衆院選2024「個人的なことは政治的なこと」⑩ 制度改正で現場が悲鳴「介護の底が抜けた」

記者名:

介護の制度がよく変更になっているけど、衆院選で争点になってるの?

今年4月、国は介護の現場に生産性、効率性を重視する方針を打ち出し、介護報酬改定や制度の変更を行いました。特に訪問介護の基本報酬は約2%引き下げられました。長年、劣悪だと言われてきた介護職の労働環境や処遇がさらに悪化する事態に陥っています。介護関係者からは「介護の底が抜けた」「限界を超えた」という、悲鳴が聞こえてきます。

2000年に介護保険が始まって以来、特別養護老人ホームなどの介護施設では、利用者3人に対して、介護職員が1人という「3対1」の人員配置基準が取られてきました。

今の人員配置基準では「職員不足でシフト組めない」

介護職の人材育成や施設の立ち上げなどに関わってきた「高口光子の元気がでる介護研究所」代表で介護アドバイザーの高口光子さんは、この配置基準に対し3対1の基準に沿っていても実際には職員が足りず、勤務のシフト表を組むことができないと訴えます。

「この3対1というのは、施設常時3人の利用者に対して1人の職員がついている、ということを指しているわけではなく、あくまで施設の利用者と職員の総数の割合でしかない。24時間体制の施設では、当然、一人の職員を24時間働き詰めにはできず、早出、遅出、昼番、夜勤などシフト制になっているのが一般的です。週休2日、年間5日間以上の有給休暇の取得も義務で付けられています。利用者100人に対して33人の職員では、慢性的な人手不足で、十分に休みが取れない状況に陥るのです」

「まともに介護を提供するならば、1.5対1以上の職員が必要です。2.5対1の職員を置いてもギリギリになり、シフトが組めないから残業が当たり前になっています」

「夜勤」で夕方から朝まで一晩中働いた後に、朝から出勤する「早出」の人が十分に配置できないため、残って昼まで働いたり、夕方まで働いたりという現状があるといいます。

3:1の基準では誰も休めない

「3対1で人を雇ったら、誰も休みが取れない状態になります。だから、一般的には2・5対1にしているところが多いのです」

ただ、実際の配置を2対1にしても、施設が受け取る介護報酬は、利用者100人の施設では、100人に対して33.4人分だけなので、その報酬を50人が分け合うことになってしまうのです。これでは十分な人件費が出せません。

「給料も安いし、残業も増えるばかりで、誰が働きたいと思いますか。介護の仕事をやりたいけれども、辞める人が後を絶ちません」

特養「介護度3以上」で労働強化に

特別養護老人ホームの利用者の介護度を3以上にするという厚労省の通達  が出された後、利用者の介護度は全体的に上がり、重度化傾向にあるといいます。

重度化すると介護の仕事量も増えますが、相変わらず人員配置基準は3対1のままで、労働だけが強化されている実態があります。

そのような過酷な状況の中、今年4月の制度変更によって、現場に衝撃が走りました。これまでもギリギリで現場に無理を強いてきた「3対1」の人員配置基準が「3対0.9」に変更されたのです。

施設で車椅子を利用する入所者。(田口光さん撮影・提供)

ICT導入で人員減らす基準見直しに「侮辱された」

「変更を知った時には、信じられませんでした。介護職の自分たちは見捨てられたという気がしました。厚労省は本当に現場のことは何も分かっていないと思いました」

厚労省は、0.9にする条件として、無人で利用者の状況を監視するカメラやロボットなどのICT機器の導入を条件につけました。

高口さんが怒りを感じたのは、人員配置基準が下がったこともありますが、「ロボットやカメラを入れたら、介護職はいらないだろう」「介護職は監視カメラの代わりだ」と侮辱されたように思ったからだといいます。

介護職の尊厳傷つけることは介護を受ける人も傷つける

「介護職の尊厳を守れないということは、介護を受ける人の尊厳を傷つけることにもなります。介護現場で働く人の心を傷つけて、これまで以上にストレスがかかり、利用者への虐待が増えるのではないかと心配です」

高口さんは人員配置基準の変更について、これまでの改正とは異なる強い危機感を募らせています。

「これまでは制度が変更しても、工夫して何とか乗り切ってきた。でも今回初めて、このまま黙っていたらどうなるかわからないと思っています」

東京都内の団地で買い物客が集まる移動スーパー。高齢者など、近くに店がなくて買い物に困る「買い物難民」を救っている。(宮下今日子さん提供)

