米兵に1646万円の賠償求める 神奈川県逗子市の無差別連続暴行事件 執行の先行きは不透明、未だ謝罪もなく

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米兵による犯罪への補償は不十分。日本政府が差額を払うSACO見舞金の制度も、そもそもおかしいよね。

神奈川県逗子市で2022年7月に起きた米兵による通行人への無差別連続暴行事件をめぐり、横浜地裁(藤澤孝彦裁判長)は4月25日、横須賀基地所属(当時)のクリーガー・ダニエル被告に対し、原告4人に計1646万7953円を支払うよう命じる判決を言い渡しました。クリーガー被告はすでに日本を出国しており、賠償金の強制執行は難しい状況です。今後は日米地位協定に基づき、米軍による見舞金が支払われ、賠償額との差額はSACO見舞金の規定により日本政府が支払う見通しです。

事件の概要 クリーガー被告は2022年7月9日午後8時30分ごろ、逗子市の路上で歩行中のA(男性、当時33歳)に対し、後方から背部に体当たりして転倒させ、臀部を数回足蹴りにした。その後、B(男性、同33歳)に対し、正面から体当たりをして、その後ろにいたC(女性、同25歳)に衝突させて2人を転倒させ、尻餅をついて上体を起こしていたBの顔面を蹴り上げた。その1分後、約60m離れた場所を歩いていたD(女性、同58歳)の左側に、被告の右半身を衝突させて、転倒させ、顔面を路面に打ち付けて大けがを負わせた。

請求の76%にあたる賠償額「画期的な判決」

被告は事件当時、せん妄を伴うアルコール中毒で意識障害の状態にあったと主張。医師の鑑定書を提出していました。判決は「事件当日には精神状態が最悪の状態であったところ、妻とのやりとりで激しい怒りを抱き、相当量の飲酒による一般的な抑制力の低下もあって、衝動的に見ず知らずの通行人に対して怒りの矛先を向けたと理解することができる」とし、被告の行動を「了解可能なもの」と判断しました。また被告の加害行為は故意とも認め、個々の被害者の請求に沿って賠償を命じました。

判決で認められた賠償額はそれぞれAが569万2649円(請求額646万3124円)、Bが55万0980円(同77万1078円)、Cが48万5230円(同70万5353円)、Dが973万9094円(同1370万7398円)でした。

画期的な判決だと評価する呉東正彦弁護士=横浜市内

原告側代理人の呉東正彦弁護士は「請求額の76%を認めていただいた。内容的にも被害者が仕事を休んだことへの休業補償、後遺症による精神的苦痛などを広く認定している。米兵による事件の補償として、画期的な判決だ」と話しました。

「裁判が終わってもずっと続く」苦しみ

最も重傷のDとされた女性は、右半身を強く路面に打ち付け、鼻、顎、眼窩底など7カ所を骨折し、まぶたの上を縫う大けがを負いました。腕や顔に1年以上しびれが残るなど、後遺症も深刻で、仕事も長く休まなければなりませんでした。

判決後の記者会見で思いを語る被害女性=横浜市内

女性は判決後の記者会見で「判決は満足の行くものでした。泣き寝入りをしたくないと裁判に臨みましたが、自分一人の力ではここまで来られなかった」と話しました。事件から2年9カ月が経ちましたが、「普通の生活には戻れない。事件のことは裁判が終わってもずっと続く。一生抱えていかなければいけないのかな、と思います」と涙声になりました。

被告は日本を出国 強制執行は困難に

一方で、原告側の再三の要請にもかかわらず、クリーガー被告は、刑事事件の判決が出た昨年9月以降のどこかの時点で、転勤となり日本を出国。国内にいないことで、賠償の強制執行が極めて難しくなりました。呉東弁護士は判決前日の被告側代理人弁護士との電話で、初めてそのことを知らされたといいます。

女性は「怒りというより唖然としてしまった。謝罪もなく、米国に帰られたということは、反省していないんだなと感じた」と話しました。

十分に機能していない「SACO見舞金」

日本に駐留中の米兵が犯した不法行為で生じた損害の補償について、日米地位協定18条は、①公務中であれば日本政府が補償する、②公務外であれば示談、もしくは民事訴訟などにより日本政府が補償額を決定して米軍に報告し、米国が支払うかどうかを決める、と定めています。米国による補償が不十分で救済されないケースが相次いだことから、1995年、日米両政府の「沖縄に関する特別合同委員会(SACO)」の最終報告に、SACO見舞金の創設が盛り込まれました。日本で確定した賠償額と米国が支払う見舞金の差額を、日本政府が負担するというものです。

しかし、この制度も十分には機能していません。

昨年12月、最高裁は、沖縄県沖縄市で起きた強盗致傷事件の被害者遺族が、SACO見舞金に遅延損害金900万円が含まれていないとして起こした裁判で、上告を棄却しました。この事件は2008年に発生。米側からの示談金の提示は2017年、民事訴訟で損害賠償額が確定したのは2018年でした。加害者の米兵2人には、賠償額が確定するまでの10年間の利息である「遅延損害金」を含む2640万円が課されましたが、米側が払ったのは146万円に過ぎず、日本政府は遅延損害金を含まない差額として、1590万円を払う意向を遺族に示していました。一方、遺族側が見舞金の受け取りに同意していなかったことを理由に、那覇地裁、福岡高裁、そして最高裁は「国に賠償義務はない」として、訴えを退けました。

今回の逗子の事件でも、事件発生から賠償額の確定まで2年9カ月がかかっています。今後、米側の見舞金の額が確定するまでどのぐらいの時間がかかるのか、まだわかりません。遅延損害金を含まない制度では、救済は不十分です。

3247万円の賠償判決に対し、米の見舞金63万円のケースも

また、米側の見舞金・慰謝料の算定についても不透明さが残ります。

昨年12月、参議院外交防衛委員会で山添拓議員(共産)がSACO見舞金について質問しました。

政府答弁によると、制度運用開始の1997年度から2023年度にかけて、米政府が米軍人・軍属の公務外の不法行為で慰謝料を払った件数は605件、計17億2200万円、日本政府が損害額との差額をSACO見舞金として支払った件数は23件、計5億5400万円。米軍人・軍属による刑法犯の認知件数は2132件で、多くは慰謝料や見舞金を受け取っていません。

SACO見舞金についての防衛省資料によると、23件の損害賠償確定判決額は計9億8919万円、これに対し米側支払額は計4億8310万円と半分以下に過ぎません。中には3247万円の賠償確定判決額に対し、米側の見舞金が63万円と不当に低いものもありました。

速やかで完全な損害賠償求める

逗子事件の原告と代理人らは判決を受け、声明を出しました。

記者会見で質問に答える原告(手前中央)ら=横浜市内

「折から、沖縄でも米兵による犯罪が連続して発生しています。米兵が加害者の裁判は日米地位協定の壁があり、米兵が本国に帰国してしまうと泣き寝入りとなってしまうケースが多い。被害者4人は、もう二度とこのような危険な事件を発生させないためにも、被告に速やかな完全な損害賠償を求めるとともに、米軍の見舞金支払い手続きとSACO見舞金による日本政府による差額の支払いの、迅速かつ完全な救済を求めていきます」

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