。ただ普通の保護費の範囲内でできるものもあるものですから、一概に全部(食費を控除する)というわけではなく、特別な需要が生じた方に(控除を)適用しております。

佐藤議員 精神を患って仕事ができない、そういう方々を苦悩に落としているのが秋田市だということを考えると、何か特別な策が必要なんじゃないかと思いますが。

石塚保護第二課長 今回、自立更生費用を認めるときに、(ケースワーカーに対して)とにかく良い悪いはその場で判断せず、本人から(申し出があったものは)まず全て上げてくれという形で、自立更生の計画書を取っております。その場で排除せずに、まず本人の申し出を全て受け止めて、その中で認められるもの、認められないものというふうにやってきておりますので「これ(食品)を秋田市で認めたらどうか」という話ではなく、一人一人に出していただいた自立更生計画書の中を審査して決定していくという形で交渉させていただいたものです。
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 当事者の不安は大きいです。120人のうち4人は、障害者加算の取り消しそのものに異議を唱えて秋田県に審査請求をしています。8月下旬には、約50万円の返還を求められた当事者が新たに秋田県に審査請求を行いました。また2人の当事者は、病状悪化などの影響でケースワーカーの訪問を受けられない状態にあるとのことです。

 日常生活は確実に阻害されています。 

岩手県でも取り消しの裁決

 秋田市は17日の市議会の一般質問で、返還金について再検討する可能性があることを示しました。秋田市と同じ問題が生じた千葉県印西市が7月、返還を一部取り消すという事例があったためです。

 実は印西市だけでなく、隣の岩手県でも今年2月、3件の「返還取り消し処分」が出ていることが分かりました。花園大学の吉永純教授(公的扶助論)が総務省の行政不服審査裁決・答申検索データベースの中で見つけた事例です。

総務省の行政不服審査裁決・答申検索データベースの画面

 「裁決検索」をクリックして「審査庁名」に岩手県と入力し検索すると、トップに岩手県による生活保護の認容裁決(※当事者の申し立てを認めて、自治体の処分を取り消す裁決)が3件出てきます。いずれも秋田市と同じ、障害者加算の事例です。岩手県はそのいずれについても、取り消す処分をしています。

総務省の行政不服審査裁決・答申検索データベースでの岩手県の検索結果の画面

 このうち吉永さんが最も注目したのは、2例目の裁決内容です。長いですがそのまま紹介します。

 処分庁において、その主張、対応方針の内容、ケース記録票の記載等から、裁量権に基づき自立更生費に関しての調査及び検討を行っていることは認められるが、前記の裁判例(略)で示されているような資産や収入の状況、受けた保護金品の使用の状況、生活実態、当該地域の実情、保護金品を受領した経緯、健康状態といった審査請求人の諸事情(以下「諸事情」という。)を具体的に調査して、その結果を踏まえて、本件過支給の全部又は一部の返還をたとえ分割による方法によってでも求めることが審査請求人に対する最低限度の生活の保障の趣旨に実質的に反することとなるおそれがあるか否か、審査請求人の自立を阻害することとなるおそれがあるか否かについて、具体的に検討をした形跡は見当たらない。
 処分庁における調査及び検討は、一応、平成24年課長通知及び問答集の内容に沿って行われたもののようであり、その結果自立更生費の認定もなされているが、平成24年課長通知及び問答集の内容自体が、前記裁判例で示されている法第63条の趣旨を踏まえた運用をされるべきである。その点からすると、諸事情の調査、自立を阻害するおそれ等についての検討を具体的に行わないまま、返還額から控除できる場合を限定する平成24年課長通知及び問答集のみに沿ったような今回の処分庁の調査及び検討は、法第1条の規定や法第63条の趣旨からして、不十分なものであるというほかない。また、自立を阻害するおそれについて、具体的な検討をしたということにはならない。
 なお、本件過支給は、処分庁の障害者加算の誤った認定という過誤により、〇年〇月の期間にわたり生じ、その額は〇〇円という多額に至り、その経緯から、審査請求人に帰責する事由は認められず、審査請求人においては過支給分の保護費を正当なものと信頼して費消していたと推認される。このことは、審査請求人における個別具体的な事情として、諸事情の調査等において考慮されるべきものである。