訪問介護の基本報酬切り下げ、経営難の訪問介護

 今年4月の報酬改定では、訪問介護の基本報酬が大きく 切り下げられました。しかし、現状では経営難による介護事業者の倒産が相次いでおり、2024年の介護事業者の倒産は、9月までに132件に達し、2023年(1〜12月)の122件を抜きました。このペースで推移すると、10月には年間最多の2022年の143件を超え、170件を上回るペースです。(東京商工リサーチ調べ)  。

基本報酬の切り下げは横暴だ

厚生労働省は  訪問介護の基本報酬が下がった分は、職員の待遇を改善するための処遇改善加算を取得することで補うと説明しています。しかし、導入時から介護保険制度を取材してきたジャーナリストの宮下今日子さんは、基本報酬と加算は別物と指摘し「上げなくてはならないのはあくまで事業所の支出を賄う 基本報酬です。そもそも訪問介護の事業所は経営が苦しいのに、基本報酬を下げたのは横暴です」と言います。

処遇改善加算 は介護職員に対する労働の対価であり、その処遇加算分の一部は、利用者が負担することになっており、加算すれば利用料に跳ね返るため、事業者は加算しづらい状況にあります。

さらに宮下さんは、切り下げの根拠となった厚労省の調査についても疑問を投げかけています。

実態反映していない国の調査が根拠

厚労省は「介護事業経営実態調査」をもって、訪問介護の収支差率が7.8%と、全サービスの平均(2.4%)を大きく上回っていた結果を根拠に訪問の介護報酬を切り下げました。宮下さんは「訪問介護には、集合住宅型の『サービス付き高齢者住宅』を効率よく回り収益を上げている大規模事業者と、地域の住宅を一軒一軒まわるため効率を上げにくい小規模事業者とがあり、両者には乖離があります。しかし、この調査は比較的収益の良い事業者を対象としているという指摘もあり、実態を反映していません。実際には赤字の訪問介護事業所がたくさんあったのです」と説明します。

移動スーパーで商品を選ぶ利用者(宮下今日子さん提供)

介護保険制度導入時の議論が不十分だった

 また宮下さんは、介護保険制度導入時の議論の不十分さについても、指摘しています。

「福祉を担う事業者に『民間』を入れた功罪を今、問わなければなりません。介護保険導入前は年収が公務員並みのヘルパーもいました。介護保険導入の前に、常勤職員一人当たりで算定する人件費補助方式から、介護サービスの提供量に応じた 事業者補助方式に変わりました。その結果、人件費のかかる常勤のヘルパーを減らし、非常勤のヘルパーに置き換えられ、介護の非正規化が進んだのです」

利用者の負担増や介護控えを懸念

宮下さんは今後、利用者の負担や介護控えが増すことを懸念しています。

「現在、65歳以上の人のうち、単身世帯が3割です。その単身世帯が貧困であったり、孤立化していたりすることが問題視されています。現在は保険料を支払い、1割から3割の負担の利用料までついています。保険料や利用料が払えない貧困層の人たちが介護サービスを受けられなくなることが予想されます。これは福祉と呼べるものではないです。ここに国が責任を持って手当することこそが福祉です。このままいくと介護の底がぬけてしまいます」

都内で訪問介護を受ける女性(宮下今日子さん提供)

維新は介護に触れず

介護について、各党の公約、政策集から拾ってみました。

日本維新の会は言及がありませんでした。

そのほかの政党は一律に介護人材の確保に触れていますが、方向性が若干異なります。

自民党は「賃上げ等」とし、具体的には触れていません。

公明党は「外国人材が働きやすい環境整備」を挙げました。

訪問介護の基本報酬減額の見直しに触れたのは立憲民主党、社民党。

日本共産党は「介護保険の国庫負担割合を10%引き上げ、介護報酬を増額」。

介護職員の賃上げ幅が具体的なのは、国民民主党「給与を10年で2倍に」、れいわ新選組「月給を10万円アップ」ですが、手法や財源はいずれも書かれていません。

団体調査 与野党で方向性2分

「ケア社会を作る会」「認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク」「NPO法人高齢社会をよくする女性の会」は合同で10月3日、介護保険制度について主要8政党に公開質問状を出しました。

背景には介護報酬の切り下げで在宅の高齢者を介護する訪問介護事業者が大きな打撃を受け、今年上半期(1〜6月)に、過去最高の倒産数を記録したことがあります。施設介護でも、人員配置基準の緩和で職員一人当たりの負担が増え、ケアの質が低下する、と危惧されています。

しかし、衆院選ではどの政党も重点政策に「介護」を掲げていません。そこで介護についての政策を独自で問うことにしたそうです。

質問は12項目です。

1)マニフェストに介護保険制度を独立した項目として取り上げますか?
2)介護保険の公費負担分を増やすことに賛成ですか?
3)家族介護を前提としない介護保険サービスに賛成ですか?
4)介護保険の基本報酬を増額することに賛成ですか?
5)訪問介護の基本報酬減額について次期改定期を待たずに撤回を求めることに賛成ですか?
6)介護報酬アップの代わりに導入された各種加算制度の廃止に賛成ですか?
7)ケアプランの作成を有料化することに反対しますか?
8)介護保険の利用者負担率を標準1割から2割にすることに反対ですか?
9)要介護1、2の訪問介護を、市区町村の総合事業に移行する案に反対しますか?
10)介護施設利用者の補足給付の条件で、利用者及び配偶者の資産照会に反対しますか?
11)高齢者施設の人員配置基準の緩和に反対しますか?
12)現状の介護保険に加えて認知症に対応した在宅サービスの創設に賛成ですか?

すべての項目に無回答だったのは日本維新の会と国民民主党です。介護に関心がないと言わざるを得ません。

回答があった6政党の対応は自民、公明の与党と、立憲、共産、れいわ、社民の野党でほぼ2分されました。

自民は5、6、9、10が「いいえ」。そのほかは「どちらとも言えない」。

公明は1が「はい」。そのほかは「どちらとも言えない」。現状追認もしくは介護の水準を切り下げる方向です。

一方、野党は立憲が6に「いいえ」、れいわが1に「いいえ」と答えた以外は、すべて「はい」と回答。介護保険制度の拡充に積極的な姿勢が伺えました。

「訪問介護の基本報酬減額について次期改定期を待たずに撤回する」について、各党の回答を見てみましょう。

自民党……(いいえ)今般の介護報酬改定では訪問介護の基本報酬は見直すものの、処遇改善の加算措置は、他の介護サービスと比べて高い加算率を設定しており、これによりヘルパーの処遇改善を行い、人材の確保・定着を図っていくことが重要と考えています。

立憲民主党……(はい)政府が行った訪問介護の基本報酬の引き下げにより、小規模な訪問介護事業所の倒産や人手不足に拍車がかかり、訪問介護を受けられなくなる要介護者や介護離職が増えることが懸念されます。できる限り速やかに訪問介護事業者に訪問介護事業支援金を支給するとともに、次回の改定(令和9年度)を待たずに、できる限り早い時期に訪問介護の介護報酬基準を改定すべきです。

公明党……(その他)訪問介護は地域包括ケアシステムを支える要です。訪問介護については、処遇改善の加算措置が他のサービスと比べて高い加算率となった一方で、基本報酬は見直されました。この度の報酬改定における処遇改善の効果検証を行い、その結果を踏まえた必要な対応を政府に求めていきます。

共産党……(はい)政府が今年度から訪問介護の基本報酬を削減したことが、介護の提供基盤の“崩壊”をさらに加速する大打撃となっています。今年1〜8月の介護事業所の倒産は、前年同時期の1.44倍と激増し、コロナ危機の渦中にあった2020年を上回る史上最多の水準となっていますが、倒産の約半数は訪問介護事業所で、その大半は小・零細事業者です。訪問介護の基本報酬削減は、次期改定期を待つことなくすみやかに撤回し、訪問介護事業所の経営継続に向けた支援を行うべきです。

れいわ新選組……(はい)多くの反対にもかかわらず、訪問介護の基本報酬が2%引き下げられました。処遇改善加算などの加算を取れば全体としてはプラスと厚労省は言いましたが、既に加算を取っている事業所には関係なく、また処遇改善加算は職員の給料のみに使える加算であり、事業所の経費には使えません。結局4月以降「収益がマイナスになる」「訪問介護員の働く意欲の低下につながっている」という事業所が多く、ヘルパー不足も相まって、事業所の閉鎖、訪問介護事業の縮小を余儀なくされた事業所が出ています。従って、即刻、基本報酬減額を撤回すべきです。

社民党……(はい)訪問介護の利益率が他の介護サービスより高いことを基本報酬引き下げの理由としていますが、都市部の大手事業所などが利益率の平均値を引き上げていることが実態です。中小零細の事業所では、従事者の処遇改善を図れず、ただでさえ訪問介護は求人が少なく、介護従事者の確保が困難になります。これでは、在宅介護などがままならず、「介護の社会化」とかけ離れていきます。訪問介護の基本報酬引き下げを撤回するべきです。

アンケートの結果を掲載しているウイメンズアクションネットワーク(WAN)のサイト

(阿久沢悦子/吉永磨美)

感想やご意見を書いてシェアしてください!

記事を紹介する
  • X
  • Facebook