 国の通知や問答集に沿って自立更生費を決め、返還額を決めたからといって「自立を阻害するおそれについて具体的に検討したことにはならない」と岩手県の裁決には記されています。そして岩手県が重視したのが「審査請求人の個別具体的な事情」です。個別具体的な事情とは、当事者が「市町村を信頼して障害者加算を費消した」という事情です。

 当事者に寄り添い、踏み込んだ裁決を岩手県は下しています。

生活に生じた変化をどうとらえるのか

 今回のミスが生じたのは1995年。発覚したのは2023年。28年の時が経過しています。厚生委員会では、その時間の重みについても、議員が問いました。

佐藤議員 昨年の11月議会で「秋田市が間違って支給してしまった」という報告がありました。長年続いてきた生活実態があるなかで、突如として「間違っていたから」と(障害者加算を)減額された生活を今、頑張ってされている。さらに返還を求められ、多額な方は97万円。訪問を拒否している方もいらっしゃいますし、県の方に審査請求をされている方もいらっしゃることを考えると、生活が大きく変化してしまった。秋田市を信頼して受給し、消費してきた生活費であることを考えると、信頼を損ねた責任というのを市としてはどう考えているのでしょうか。

石塚保護第二課長 これについては受給者には一切悪いところはなく、こちらの誤りで行ったもので、たいへん申し訳なく思っています。ただご説明している通り、やはり返還規定というものがございますので、われわれは返還を求めていきます。突然(障害者加算を)減額されて、支払えないのではないかということですけれども、そこにつきましては、われわれの方で常に生活の状況をご本人たちと話し合いまして、返還については柔軟に対応していきたい。責任の所在は当然、市にあると考えております。

佐藤議員 責任の表し方はどういうふうにされますか。

佐々木良幸福祉保健部長 生活保護の制度上、実施機関の瑕疵による過支給が生じた場合であってもそのことを理由に返還を免除することはできないこととなっておりますので、返還を求めていくことにはなるのですが、被保護世帯には全く落ち度はないので、いくらでも世帯に寄り添った形で、たとえば納付についても分割納付を希望された際には返還回数とか金額について負担を強いることがないように、個々の状況に応じて一緒に考えてやっていきたいと考えていますので、直接、市が、市の責任においてそれを支払うということはできないことになっていますので、そこはご了承いただきたいと思います。
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 秋田市は17日の市議会一般質問で、返還金について再検討する可能性があることを示しましたが、再検討に至って当事者がいま以上に救われるには、まだ壁が厚いと感じる答弁でした。

もし、自分だったなら

 精神障害のある生活保護世帯にとって、約100万円という返還額(返済額)は非常に重いものです。貯金は特別な場合を除き、許されていないのですから。この物価高のなか、月の生活費(家賃を除く)の約2割を占める障害者加算を突然止められたうえ、いわれのない借金まで背負わされた状況です。

 背負わせているのは、自分たちの暮らしを保障してくれるはずの公(おおやけ)の機関です。ある日、自分の家に公の機関から身に覚えのない督促状のようなものが来たら、その金額が100万円近かったら、どう感じるでしょうか。

 3161万円の返還額の4分の3は、国の負担金であるため秋田市から国に返すことになるそうです。厚生委員会では議員から「当事者からの『回収見込み』はありませんよね? 多分、国に返還する二千何百万を市が立て替えて払うんですよね?」といった強めの発言もありました。市が立て替えるならば、その予算措置について説明すべきだーーという主旨の発言でした。

 ただ、市が「立て替える」という考え方では、当事者の根本的な不安—自分が借金を背負った「債務者」であるという不安―は消えることがありません。その不安を取り除くことを、いまは何よりも最優先に考えてほしいです。

秋田市役所の庁舎

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